複雑・ファジー小説
- Re: 【死本静樹の素敵な死に方。】 ( No.2 )
- 日時: 2014/02/20 23:21
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: 1T0V/L.3)
- 参照: http://
#1【轢死】
☆轢死とは、電車や車輌などの走行物によって轢かれて死ぬ事。
☆引き延ばされたり破片が飛び散ったりこびりついたりと、死体の破損状況は凄惨を極めることが多い。
1
閑静な住宅街に紛れている、白い一軒家。
薄暗い部屋のなかで響く、ぎい、ぎいと何かが軋む音。ぽた、ぽたと水滴が落ちる音。床に映る影は、揺れている。小さく振り子のように。
部屋の真ん中に、死本静樹がぶら下がっている。彼の両目は中途半端に飛び出し、呆然と虚空を眺めていた。半分開いた口の端から、よだれが首もとを汚している。雫が静樹の股間から漏れだし裾を伝う。フローリングは濡れ、水溜まりを作っていた。
その真正面——壁際で、桐生弥生が自分の膝を抱え、静樹を眺めていた。窓から射し込む斜陽に頬を照らされながら、弥生の瞳はじっと静樹の——首吊り死体の姿を捉えている。
すえた異臭が充満し、滴る小便と軋むロープの音だけが支配する部屋に、夕闇はすぐそこまで迫ってきていた。
——弥生は思う。ああ、汚いなあと。
ドラマでやっているような自殺は、小説で描写されるような自殺は、漫画で読むような自殺は、真っ赤な嘘だ。人間、あんな綺麗に死ねはしない。端整な顔は歪み、目玉をひんむいて、糞尿を垂れ流して、縛られた芋虫のように痙攣して、苦痛の内に事切れる——これが、死の姿だ。
だから自分が死ぬにしても、自殺だけはしたくないなと思った。そんな姿になるのは嫌だから。
「静樹さん」
返事はない、ただの屍のようだ。
しかし弥生は構わず、物言わぬ死体に言葉を継ぐ。
「……そろそろ、満足しましたか?」
「——まあ、な」
はみ出ている眼球が、ぎょろりと弥生を向いた。
先ほどまでだらりと力なく垂れていた静樹の両腕が、首に巻き付いているロープを掴む。軋む音が強くなり、身体は大きく揺れる。
だが緩めようとしても、がっちり極ったロープの結び目はびくともしない。苛立った静樹は後方へ勢いをつけ、そのまま片足を大きく振り上げ——ロープを固定している天井ごと、蹴り抜いた。
どてちっ、と滑稽な音を立てて無様に着地。それから大きく何度も咳き込む。彼が落ちたのは小便溜まりの上だったが、この際もう気にしない。よくあることだ。
「……静樹さん、汚ない。飛沫がはねたんですけど……」
「知るか。かかる位置に居たのが悪い」
ようやく咳が止んだ静樹と向き合う。中性的で整った顔は唾液やらの体液で汚れている。鼻をつくような異臭が、彼から漂ってくる。
これがカリスマ作家「死本静樹」だと言って、誰が信じるだろうか。それとも、天才だからネジが外れているのは仕方ないとでも言われるのだろうか。
首を鳴らして肩を叩く彼は不満げな表情だ。今回も失敗だったのだから、当然と言えば当然か。弥生には理解出来ない感情だ。理解したくもないけど……自殺志願者の心中なんて。
——静樹は、死なない。
正確に言えば、死ねない。老いず朽ちず衰えず死なず、なのでずっと、自分が死ねる方法を探すために自殺を繰り返している。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
縊死、轢死、圧死、溺死、焼死、転落死、感電死、出血死、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ……あらゆる自殺を試みたが、死ねない。
なので今度はアプローチを変えてみた。首を吊るためのロープを、ベルトや犬のリード、アナコンダなどで代用して試してみたり、腹を切る際にちょっと芸術的なデザインにしてみたり、皮膚を表面から1枚1枚剥いて、骨肉をヤスリで削り、どこまで削れば死ぬか試してみたり、肉をミンチするための機械に頭を突っ込んでみたり、塩酸のプールに身を投げてみたり……。
自殺の試行錯誤。気付けば400年以上の間、それを繰り返していた。
結果は「まだ死ねない」。今日はロープの結び目を変えて挑戦してみたが、失敗に終わったようだ。
静樹はおもむろに、近くにあったナイフへと手を伸ばす。ロープをちょうどいい長さに切り取る際、使ったものだ。
刃左手首に当てて、勢いよく振り抜く。
ばっ、と走った赤い線。数秒もしないうちに、血液が溢れてくる。傷は深い筈だ。
だが、ナイフを置いた手で血を拭うと、そこにはもう、傷は無かった。
深い溜め息を吐く静樹に、弥生が一言。
「とりあえず、汚ないし臭いのでシャワー浴びてきてください」