複雑・ファジー小説
- Re: 朱は天を染めて ( No.20 )
- 日時: 2014/03/05 01:00
- 名前: Frill (ID: J7xzQP5I)
第十七話 嵐の前の
草木も眠る丑三つ時、大江山の御社から裏手の森の奥。満月に照らされた泉で女が水浴びをしている。幻想的な光の筋が幾重にもその扇情的な肢体を射し、しなやかな指先が豊満な肉を撫で洗う。
滴が跳ねる燃えるような紅い髪を掻き分け、雄々しく反り立つ角が彼女を美しくもこの世ならざる人外の者だと伝える。
淡く、煌めき注ぐ月光が彼女の背中を照らすとそこには呪文の様な大きな痣が幾重にも刻まれておりその禍々しさと痛々しさを醸し出す。
それはまるで八つの頭の大蛇が彼女の身体を締め上げているかのようにも視える。
「・・・チッ、背中の呪痕が疼きやがるぜ。昼間に見た夢のせいか」
沐浴をする美女、朱羅は忌々しげに愚痴を溢した後、ひとつ溜息をする。
「さっきから覗き見たぁ、感心できねえ趣味だぜ、『白面九尾』」
朱羅の掌が茂みの一角に向くと瞬時に白熱化した巨大な火球が現れ、爆音を伴い放たれる。
白熱の猛火が着弾し森を爆散させる、事は無く火球は何も無い空間に煙の様に吸い込まれて消えた。
その火球を呑込んだ空間が水面の波紋の様に広がり一人の美女がその姿を現す。
絹糸のごとき白銀の髪をなびかせ銀糸の艶やかな着物を着流し白い陶器の様な肌を惜しげもなく晒す。豊満な双丘と折れてしまいそうな括れた腰。そこから足先に至るまでのなでやかな曲線。
まさに傾国の美女がそこにはあった。人間ならば。
頭部には二対の銀毛の獣の耳があり、腰には九つの大きな尻尾がたなびいていた。
彼女は狐の妖魔であった。それもとびきり凶悪な。
遥、大陸の向こう側の国々をいくつも滅ぼしたと噂があるが果たして真実か知る者は無い。
「いきなりご挨拶どすなあ、朱天はん。あちきはか弱い妖狐やさかい、堪忍してなぁ」
着物の袖で口元を覆い妖艶な笑みを浮かべた。