複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.138 )
日時: 2018/04/01 16:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)

『シンデレラ』


 昔々、それはそれは元気な、リリアナという赤髪の娘がおりました。
リリアナは、小さい頃に火事で母親を亡くし、その時に負った怪我が原因で、車椅子での生活を余儀なくされていました。

 その後、父親が再婚しましたが、彼もまた、病で亡くなってしまいました。
弟のカイルと二人、残されたリリアナは、現在、継母のアドラと、その連れ子であるアレクシア、キリスと共に暮らしています。
しかし、血が繋がっていないという理由から、継母や姉達は、結託してリリアナたちをいじめ、毎日家の雑用をさせては、おかしそうに笑っていました。

 掃除に洗濯、食事の用意、それらを一生懸命こなしていく日々。
そんなリリアナの、薄汚れた身なりを揶揄して、継母たちはリリアナをこう呼びました。
『シンデレラ(灰かぶり)』と。

 ある時、この国の王子様が、舞踏会を開く事になり、継母と二人の姉は、ドレスを着て王宮へ行くことになりました。

「いいか、我々が舞踏会から帰ってくる前に、床を綺麗に磨いておくのだぞ。部屋の汚れは心の乱れ、と言うからな」

 鳥人であるアドラ義母さんが、鋭い眼光でリリアナとカイルを睨み、命令してきます。
その分厚い胸板に、ドレスが今にもはち切れそうですが、今日のアドラ義母さんは、ばっちりお洒落をしていました。

「まあ、正直舞踏会なんて興味ないけれど、王族と関係を持っておけば、後々役立ちそうよね?」

 ふふっと妖艶に笑って、アレクシア姉さんが、長い蒼髪をかきあげます。
猫の獣人であるキリス姉さんは、家の柱で懸命に爪を研ぎながら、早口で言いました。

「ああ、あと夕飯に魚でも焼いておいて下さい。舞踏会で出る食事なんて、脂っこいに違いありませんからね。ちゃんと小骨もとって、冷まして置いておいて下さい。猫舌なので」

 継母と姉達は、今日も家事をリリアナとカイルに押し付けると、早速王宮に出掛けていきました。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.139 )
日時: 2017/12/25 19:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 三人を見送ると、リリアナは、はあっと大きくため息をつきます。

「あーあー、舞踏会ですって。私も行きたかったなぁ……。豪華な食事に綺麗なドレス。かっこいい王子様に見初められて、ロマンチックにダンスして……。もし行けてたなら、きっと素敵な夜になるんでしょうね……!」

 秋刀魚を焼きながら、目をきらきらと輝かせるリリアナに、カイルは鼻で笑いました。

「姉さんってば、馬鹿じゃないの? 王宮が一般に公開されているとはいえ、王子と踊れるのは、一部の上流階級のお嬢様だけに決まってるだろ。もし姉さんが舞踏会に行ったって、飯を食って終わりさ。ロマンチックにダンスなんて、有り得ないよ」

「もうー、ほんとカイルって夢がないわね!」

 リリアナは、頬を膨らませました。

「そんなの分かってるけど、可能性がゼロってわけじゃないんだし、夢くらい見たっていいじゃない。女の子は、運命の出逢いに憧れてるの! はあ、かっこいい王子様……私のことを迎えに来てくれないかしら!」

「…………」

 まだ見ぬ王子様を想像して、リリアナが、うっとりと目をつぶります。
そんな彼女の様子に、カイルは、呆れたように嘆息しました。

「全く……しょうがないな……」

 そう言って、床を磨いていた雑巾をその場に置くと、ふと、カイルが立ち上がります。
どうしたのかと首を傾げるリリアナに向き直って、カイルは、ぱちんと指を鳴らしました。

 すると、その時でした。
ぼふん、とカイルの横で煙が巻き上がったかと思うと、目の前に、巨大な黄金の馬車と、魔法使いの少女が現れました。

「こんにちは、リリアナさん。私、魔法使いのファフリよ」

 にこりと愛らしく笑って、ファフリが言います。
その横で、馬車の馬を操っている御者の少年も、笑顔を向けてきました。

「俺はユーリッドだ! よろしくな!」

 突然の出来事に、ぽかんと口を開けていたリリアナでしたが、はっと我に返ると、カイルの方を向きました。

「ま、魔法使い!? えっ、なに、カイル、何したの?」

 カイルは、再び床磨きを始めると、淡々と答えました。

「ユーリッドとファフリは、俺の知り合い。そんなに舞踏会に行きたいなら、二人に頼んで連れていってもらいなよ。その足とぼろぼろの服じゃ、王宮になんて行けないだろ」

「た、頼んで、って……」

 未だ状況が掴めず、唖然としているリリアナに、ファフリは魔法の杖を向けました。

「大丈夫、私達に任せて。いつも頑張ってるリリアナさんに、私達からの贈り物よ。──えいっ!」

 掛け声と共に、ファフリが杖を振ると、瞬間、眩い光に包まれて、リリアナは思わず目を閉じました。
そして、ゆっくりと目を開けて、驚きました。
ぼろぼろの服を着ていたはずの全身が、見たことがないくらい綺麗なドレスに、包まれていたのです。

「うわぁ、素敵……!」

 感じていた疑問など忘れて、身に纏うドレスに魅入ります。
深緑を基調とした、手触りのよいモスリンの生地に、たっぷりレースのあしらわれたスカート。
これなら、継母や姉達の着ていたドレスにも負けません。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.140 )
日時: 2018/02/21 17:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 感動して、言葉を失っているリリアナに、ファフリは言い募りました。

「それだけじゃないわ、リリアナさん。立ってみて」

 ファフリの言葉に、はっと顔をあげて、リリアナは息を飲みました。
小さい頃、火事に巻き込まれて以来、リリアナは歩いていません。

 恐る恐る、車椅子の足置きから足をずらして、床に置きます。
そして、肘置きを支えに、ゆっくりと身体を起こして、リリアナは、二本の足で床を踏みしめました。

「た……立てた……」

 呟いて、まじまじとファフリの顔を見つめます。
笑顔で頷いたファフリとユーリッドを見て、リリアナの胸に、喜びが沸き上がってきました。

「すごいっ、すごいわファフリちゃん! わあ、私、立ってる! ありがとう……!」

 パニエでふんわりと膨らんだスカートを掴み、リリアナがくるくると回ります。
そのはしゃぎっぷりに、カイルも苦笑しました。

「ふふ、喜んでもらえて、私も嬉しいわ! それじゃあ、最後に。リリアナさん、これも履いてみて」

 そう言うとファフリは、ガラスの靴をリリアナの足元に置きました。
澄み渡った湖面のように透明で、つやつやと美しいそのガラスの靴は、まるで、宝石のように輝いています。

 リリアナは、スカートの裾を持ち上げて、ガラスの靴を履くと、幸福を噛み締めるように何度も足踏みをしました。

「これで準備万端ね。王宮へ行くための馬車は、ユーリッドが運転してくれるわ。さあ、乗って!」

 ファフリに促されるまま、リリアナは、黄金の馬車に乗り込みます。
こんなに綺麗なドレスと靴を身につけて、豪華な馬車で王宮の舞踏会に参加できるなんて、夢のようです。

 ファフリは、喜びのあまり涙ぐんでいるリリアナを見て、言いました。

「リリアナさん、一つだけ注意事項なんだけれど、私の魔法は、夜の十二刻を過ぎて日付が変わると、解けてしまうの。だから、それまでには必ず戻ってきてね」

「ええ、分かったわ!」

 リリアナは頷いて、お礼を言いました。

「カイル、ファフリちゃん、本当に本当にありがとう! 私、今まで生きてきて、一番幸せよ。ちょっと緊張するけど、王子様に会ってくるわ!」

 カイルは呆れたように笑い、ファフリは頬を綻ばせて、手を振りました。

「よし、出発するぞ!」

 ユーリッドが、大きな声を言って、ぐいっと馬の手綱を引きます。
すると、馬が宙を駆け上がり、馬車全体がふわりと浮かびました。

 家の壁も屋根もすり抜けて、魔法の馬車は、天を渡ります。

 カイルとファフリに見送られて、リリアナは、王子様の待つ王宮へと向かったのでした。