複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.157 )
- 日時: 2018/06/03 21:39
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
『光』
「……もう二度と、あのような悲劇を繰り返さぬように。我らルンベルト隊は、引き続き、ノーラデュースにてリオット族牽制の任を全う致します」
国王エルディオに頭を垂れ、イグナーツ・ルンベルトが、誓いの言葉を述べる。
彼の横顔が、一層暗く面変わりしているのを見て、オーラントの胸が、ずきりと痛んだ。
四年前、奴隷身分からの解放を求めたリオット族たちが、王都シュベルテで起こした大規模な騒擾(そうじょう)──。
甚大な被害を出したあの事件以来、リオット族たちは、ノーラデュースと呼ばれる南方の荒地に追いやられ、地下に閉じ込められている。
イグナーツは、そんなリオット族たちの監視を命じられた、魔導師たちの筆頭であった。
自身も、リオット族に妻子を殺されたイグナーツは、ノーラデュースでの任務が決まった時から、ひどく冷たい目をするようになった。
彼だけではない。
同じように、リオット族に恨みを持つノーラデュース常駐の魔導師たち全員が、日に日に、瞳に狂気じみた色を宿していっているように感じる。
こうして、年に一度の叙任式(じょにんしき)で見かける度、暗い表情になっていく彼らを目の当たりにすると、オーラントも、思わずぞっとするのだった。
(……もし、家族がいたら)
国王の御前から下がるイグナーツを見ながら、オーラントは、ふと思う。
もし、大切な家族がいて、それらを亡くしたら、自分もあんな目になるのだろうか、と。
正義を掲げる魔導師団に入ってから、皮肉にも、人より多くの死に触れてきた。
殺す恐怖も、殺されそうになる恐怖も、嫌というくらい経験している。
だが、それ以上の恐怖は、まだ知らない。
イグナーツのように、最愛の者を失う絶望というものは、想像したところで、曖昧な不安として胸の奥に沈殿するだけであった。
例えば、生まれ故郷に残って、田畑を耕す生活をしていたら、殺す恐怖なんてものは、味わうことなく生きていたのだろうか。
例えば、召喚師一族のように圧倒的な力を持っていれば、死の恐怖に晒されることも、なかったのだろうか。
魔導師になっていなければ、今頃、自分にも──。
そんな仮定をしてみたところで、己が今歩んでいるのは、魔導師としてのオーラント・バーンズの道である。
今更、選ぶことのない可能性を考えても、仕方がないことのように思えた。
「次、オーラント・バーンズ!」
「はい」
名前を読み上げられて、一歩、前に出る。
自分と入れ代わりで、魔導師たちの並びに戻ってきたイグナーツと、一瞬、視線が交差した。
「…………」
まるで、どこかに魂を置いてきてしまったかのような──。
光のないイグナーツの瞳から目をそらして、オーラントは、国王の前にひざまずいた。
「──オーラント・バーンズ。本日を以て、正式に、そなたを宮廷魔導師に任命する」
頭上から、国王エルディオの、重々しい声が降ってくる。
同時に、ごくりと息を飲む魔導師たちの息づかいが、背後から聞こえてきた。
宮廷魔導師とは、魔導師の中でも特に優れた武勇を持ち、かつ国王と召喚師に選出された者のみが与えられる、最高位の称号だ。
この称号を授けられること、それはすなわち、身も心も、生涯サーフェリアに捧げることを誓うということ──。
誇らしげな、けれど一方で、もう自分は、魔導師としての道から引き返せなくなるのだということを自覚しながら、オーラントは、国王から宮廷魔導師のローブを受け取ったのだった。