複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.5 )
日時: 2017/10/05 20:48
名前: 狐 (ID: /dHAoPqW)

 トワリスは普段、後ろに髪を一つ、三つ編みして束ねており、その状態ですら肩甲骨の辺りまで届く長さがある。
おそらく、髪を解けばそれなりの長さがあるだろう。

 しかしかつては、結ぶのさえぎりぎり難しいくらいの長さだった。

 長髪でも、また短髪すぎても癖毛が目立つから、これくらいの長さがちょうどいいのだ、などと言っていたトワリスの姿が、思いの外鮮明に思い出された。

「そうなの。見たかったな、髪の短いトワリス。でも、どうして伸ばしたのかな? トワリスのことだから、長いと邪魔だとか言いそうなのに」

 小首を傾げて、ファフリは言った。
ルーフェンはその問いの答えを考えながら、ふと窓から、外にいるトワリスを見つめた。

 トワリスは、外でユーリッドと何やら話しながら、剣を手入れしているようだ。
そんな彼女の後ろ姿——髪型を見て、ルーフェンは呟いた。

「……多分、三つ編みかな」

「三つ編み?」

 ファフリは、瞬きをして聞き返した。

「確かに、トワリスってずっと三つ編みしてるけど……三つ編みが、髪を伸ばした理由なの?」

「……まあ、伸ばした理由っていうか。彼女があの髪型になったきっかけは、なんとなく知ってるかもしれない」

 ルーフェンの言葉は曖昧に濁されたものだったが、ファフリの興味を引くには十分だったようだ。
ファフリは身を乗り出して、ルーフェンに続きを促した。

「……俺が二十一だったから、トワが十八くらいの時かな。式典の夜、街でお祭りがあってね。いくつかある屋台の中で、トワが紅色の髪留めを──」

「分かった! ルーフェンさんが買ってあげたんだ!」

 間髪を容れずに言ったファフリに、ルーフェンが眉をあげた。
どこか抜けているように見えて、こういった話になると妙な鋭さを見せるのがファフリである。

「……まあ、物欲しそうに見てたものだから」

 苦笑しながら答えると、ファフリは満足げに微笑んだ。

「ねえねえ、その髪留めをあげた時、トワリス嬉しそうだった?」

「いや。貰えませんって、突き返された」

 予想と違った答えに、ファフリが瞠目する。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.6 )
日時: 2015/05/23 12:08
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)



 
「え? トワリス、その髪留めが欲しかったんじゃないの?」

「んー、欲しかったんだろうけど……あの子の場合、性格上簡単に受け取ったりしないんだよ。男の俺が持ってたって捨てるだけだって言ったら、受け取ってたけどさ」

「……へえ」

 ルーフェンの説明に、ファフリが感心したように声をあげた。

「ふふ、でもなんかトワリスらしいかも。トワリスって、ちょっと意地っ張りなところあるもんね」

「ちょっとというか、かなりね。堅物だし素直じゃないし、おまけに筋金入りの頑固者。昔からだねー、あの性格は」

 呆れたように肩をすくめて、ルーフェンは言った。
本当に、昔も今も、彼女は意地を張ってばかりである。

 普段は身なりなど気にしないトワリスだが、案外装飾品の類いには興味があると知った、あの祭りの日。
しかしその後、装飾品を店先で眺めることはあれど、彼女がそれを買ったり、身に付けたりしているところは結局見たことがなかった。
自分には似合わないと思い込んでいるのか、あるいは贅沢だと自重しているのか、明確な理由は分からないが、実際髪留めを貰った時の彼女の反応を見る限り、欲しいのは確かなのだろう。

 今や、それなりの地位を築いているわけだから、欲しいのなら手に入れれば良いと、ルーフェンはよく思う。
第一、彼女が見ていた装飾品など、大して高価なものではないのだ。
特別な宝石もついていなければ、美しい細工が施されているわけでもない。
質素で簡単な、ただの装飾品。
それすら見惚れるだけに留めるとは、一体何の意地なのか、ルーフェンには皆目見当もつかなかった。

 しかし一度だけ、あの紅色の髪留めをつけたトワリスを、ルーフェンは見たことがあった。
もちろん、偶然見てしまっただけで、彼女が自ら見せに来たわけではない。
それでも、飾った彼女の姿を見たのは、おそらく自分が初めてなんだろうと思うと、なんとも言えない優越感をルーフェンは感じたのだった。

 ファフリの視線を受けて、ルーフェンは過去を思い出すように、目を細めた。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.7 )
日時: 2016/08/22 14:52
名前: 狐 (ID: 49hs5bxt)

 あれは六年程前、祭りから数日経った、ある昼時のことだった。

 ルーフェンはふと、王宮庭園の噴水を覗きこむトワリスを見かけて、立ち止まった。

 噴水といっても、宮殿に客人を迎えた時など、外観を良くする必要がある時のみ使うもので、今はただの溜め池のような状態である。
水が噴き出ているわけでもない、ただの水面をひたすら眺めるトワリスの姿は、実に滑稽だった。

(何してるんだ……?)

 不思議に思って、ルーフェンは気配を絶つと、そっとトワリスの背後に近づいた。
しかし彼女の手に、きらきらと紅く光る何かが握られているのを見て、足を止めた。
遠目から、じっと目を凝らす。

(……あれは、この前の……)

 日の光を受けて、紅色に輝く髪留め。
祭りの夜にルーフェンが渡したものだった。

 そう認識してから、ルーフェンは全てを理解した。
おそらくトワリスは、噴水の水を水鏡にして、髪留めをつけようとしているのだ。
自室に鏡を置いていなかったがために、この方法をとるしかなかったのだろう。

 付け方が分からないのか、トワリスは、髪留めをあてがっては遠ざけ、あてがっては遠ざけを繰り返している。
分からないのなら人に聞けば良いものを、そうしない辺りがいかにもトワリスらしくて、ルーフェンは唇をほころばせた。

「いたっ……!」

 不意に響いたトワリスの声に、ルーフェンは顔を上げた。
どうやら、悪戦苦闘しているうちに、髪留めが髪の毛と絡まって、とれなくなったようだ。
少々癖のあるトワリスの髪は、なかなか髪留めを離そうとしない。

 見かねたルーフェンが、更に歩を進めると、トワリスの肩がぴくりと揺れた。
もともと彼女は、気配に敏感である。
背後に迫るルーフェンの存在に気づいたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.8 )
日時: 2015/05/23 12:10
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)




「大丈夫? 手伝ってあげようか?」

「…………」

 意地の悪い響きを含ませてルーフェンが言うと、途端にトワリスは動かなくなった。

 全身から、汗が噴き出してくるのを感じる。
気配や声から、背後に立つのがルーフェンであることは明らかだ。

 振り返らずとも、彼が笑いをこらえているのがすぐに分かった。
恥ずかしさと、散々からかわれるであろう未来を思って、トワリスの拳が震える。
しかしまだ何もされていないのに殴るのは、些か理不尽だと考えて、なんとかその衝動をやり過ごした。

「……なんで、こんなところにいるんですか?」

 怒りを多分に含んだ声音で、トワリスが問うた。

「うーん、たまたま通りかかったって感じ」

「……じゃあ、どっか行ってください。それとも私に何か用ですか?」

 トワリスが、きっとルーフェンを睨み付けた。
しかしルーフェンの顔は、笑いを噛み殺してますます歪むばかりである。

「……用ってわけじゃないけど。困ってるみたいだから? 手伝ってあげようかなー、と思って」

「……別に、困ってなんかいません」

 トワリスが言い終えた瞬間、ついにルーフェンが、堪えきれなくなったように吹き出した。
目には涙を薄く浮かべ、腹を抱えて笑い転げている。

「なっ……何ですか! さっきから!」

「何って……っ!」

 ルーフェンは目元を軽く拭いながら、呆れたようにトワリスを見た。

「本っ当に意地っ張りっていうか、なんていうか。……髪留め、つけたいんでしょ? つけ方分からないなら、聞けばいいじゃない。それ俺があげたんだし、つけ方くらい教えてあげるって」

「そんなこと、自分で……!」

 出来る、そう言いかけて、トワリスは口をつぐんだ。
髪留めを髪に引っかけたままのこの状態では、なにを言っても説得力は皆無だ。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.9 )
日時: 2015/05/23 12:11
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 トワリスはふっと息を吐くと、諦めたようにうつむいた。

「……教えてもらおうにも、人に見せたくなかったんですよ。つけたって、多分似合わないし」

 唇をとがらせて、髪のはねを撫で付けながら言う。

「似合うと思ったから、あげたんだけど?」

 ルーフェンは苦笑しながら、肩をすくめた。

「…………。その、お気持ちは、嬉しいですけど——」

「まあ、いいや。とりあえず後ろ向いて」

 言い合いを無理矢理中断して、ルーフェンはトワリスの肩をつかむと、そのままくるりと彼女を後ろに向かせた。

「な、なんですか?」

「一人じゃほどけないでしょ? ……うわ、すっごい絡まってる」

 楽しげに笑いながら、ルーフェンが少しずつ髪をほぐしていく。
するとあっという間に、するりと髪留めが抜け落ちて、髪の毛の突っ張りがなくなった。

「よし、とれた」

 髪留めを掌でころりと転がして、トワリスに見せる。
思いの外簡単にとれて、トワリスは目を見開いた。

「……あ、ありがとうございます」

「お安い御用で」

 微笑むルーフェンから、髪留めを受け取るために、振り返ろうとする。
しかしその瞬間、頭をつかまれて、再びルーフェンに背を向けるような姿勢に戻された。

 ルーフェンの手が、またしてもトワリスの髪に伸びる。

「え、ちょっ……!」

「ほら、動かないで」

 ルーフェンは、トワリスのこめかみ辺りから髪を一房ずつとると、素早く編み上げてそれを後頭部でまとめて、髪留めで留めた。
仕上げに、余った髪を手櫛で軽く整える。

「はい、出来た」

 まるで流れるような早さで出来上がって、トワリスは目を瞬かせた。
唖然として硬直していると、見かねたルーフェンに背を押される。
されるがままに勢いで噴水に近づいて、そっと、水鏡を覗く。
そこには、自分ではないような、可愛らしい髪型をした娘が映っていた。

 トワリスは、先程までの羞恥心を忘れて、水面に映る自分を食い入るように見つめた。
おそるおそる、編み込みの感触を確かめるように、髪に触れた。

「……これ、なんですか?」

「三つ編みだよ」

「三つ編み……」

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.10 )
日時: 2015/05/23 12:16
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 繰り返して呟いたトワリスに、ルーフェンは可笑しげに目を細めた。

「気に入った?」

「えっ……」

 途端、トワリスの顔がみるみる赤く染まる。
わけの分からない顔の火照りを感じて、慌てて視線を反らした。

「気に入った、と、いいますか……。こうして編み込んじゃえば、癖毛が目立たないから、良いなと……」

 自分でそう答えてから、トワリスは呆れ果てた。
他人に何かをしてもらうことに慣れていないとはいえ、仮にも礼を言うべき相手に、何故こんなに失礼な態度をとってしまうのか。

(……ちゃんと、嬉しいって言いたいのに)

 そう思ったのと同時に、軽く腹が立った。
元々自分は、思ったことを口に出せないような性格ではない。
嬉しいの一言など、相手がこの男でさえなければ、いつもは言えるのだ。

「癖毛、そんなに気にしてたの?」

 返ってきた言葉に、トワリスはおずおずとルーフェンを見上げた。

「まあ確かに、ところどころ尻尾みたいにはねてるけどさ。……でもそんなに気にする程じゃないんじゃない?」

 そう言って笑うルーフェンを見て、トワリスは不機嫌そうに顔を歪めた。

「ルーフェンさんが気にしなくても、私は気にするんです」

「へぇ……ちょっと意外。髪留めのことといい、そういうこと気にするなんて、トワもやっぱり女の子なんだね?」

 あからさまなからかいに怒りが沸く一方で、妙な気恥ずかしさが込み上げてきて、トワリスはうつむいた。

「別に……私だってたまには、髪留めとかしてみたいなって思っただけです」

 存外素直に返されて、ルーフェンは拍子抜けしたようにトワリスを見つめた。
それから肩をすくめて、苦笑する。

「まあトワなら、その気になれば似合うものは多いよ。髪だって、折角深くて綺麗な褐色なんだから、伸ばせばいいのに」

「……は?」

 まるで挨拶するかのようにさらりと言われて、トワリスは目を見開いた。

「それ、本気で言ってるんですか?」

「もちろん。本気本気」

「……嘘くさ」

「えー、それちょっとひどくない?」

 大して傷ついたというような様子もなく、ルーフェンは言う。
トワリスは一つため息をついて、そのままルーフェンに背を向けた。

「……もう、仕事に戻ります」

「ん? ああ、そうだね。俺も戻ろうかな」

 日の光を手で遮りながら、ルーフェンは空を見上げた。
昼時も、もうすぐ終わりである。

「……あの、髪……」

 囁くような、小さな声が聞こえて、ルーフェンはトワリスに視線を戻した。

「髪、ありがとうございました」

 随分と無愛想な声だった。
しかし、ふと見えたトワリスの横顔が、赤く染まっているのを見て、ルーフェンは口元を緩めた。

「どういたしまして」

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.11 )
日時: 2017/12/29 23:39
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)



 それ以来トワリスは、滅多に後ろ髪を切らなくなった。
後ろに一本、三つ編みで束ねられるようになった後でも、しばらくはそのまま伸ばしていたようだ。



「ルーフェンさん! ルーフェンさんってば!」

 突然聞こえてきた声に、ルーフェンは我に返った。
目の前では、ファフリが怒ったように頬を膨らませている。

「ねえねえ、髪留めをあげて、その後どうなったの? 早く教えて? 」

 愛らしく首を傾けて、ファフリが先を促す。
ルーフェンはその問いかけに引き続き答えようとして、しかし口を閉じた。

 トワリスとの出来事を鮮明に思い出した今、もはやそれを誰かに明かそうという気は、もうなくなってしまった。
らしくもなく、恥ずかしいと思ったのだ。

 ファフリの期待に満ちた瞳を見ると、教えないという選択に対して罪悪感も沸いたが、やはりこの記憶は、自分の中だけに留めておきたいのである。

「ルーフェンさん?」

 様子を伺ってきたファフリから目をそらし、ルーフェンは外にいるトワリスを見た。
そして、再びファフリに視線を戻すと、満面の笑みを浮かべて、首を振った。

「やっぱり教えてあげなーい」

「えーっ!」

 座っていた椅子から立ち上がり、ファフリがすがるようにルーフェンを見る。

「なんで!? ここまで聞いたら、続きが気になるじゃない!」

「ごめんごめん、でも秘密ー」

「うぅ……ルーフェンさんの馬鹿、けちんぼ!」

 納得がいかないといった様子で、ファフリが非難の声をあげる。
恥ずかしいから、などという柄にもない理由を言えるはずもなく、ルーフェンはただ笑いながら、軽い調子で謝った。

「いいもん、トワリスに聞くから!」

 そう言って扉の方に駆け出したファフリを見て、ルーフェンはわざとらしく眉をあげた。

「あれ? トワが教えてくれないから、俺のところに来たんじゃなかったっけ?」

「そうだけど、トワリスはルーフェンさんみたいに意地悪じゃないし、きっと頼めば教えてくれるもん!」

 ファフリは叫ぶと、最後にべーっと舌を突きだして、そのまま勢いよく部屋から出ていった。

 そんな彼女を見送りながら、ルーフェンはふと、トワリスはまだあの出来事を覚えているのだろうかと思った。
そもそも、三つ編みを教えたのがルーフェンであることは確かだが、彼女が髪を伸ばそうと思った原因は、別にあるのかもしれない。
そう考えれば、トワリスにとっては、あの出来事はただの世間話であり、覚えているほどのものでもないだろう。

(……まあ、なんだっていいか)

 一つ伸びをして、椅子から腰をあげる。
外では宣言通り、トワリスとユーリッドの間に割り込むようにして、ファフリがなにやら話しているようだ。

 ルーフェンは自嘲気味に笑うと、窓枠に手をついて、賑やかな外の様子を眺めた。

 こうしてこのまま外を——トワリスの様子を眺めていれば、その赤面具合で、事の真相は分かってしまうのだろう。



………………

本当は、バレンタインまでに書き終えたかったものです。
大幅に過ぎました、はい。

さて次は何を書こう……ネタが思いつきません(笑)
どなたか、どうか私にネタを恵んでください(涙)