複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.2 )
日時: 2017/08/22 01:54
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

『三つ編みの』


 夕闇に包まれたその街中は、人々の楽しげに騒ぐ声で、満ち溢れていた。
所狭しと建ち並ぶ屋台からは、ぼんやりとした灯りが漏れて、人々を照らしている。

 ルーフェンは、差し出されたトワリスの掌に、鮮やかな紅色の髪留めを落とした。
花を模したその髪留めは、周囲の灯りを受けて、上品にきらきらと煌めいている。

 トワリスは、見覚えのあるその髪留めに目を見開いて、それからルーフェンをじっと見つめた。

「え、これ……どうして」

「あげる」

 ルーフェンの言葉に、トワリスの狼の耳が、嬉々としてぴっと立った。
目を輝かせて、手の上の髪留めを見つめている。
しかし、すぐに我に返ったように髪留めから目を反らすと、そのままルーフェンに突き返した。

「……貰えませんよ、こんなもの。私に何か、御祝いごとがあるわけでもないのに……」

 そんな彼女の様子に、ルーフェンは心の中で苦笑した。

「そう? まあいらないなら、仕方ないけど。でも俺が持ってても、結局捨てることになるだろうし——」

「捨てる!?」

 ルーフェンの言葉を、半ば怒鳴るようにして、トワリスが遮った。

「捨てるって、なんでそんなもったいないこと……」

「そう言われても、男の俺が持ってたって仕方ないしなぁ」

 言いながら、ルーフェンが肩をすくめる。
正論を返されて、トワリスは一瞬言葉を詰まらせた。

「……でも、捨てるのはやっぱりもったいないです。まだ新しいのに……せめて、誰かにあげるとか……」

「だから今、トワにあげたじゃない」

 うっと息を詰めて、トワリスが黙りこんだ。
それから無言のまま、しばらくルーフェンの顔と髪留めを交互に睨むと、やがて躊躇いがちに、突き返した髪留めを再び自分の胸元に戻した。

「そういうことなら、頂きます。……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 あまりにも予想通りの展開に、ルーフェンは思わず笑いそうになって、表情を引き締めた。

 そんな彼をよそに、トワリスは髪留めを目の前にかざして、それが灯りを反射する様をじっと見つめている。
そして嬉しげに微笑むと、再び口を開いた。

「綺麗……。本当に、ありがとうございます」



Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.3 )
日時: 2015/05/23 12:06
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

  *  *  *



「ねえ、トワリスって、小さい頃はどんな子だったの?」

 無邪気な笑顔を浮かべて、ファフリが尋ねた。
ルーフェンは突然の質問に驚きつつ、平静を装って微笑んでみせた。

「ん? 急にどうしたの?」

「ううん、特に意味はないんだけどね。ただルーフェンさんはトワリスと昔馴染みだし、なんか知ってるかなって。……さっきトワリスに聞いたんだけど、別に今と変わらなかったとしか、言わないんだもん」

 面白味のある返答を期待していたのだろう。
ファフリは不満げに頬を膨らませて、そう言った。

 ルーフェンは、そんなファフリの可愛らしい様子を見て、彼女の期待通りの返答をしてやろうと、記憶の糸をたどった。
しかしすぐに、期待には答えられないのだと気づいた。
トワリスの、今と変わらないという返答が、まさにその通りだったからである。

「そうねえ……でも確かにトワは、今とほとんど変わらないよ。性格も、背格好も」

 仕方なくルーフェンがそう答えると、ファフリの目が驚愕の色を滲ませて、見開かれた。

「え? 本当に……? 全然変わらないの?」

「うん。俺の知る限りは——」

 言いかけて、ふと言葉を止めた。
それから少し考え込むようにして、ルーフェンは言った。

「いや、そういえば、髪型は違ったかな」

 その一言で、途端にファフリの表情が、ぱっと明るいものに切り替わった。

「昔はどんな髪型だったの?」

 勢いよく聞き返してきたファフリに、ルーフェンは苦笑して、とんとん、と首の付け根を叩いた。

「確か、ファフリちゃんと似たような感じだったよ。ちょうど、この首の付け根くらいまでの長さで。まあ髪色は今と変わらず、褐色だけど」

 言ってから、ルーフェンの脳裏に様々な記憶が甦ってきた。