複雑・ファジー小説
- Re: 朱は天を染めて ( No.47 )
- 日時: 2014/03/16 18:17
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: eCoP6tTf)
第四十参話 彼方の記憶、遠き過去
朱羅は夢を見ていた。
それは果たして夢なのか。
溶け込む意識の中で鮮明に蘇えりゆくもの。
朱羅はゆっくりと、それに身を委ねた。
一面に咲き誇る色とりどりの花。軽やかに舞う鮮やかな蝶。暖かな日差しは全ての生き物を祝福するかのように優しく降り注ぐ。
匂い立つ様な花畑の中、年の頃十歳程の可愛らしい赤い髪の美少女がせっせと花冠を作っている。少女の傍では子狐がその体毛と同じ、白い尻尾を揺らしている。
「そろそろお家に帰りましょう、朱叉」
花畑で遊んでいる少女に巫女姿で少女と同じ赤い髪の美しい女性が声をかける。
「姉様!」
少女が花畑から顔を出し、一面の花達も綻びそうな満面の笑顔で女性に駆け寄り抱きつく。
「まあっ ふふっ、朱叉は甘えん坊さんね。今日もお花畑で遊んでいたの?」
女性は優しく少女を抱きしめ返し、愛しそうにその頭を撫でる。
「うん、姉様。今日も狐さんと一緒に遊んでいたの。お花の冠を作るのを手伝ってくれたの」
そう言って朱叉と呼ばれた少女は振り返り此方を見ている白銀の子狐に笑顔で手を振る。この子狐は人間の罠にかかり瀕死だったのを少女が助け、姉の元に連れて行き怪我を治したのだ。それからというもの子狐は少女の前に頻繁に現れて一緒に遊ぶようになった。
子狐は一声鳴くと森の奥に帰って行った。
「狐さん、さようなら〜!またね〜!」
去りゆく子狐に別れの挨拶をし、姉妹は仲良く手を繋ぎ家路へと帰った。
その途中、森を抜けて自分達の家が在る集落に向かっていると一人の甲冑を着た男が慌てて此方に駆け寄ってきて膝を着く。
「どうしたのですか?猿田彦。何かあったのですか?」
女性は男の様子からただ事ではない雰囲気を感じ取ったのか声色が固くなる。
「・・・天照様!伊弉諾様と伊弉美様が人間の軍に襲撃されました!!」
「!! 二人の生存は・・・?」
「・・・いまだ確認できておりません」
「・・・そうですか。では直ちに村の守りを強化しなさい。恐らく人間達は直ぐにでも此処、出雲の地に攻め入るでしょう。戦える者は武器を取り、それ以外の者は必要な物だけを纏めて避難しなさい。」
天照と呼ばれた女性は一瞬、悲愴の表情をしたが直ぐに冷静な顔になり、男に命令を下す。
男は頷くと踵を返し村の中に駆けて行く。
「・・・姉様、父様と母様、死んじゃったの?」
少女、朱叉は大きな、その紅の瞳を不安そうに姉、天照に向ける。
天照は少女をそっと抱きしめ、優しく声をかける。
「大丈夫よ、朱叉。父様と母様は凄く強い人達だもの。決して人間なんかに負けないわ」
そして泣きそうな少女に精一杯の笑顔で元気付ける。
「それに、どんな事があっても私が朱叉を護ってあげる。絶対に。約束だよ」
「やくそく?」
不思議そうに首を傾げる朱叉。
「そう、約束。何が遭っても必ず姉様が傍にいるから・・・」
そう言って優しく、力強く少女を胸に抱き寄せる天照。
朱叉はその太陽の様な暖かさとお日様の匂いに抱かれ幸せを感じた。
遠い、遠い彼方。
それは儚く散りゆく運命。
全ての終わりの、全ての始まりの記憶。