複雑・ファジー小説

Re: 朱は天を染めて ( No.43 )
日時: 2014/03/15 13:22
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: ZH3Zd89o)

 第参十九話 迷いの狭間で


 卜部はこの状況から一刻も早く逃げたかった。

 妖魔に身体を傀儡にされた時、生きた心地がしなかった。

 殺されると思った。

 自分には妖魔退治なんて無理なのだ。大人しく陰陽寮で研究していれば良かったと激しく後悔した。だが、此のまま頼光達を見捨てて自分だけ逃げ出してしまったら、陰陽師の資格を剥奪されてしまうかもしれない。

 あの時と同じだ。

 安倍晴明に弟子入りしていたあの時も目の前で人を貪り食う妖魔が恐ろしくて、戦っている晴明を置いて逃げてしまった。晴明は何事も無く妖魔を倒したが卜部は逃げた事が後ろめたくて結局弟子をやめてしまった。

 戦いの準備をしている頼光達に困惑の視線を向けていると綱が卜部の傍に来て言う。

 「卜部殿。此処までご苦労だった。貴女は直ぐに山を下りた方が良い。これ以上は私達に付き合う必要はない。こんな事になって本当に申し訳ない」

 頭を下げ、礼をして去る綱。


 卜部は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。







 金時は複雑な想いで戦いの準備をしていた。

 友達の頼光が戦うというのだから自分も、もちろん戦う。でもそれ以上に気になる存在がいた。

 朱天童子だ。

 逢うのは初めての筈なのに一目で彼女がそれだと判った。

 心が激しく揺さぶられた、こんな事は今まで無かった。

 あの人と言葉を交わしたい、あの人の肌の温もりを感じたい、と強く想った。その朱天童子と今から戦うと言うのだ。金時は否定したい気持ちと頼光のために戦わなければ、と想う二つの心情で板挟みになっていた。

 「金時?どうしたの、具合悪い?無理に戦わなくても・・・」

 心配そうに頼光が訪ねる。慌てて金時が取り繕う。

 「な、何でもないよ!?オイラ、ちょっと緊張しちゃって・・・!」

 「そう、でも無理しないでね?危なくなったら絶対に助けるから。だって僕等、『友達』だもん♪」

 眩しいくらい純粋な笑顔を金時に向ける頼光。

 友達と言う言葉の暖かさ。


 金時は何故か胸の奥がズキリと痛んだ。