複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.12 )
日時: 2017/12/29 23:43
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

『おまじない』


 空には、どんよりとした分厚い雲が広がっていた。
いつもは煌々と輝いている月や星も、今はその雲のせいで全く見えない。

 ファフリは自室の窓を開けると、勢いよく身を乗り出した。

 肌を切り裂くような寒さに、吐いた途端白く濁る息。
いつもならば身を震わせて、暖かい部屋の中に逃げ込むところだが、今夜のファフリにとっては、その寒さを感じれば感じるほど、期待に胸が膨らむ一方だった。

 窓の前で膝立ちになり、ゆっくりと目を閉じる。

(どうか明日、雪が降りますように)

 薄い寝間着姿のまま、時間を忘れたように、ファフリはひたすら祈った。


  *  *  *


「おーい! ファフリ! 雪、すっごい積もってるぞ! 膝ぐらいまで積もってる!」

 扉を蹴破るようにして開け、ユーリッドは興奮した様子で部屋に転がり込んだ。
しかし、まだファフリが寝台に潜っているのを見て、目を丸くした。
ファフリなら、もう起きているだろうと思っていたのだ。

「ファフリ、まだ寝てるのか? もうお昼近いぞ?」

 躊躇いがちに声をかけたが、ファフリは頭まで毛布をかぶったまま、動かない。
不思議に思って、ユーリッドは首を傾げた。



 ミストリアの中心部に位置する王都、ノーレントでは、積もるくらいの雪が降るのは、珍しいことであった。
それ故、今日のように積雪した日には、街中の子供達が大はしゃぎで遊びだす。

 しかしファフリの場合は、そうもいかなかった。
城から出ることを許される日も稀で、そもそも一般の子供達と関わること自体、良しとされていないからだ。
ユーリッドも、兵団長の息子という肩書きがなければ、こうして遊びに来ることは出来なかっただろう。

 また、互いに十歳を迎えた今、ファフリは次期召喚師として、ユーリッドもまだ雑用係とはいえ立派なミストリア兵団の一員として、それなりに多忙な日々を過ごしていた。
そのため、ファフリがユーリッドと雪遊びをするには、ファフリに自由が許される日と、ユーリッドの非番の日、雪が降る日、その全てが重ならなければならないのである。

 そして、そんな奇跡のような重なりを実現したのが、今日だった。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.13 )
日時: 2017/12/29 23:45
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

(なんだ、もうとっくに起きて、俺のこと待ってると思ったんだけど……)

 自分も心待ちにしていた分、ユーリッドは拍子抜けして肩を落とした。

 その時ふと、視界の端で毛布がうごめいた。
もぞもぞと動いて、毛布からファフリが顔を出す。

「ファフリ!」

 ぱっと顔を上げると、ユーリッドは嬉しげに寝台へ歩み寄った。

「おはよう。外、雪積もってるぞ! ファフリは雪で遊ぶの初めてだよな? 早く遊びに行こうぜ!」 

「ユーリッド……」

 弱々しくかすれたファフリの声に、ユーリッドは目を見開いた。
ファフリは、申し訳ないといったような様子で身を縮めた。

「ごめんね、私……風邪、引いちゃったの……」

「……風邪?」

 興奮していた気持ちを落ち着かせ、ユーリッドは改めてファフリを見つめた。
いつもより赤い頬に、気だるそうな声。
風邪を引いているというのは、見ただけで明らかだった。

「本当に、本当にごめんね。ユーリッドも、楽しみにしてたのに……ごめんなさい」

 ファフリの目に、涙がたまる。
ユーリッドは、慌てて首を横に振った。

「いや、そんな……謝ることじゃないって。俺の方こそ、具合悪いのに起こしてごめん」

 うなだれたように言うと、ファフリが勢いよく上半身を起こした。 

「ううん! 私、元気なの! 熱がちょっと出てるだけで、多分雪遊びもできると思うの!」

 こぼれかけた涙を強引に拭い、所々咳き込みながらファフリは言った。