複雑・ファジー小説
- Re: 紅のアクア 1章第1話Part1更新 キャラ募集 ( No.1 )
- 日時: 2015/03/25 17:47
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: g8eYpaXV)
紅のアクア 第1章 月光に消える 第1話「ブラッディバレンタイン」Part1
同日夜8時。それはすぐさまニュースで報道される。血の雪が降ったのは東京千代田区。その駅前通り周辺だった。多くの人々はそのはらりと降り落ちる雪を、その身に受け消滅したという。雪がさえぎれるはずの屋内にいた者達も例外ではない。
消えた瞬間を監視カメラが取っていたのだから、嘘だと頭をふるうことも叶わず。政府は千代田区駅周辺を立ち入り禁止区域と定め、周辺住民に避難を命じた。原因不明の赤い雪。それは国中に恐怖を。
友や家族を失った者たちに喪失感や虚脱感を与え、粛々と彼らの胸中をドリルがごとくえぐり続ける。ある者は間違えじゃないかと関連機関に電話を入れたり、千代田区へと行こうとするが、それはことごとく警察などに止められたらしい。最悪の混乱は何とか抑えられていた。
だがそれは長く続かない。同日日本時間9時。絶望の夜が口を開く。イギリス、ロンドン郊外にて赤い雪が降り始めたのだ。
「ねぇ、お母さん、雪って白い物じゃないの?」
銀髪の無垢な少女が窓の外を見てつぶやく。バレンタインムードに染まりきっていた子供の母が「白くない雪なんてみたことない」と笑いながら言う。そして、その瞬間少女は理解しがたい光景を目にして絶句する。
少女が見た赤い雪。それが家の中にまで侵入してきているのだ。天井を見上げても貫通した様子はなく。少女は不思議そうにしているが、その赤い粒が母親に触れた瞬間、彼女が何事もなかったように消えるのを見て少女はその場に倒れこむ。
「えっ、嘘? 何で……」
思考が追いつかない。少女の常識にはない現象。しかし自分の家族が目の前で唐突に消滅したのは事実で。自分の体に雪が何度も付着したというのに、消えていないことなど考えもせず彼女は走り出す。
「はっはっ、お父さんっ、お父さん!」
父もすでに帰ってきている。今日は皆でバレンタインを楽しんでいたから。消えてないでくれ、そう願って父の部屋を覗く。
「あ゛っあぁっ」
父の部屋は無音で。ただ椅子の上には父がいつも着ている服だけが落ちていた。少女は瞳一杯に涙をたたえながら叫び声を上げる。
「いやアァァァァァああぁぁアアアアアアァああああああぁぁぁああぁぁぁああぁぁあああぁっ」
下手をすれば近所中に響き渡るだろう声。普通なら誰かしらは驚いて、彼女の家を覗くだろう。しかし彼女の声に反応する者は誰一人いなくて。叫びつかれた少女はがくりと倒れ込む。かすれ気味の高い声が反響する。
「お父さん、お母さん、フェリを置いて行かないでっ。1人じゃ、あたし」
絶望に涙を流しながら、少女は嗚咽(おえつ)をもらす。そんな床に倒れこみ泣きしゃくる少女の耳元で渋い男性の声がとどく。
「おや、これはずいぶんと可愛らしいお嬢さんだ。どうやら貴女は合格らしい。では、失礼」
目を向けるとそこには白いスーツをビシッと着こなした、50台程度の小柄な男が立っていた。余裕にあふれた表情と月夜に輝く銀髪が、少女に恐怖を呼び起こさせる。フェリは表情をゆがめながら、差し伸べられた男の手をはねのけて叫ぶ。
「やっ! 何をするのっ!?」
「そう、声を上げないでくれたまえ。別に今すぐ君がどうなるというわけでも……」
親が唐突に意味も分からず消えたのだ。そして彼女はそれを認識しているのだから予想通りの反応ではあるのだが、やはり気分の良いものではない。男は額に手をあて大げさに顔を左右させ嘆く。
「あーあー、ガキ相手にいつまで遊んでんだロートル? 説明だのしねぇでさっさと力を行使しちまえば良いだろうがっ」
そんな初老の男にかけられる声。落ち着いた渋い彼の声とはまるで違う高めの響く男性のものだ。言っている内容から察するに、どうやら相当に気が短い男らしい。何がどうなっているのか分らず、ただフェリは沈黙する。
「まったく君は相変わらず狼のように、野卑(やひ)な態度だね。偉大なる我らが王の息子だというのに。気品のかけらもないのは、いかがなものかな? ねぇ、ワルキューレ君」
白スーツの男は突然の来訪に驚いた様子もなく、声のした方向をむくとまた頭をふるいながらため息混じりに言う。それと同時に何もなかった空間が突然ぐにゃりと湾曲しそこから手が伸びる。何の比喩でもなく本当にいきなり手が現れたのだ。最早フェリは黙り込むしかない。
強引に別の世界から現れたワルキューレと呼ばれた男。おそらくは先に現れた小柄な男と同類なのだろう。夕焼けのように赤い長髪を乱雑に後ろで結んだ男はどこからどこまで派手な印象だ。服は派手な赤色で体中にシルバーアクセサリを身につけ、ノースリーブから出るたくましい二の腕にはタトゥーまでしてある。
全てにおいて鋭角的で恐怖を感じさせる顔つきもあいまって、10に満たない少女にとっては悪魔のようだ。そんなワルキューレはただでさえ狂犬のような目つきをさらに細めて白スーツの男を睥睨。手ぐすねをひきながら啖呵(たんか)をきった。
「親父と俺を比べるなって何度言ったんだ。おい、ジョニー・バレンタインさんよぉ。なめくさった態度とってると今ここで灰にするぞ?」
どうやら偉大なる父に大きな重圧と脅威を感じているらしい野卑な男は、老父のフルネームを憎憎しげに口にし、ひときわ目立つ骸骨の彫像がほどこされた指輪を指から外す。瞬間、大地が鳴動しワルキューレの体が赤い燐光(りんこう)を放つ。
しかしそれと同時に男の体は吹き飛ぶ。フェリの家はその衝撃で屋根と壁が全て倒壊するが、どうやら白スーツの男ジョニーに助けられたことで無傷らしい。意味が分らないことばかり起こっているが、少女にも分ることはある。どうやら彼らは普通の人間ではないということ。
「はーぃ、バーカッ! 速くしろとか発破掛けにきといて、何計画遅らせるようなことしてるのかしらねぇ?」
また、新しい声。今回は音程の高さから察するに女性のようだ。少し高めの甘い感じ。さっきまでいた母親に似てる気がして、希望を胸に声のした方向を振りむくフェリ。しかし当然ながらそこには母親とはまったくの別人が立っていた。
月明かりの中でも目立つ白衣を着込んだ、癖がある青のショートボブをした色白のグラマラスな凛とした印象の美女。暗くて表情は良く分らないが口調や態度から呆れを感じているのは確かなようだ。計画という不穏な言葉が聞こえたが無視したい。
壁がなくなって周りの道路などが見えるようになったが、誰一人歩いていないことも気になる。あの雪に触れて他の人々も消えてしまったのだろうかと、フェリは恐怖におののく。そんなことをして彼らは何をしようとしているのか。少女の常識がきしみをあげて壊れていくのが分った。
「おや、アスタルテ女史はもう終わったのかね?」
「えぇ、ジョニー叔父さん、この娘で最後よ」
ジョニーが女性に声を掛ける。それに対してアスタルテと呼ばれた彼女は、何で驚いているのかという風情で投げやりに答えた。
「なっ、なっ……何なのよ貴方たち?」
分らないことが多すぎて不意に声が出てしまう。恐怖は人を沈黙させるが、ある一定をこえると逆に声を出させてしまうものなのだ。いつのまにかフェリの横にはアスタルテが立っている。知的さ愛らしさをかねそなえた20台程度の美女。自分はその年までも生きられないだろうと悟りフェリは目を閉じた。そんな少女に彼女は慈母のような優しさに満ちた声音でささやく。
「信じるかどうかは分らないけど、お嬢さんも吸血鬼って知ってるわよね?」
「絵本とかに出てくる……」
“吸血鬼”
人、特に処女の血を好んで吸う西洋発祥の悪魔。本当にいるなんて信じている人はそうそういないだろう、絵空事(えそらごと)の存在。彼女は自分たちがそれだと言うのだ。本当なら笑うところなのだろうが、自分の置かれている状況、そして彼女たちの異常さを目の当たりにして少女はそれを否定できなかった。
「あら、よく知ってるじゃない。偉いわねぇ。じゃぁ、さようなら」
フェリの首筋にアスタルテの白くて細い指がそえられる。何か呪文めいた言葉を白衣の女性がつぶやくと同時に、少女の体は弛緩し糸が切れたわら人形のように倒れこむ。遠のく意識の中、ワルキューレの高く響く声がとどいた気がする。
「最初からこうしておきゃぁ良かったんだよジジイッ」
最後に聞く台詞がこんなものだなんて、と少女はなげかずにはいられなかった。堕ちていく。どうしようもなく深い黒の中に。意識は混濁し、あらゆる感情が途切れて……