複雑・ファジー小説
- Re: 紅のアクア 1章第1話Part2更新 キャラ募集 ( No.2 )
- 日時: 2015/06/05 17:35
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: xMHcN6Ox)
紅のアクア 第1章 月光に消える 第1話「ブラッディバレンタイン」Part2
何一つ装飾品などない、ただひたすらに暗く広い石造りの空間、その中央にある椅子の上。純白のローブをまとった銀髪の、威厳に満ちた老人は何もせず座っていた。物音1つない空間に突然、軋みを上げるような響きが伝わる。四十万の世界でそれはとてもうるさく。
老人は閉じていた瞳を開け、正面にある門を見つめた。唯一の外へ出れる扉の中央には、自らの息子であるワルキューレ・ヴァズノーレンの姿。夕焼色の思慮深い瞳で大老はワルキューレを見つめ、深く低い厳(おごそ)かな声で言い放つ。
「我が息子よ。この計画に不満があるか?」
「あぁん、親父殿。文句がなかったらそもそも話しにこねぇよ」
自分の髪をバリバリとうっとうしそうに掻きながら、ワルキューレは自らの父にして吸血鬼の王ウルガフ・ヴァズノーレンを睨む。感情に満ちたいつもの口調ではなく、厳しい怒りがこもった声で言う。およそ家族中は最悪だろうことが想像できる。
「そうだな」
「で、どうしてだよ。何でこんなまどろっこしいことやってんだ? とっとと暴れてぇって奴が5万といるってのに!」
無用な問答だったかと一瞬肩をすくめるウルガフ。それに対してワルキューレは派手な身振り手振りを加えながら、たたみかけるような口調で問う。彼自身自らの父ウルガフの深遠なる叡智は理解している。だが実際問題、多くの吸血鬼たちが疑問を持っていることだ。
むろん、それは彼にとって口実でしかなく、目の前の父に一泡吹かせてやりたいというのが本音だ。いかな権力者でも多数決の力に耳をかさないわけにはいかない。つまりワルキューレは自らが、眼前の泰然自若たる厳父に総合力で負けていると理解していることになる。
「意外だな。貴様は浮き足立った弱者を、虐殺するのが好みだったか」
「どちらにしろ圧勝は目に見えてるだろうがよ」
冷たく輝く双眸(そうぼう)をわずかに動かし、大老ウルガフは問う。いかに疎遠で不仲とはいえ、むしろだからこそ息子の考えは理解しているつもりだった。しかし目の前にいる男は衝動を抑えられないようだ。
魔の力を軽んじ、科学に頼った人類は現状吸血鬼に損傷をあたえることも不可能だろう。これは長年世界の裏側から人間を見てきた彼らの共通認識。つまり傷を負わされることもなく、自らたちはこの戦いに参加するだろう軍部の者たちを壊滅させれると踏んでいる。
ウルガフは瞑目(めいもく)し深い溜息を吐く。長期的な視点に立っていないドラ息子の短慮に眩暈(めまい)を覚えるといった様子だ。
「はたして、どうかな。今はそうでも遠い未来は違うかも知れぬ。反乱する可能性もない家畜など、飼っていてもつまらぬだろう?」
「…………」
鋭い剣がごとき、閃いたウルガフの言葉。簡潔だがそれは、深慮せねばならぬ道理だった。現状にだけ目をやっていた愚かさを、ワルキューレは嘆く。人類は過去魔法を信奉していた。彼らにその重要性を思い出させれば、人々もそれの研鑽(けんさん)を開始するだろう。
強大なる力を持つ吸血鬼たちは、すべからく戦いを愛す。蹂躙ではない。血で血を洗う肉と骨のぶつかり合いだ。圧倒的戦力差を見せ付けるより、何かしらのデモンストレーションを見せ小さな希望を残すべき。偉大なる王ははるか未来を見据えていた。
気圧されワルキューレは黙りこむ。
————————
『何の音?』
暗闇の中で音が響く。不規則な女性のあえぎ声と、少し高めの抵抗するような男声。そして何かが叩きつけられるような音。小さな光がまぶたをつらぬく。自分が生きていることを感じさせる。だが目を開けたくない。意識が混濁していて、倦怠感が体を支配していて。
しかし徐々に力が戻ってくるのを感じ、少女はおそるおそる目を開けた。ぼやけた視界。ふかふかのベッドに自分は寝そべっているらしい。一体ここはどこなのか、自分はなぜ生きているのか。てっきり食料にでもされてしまうのかと思っていたので、生きているのが不思議だ。
目をこすりながら少女は部屋を見回す。深海のように深い碧眼(へきがん)には、不鮮明ながら気持ち悪くなるような色使いの空間が見えていた。虹色に染められた悪趣味な壁、天井は吹き抜けになっていて青空がのぞく。
そして、周りには赤を基調とした豪奢なベッドが等間隔に計8つ並んでいる。年齢性別さまざまな人々が寝転がっており皆、寝息1つ発さない。そんな中、妙なあえぎ声と不規則に拍手をするような音は続く。のろのろと少女はその方向へと顔を向ける。
「No17! 良いっ、良いよっ! もっと、僕を感じさせてっ!」
「止めろっ! 何なんだっ!? 俺はお前らの玩具(おもちゃ)じゃないんだぞっ」
目に映ったのは闇夜のように黒い髪をした男。それにワンピースをたくし上げ、下半身裸で馬乗りになっている小柄な少女。女が腰を上げると、何か棒状のものが見える。青年と思われる、顔が判然としない彼もまた、下半身は裸のようだ。10歳に満たないフェリはその行為が何なのか分らず、ただ息をのむ。
夕焼けのように鮮やかな真紅の長髪を乱しながら、女は強引に男を責める。声音から10代後半程度と思(おぼ)しき青年は彼女を引き剥がそうと、左手で顔面を殴りつけたが。とてつもない反射速度で赤髪の少女はそれを受け止め、わずかに感情の薄い赤目をゆらす。そして品の良い桜色の唇から舌をちらりと出し、狂獣のような陰険な笑みを浮かべた。
「そんなこと言わないでよぉ、実際気持ち良いだろセックス……」
「ふっ、ふざけるなっ! お前らみたいな悪党にっ」
「屈(くっ)せとは言わないけど、今は様子を見るときじゃないかなぁ? 僕たちは君らに希望を見ているんだからさ」
男声のこぶしを軽くはらうと、肩をすくめて少女は溜息混じりにつぶやく。どうやら彼女は自らの体と技術に、大きな自信があるらしい。誇張するように身振り手振りをするのが、その証拠だろう。しまいには完全にワンピースを脱ぎ捨て、上半身まで裸になり胸を揺らす。
そしてわずかに声を上ずらせながら、抵抗する青年の唇を強引に奪う。男声の口からわずかに血がつたう。どうやら吸血鬼と思わしき女性が彼の口内に歯を立て血を吸ったようだ。ささやかな笑みを浮かべ女は男の口吻から顔を離し、冷淡な口調で子供を諭すようにささやいた。来るべきチャンスがあるというような示唆。
「逃げ、ないと……」
あの女は危険。そう判断したフェリはいまだに倦怠感が支配する体を強引に動かし、ベッドから降りようとするも。それを女は見逃さなかった。5メートル程度あった距離を一瞬で詰め、フェリの耳元に息をかけるように声をかける。
「おっ、22号も目が覚めたみたいねぇ」
「ひっ!」
不可解な化け物に対する死の恐怖が全身をはしり、フェリは体を弛緩(しかん)させ床へと倒れこむ。そして後ろへと後ずさりながら涙を流す。全裸の女はすぐさまフェリの横へと移動し、彼女の唇に自らの指をあてがった。
「大丈夫だよ。リラックスして22号。君は死なないから」
そしてフェリを抱きかかえささやく。便宜上(べんぎじょう)フェリはここで22号と呼ばれているらしい。最初は自分のことだと理解できず周りを見回すフェリ。そんな彼女に全裸の女は“君のことだよ”と教え、さらに言葉をつむぐ。
「君たちはこれから絶望を見る全人類にとっての、砂粒ほどしかない希望になってもらうんだ」
「…………」
女の言葉がフェリは理解できず困惑する。自分が希望とはどういう意味か、人類が絶望するというのはなぜか。もはや何も分らずうつむく。黒髪の青年は女に血を取られてから、死んだか貧血を起こしたかで動かない。他の者たちが起きる様子もなく、とたんに部屋は静かになった。
「やれやれ、まだ黙り込むのは早いんじゃないかな?」
女はつまらなそうに1人愚痴る。そして脱ぎ捨てた青地のワンピースを広い着なおすと、一瞬で部屋から姿を消す。
————————
ただひたすらにまっすぐな装飾もない蛇の腸を思わせるような回廊。青いワンピースを着た赤髪の女は、そこをワインレッドのヒールで歩く。石をハンマーでたたくような、大きな音を鳴らしながら。もう少し男性との性行為を楽しみたかったのだろう。彼女の表情は暗澹(あんたん)としている。
「リール女史か。貴様の部屋にいる者たちは何人が目を覚ましたのだ?」
そんな彼女に後ろから掛けられる声。リールと呼ばれた女性が振り返ると、そこには筋肉質の小柄な老人ジョニーが立っていた。格上の吸血鬼相手とはいえ簡単に後ろを取られたことを、リールは額に手を当て体を小刻みに震わせ嘆く。
「現状25パーセントかな。もう少し起きてもらった後のほうが良いよねやっぱり」
そして勤めて冷静な口調で、男の問いに答える。内心はそんなつまらない話を振ってくるなと、苛立っているのは言うまでもない。
「何じゃ、この手は?」
「ちょっと溜まってるんだ叔父様。遊ぼうよ」
「……我輩は主のような娘とやる趣味はない」
その上で意趣返しとばかりに体をよせ、猫なで声で老紳士を誘惑するが。自分の色気を持てる限り発し行為を要求するリールに、なかば呆れた様子でジョニーは断りをいれる。どうやら彼に幼女趣味はないようだ。
「そう、ケチだね」
目を細めいまいましげに舌打ちをするリール。
「何とでも言うが良いさ小娘が」
自分のプライドは護るとでもばかりに少女の手をはらい、老人は歩幅を広めて歩きリールを置き去りにして進んでいく。
「あーぁー、やっぱりこのモヤモヤはぁ、人間たちぶっ潰して晴らすしかないな」
嗜虐的な笑みを浮かべ、リールは未来へと思いをはせるような口調で言った。きわめて身勝手な、強者あるいは捕食者らしい発言を——