複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.142 )
日時: 2018/03/18 19:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JbPm4Szp)




  *  *  *


 人間の国、サーフェリアの王都、アーベリト。
その中心に位置する王宮の大広間には、各街の領主や貴族たちが着々と集まり始め、談笑していました。

 今夜は、今年二十一を迎える王子、ルーフェン・シェイルハートが主催の、舞踏会が開かれる日です。
今日ばかりは、王宮が一般にも開放されているため、有力な貴族から一般国民まで、多くの人々が、一目ルーフェンを間近で見ようと、集まっていました。

 とりわけ、若い娘たちは、念入りにめかし込んで、ルーフェンの登場を待ちわびていました。
ルーフェンは、武勇の才に併せ、美しく整った容姿をしていることで有名な王子です。
舞踏会で、彼に見初められることがあれば、これほど幸運なことはないでしょう。
娘たちが、闘志を燃やすのも、無理のないことでした。



 大広間からの喧騒を聞きながら、ルーフェンは、窓の外を見ていました。

「うわ、すごい人数。さすが俺、モテモテって感じ?」

 王宮の正門に、吸い込まれるように入っていく大勢の人々を眺めて、ルーフェンが言います。
そのすぐ側に立つ、護衛のトワリスは、冷ややかな視線をルーフェンに向けました。

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと用意してください。大広間に出たら、そのだらしない顔もどうにかしてくださいね」

「えー? 俺、そんなだらしない顔してる?」

「してます! 綺麗な女の子が集まってきて、浮かれてるの丸分かりの顔してます!」

「いでででっ」

 ルーフェンの両の頬をつまんで、トワリスが叱責します。
ルーフェンは、つねられた頬を撫でながら、苦笑しました。

「全く、機嫌悪いんだから……」

「何か?」

「何でもないです」

 睨んできたトワリスから目をそらし、カフスの釦を止めると、ルーフェンは身支度を整えました。

「それじゃ、トワが怖いし、そろそろ準備に行くかな。ハインツくんは、どうする?」

 ふと、部屋の隅を見やると、ルーフェンが問いかけます。
その巨大な体躯を縮めるように、膝を抱えて座っていたハインツは、びくっと震えると、顔をあげました。

「い、いく……」

 か細い声で返事をして、ハインツが立ち上がります。
ルーフェンは、その様子を見て、くすりと笑いました。

「そう? なら、ハインツくんには、中庭から正門を見張っていてもらおうかな。一応門衛はいるけど、もし怪しい奴が王宮に入ろうとしたら、捕まえておいてよ」

「……分かった」

 ルーフェンの言葉に、歪な鉄仮面の奥で、ハインツの顔色が明るくなりました。

 ハインツは、トワリスと同じルーフェンの護衛でしたが、その屈強な見た目とは裏腹に、人前に出るのが苦手で気弱な性格でした。
だから、人間が大勢集まる大広間に行くのは、正直なところ避けたかったのです。

 こっちは任せて、という風に頷いたトワリスに頷き返すと、ハインツは中庭へと向かいました。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.143 )
日時: 2018/03/22 17:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)




 中庭の茂みに身を潜めると、ハインツはしばらく、正門に入っていく人々を見つめていました。
武器を所持した者がいないか、門衛に対して反抗的な者がいないか。
一人一人入念に気を配りながら、王宮に不遜な輩が入らないよう、見張ります。

 そうして、舞踏会の始まる夕刻になり、王宮の正門が閉まると、ハインツは、ふうと息を吐きました。
ルーフェンに言いつけられた役目は、これで終わりです。

 本当は、大広間に行って、トワリスと共に護衛としての役割を果たすべきなのでしょう。
しかし、やはりハインツは人前に出るのが苦手だったし、人々もまた、ハインツの古傷だらけの身体を見ると、怯えてしまう者が大半でした。
ハインツは、リオット族という巨人族の血を引く一族の出で、生まれつき力も強く、身体も普通の人間より、一回り以上大きかったのです。

 また、治療のおかげで進行はしていないものの、先天性の病気のせいで、顔を含めた全身の皮膚が、岩のように固く、歪にひきつっていました。
醜い皮膚を隠すため、顔には鉄の仮面をつけていましたが、それでも、人々はハインツを見ると怖がってしまいます。
自分が大広間に出ていくことで、舞踏会の賑やかな雰囲気を壊してしまうのは、本意ではありませんでした。

 人目につかないよう、王宮外の見回りでもしようかと、立ち上がった時でした。
がさがさと音がしたかと思うと、突然、茂みの奥が揺れて、そこから赤髪の女が跳び出してきました。

「いったたた……」

「…………」

 赤髪を二つに結い、深緑の上等なドレスを纏った、若い女性でした。
おそらく、舞踏会への参加希望者でしょう。

 驚いて、硬直しているハインツを見上げると、女は笑顔になりました。

「よかったー! 人がいた! やっぱり王宮って広いのね、入り口から正門まで、ものすごい距離があるんだもの。私、すっかり迷っちゃって……」

 髪やドレスについた葉っぱを払いながら、女が立ち上がります。
ハインツは、戸惑ったように一歩後退すると、正門の方を指差しました。

「……正門、あっち。閉まった、けど……多分、まだ大丈夫……」

「ほんと!? じゃあ間に合うのね!」

 小さなハインツの声に対し、女は元気よく答えます。
女は、ハインツの手をいきなり掴むと、ぶんぶんと振りました。

「教えてくれてありがとう! もう参加できないんじゃないかって困ってたから、助かったわ! 私、リリアナって言うの。城下から来たのよ。貴方は?」

 急に手を掴まれて、ハインツは、目を白黒させました。
人間の女性とこんな至近距離で話したことなんて、ほとんどありません。
まして、手を握られるなんて、初めてのことでした。

 今すぐ逃げ出したい気持ちを堪えて、顔を背けると、ハインツは言葉を絞り出しました。

「お、俺……ル、ルーフェン、の、護衛、で……」

「えっ!? 王子様の護衛!?」

 名乗ろうとしたところで、今度はリリアナがぐいっと顔を近づけてきて、ハインツが口ごもります。
しかし、そんなことには構わず、リリアナは興奮気味に話し始めました。

「王子様の護衛ってことは、いつも王子様のお側にいるってことでしょ! ね、王子様ってどんな方なの? やっぱり素敵な人?」

 きらきらと瞳を輝かせて、リリアナが詰め寄ってきます。
怖がるどころか、どんどん自分に迫ってくるリリアナに、ハインツはもう一歩後ろに下がりました。

「……えっと……や、優しい……」

「王子様は優しい人なのね! わあ、夢に見た通りだわ!」

 ようやくハインツの手を離すと、リリアナは、一層笑顔になります。
元々、悪い噂などは聞いたことがありませんでしたが、側近の護衛まで優しいと言うのだから、きっと王子は、本当に素敵な人物なのでしょう。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.144 )
日時: 2018/03/30 17:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)



 期待に胸を高鳴らせ、気合いを入れるために両頬を叩くと、リリアナは正門の方に向きました。

「本当にありがとう! 貴方、とっても親切なのね。それじゃあ、時間がないから、私行くわ! 今度また会えたら、お礼をさせてね!」

 そう言って、ドレスのスカートをたくし上げると、リリアナは駆け出します。
しかし、次の瞬間。
思いきり足を引っ掻けてつんのめると、リリアナは、盛大に転びました。

「い、たぁっ……!」

 足首をさすりながら、ゆっくりと上体を起こします。
普段は車椅子で生活しているリリアナにとって、踵の高い靴で歩くというのは、なかなか慣れないことでした。

 少し恥ずかしそうに笑って、リリアナは、再びハインツを見ました。

「あはは、うるさくてごめんなさい。私、歩くの下手みたいで。おまけに、こんなに踵の高いガラスの靴なんて、履いたことがないものだから……」

「…………」

 ハインツは、騒がしいリリアナの言動を、黙って見ていましたが、ややあって、彼女の足首が、少し赤くなっていることに気づきました。
赤くなっているだけではありません。
よく見れば、ガラスの靴に包まれた、その足の小指からは、痛々しく出血しています。
ここに来るまで、慣れない靴で走ってきて、足を傷つけてしまったのかもしれません。

 少しだけ手を彷徨わせた末、ハインツは、自分の服の一部を裂くと、ガラスの靴を脱がせて、リリアナの両足に巻いてやりました。
見た目は悪いですが、こうすれば、布が包帯代わりになるので、痛みが軽減されるでしょう。

 次いで、脆い飴細工にでも触るかのように、恐る恐るリリアナの足首を掴むと、ハインツは、もう一度彼女に靴を履かせました。
その仕草は、無骨な見た目からは想像できないほど優しく、丁寧です。

 なんとなく、ハインツの所作を見つめていたリリアナでしたが、やがて、彼が腰に手を差し入れてくると、慌てて口を開きました。

「わっ、そんな、私はもう大丈夫よ! 重いだろうし!」

 止める間もなく、ハインツの手が肩と膝下に伸びて、リリアナの身体が、ふわりと浮きます。
そのたくましくて分厚い腕に、軽々と持ち上げられた瞬間、リリアナの鼓動が、突然激しくなりました。

 心臓が、どくんどくんと不規則に跳ね上がって、内側から胸を叩きます。
経験したことのない感覚に、リリアナはただ呆然と、ハインツの腕に抱かれていることしかできませんでした。

 そんなリリアナの緊張をよそに、ハインツは、茂みを飛び越え、正門へと続く平坦な道まで出ると、彼女を下ろしてやりました。

「ここ、まっすぐ、行くと……正門、だから」

 もう一度正門への行き方を示してやりながら、ハインツがリリアナから手を引きます。
リリアナは、何度か瞬くと、高い位置にあるハインツの顔を、まじまじと見上げました。

「……あ、ありがとう。すごく力持ちなのね」

 一瞬、焦ったように、ハインツが手を震わせます。
目が合った瞬間、素早く距離をとって、ハインツはもじもじと縮こまりました。

「さ、触って、ごめん……」

 それから、リリアナに背を向けると、ハインツは小さく頭を下げました。

「それじゃあ……ば、ばいばい……」

「あ、うん。ばいばい……」

 つられて手を振って、歩いていくハインツの背中を見送ります。

 見たこともないくらい、広くて筋肉質な背中。
そういえば、先程手を握った時も、彼の手は大きくて、とても温かいものでした。

 抱き上げられたときの、太くてたくましい腕。
見た目に反して内気で、優しそうな声。
それらを思い出すと、鼓動がより一層激しくなり、リリアナの頬は、かっと熱くなったのでした。


Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.145 )
日時: 2018/04/03 20:47
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: h4V7lSlN)



 正門に並んでいた門衛に事情を説明し、なんとか王宮内に入れてもらうと、大広間では、既に舞踏会が始まっていました。
豪華な食事に手をつける者や、楽しげに談笑する者、楽団の演奏に合わせ優雅に踊る者など、沢山の人々が、皆思い思いに過ごしています。

 リリアナは、同じく舞踏会に参加しているはずのアドラ義母さんと、二人の姉であるアレクシア、キリスに見つからないよう、こそこそと人々の間に入っていくと、ひとまず、料理が並ぶテーブルの近くに着きました。

 どうやら、リリアナのような平民階級の人々は、食事に夢中になっている者がほとんどのようです。
折角来たのだから、流れる音楽に合わせてダンスをしてみたい気持ちもありましたが、大広間の中心で踊る、きらびやかな貴族たちの輪に入っていくのは、少し躊躇われました。

(まあ、よく考えたら、ダンスなんて踊ったことないし、仕方ないわよね)

 近くの大皿に盛り付けてあった肉団子を口に放り込み、リリアナは、華やかな貴族たちのダンスを、ぼんやりと見つめていました。

 王宮に来るまでは、夢に見るくらい、舞踏会で王子様と踊ることに憧れていたのに、何故でしょう。
今は、美味しい食事も、優雅に踊る貴族の男女も、リリアナの目には、それほど魅力的なものには映りませんでした。

 ふと、視線を落とすと、裂かれた布切れに包まれた自分の足が、目に入ります。
先程、正門への行き方を示してくれた、大男が巻いてくれたものです。
彼の温かい手の感触を思い出して、リリアナは微かに嘆息しました。

(結局、名前を聞きそびれちゃったな……)

 舞踏会を抜けて、今からでも彼を追いかけようか。
そう考え付いた、その時でした。
不意に、音楽が止んだかと思うと、辺りにざわめきが走り、その場にいた者達の目が、広間の大階段へと向かいました。
本日の主役──王子ルーフェンが、ようやく姿を現したのです。

 人々が見守る中、護衛のトワリスを連れ立って、ルーフェンが、ゆっくりと階段を下り始めます。
一歩、また一歩と踏み出す度に、透き通るような銀髪が揺れ、左耳に下がる緋色の耳飾りが、きらりと光りました。
余計な装飾のない、深蒼を基調としたシンプルな正装は、王子の優美さを一層際立たせています。

 伏せられた睫毛を上げ、どこか神秘的な雰囲気を孕んだ銀の瞳を大広間に向ければ、人々が感嘆の声を漏らします。
一心にこちらを見上げる者達を見渡しながら、ルーフェンは、美麗な笑みを浮かべたのでした。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.146 )
日時: 2018/04/04 06:45
名前: 爆走総長ナオキ ◆UuU8VWSBGw (ID: pmOIN4oE)



この小説

おもしろいと 思うよ?

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.147 )
日時: 2018/04/10 19:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)



 周囲を警戒し、気配を探っていたトワリスは、ルーフェンを見つめる人々の中に、懐かしい赤髪を発見すると、思わず呟きました。

「あれ、リリアナ……?」

 その声に反応して、ルーフェンが、小声で答えます。

「知り合いでもいた?」

「あ、はい。あの、赤髪を二つに結ってる子が……」

 同じく小声で答えて、トワリスがリリアナを見つめます。
ルーフェンは、沢山いる人々の中から、該当するであろう赤髪を見つけると、トワリスの方に振り返りました。

「テーブルの近くにいる子?」

「はい。ちょっと遠くて見えづらいけど、多分そうです。リリアナは、私の幼馴染みで……。まさかこんなところで会うと思わなかったので、ちょっと驚きました」

 僅かに頬を緩ませて、トワリスが言います。
ルーフェンは、ふーん、と返事をしてから、少し面白そうに笑いました。
そして、トワリスを置いて、階段を下りると、真っ直ぐリリアナの元に歩き始めました。

 驚いた人々が、ルーフェンの通り道を空け、その行方を見守ります。
そうして、リリアナの前にたどり着くと、ルーフェンは尋ねました。

「君が、リリアナちゃん?」

「えっ、はい……えっ!?」

 動揺したリリアナが、思わず持っていた串から肉団子を落としかけて、慌てて口に投げ入れます。
まさかルーフェンが、自分の前で止まるとは思わず、リリアナは、急いで口の中のものを飲み込みました。
 
「はいっ、えっと、私がリリアナですが……!」

 早口で答えてから、手櫛で髪を整えます。
ルーフェンは、にこりと笑うと、リリアナの前に手を差し出しました。

「私と踊って頂けますか?」

 再び、大広間にざわめきが起こります。
リリアナは、しばらくぽかんと口を開けて、ルーフェンの手を見つめていましたが、やがて、はっと瞠目すると、辺りをきょろきょろも見回してから、言いました。

「わっ、わ、私ですか!?」

「うん、そう」

 慌てふためくリリアナに対し、ルーフェンが笑顔のまま頷きます。

 弟のカイルには、「可能性はゼロじゃない」と言い放ったもの、いざ本当に王子からダンスを申し込まれると、頭が真っ白になりました。
夢の中でなら何度も経験しましたが、実際にダンスに誘われたり、人前で踊ったことなどありません。

 リリアナは、大きく目を見開いたまま、ひとまずルーフェンの手をがしっと握りました。

「あのっ、とっても嬉しいお誘いなんですけれど、私、ダンスしたことないんです! それでも問題ありませんか!」

 顔を近づけてきたリリアナに、ルーフェンが、少し驚いたように瞬きます。
それから、楽しそうに笑むと、力強く握ってくるリリアナの手を外して、自分の手に添えるように取り直しました。

「大丈夫、こんなの、音楽に合わせて揺れていればいいんだから」

 これまでの神聖な雰囲気とは打って変わった、軽い口調で告げてから、ルーフェンはリリアナの手を引きます。
大勢の注目を浴びる中、二人が大広間の中心に歩み出すと、止まっていた音楽が、また流れ始めました。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.148 )
日時: 2018/04/16 22:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)




 戸惑いながらも、ルーフェンに導かれて、リリアナはステップを踏みます。
優雅な音楽に合わせ、周囲の動きも真似ながら必死に踊っていると、ルーフェンが、周りには聞こえないように、小さな声で尋ねました。

「君は……城下のどの辺りの出なの?」

 リリアナが、はっと顔をあげます。

「あっ……城下って言っても、かなり南の方の、平民街に住んでます!」

 言ってから、話を途切れさせてはいけないと思ったのか、リリアナは続けました。

「でも、いつかは城下の中央区で、自分の小料理屋を出すのが夢なので、もしそれが叶ったら、王子様も遊びに来てくださいね!」

 ルーフェンは、ささくれたリリアナの手先を一瞥してから、微かに破顔しました。

「それは行ってみたいな。料理、得意なんだ?」

「はい! 王宮で出るようなお料理に比べれば、安っぽい味かもしれませんけど、それでも、腕前だけで言えば負けませんよ」

 好きな料理の話題になって、いくらか緊張が解れてきたのか、リリアナは、くるくると表情を変えながら話し始めました。

「いつか、王子様も唸らせるような絶品料理を作って見せるので、絶対来てください! あ、でも、踊りに誘って頂いた上に、今後お店にまで招待したら、周りの女の子達に妬まれたりしちゃうのかな。あんた王子様に馴れ馴れしいのよ! とか、路地裏に呼びつけられて修羅場に発展! とか……。すごいわ……! そんな作り話のような展開、やっぱり王宮では日常的にあるのかしら。女同士の血で血を洗う争い、みたいな。今も、周りの貴族の方々が、私のこと睨んでますもんね!」

 自分に向けられた羨望と嫉妬の眼差しに、怯えるどころか、何やら興奮した様子で、リリアナが捲し立てます。
ルーフェンは、くすくす笑うと、リリアナを見つめました。

「さあ、どうだろうね。仮にそんな展開になったとしても、君なら大丈夫そうな気もするけど。でも、もし本当に血で血を洗う争いになったら、責任とるから、俺に相談してよ」

 冗談めかして言うと、リリアナも、おかしそうに笑いました。

「駄目ですよ! こういう女同士の争いは、男の人が入ってくると、余計ややこしくなるんですから」

「なるほど? じゃあ、うちの身軽な護衛を派遣しようかな。どうも、君とは仲が良いみたいだから」

 そう言って、広間の奥にある大階段に立つトワリスを目線で示すと、リリアナの目が、途端に丸くなりました。

「トワリス……!」

 思わず大きな声が出て、慌てて口をつぐみます。
しばらくトワリスを見つめた後、再びルーフェンに視線を戻すと、リリアナは問いかけました。

「……トワリスって、もしかして、王子様の護衛役をやってるんですか?」

「うん、そうだよ」

 ルーフェンが頷くと、突然、リリアナの唇が震え始めました。
踊ることも止め、ひゅっと息を吸うと、彼女の目から、大粒の涙が溢れ出します。

「そ、そうだったんだ……よかった、よかった……」

 ずびずびと鼻をすすって、リリアナは言いました。

「トワリスは、私の、小さい頃からの親友なんです……! 連絡、とれてなかったけど……小さい頃からずっーっと、王族付きの、魔導師になりだいって言ってだから……よかった……! なれたんですね……。ほんと、よかった……」

 リリアナは、ドレスの袖で、濡れた顔をごしごしと拭いました。
思いがけない親友との再会に、涙が止まりません。

 まだリリアナが十三歳で、父親が再婚する前のこと。
トワリスは、リリアナの家に一時的に住んでいたことがありました。
魔導師団に入団するからと言って、すぐに出ていってしまったので、それ以来、トワリスとリリアナは一度も会えていませんでしたが、その頃からトワリスは、王族専属の護衛になることを目標にしていたのでした。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.149 )
日時: 2018/04/20 20:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)




 その時ふと、“護衛”という言葉に、先程出会った、あの大男のことを思い出しました。
歪な鉄仮面をつけた、一見恐ろしい風体をしたあの大男。
確か彼も、ルーフェンの護衛だと言っていました。

 リリアナは、さっと顔をあげると、ルーフェンに詰め寄りました。

「あの! この舞踏会が終わった後で、トワリスともう一人……王子様の護衛をしてるって言う、おっきい男の人に会わせてもらえませんか!」

「おっきい男の人……?」

 トワリス以外の名前も出されて、ルーフェンは、首をかしげました。
リリアナは、こくこくと何度も頷きます。

「そうです! おっきくて、見た目は怖そうなんですけど、でもすっごく優しい声で話す男の人!」

 両手を広げ、大男の体格を表現しながら説明すると、ルーフェンが、ああ、と頷きました。

「もしかして、ハインツくんのこと? 顔に、鉄仮面つけてる……」

「そう! その人です!」

 リリアナは、ぱっと目を輝かせました。

「実は、ここに来る前、迷っているところを、そのハインツくんに助けてもらったんです……! あの時は急いでいたから、名前も聞けなくて……。だから、もう一度会いたいんです!」

「…………」

 トワリスの話題が出たときとは、また違う。
生き生きとした瞳で、リリアナはルーフェンを見つめました。
ルーフェンは、そんなリリアナの顔を、少し意外そうに眺めていましたが、やがて、ふっと微笑みました。

「へえ。リリアナちゃん、ハインツくんのこと気になるの?」

「……え……?」

 一瞬、きょとんとした顔つきになって、リリアナが瞬きます。
ルーフェンは、笑いを噛み殺してから、なんでもないよ、という風に首を振りました。

「……まあとにかく、事情は分かったよ。元々、トワのところに連れていこうと思って、君に声をかけたんだ。トワもさっき、リリアナちゃんのこと、懐かしそうに見てたしね。ご希望通り、場を用意してあげる」

「本当ですか……! ありがとうございます、王子様!」

 表情を明るくしたリリアナが、勢いよく頭を下げます。
ルーフェンは、面白そうに目を細めると、ぽつりと呟きました。

「……でも、ちょっと妬けちゃうな」

 頭をあげたリリアナの手を取り、その身体を引き寄せます。
突然距離を詰められて、硬直したリリアナの耳元に顔を寄せると、ルーフェンは囁きました。

「誘ったのは俺なのに、リリアナちゃん、さっきからずっと、別の人のことばっかり考えてるから」

 それだけ言うと、ぱっと手を離して、ルーフェンはリリアナの身体を解放しました。
会話の内容こそ漏れ聞こえてはいないものの、このルーフェンの急な行動には、周囲の者達も思わず目を見張ります。

 ルーフェンが離れても、リリアナは、しばらく動けませんでした。
舞踏会に参加できただけでなく、憧れていた王子本人に、ダンスに誘われて、その上、こんな甘い台詞まで囁かれて──。
今日は本当に、なんて幸せな日なのでしょう。

 けれど、気持ちが舞い上がる一方で、ルーフェンの姿を見ても、リリアナの胸は高鳴りませんでした。
透き通った銀の瞳で見つめられて、艶のあるテノールで話しかけられても、それは、リリアナの求めているものとは違います。

 彼女がもう一度触れたいと思うのはやはり、自分を抱き上げてくれた、あの力強い温かい腕だったのです。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.150 )
日時: 2018/04/26 20:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JbG8aaI6)



 ルーフェンと共にいて、はっきりとそう自覚した、その時でした。
城下に建つ巨大な時計台から、夜の十二刻を告げる鐘が響いてきました。

 重々しいその音は、遠い王宮の大広間にまで渡り、舞踏会を楽しむ者達の耳にも届きます。
リリアナは、焦って声をあげました。

「えっ、もう十二刻!?」

 夜の十二刻──そう、ファフリが言っていた、魔法の解ける時間です。
魔法が解けてしまったら、リリアナはもう歩けなくなってしまうし、用意してもらったこのドレスも、消えてなくなります。
このまま王宮にいては、リリアナは帰れなくなるどころか、全裸になってしまうのです。

 鐘の音など気にせず、何かを探るような目付きで、こちらを見ているルーフェンの手を、リリアナは両手で握りました。

「王子様、素晴らしい時間をありがとうございます! 貴方は本当にかっこよくて素敵な王子様だと思うけど、でも、私の王子様ではなかったみたい! 私にとっての王子様は、ハインツくんだったの……!」

 早口で言うや否や、ルーフェンから離れて、リリアナは、スカートを捲し上げました。

「ごめんなさい、私、もう帰らなくちゃいけないんです! トワリスとハインツくんに、伝えてください! 絶対また会いに行くから、待っててねって……!」

「えっ、ちょっ──」

 そのまま踵を返して、正門へと走り出します。
やはり走るのは慣れず、途中でガラスの靴が片方、脱げてしまいましたが、構わずリリアナは外に飛び出しました。
今は、時間がありません。
公衆の面前で、全裸になるのだけは御免です。

 まるで嵐のように去っていったリリアナを、大広間にいる人々は、ぽかんとした表情で見つめていました。
ルーフェンも、残された硝子の靴を拾い上げると、それを見て、しばらく佇んでいたのでした。



Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.151 )
日時: 2018/04/29 04:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)



 舞踏会を終えた、その翌朝。
ルーフェンは、王宮のテラス席で、リリアナが落としていったガラスの靴を弄っていました。
陽光を受け、つやつやと輝く透明な靴には、よく見ると、サーフェリアのものではない、独特の紋様が彫られています。

 なんとなく、その紋様を目で辿っていると、向かいに座っていたトワリスが、口を開きました。

「それ、リリアナが履いていた靴ですか?」

「ん? ああ、そうだよ」

 答えてから、トワリスにガラスの靴を手渡します。
トワリスは、靴をじっと見つめ、それからルーフェンの方を一瞥すると、ややあって、小さく笑い始めました。

「なに、どうしたの?」

「い、いえ……っ、ちょっと、思い出し笑い……」

 いつもしかめっ面のトワリスが、肩を震わせながら、おかしそうに笑っています。
その様子を、珍しげにルーフェンが見つめていると、トワリスが、途切れ途切れに呟きました。

「私の、王子様では、なかったみたい! って……リリアナ、面白すぎ」

「…………」

 舞踏会で、リリアナがルーフェンに言った台詞を思い出しながら、トワリスは咳き込むほどに笑います。
ルーフェンは、途端に無表情になると、大袈裟にため息をつきました。

「なーにを笑ってんのかと思ったら、俺が振られたところを思い出してたわけ? トワったら悪趣味ー」

「だ、だって……っ、あんな、あっさり振られてるところ、初めて見たから」

「失礼だなぁ。今回俺は、引き立て役として頑張ったのに」

 わざとらしく唇をとがらせ、ルーフェンがぼやきます。
しかし、涙を浮かべて笑うトワリスを見ると、微かに笑って、肩をすくめました。

「リリアナ、って……?」

 ルーフェンの側に、無言で佇んでいたハインツが、ふと尋ねます。
ルーフェンは、ハインツの方に振り返りました。

「ハインツくん、名前知らなかった? リリアナちゃんって、トワの幼馴染みで、昨日の舞踏会に参加してた女の子なんだけど。王宮で迷ってるところを、君に助けてもらったって言ってたよ。覚えてない? ほら、赤髪で二つ結びの、はきはきした子。ガラスの靴を履いててさ」

「…………」

 ハインツは、少し考え込むように俯いてから、トワリスが持つガラスの靴を見ました。
そして、昨日、王宮の中庭で会った娘が、リリアナと名乗っていたことを思い出すと、ルーフェンに頷いて見せました。

 ルーフェンは、にやっと笑いました。

「リリアナちゃん、昨日のお礼に、もう一度ハインツくんに会いたいって言ってたよ? 会ってみる?」

「…………」

 ルーフェンが、何かを企んでいるような顔つきになります。
ハインツは、困ったように口ごもりました。

 お礼と言われても、いざリリアナに会ったところで、自分は何を話したらいいのか分かりません。
それに、助けたと言っても、怪我をしていた足に布を巻いて、正門までの道を教えただけです。
わざわざ会って、お礼を言われるほどのことではないように思えました。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.152 )
日時: 2018/05/03 22:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)


 ハインツが沈黙していると、ルーフェンは苦笑しました。
それから、ガラスの靴をトワリスから受け取ると、今度はハインツの手にそれを渡しました。

「ま、いいや。とりあえず、そのガラスの靴を返しがてら、リリアナちゃんのこと王宮に連れてきてくれない? 俺、あの子、気に入っちゃった」

「…………」

 ガラスの靴を手に持ったまま、ハインツが固まります。
連れてきてくれ、ということは、つまり、ハインツがリリアナを迎えに行かなければならない、ということです。
城下に下りた経験くらいはありますが、たった一人で人間だらけの街に行って女性を探すなんて、不安で仕方ありません。

 断ろうとして、一方で、仮にも王族付きの護衛が、いつまでも極度の人見知りというのもどうなのだろう、という思いが突き上げてきて、ハインツが何度も口を開閉します。
慌てるハインツを面白そうに見ながら、ルーフェンは続けました。

「リリアナちゃんは、城下の南区に住んでるらしいよ。ね? お願い」

「…………」

 懇願されて、思わず言葉を詰まらせます。
ガラスの靴と、ルーフェンの顔を何度も見て、やがて、小さく頷くと、ハインツは言いました。

「分かった……行く……」

 ガラスの靴を握り直し、ハインツが踵を返します。
とぼとぼと歩いていくハインツの背中を、ルーフェンは、手を振って見送ったのでした。

 ハインツがテラスから出ていくと、トワリスは、ルーフェンを胡散臭そうに見つめました。

「……ルーフェンさん、何か楽しんでるでしょ」

「んー?」

 トワリスの方に振り返って、ルーフェンが椅子に座り直します。
笑いをこらえようともせずに、ぷっと吹き出すと、ルーフェンは言いました。

「だって、あのハインツくんに、だよ? 面白いに決まってるじゃん」

「面白いって……」

 トワリスは、怪訝そうに顔をしかめました。

「リリアナはともかく、ハインツは、リリアナのこと、なんとも思ってないように見えますけど……」

 ルーフェンは、楽しげに答えました。

「いいじゃんいいじゃん。リリアナちゃんみたいな賑やかな知り合いが出来たら、ハインツくんの人見知りも、多少はましになるかもよ」

「それは、そうかもしれませんが……」

 言ってから、トワリスが、呆れたように息を吐きます。

「ルーフェンさんって、意外とお節介焼きたがりますよね。……いや、からかってるだけか」

「人聞き悪いなぁ」

 ルーフェンは、ひょいと眉をあげました。

「トワも気になる人がいるなら、お節介焼いてあげるよ」

「いりません」

 はっきりと拒絶して、トワリスがむっとした表情になります。
ルーフェンは、くすくすと笑うと、どこか嬉しそうに呟きました。

「まあ、トワのしかめっ面は今日も絶好調だし、今はそれでいいや」

 つい先程まで笑っていたのに、今度は不機嫌そうにそっぽを向いてしまったトワリスを見て、ルーフェンは肩をすくめたのでした。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.153 )
日時: 2018/05/10 18:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)




  *  *  *


「シンデレラ、洗濯物は終わったのか」

 野太いアドラ義母さんの声で、リリアナは、はっと我に返りました。
手元の籠を見れば、まだ洗われていない洗濯物が、大量に入っています。

 リリアナは、慌てて返事をしました。

「……ぁ、ああ! 洗濯物ね! ごめんなさい、今すぐやるわ!」

 車椅子の車輪を器用に操って、リリアナが、外の洗い場へと向かいます。
しかし、その途中には点々と洗濯物を落としているし、出ていったあとも、家の扉を開けっぱなしにしています。

 アドラ義母さんとキリス姉さんは、開いた扉の隙間から、リリアナの方を伺いました。

「……どうも、三日前の舞踏会以来、シンデレラの様子がおかしいですね。話しかけても上の空で、ぼーっとしてばかりのようです」

 訝しげに目を細めて、キリス姉さんが言います。
アドラ義母さんは、うむ、と頷くと、床を磨いているカイルに尋ねました。

「カイルよ、何か聞いていないか。確かにここのところ、シンデレラはぼんやりとため息をつくばかりだ。あの舞踏会の席で、何かあったとしか思えん。そもそも、何故シンデレラは舞踏会に現れたのだ。参加を許した覚えも、あのようなドレスを与えた覚えもないぞ……」

 ぶつぶつとこぼしながら、アドラ義母さんが唸ります。
カイルは、ちらりとアドラ義母さんのほうを見ました。

「さあ? 知らないよ。俺は舞踏会に参加してないし、何があったのか検討もつかないね。アレクシア姉さんは、男でも出来たんでしょ、って言ってたけど」

 冷めた口調で答えて、カイルは床磨きを再開させます。
本当は、舞踏会の日に魔法使いを呼んだのも、リリアナを見送ったのもカイルでしたが、そのことをばらすつもりはありませんでした。

 アドラ義母さんたちは、舞踏会に参加していたので、リリアナが王子ルーフェンからダンスに誘われ、周囲の注目を集めていたことを知っています。
しかし何故、家事を言いつけられていたはずのリリアナが、舞踏会に来たのか、という経緯は知りません。
怒られると分かっていて、わざわざその経緯を話す気は、毛頭ありませんでした。

「全く盛りおって小娘……アレクシアの奴も、舞踏会で捕まえたとかいう伯爵家のぼんぼんと出掛けおったし……。やはりシンデレラは、あの舞踏会の日に、王子に惚れたとしか考えられませんな!」

 そう言って、キリス姉さんが、忌々しげに鼻に皺を寄せます。
アドラ義母さんは、腕組みをしました。

「……どうなのだろうな。流石に話す内容までは聞こえなかったから、何とも言いがたいが……。私には、シンデレラと王子が、それほど親密な関係にも見えなかった」

 キリス姉さんは、猫の髭を撫で付けながら、刺々しく言いました。

「そりゃあ、公衆の面前だったからでしょう! まず、王子自らが、わざわざ平民であるシンデレラをダンスに誘った時点で、二人の間には何かあったと考えるのが妥当ではありませんか!」

「うむ、それは確かにそうだが……」

 アドラ義母さんとキリス姉さんが、様々な憶測を巡らせていた──その時でした。
通りの方から、のそのそと足音が聞こえてきたかと思うと、庭先に、突然歪な鉄仮面をつけた、巨漢が現れました。
──ハインツです。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.154 )
日時: 2018/05/17 20:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: zh8UTKy1)




 盥(たらい)に水を貯めたまま、ぼーっとして手を止めていたリリアナは、ハインツの姿を見ると、目を丸くしました。
そして、持っていた洗濯籠を落とすと、そのまま車椅子を操って、ハインツの元に走り寄りました。

「ハ、ハインツくん! どうしているの!?」

 迫ってきたリリアナに、思わずびくりとして、ハインツが後退します。
ハインツは、リリアナと、家の扉の奥から、こちらを凝視しているアドラ義母さんたちを見て、戸惑ったように視線をさまよわせました。
しかし、やがてリリアナのほうに向き直ると、持っていたガラスの靴を差し出して、言いました。

「……これ、返したくて、ずっと、探してた。あと、ルーフェンが、王宮、きてほしいって……」

 リリアナが瞠目して、ハインツの顔を見つめます。
同時に、様子を見守っていたアドラ義母さんとキリス姉さんも、はっと目を見開きました。

「おっ、王宮に来てほしいですって!? もしやこれは、私の読み通り、ルーフェン王子とシンデレラは相思相愛で、王子が去り際に彼女が落としていったガラスの靴を手掛かりにシンデレラを探し出し、最終的に妻として迎える……というやつでは!?」

 早口で言って、キリス姉さんがわたわたと慌て出します。
アドラ義母さんも、目付きを鋭くすると、厳しい声で言いました。

「ああ、どうやらそのようだな。我々とて着飾って舞踏会に参加したというのに、シンデレラだけが王子に選ばれるなど、納得がいかん! 阻止するぞ、キリス!」

「にゃー!」

 言うや否や、アドラ義母さんとキリス姉さんが、勢いよく家から飛び出しました。

「ちょっ、何する気だよ!」

 咄嗟にカイルが止めようとするも、二人の素早さには追い付けず、アドラ義母さんとキリス姉さんは、ハインツ目掛けて地を蹴ります。
キリス姉さんは途中で転びましたが、アドラ義母さんは、まるで稲妻のような速さで、ハインツの腹部に突進しました。

「──ふんっ!」

「……っ!?」

 どすっ、と鳩尾を殴られたような衝撃が来て、ハインツが吹っ飛ばされます。
咄嗟に受け身は取りましたが、直前までリリアナに気をとられていた上、獣人であるアドラ義母さんに力一杯飛び付かれては、流石に踏ん張りが利きません。

 ハインツを押し倒した後、すぐさま跳ね起きると、アドラ義母さんは鼻で笑いました。

「王族付きの護衛といえど、まだまだだな。これに懲りて、シンデレラには近づくなと、王子に伝えてくれ」

 次いでアドラは、ぽかんとした表情のリリアナを見て、続けました。

「お前は早く、洗濯物を片付けろ。ここ二日ほど、雨続きで洗濯物が溜まっているのだ。今日のような晴れの日を、逃すわけには行かない。分かったな?」

 それだけ言うと、アドラ義母さんは、倒れ込むキリス姉さんを引きずって、家の中へ入っていってしまいました。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.155 )
日時: 2018/05/24 19:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)




 しばらく、呆然と事態を眺めていたリリアナは、やがて、家の扉が閉まると、慌ててハインツの元に向かいました。

「ハインツくん、大丈夫!? ごめんね、うちのお義母さん、昔、とある国の兵団長やってたらしくて、めちゃくちゃ強いのよ……」

「……大丈夫」

 心配そうなリリアナに対し、低い声で返事をしてから、ハインツが立ち上がります。
ですが、ふと動きを止めると、ハインツは、はっと息を飲みました。

「……どうしたの?」

 突然動かなくなったハインツの顔を覗き込んで、リリアナが問いかけます。
つかの間、一言も発さずに固まっていたハインツは、ややあって、わなわなと震えだすと、呟きました。

「く、くつが……」

「靴?」

 聞き返してから、リリアナが、ハインツの視線を辿ります。
そうして、ハインツの見つめる先で、あのガラスの靴が粉々に割れてしまっているところを発見すると、リリアナも、思わずあっと声をあげてしまいました。

「ガラスの靴が……割れ、ちゃった……」

 恐らく、アドラ義母さんに突進された拍子に、割れてしまったのでしょう。
ハインツは、先程まで靴を握っていたはずの自分の手を見て、それからもう一度ガラスの靴の破片を見やると、ゆっくりとその場にしゃがみこみました。

 涙がにじんできて、喉の奥に、熱い塊が込み上げてきます。
このガラスの靴は、ルーフェンから預かった、大切なものです。
城下の平民街を三日もかけて巡り、ようやく探しだしたリリアナに、返しに来たものです。
それを割ってしまったと思うと、とてつもない罪悪感が、ハインツの胸の中に湧いてきました。

 しゃくりあげ、唸るように泣き出したハインツに、リリアナは、ぶんぶんと首を振りました。

「そ、そんな、泣かないでハインツくん! ハインツくんのせいじゃないわ! 確かにこの靴は、ファフリちゃんからもらった大事な靴だけど、でも、今のはしょうがないもの! ね、だから気にしないで!」

 明るい声で元気付けようとするも、ハインツの嗚咽は激しくなるばかり。
やがて、声をあげて泣き出したハインツに、リリアナも、悲しげに眉を下げました。

「……お願い、泣き止んで? 私まで悲しくなっちゃうわ。私、舞踏会の時は、魔法の力で歩けるようになってたのだけど、本当は、見ての通り足が不自由なの。だから、普段はガラスの靴なんて履けないし、本当に気にしないでちょうだい」

「でも……っ、これ、大事な……。ごめん……」

「……ハインツくん……」

 仮面を伝ってあふれでてくる涙を拭いながら、ハインツが、何度も何度も謝ります。
リリアナは、長い間、困ったようにその様子を見つめていましたが、やがて、何か決心したように車椅子から下りると、ハインツの前にぺたんと座り込みました。

「……分かったわ、ハインツくん。そんなに気になるなら、私のお願いを、一つ聞いて? それで、この靴のことは水に流しましょう」

「……?」

 顔をあげて、ハインツが、微かに首をかしげます。
リリアナは、ハインツの大きくてごつごつした手を、ぎゅっと両手で握ると、大声で言いました。

「ハインツくん! 私と、結婚してください!」

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.156 )
日時: 2018/05/29 19:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)



 ひゅっと涙が引っ込んで、ハインツが凍りつきます。
今、一体何を言われたのか。
一拍置いてから、混乱し始めたハインツをよそに、リリアナは続けました。

「あっ、いきなり結婚は早いかしら! まずはお付き合いしてください、って言うべきよね。ううん、私はもちろん、段階すっ飛ばして結婚でも良いんだけど……!」

 リリアナは、満面の笑みをハインツに向けました。

「私ね、王宮で助けてもらったときから、ハインツくんのことが好きになっちゃったの! ああ、これが恋、運命の出会いってやつねって思ったわ! 力持ちなところも、優しいところも、泣いちゃうところも、控えめなところも、全部全部、大好きなの!」

 仮面をしていても分かるくらい、動揺して顔を強張らせると、ハインツは、リリアナの手を振りほどこうとしました。
しかし、その手を逃がすまいと握り直して、リリアナが言い募ります。

「私、お料理なら得意よ! まだ知り合って間もないし、急に恋人同士になるのは抵抗があるっていうなら、まずはお友達からでも良いわ! 今度、一緒にご飯食べましょう? ハインツくんは、何が好き? 私、ハインツくんが、私のことお嫁さんにしたいって思うくらい、とびっきり美味しいご飯を作って見せるから、ね? お願い!」

 ぐいぐいと距離を近づけてくるリリアナに、ハインツがたじろぎます。
困惑した表情で後ずさりながら、青くなって、赤くなって、最終的に小動物のように震えだすと、ハインツは、蚊の鳴くような小さな声で、答えました。

「……る、から……」

「え!?」

「……と、友達……なる、から……手、離して……」

「ほんとに!? やったぁ! ありがとうハインツくんっ!」

 両手をあげ、歓喜の声を出すと、リリアナは、今度はハインツの首にしがみつきました。
仰天したハインツが、怯えたように縮こまりますが、彼にはもう、逃げ出すほどの気力がありません。

 まさか、ぶん殴って引き剥がすわけにもいかず、ハインツは、リリアナが満足するまで、抱き締められる羽目になったのでした。



 その後、晴れてお友達同士になったハインツとリリアナは、ほぼ毎日のように顔を合わせるようになりました。
リリアナが、毎日お弁当を作って、王宮で働くハインツに、届けるようになったからです。

 アドラ義母さんたちも、相手が王子ではないのならと、もうリリアナの恋路を邪魔してくることはありません。
カイルに呆れられても、トワリスに諌(いさ)められても、リリアナの猛攻は、止まりませんでしたとさ。
 
 めでたしめでたし。



…………………


 シンデレラパロディ、いかがでしたでしょうか。
今回は、桃太郎よりも真面目に、ちゃんと恋愛ものっぽく書こうと思ってたんですが、結局アドラさんを義母役にしちゃったり、ルーフェンをチャラい王子にしちゃったりしたので、中途半端なギャグものになっちゃいました(笑)
まあ外伝なんで、適当で良いでしょうw

 本編ではまだあまり触れていない、ハインツ×リリアナ、あとはほんのりルーフェン×トワリスって感じのお話でした。
ハインツくんはね……個人的にすごい気に入ってて、とにかく可愛い奴だと思ってます( ´∀`)
リリアナに押されまくってちょっと不憫な感じになってますが、そういうところも面白いなと思って、どぎまぎしてもらいました!

 相変わらず外伝はふざけて書いてます、はい(笑)
本編がシリアスな時とか、息抜きに外伝に遊びに来ていただけたら嬉しいです(*^^*)

 それでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございましたー!