複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.15 )
日時: 2017/12/29 23:50
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

「ただ、やっぱりお城の人が心配しちゃうし……乳母のメリルさんも、しばらくは遊びに行くなんて駄目って……」

 部屋の空気が、どんよりと重いものになる。
仕方がないこととはいえ、双方の落胆ぶりは激しかった。

 ファフリは、うつむくユーリッドを見て、またじんわりと目頭が熱くなってくるのを感じた。
自分が遊びに行けなくなったということと、ユーリッドに迷惑をかけたという二つの事実が、重く心にのし掛かってくるようだった。

 ファフリは、引き結んでいた唇を緩めて、笑顔を作った。

「……ユーリッドは、遊びにいって? 折角雪が降ったんだもん。ユーリッドなら、街にいる皆とも遊べるし……」

 ユーリッドが、俯いていた顔を上げた。
ファフリはそんなユーリッドの目をまっすぐに見つめながら、続けた。

「私は風邪を引いちゃって行けないけど、雪なんて、またいつか降るもの。楽しみがちょっと先延ばしになっちゃっただけだよ。だから、ね? 私のことは気にしないで、ユーリッドは遊びに行って?」

「……でも、俺……」

「ほら、早くしないと、遊ぶ時間が少なくなっちゃう」

「…………」

 口ごもるユーリッドに歩み寄ると、ファフリは再び微笑んだ。

「雪だるま作りに、雪合戦……私、まだやったことないし、やり方もよく分からないの。ずっとどんな遊びなのかなって気になってたんだ。だから、ユーリッドが私の代わりに遊んできて、それで……その時のお話を後でいっぱい聞かせてくれたら、嬉しいな」

 しばらくの沈黙の後、ユーリッドは軽く目を見開くと、それから歯を見せてにっこり笑った。

「よし、分かった! 待ってろよ!」

 そう意気込んで部屋を飛び出したユーリッドに手を振りながら、ファフリは小さくため息をついた。

 静寂の戻った部屋の中で、またにじんできた涙を拭い、ファフリはベッドに突っ伏した。



 本当は、自分も一緒に遊びにいきたかった。
普段外出を許されないファフリにとって、今日という日は、待ち望んで待ち望んでやっと訪れた、夢のような日だったのである。

 連れていってと頼めば、ユーリッドなら連れ出してくれるかもしれない。
しかしそんなことをすれば、城の者に心配をかける上、後々怒られるのはユーリッドなのだ。

「……ユーリッド……」

 掠れた声で、ぽつりと呟いた。

 召喚師一族として産まれたその時から、街で遊ぶ同年代の子供たちを、まるで他人事のように眺めていた。
関わる機会もほとんどなかったため、仕方がないと割りきってしまえばそこまでだったが、それでも時々、自分はなんなんだろうと思うことがあった。

 そんなときに、無邪気な笑顔を浮かべて、話しかけてきたのがユーリッドである。
街で流行っている遊び、人気のお菓子、ユーリッドから色々な話を聞いて、そうして一緒に遊んでいる内に、いつしか子供たちを他人として眺めるようなことはなくなっていた。

 自分も食べた焼菓子を頬張る子供を街で見かければ、自分が食べたときの感動を思い出して頬が緩んだし、雪遊びをしているところを見れば、自分もしてみたいと思った。

 今まで知らなかった、きらきらとした素敵な世界。
それを教えてくれたユーリッドという少年は、ファフリにとっては憧れそのものである。

 優しい彼のことだから、ファフリが本当は一緒に遊びに行きたかったことなど、お見通しだろう。
それと同時に、自分だけ遊びに行くことを、どこか申し訳なく思っているかもしれない。

「ごめんね……ユーリッド……」

 次第に視界がぼやけ始め、ファフリの意識は闇へと落ちた。