複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.187 )
- 日時: 2021/02/23 19:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)
本編ではルーフェン、トワリス視点が多く、掘り下げきれないキャラ設定が沢山あるので、ちょっとずつ文章化して載せていきたいと思います。
範囲は一応ミストリア編〜サーフェリア編に関連する辺りで。
本編では漢数字のところ、数字になってますが、お気になさらずー!
………………
ジークハルト・バーンズ
サーフェリア編上巻:14歳
サーフェリア編下巻:21歳
ミストリア編:26歳
ジークハルトの父、オーラント・バーンズは天才だった。
かつて、魔導師とは、充実した教育・訓練と安定した資金援助を受けられる上層階級の人間が就くものであったが、オーラントは、地方の貧しい平民出にも拘わらず、あっさりと入団試験に合格し、その後、史上最年少の26歳という若さで宮廷魔導師に抜擢された。
オーラントは、正義を掲げるのに身分差は関係ないと、身を以て証明した第一人者だったのである。
そんな父に、何故魔導師になったのかと尋ねると「だって格好良いじゃん」という、なんとも薄っぺらい答えが返ってきた。
ジークハルトは、父の技量を尊敬していたが、その飄々とした態度は好きではなかった。
11歳になった年、ジークハルトは魔導師団に入団し、飛級をして14歳で正規の魔導師に昇格した。
彼のことを、世間は父の名に恥じぬ天才だと称賛したが、ジークハルトは決して天才ではなかった。
一度見た魔術をすぐに再現できるような、優秀な魔導師は他にも沢山いたが、ジークハルトには、そういった特別な才能は何もない。
ただ、並々ならぬ努力で、そういった天才気質の者たちを追い抜かして来たのであった。
怠惰な者たちが、ジークハルトのことを「お前は才能があるから」の一言で片付け、白けた目で見るようになっても、そんなことは気にならなかった。
腹を立てている暇があるなら、少しでも多く魔術を覚えたかったし、特別な才能はなくとも、自分は努力で天才に勝てると信じていたのだった。
サーフェリア歴1488年、シュベルテの王位継承者たちが、連続して不審死を遂げた年。
父、オーラントが呪詛を受け、片腕を失った。
父の命をすんでのところで救ったのは、当時ジークハルトと同じ14歳だった召喚師、ルーフェン・シェイルハートであった。
ルーフェンは、オーラントに呪詛をかけたのは前召喚師シルヴィアだと言い、王位継承者たちの死も全て、元凶はあの女だとして、次期国王候補であった彼女を、その地位から引きずり下ろそうと画策しているようであった。
ジークハルトは、父の命を救ったルーフェンに対し、感謝をしていたが、同時に、今までに感じたことのない苛立ちを覚えた。
仮にも国の窮地に、他人の生死ごときで一喜一憂しているルーフェンを見て、怒りのようなものを覚えたのだ。それは、圧倒的な力差を前にした、否定しようのない嫉妬でもあった。
ルーフェンとジークハルトの間には、努力ではどうにもならない、大きな壁があった。
国に一人だけの召喚術の使い手、生まれつきの守護者という称号──ルーフェンは、そこらの天才とは比べ物にならないほど、多くのものを生まれ持っている人間であった。
ジークハルトは、父が死ぬかもしれなかった事態を、軽んじているわけではない。
だが、オーラントは、元が死の危険を承知で魔導師になった人間である。
そういう人間に対し、いちいち感情を動かして、その負傷を嘆いているような甘い人間が、自分達の上に立つ召喚師であったのかと思うと腹が立った。
ルーフェンは、悲嘆に暮れている時間があるならば、国の端から端まで飛んで、誰かを救うことができる人間だろう。
彼には、それだけの力と地位がある。
いくら努力をしたって、誰も追い付けないような強さを持っているくせに、ルーフェンは、まるでそんなものには興味がないといった様子で、足踏みをしている。
彼のことが、ジークハルトは気に入らなかった。
そんなジークハルトの価値観に一石を投じたのは、任務先で出会った、蒼髪の少女であった。
アレクシアと名乗ったその少女は、特殊な透視能力を持っていた。
ジークハルトは、彼女の能力を唯一無二の素晴らしいものだと思い、自信を持つべきだと伝えたが、すると「なんて無神経な男なのか、お前のような奴には何も分からない。一度死んで脳みそを入れ換えてきたらどうか」などと、とんでもなく罵倒された。
アレクシアは、自分の能力を疎んでいるようだった。
事実、彼女はそれが原因で肉親を失い、その後、引き取られた先でも奇異の眼差しに晒されているようであった。
特別なものを持っている人間を、ジークハルトは羨ましいと思う。
だが、それ故に周囲から敬遠され、深い孤独を抱えてしまうことも、特別な人間の宿命なのかもしれない。
類稀な力は、周囲には羨ましく映っても、本人にとっては必ずしも良いものではない。
そう思い至った時、ジークハルトの頭に浮かんだのは、ルーフェンの顔であった。
ひたすら実直に、魔導師として任務に取り組み続けたジークハルトは、20歳になった年、宮廷魔導師に選出された。
天才だった父の最年少記録を、大幅に塗り替えての大抜擢であった。
常に慢心せず、現状に満足するべきではないと己に言い聞かせてきたジークハルトであったが、この時ばかりは、自分が誇らしかった。
元は凡才でも、自力で磨き上げてきた技量は、十分に通用するものなのだと、世間に認められたような気がしたのだ。
その頃、召喚師ルーフェンは、遷都先であるアーベリトに移籍していたため、シュベルテにはいなかった。
中には、それに対し不満を言う者もいたが、ジークハルトは、彼にも彼なりの信条があってアーベリトで過ごしているのだろうから、それで良いと考えていた。
そもそも、確かに召喚師は特別な存在だが、だからといって、国の守護をルーフェン一人に押し付けようと言うのが、土台おかしな話だったのだ。
ルーフェンも、そういった周囲からの圧力があって、己の立場に嫌気が差してしまったのだろう。
召喚師がいないのであれば、魔導師団が代わりに中心となって、サーフェリアを護ればいい。
自分たちにだってその力はあると、ジークハルトは確信していたのだった。
サーフェリア歴1495年、21歳になった時、ジークハルトの人生は大きく変わった。
軍事都市セントランスによりシュベルテが襲撃され、長年王宮に仕えてきた魔導師団や世俗騎士団が、壊滅状態に追いやられたのだ。
最前線で戦った者は大半が殉職し、今までシュベルテの中枢を担ってきた要人も多く亡くなった。
宮廷魔導師も、運良く生き残ってしまったのは、ジークハルトだけであった。
宣戦布告をしたセントランスは、ルーフェンの手によって没落されられたが、この時から、新王サミルの治世が軋み始めていたのだった。
崩壊寸前のシュベルテにて、新たに政権を握ったのは、反召喚師派であるイシュカル教会であった。
ルーフェンがアーベリトに移った近年、着々と勢力を拡大させつつある教会であったが、その大司祭を勤めるモルティス・リラードが、要人が亡くなった今が好機とばかりに、台頭してきたのである。
教会は、世俗騎士団に代わる修道騎士会を設立し、戦災に喘ぐ人民の救済を行い、見る間に民意を勝ち取った。
彼らの独裁を防ぐべく、ジークハルトは魔導師団の蜂起に動くが、偉大なる女神イシュカルを掲げ、城まで占拠した教会の勢いに、太刀打ち出来なかった。
結局、人という生き物は、強力な何かにすがらねば、不安に押し潰されてしまうのだろう。
教会の台頭は、言わば、不安定な情勢に追い詰められた人々が、すがる対象を召喚師から女神像に切り替えた結果であった。
生き残った騎士や魔導師達も、次々と団を離反し、教会側に寝返った。
純粋に強さを追い求め、一心に走ってきたジークハルトの後ろに着いてきていたのは、気づけば、ほんの一握りだけになっていた。
魔導師になったアレクシアが、自分達が魔導師団を変える時なのだと声をかけてきたが、ジークハルトは、すっかり自信を失くしてしまっていた。
自分では、人々の心の拠り所にはなれない。ジークハルトは、召喚師の代わりにはなれないと、この時、痛感したのである。
国王サミルが崩御し、次期国王の選定について話すため、ルーフェンが前王太妃を訪ねて来た時。
ジークハルトは、シュベルテに戻ってくるようにと、ルーフェンに願い出た。
「俺では駄目なんだ、今のシュベルテには、召喚師一族の力が必要なのだ」と。
しかし、ルーフェンは頷かなかった。
世間が反召喚師の流れに沿っているならば、このまま召喚師制を無くすべきだというのが、彼の意見だった。
その言葉の意味を、ジークハルトは、後に知ることになる。
前召喚師シルヴィアによって没された王都アーベリトにて、新興騎士団(修道騎士会)を前にルーフェンが見せたのは、禁忌にも等しい、恐ろしい召喚術の姿だったのだ。
召喚術というものの根源、その在ってはならない、秘匿とされてきた真実に気づき、ルーフェンは、自分の代を最後に、召喚師一族は廃すると心に決めてしまったようだった。
サミル・レーシアスの治世が終わり、バジレットが王座について、ルーフェンは、召喚師として再びシュベルテに戻ってきた。
教会と並び、魔導師団の建て直しに奔走したジークハルトは、やがて、宮廷魔導師団の団長に就任した。
若き立役者として評価されての着任であったが、そこに誇れる自分はいないような気がした。
ジークハルトは、ただ遠くを見据えて歩いていくルーフェンの後ろ姿を、黙って眺めていることしかできなかった。
それから5年が経った、サーフェリア歴1500年。
この年に初めて、サーフェリアは、他国ミストリアの獣人と接触することになる。
度重なる獣人の襲来に、売国奴の疑いをかけられた半獣人の宮廷魔導師トワリスが、ミストリアから、次期召喚師を連れ帰ってきたのだ。
獣人に対する不信感が募る中で、ルーフェンは、ミストリアの次期召喚師一行を、処刑したように見せかけることで生かした。
教会の目を潜り抜けるための、その場しのぎかと思っていたが、彼にしては、随分と粗が目立つ方法であった。
このままでは、いずれ誰かがミストリアの次期召喚師が生きていることに気づくだろう。
そうなれば、ルーフェンは罪に問われることとなる。
だが、それ自体が、ルーフェンの狙いなのかもしれないということに気づくのに、そう時間はかからなかった。
彼は、召喚師一族を廃する理由を、自ら作ろうとしている。そうして、召喚術を己と共に葬り去る機会を、淡々と伺っているのだ。
幼い頃から信じて、突き進んだ先に、ジークハルトの望んでいたものはなかった。
正義とは、正しい義などではない。
人の想いと共に時代は変わり、その時代の流れを掴みとったものが、一時だけ正義と呼ばれるようになるのだ。
ジークハルトは今も、道に迷っている。
見据える方向が定まらないまま、無様に泥を掻いて、もがきながら進もうとしているのだった。
To be continued....