複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.130 )
日時: 2017/08/20 18:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 森を抜けて、山を一つ越えると、今度は藪から一羽の大きな雉(きじ)が現れました。
雉は、丁寧にお辞儀をすると、桃太郎に言いました。

「桃太郎殿、お噂は兼ね兼ね。私は雉のアドラと言う。貴女の持つきびだんごを一つ頂ければ、鬼退治に力を貸そう」

 その申し出に、桃太郎が返事をする前に、ユーリッドが嬉々として雉に飛び付きました。

「アドラ団長!」

「久しぶりだな、ユーリッド」

 そう言って、挨拶を交わす二人を眺めながら、ルーフェンが尋ねました。

「なに、知り合い?」

「前の職場の上司だ!」

 ユーリッドは、しっぽを振りながら答えました。

 桃太郎は、ユーリッドとアドラのやり取りが終わると、一つ咳払いしました。

「えっと、アドラさん、でしたっけ? その申し出は大変有り難いんですが、きびだんごは、そこのユーリッドが全部食べてしまって、手持ちがないんです」

 桃太郎が空になった腰の袋を見せると、アドラは、ふむ、と頷きました。

「……ならば、仕方があるまい。無償で鬼退治を手伝おう」

「え、いいんですか?」

 驚いた桃太郎に、アドラは、ふっと笑って見せました。

「そういう筋書きだったから、言っただけだ。別にきびだんごが好きなわけではない」

 こうして、雉のアドラも仲間に加わったのでした。



 犬、猿、雉を連れた桃太郎は、漁村で舟を一艘借りると、鬼ヶ島へと向かいました。

 その日は幸い天気もよく、海も穏やかだったので、遠く黒いもやのように見えていた鬼ヶ島が、出発した翌日の朝には、はっきりと見える位置にまで漕ぎ着けました。

 鬼ヶ島は、切り立った岩壁が、ぐるりと外郭の如く巡らされており、その上空には、雷を孕む暗雲が立ち込めています。
見る限りでは、何人の侵入も許されぬ、強固な砦のようでしたが、舟から偵察していたアドラが、岩壁に一ヶ所に、厳めしい鉄(くろがね)の大扉があることに気がつきました。

 一人と三匹は、ひとまず様子を見ようと、鬼ヶ島の一角に舟をつけました。
そして、大きな岩影に隠れて、大扉の方を覗き見ます。

 大扉の前には、桃太郎の五倍はあろうかという巨大な赤鬼が、門番として立っていました。

 血走った眼に、どんなものでも容易く引き裂いてしまいそうな爪牙。
頭から生える二本の角は鋭く、その大きな口は、人間など一飲みしてしまいそうです。

 虎皮の腰布を巻き、びきびきと血管の浮き立つ太い腕で、大きな金棒を握りしめる赤鬼。
険しい表情で、いかなる侵入者も許さないといった風に立ちはだかるその姿に、桃太郎たちは、思わず息を飲みました。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.131 )
日時: 2017/08/21 21:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……どうしましょうか? あの赤鬼がいる限り、正面切って乗り込むのは、ちょっと難しそうですが」

 神妙な面持ちで振り返り、桃太郎は、小声で三匹に問いかけます。
正面から乗り込むのが難しいといっても、見たところ、この鬼ヶ島の入り口は、目の前にある大扉しかありません。
この鬼ヶ島は、周囲が高い岩壁に囲まれているので、正面から突破するしかないように思えました。

「他に内部へ侵入できるような経路もなさそうだ。ここは、誰かが囮になり、あの赤鬼を引き付けている間に、残りの者達が正面の大扉から突入するしかあるまい。もしこの場所以外に、出入口があったとしても、そこにも見張りがいる可能性は高いだろうしな」

 アドラは、冷静に言いました。
しかし、その意見に対して、ルーフェンは鼻で笑いました。

「……で、誰が囮になるの?」

「…………」

 つかの間、一人と三匹の間に、沈黙が流れます。

 ルーフェンは、ふっと笑うと、アドラの背をぱしっと叩きました。

「じゃあここは、言い出しっぺの原則ってことで、アドラさんよろしく。鳥だったら飛べるだろうし、なんとかあの赤鬼の気を引いておいてよ」

 全員の視線が、アドラに向きます。
ですがアドラは、その提案を即座に拒否しました。

「何を言うか。私は確かに鳥類だが、雉だぞ。飛ぶのは苦手だ。私より、君のほうが適任なのではないか。猿なら、さぞ身のこなしも素早いのだろう」

 ルーフェンは、やれやれと言った風に、ため息をつきました。

「えー、やだよ。俺、頭脳派だもん。それならユーリッドくんが行ってよ。走るの速そうじゃん」

 ユーリッドは、露骨に嫌そうな顔をしました。

「確かに俺、脚力には自信あるけど、犬だから飛べないし、高いところにも登れないんだぜ? そうなると攻撃するとき、俺の背の高さじゃ、あの赤鬼の足に噛みつくことになるじゃないか。あの赤鬼、足が臭そうだから嫌だなぁ……。俺の鼻、デリケートなんだよ」

 嫌がる三匹を見て、桃太郎は眉をしかめました。

「うーん……困りましたね。私は主役なので、まだ死ぬわけにはいかないですし……」

「ねえトワ、それ暗に囮役は死ぬって言ってるよね?」

 ルーフェンの突っ込みは聞かなかったことにして、ユーリッドが声を上げました。

「もう! 全員やりたくないんだったら、しょうがないじゃんか。そもそも俺達、鬼退治とか向いてないんじゃないか? だって、犬と猿と雉だぞ? どう考えても、鬼に敵わないだろ」

 ユーリッドの呟きに、ルーフェンが同調して頷きます。

「それ俺も思った。トワさぁ、なんで鬼退治のお供に、犬と猿と雉を選んだわけ? もっとこう、虎とか狼とか鷲とか、強そうな動物を連れてくれば良かったのに」

「鬼ヶ島に来るまで、役に立てるつもりでいた俺達、イタいな……」

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.132 )
日時: 2017/08/30 17:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: as61U3WB)



 桃太郎は、不満げにルーフェンとユーリッドを睨みました。

「いや、私が選んだっていうか、貴方達が自主的に着いてきたんですが……。それに、今更そんなこと言われても、私はここで引くわけにはいきません。もし鬼に村を襲われて、日雇いの仕事が減ったら、我が家が生活苦に陥りますので」

 はっきりとそう告げた桃太郎に、アドラは、悩ましげに唸りました。

「仕方あるまい……。それならば、囮作戦は取り止めて、皆で行こう。皆で行けば、怖くない! これなら平等だろう?」

「確かに、その方が確実に赤鬼を仕留められそうですね」

 トワリスが納得して頷くと、アドラも満足げに首肯しました。

「では、作戦を立てよう。まず、ユーリッドと桃太郎殿が先行するのだ。ユーリッドが赤鬼の脛(すね)にかじりつき、桃太郎殿はもう一方の脛を思いきり蹴り飛ばす。そうすれば、赤鬼は痛みのあまり、屈み込むに違いない。もし脛への攻撃だけでは足りないようなら、脛毛をむしるのだ」

「うわっ団長、やり方が鬼……」

 痛みを想像したのか、ユーリッドが顔をしかめます。
アドラは、今度はルーフェンの方を見て、話を続けました。

「赤鬼が痛みのあまり屈みこんだら、ルーフェン殿、君の出番だ。赤鬼の顔に飛び付き、そのまま目玉をえぐれ。そうすれば赤鬼は、もう我々を狙うことができない」

「ちょっと待った、その作戦のどこに貴方が?」

 制止をかけたルーフェンに、アドラは、しれっと答えました。

「私は司令塔だ。ここでお前達の勇姿を見守っている」

「ん? どこが平等だって? え?」

 無言で睨み合うアドラとルーフェンをよそに、ユーリッドが不満そうに言いました。

「待ってくださいよ、団長。俺、さっきも言ったけど、あんな臭そうな足に噛みつくのは嫌ですって。あの赤鬼、絶対足洗ってないだろ? 脛毛に何が絡まってるかも分からないしさぁ」

 桃太郎は、同情した様子でユーリッドの頭を撫でると、深々とため息をつきました。

「まあ……そうですね。こうして話していても、まとまらなさそうですし、いっそ、全員で飛びかかっちゃいませんか? 倒す方法なんて作戦立てたところで、私達が倒されたら、結局意味ないわけですし」

「ちょっ、トワちゃんやる気失せること言わないでよ……」

 桃太郎の言葉に対し、ルーフェンが嘆息します。
しかしアドラは、真顔で頷くと、淡々と述べました。