複雑・ファジー小説

Re: 朱は天を染めて ( No.51 )
日時: 2014/03/18 14:20
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: diY.t.1D)

 第四十七話 闇に輝く太陽


 燃え上がる集落。

 逃げ惑う人々。

 悲鳴、怒声、絶叫、罵りの声、下卑た笑い声。


 炎が激しく包む村の中、鎧姿の武者達が次々と逃げ惑う人々を斬り殺していく。

 抗う兵士は奮闘虚しく、多勢に無勢で討ち取られてしまう。

 それは惨く、一方的な虐殺であった。




 荒い息を吐き、二人の姉妹が森の中を手を繋ぎ懸命に走る。

 あらゆる物を焼き尽くそうと炎は森の奥までその手を伸ばし、彼女達の行く手を遮る。

 「ううっ!こんな所まで火の手が・・・!!」

 天照は手をかざし遮る炎に意識を集中させる。炎はその勢いを弱め、道が開ける。その道を進もうとするが天照は胸を押さえて苦しげに呻く。

 人間達が放った炎。邪悪な意思と悪意が宿り、天照の力を奪う。炎を操り退けるたびに忌まわしい感覚が身体を蝕むのだ。

 「・・・熱いよう、姉様。苦しいよう・・・ごほ、ごほ!」

 咳き込む妹の背中を優しく擦り、苦悶の表情をする天照。

 「朱叉、頑張って!もう少しで『天岩戸あまのいわと』に辿り着くから・・・!」

 おぼつかない足で再び山頂を目指そうと歩む姉妹。

 燃え盛る森の中から武者姿の男が大声を上げた。

 「いたぞ!出雲の皇女、天照だ!!」

 「!!!」

 武器を手に武者達がゾロゾロと姿を現し、やって来る。鎧は返り血で染まり、森を焼く火の粉に当てられ赤く照らされている。

 「捕まえろ!抵抗するならば殺しても構わん!!」

 武者が刀を振り上げ叫ぶ。

 勢いをつけ、走り、何とか追手から逃げようとする姉妹だが、妹が足を引っ掛けて転んでしまう。その拍子に繋いでいた手を放してしまう天照。

 「!? 朱叉!!!」

 倒れた少女の背後に武者が刀を今にも振り下ろそうと構える。

 その時、突然藪の中から白い子狐が現れ飛び掛かり、武者の顔に喰らいつく。

 「ぐわっ!?な、何だ!此奴は!!ええいっ、邪魔だ!!!」

 武者は喰らい付く子狐を乱暴に掴むと地面に叩き付けた。

 「キャウンッ!!!」

 そして踏みつけよう足を上げる。

 「狐さん!!駄目!!!」

 朱叉が体当たりをして、片足を上げていた武者の踏鞴たたらを踏ませる。

 「この餓鬼が!!!」

 武者は刀で幼い少女を斬り付けた。



 赤い飛沫を飛び散らせ宙に舞う少女。

 小さな身体がゆっくりと大地に沈む。



 「す、朱叉?」

 天照は何が起きたか解らないと言った表情でヨロヨロと倒れた妹に近づく。

 幼い身体は血に染まり肩口から腹まで大きく切り裂かれていた。

 流れ出す血潮、薄れゆく体温、消え逝く命の鼓動。



 あの日、交わした約束。

 幼い、小さな温もり。

 守ると誓った、愛しいものとの誓約。

 どんな事があっても、この子だけは。
 
 なのに。

 何故。



 「嗚呼ああぁぁぁああぁあ・・・」

 小さな身体をその胸に掻き抱いて、うずくまり嗚咽を漏らす天照。

 武者は血染めの刀を振り上げ、構え、斬り下ろす。





 刀を振り下ろす瞬間、武者は見た。


 少女の身体を抱く女の瞳を。


 此方を見上げ、血涙を流す漆黒に染まった瞳。


 武者の身体を黒い炎が包んだ。













 森を覆い尽くす黒い炎。まるで愛する者を失った事を嘆くかの様に。


 黒炎に覆われた山の頂、巨大な岩石の洞窟が鎮座しており、その入り口の頑強な石の扉は粉々に砕かれている。


 幼い少女の遺骸を抱いた黒炎を纏う女性がその暗く口を開けた奈落の底とも思える暗黒の空間に消えていった。


 それを子狐が悲しそうに見つめ、一声鳴いた。