複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.17 )
- 日時: 2017/08/22 12:10
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
微かに物音が聞こえて、ファフリは目を覚ました。
気だるい体を起こし、緩慢な動きで扉に近づく。
「……ユーリッド?」
様子を伺うように声をかけると、やがて、背中で扉を押すようにしてユーリッドが入ってきた。
鼻と頬を真っ赤に染めた、全身雪まみれのその姿からして、つい先程まで外にいたのだろう。
その時、ファフリはふと、ユーリッドがなにやら大きな布の塊を抱えていることに気づいた。
気になってそれを見つめていると、その視線を受けたユーリッドが、申し訳なさそうに笑った。
「悪いな、お城のシーツちょっと借りたぞ。ちゃんと後で洗って返すから!」
「え、ううん、そんなことは構わないんだけど……」
茫然としたままのファフリを残して、ユーリッドは部屋の真ん中まで移動すると、どかりと床の上にその布を置く。
そして嬉しげな様子で、ファフリに手招きをした。
——それはなに?
そうファフリが口に出す前に、ユーリッドが布をばさりと広げる。
その瞬間、ファフリは瞠目した。
「…………」
「雪、とってきたんだ!」
布の中から現れた、両腕一杯分ほどの雪。
かき集めてきたせいか、その雪には枯れ葉や小枝が混じっており、ユーリッドは慌ててそれらを摘まんで取り除いた。
ファフリが驚いたようにユーリッドの顔を見つめると、ユーリッドは照れ臭そうに笑い返した。
「ちょっと、土とか混ざっちゃって汚いけどさ。今から、これで雪だるま作ろうぜ!」
「…………」
「風邪引いたときは額を冷やしたりするし、部屋の中でならお城の皆だって許してくれると思うんだ! ほら、触ってみろよ! 気持ちいいぜ、きっと」
ユーリッドはファフリの手を掴むと、そのまま勢いよく雪の中に手を突っ込んだ。
心地のよい冷たさが、じわじわと手に染み込んでくる。
それと同時に、不思議な暖かさが手から伝わってきた。
「な? 気持ちいいだろ?」
視界に映る、ユーリッドの笑顔がにじんで、ゆがむ。
ところどころ土の混じった、決して美しいとは言えない雪。
それを見つめながら、ファフリは、何か熱いものが喉の奥からこみ上げてくるのを感じた。
「……うん。気持ち、いいね……」
一言口に出すと、声以外のものまで溢れ出てくる。
「本当に、気持ちいい……。気持ちいいね」
つぶやきながら、突然ぼろぼろと泣き出したらファフリを見て、ユーリッドは目を見開いた。
「えっ、どうしたんだ? やっぱり具合悪かったか? 寝たいなら、俺すぐ帰るから!」
「ううん、違う……そうじゃなくて……」
頭に浮かんだ感謝の言葉は多すぎて、今の状態では言えそうもない。
そう考えて、ファフリは泣き顔のまま笑うと、両手に雪をすくい取った。
「作ろう……雪だるま」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.18 )
- 日時: 2017/12/29 23:56
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
* * *
「完全に風邪だね、これは」
暖炉の火がぱちぱちと音を立てる側で、呆れたようにトワリスが言った。
その目線の先では、ユーリッドが頭に氷嚢を乗せ、寝台の上に横たわっている。
「全く……昨日あんな遅くまで遊んでるから……」
「ぅう……。仕方ないだろ、ミストリアにはこんなに雪降らないんだから……」
こもるような鼻声で、ユーリッドがすねたように呟く。
昨日の朝、ヘンリ村の山荘前で、ここ数日で積もった雪に興奮したユーリッドが、突然道端の雪をファフリに投げ付け、それを皮切りに雪合戦大会が勃発した。
雪合戦など、サーフェリアではよくみる光景だったが、温暖なミストリア出身の二人にとっては、滅多にできない至高の遊びだったらしい。
十六にもなってはしゃぎ回るユーリッドとファフリを端から見ていると、全くもって違和感しか感じなかったが、当の本人達はあまり気にしていなかったようだ。
ファフリは疲労のため、昼時には戦線離脱し、部屋の中で暖をとっていた。
しかし、無尽蔵の体力をもつユーリッドは、夕暮れ時までひたすら遊んでいたのだ。
「……そうはいっても、限度があるでしょう。ファフリみたいに昼には引き上げてくれば良かったのに……」
トワリスが溜め息をつきながらそう言うと、傍らにいたファフリが、心配そうにユーリッドの顔を覗きこんだ。
「ユーリッド、大丈夫?」
「……ああ、これくらい大丈夫だ!」
「全然そうは見えないけど……」
赤い顔で鼻をすするユーリッドの言葉を聞きながら、ファフリはそっと彼の額に触れた。
そして、予想以上の熱さに、眉を寄せた。
元来丈夫なユーリッドではあるが、思ったよりも風邪は悪化してしまったようだ。
自業自得の事態とはいえ、心配せずにはいられなかった。
そんな二人の様子を見ながら、トワリスは再度溜め息をついた。
「とにかく、今は薬を飲んで安静にしてなさい。なにか温かいものを作ってきてあげるから、ちょっと待ってて」
悪いな、と素直に謝罪したユーリッドに苦笑して、トワリスが扉に手をかける。
ちょうどその時に、ファフリがトワリスに駆け寄った。
「……ファフリは、ユーリッドのこと看ててくれていいよ」
「ううん。私、ちょっと出掛けてくる!」
「出かける? どこに?」
「外!」
意気込んだ様子で言い放ち、早速上着を着込み始めたファフリに、トワリスは顔をしかめた。
窓の外の曇天を見る限り、外はまだ寒さの厳しい銀世界だろう。
まさか、流石に遊びにいくわけではないのだろうと思いつつ、ファフリが何故外にいくのかという理由は、トワリスには全く分からなかった。
しかし、問いかけようとした時には、ファフリは慌ただしく駆け、外へと飛び出していった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.19 )
- 日時: 2015/05/23 12:22
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
ユーリッドが眠りに落ちた頃。
突然扉が大きな音をたてて開き、トワリスは振り返った。
「ただいま!」
「……おかえり、ファフリ」
白い息を吐きながら、浮かれたように飛び込んできたファフリは、トワリスの言葉が小声であることに気づいて、すぐに口を閉じた。
そして隣部屋へと通じる扉を見て、申し訳なさそうな様子でトワリスに視線を移した。
「……ユーリッド、寝ちゃった?」
「さっきね」
「そっか……」
囁くようなファフリの声に、わずかに悲しげな響きが混じっているのを感じて、トワリスは首を傾げた。
先程大きな声を出したせいで、ユーリッドが起きてしまうとでもファフリは思ったのだろうか。
「……別に、大丈夫だと思うよ? あんな声くらいじゃ、ユーリッドは起きないだろうし……」
「あ、ううん、違うの」
ファフリは慌てて否定すると、自分の手元に視線を落とした。
それにつられて、トワリスもファフリの手元を見る。
そこには、丸められたファフリの上着が、大切そうに抱えられていた。
「……なに? それ」
不自然に膨らんでいるそれを見つめながら、トワリスは言った。
ファフリは、にこりと微笑むと、しゃがみこんで床の上に上着を置いた。
「それって……」
「……良かった。まだあんまり溶けてない」
置いたのと同時に、広げられた上着の中から現れたのは、きらきらとした白銀の雪だった。
トワリスが、意図をうかがうように眉を寄せると、ファフリはしゃがみこんだままトワリスを見上げた。
「ユーリッドとね、雪だるまを作ろうと思って」
「雪だるま? ……昨日散々作ってたし、まだ雪も降るだろうから、遊ぶなら風邪が治ってからでもいいと思うけど……」
「ううん。これは遊びじゃなくて、おまじないなの」
トワリスは、ますます意味がわからない、といった様子で黙りこんだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.20 )
- 日時: 2015/05/27 00:04
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
ファフリは、指で雪をいじりながら、口を開いた。
「ユーリッドも言ってたけど、ミストリアはサーフェリアより暖かいから、雪は滅多に降らないの。だから雪が積もったときは、皆夢中になって遊ぶのよ。ただ、私はまだその時お城にいて、あまり外出はできなかったし、ユーリッドも兵団のお仕事が忙しかったから、なかなか二人で雪遊びなんてできなかったんだ」
「…………」
「それで、十歳くらいの時だったかな。雪が積もった日に、たまたまユーリッドと遊べることになってね……それなのに当日、私が風邪を引いちゃって、お城で寝てなくちゃいけなくなったの……」
ファフリは、両手で雪をすくって、トワリスに見せた。
「そしたらね、ユーリッドがこうやって雪を私の寝室に持ってきて、一緒に雪だるま作ろうって言ってくれたんだ。私はユーリッド以外にお友達なんていなかったし、雪遊びも初めてだったから……それが本当に本当に嬉しかったの。それでね、二人で作った雪だるまをその後部屋に飾っておいたら、次の日はもう風邪がすっかり治っててね!」
「……それで、雪だるまが風邪に効くおまじないってことなのか」
雪だるまは当然溶けちゃったけどね、と付け加えて、ファフリは嬉しげに語った。
そんなファフリの笑顔につられるように、トワリスも微笑んだ。
「もう少しだけ早ければ、ユーリッドも起きてたんだけど……。ちょっと残念だったね」
苦笑してトワリスが言うと、ファフリはユーリッドの寝る隣部屋の方に視線を移し、首を振った。
「うん……でも、いいの。ユーリッドは、一度寝たらなかなか起きないし。そもそも風邪を治すには、こんなおまじないよりも、寝るのが一番だもの」
「……まあ、ね」
ファフリと同じように隣部屋へと続く扉を見つめながら、トワリスは一瞬言葉を濁した。
しかしすぐにすっと息を吸い込むと、軽くファフリの肩を叩いた。
「いいじゃない、作ってあげなよ。ファフリが作ってあげるだけでも、おまじないの効果はあるかもよ。何より、ユーリッドが起きたとき喜ぶって」
「……そう、かな?」
「そうそう」
そう言ってトワリスが笑うと、ファフリは嬉しそうに笑い返した。
「じゃあ、トワリスも一緒に作ろう?」
「私も?」
「うん」
二十三にもなって、雪だるまを作ることに気恥ずかしさを感じて、トワリスは断ろうとした。
しかし、ファフリのいかにも楽しみだといったような笑顔に、首を横に振ることなどできず、少しの間考えた末に、頷いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.21 )
- 日時: 2017/08/22 12:19
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
真剣な面持ちで雪を丸め固めると、表面が滑らかになるように削り落とす。
そうして手早く雪の球を作り上げると、トワリスはファフリを見た。
「はい、できたよ。これ胴体の部分ね」
「うん……ちょっと待って……。よし、私もできた! ほら、ユーリッドの顔!」
ファフリは自信満々な様子で、トワリスの目の前にそれを差し出した。
トワリスは、その歪な雪の球——ユーリッドの顔に、一瞬の沈黙の後、盛大に吹き出した。
「ぶっ、ははは……! ユーリッドの顔は、こんなにぼこぼこじゃないって」
「えー、でもちゃんと頭に狼の耳もつけたし、目もどんぐりで茶色い瞳を表現したよ?」
「違う違う、輪郭の問題!」
思いがけず力作を笑われて、ファフリは納得がいかないと言ったように、頬を膨らました。
そんな彼女とは対照的に、トワリスはうっすらと涙を浮かべて笑い転げている。
「ファフリって、本当に不器用なんだね。せめてもっと顎の部分をこう……丸くしないとさ」
「うぅ……いいの、これで! 真っ正面から見たら、結構似てるんだから!」
「嘘つけ。耳のところしか似てないよ」
「そんなことないもん! ほら!」
トワリスの握った雪玉の上に、凹凸の激しいユーリッドの顔を、そっと乗せた。
どんぐりの目と葉っぱの耳、そして枝の手を胴体の両側に差し入れる。
そうして見ると、この雪だるまの垢抜けない表情が、どことなく元気で子供っぽい、普段のユーリッドに確かに似ている気がした。
「ね? 似てるでしょ?」
「うーん、まあそう言われると、雰囲気がなんとなく似てるような」
「雰囲気以外も似てるよ。ほら、この目がきりっとしてるところとか! あと優しげな感じとか!」
「はいはい、そういうことにしてあげるよ」
苦笑するトワリスに、ファフリはますます頬を膨らました。
「もう! なに、その言い方! トワリスだって! ユーリッドの体はこんなに丸くないもん!」
「だってそりゃあ、雪だるまなんだから体は丸いでしょう?」
「……それは、そうだけど……。とにかく、もうこれでいいの!」
「はいはい」
快活に笑う、真っ白で生き生きとしたその雪だるまのように。
全快して、再び雪中に飛び出していこうとしたユーリッドを止めるのに苦労したのは、翌日のことである。
…………
ユーリッドって、後輩にいたらとても可愛いやつだと思います。
そしてファフリは妹に欲しいです(笑)
トワリスは……すごい良いお母さんかお姉さんになると思うんですが、ちょっと真面目すぎて口うるさそうなので、個人的には先生がいいです( ・`д・´)
ルーフェンは、なんか一緒にいると色々巻き込まれそうなので、剽軽な近所のお兄さんとかが楽しそうですね。