複雑・ファジー小説

Re: 朱は天を染めて ( No.52 )
日時: 2014/03/18 17:10
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: diY.t.1D)

 第四十八話 己が歩む道


 「う、うう・・・」

 綱は傍に誰かの気配を感じて目覚め、薄っすらと目を開けた。

 「まだ動いていけません。傷を完全には塞ぎきっていませんので」

 卜部が手を当てて綱の傷を術で癒していた。

 「・・・卜部殿、何故、貴女が・・・山を降りたのでは・・・」

 綱が卜部の術の暖かい光で傷が少しづつ癒されていくのを感じながら訪ねる。

 「・・・私にもどうしてだかよく解りません。気が付いたらここにいました」
 
 山を降りて逃げようとした。

 だが、途中で引き返してきた。自分でも理解に苦しむ行動だが、今は不思議と後悔はしていない。

 殺伐とした都での陰陽師としての生活。常に人の顔色を窺っていた。誰も本音で付き合う者はいない、周りは常に相手を蹴落とし、のし上がろうとするライバルだった。

 だが、彼等は違った。こんな自分でも必要としてくれた。共に笑いあい、助け合った。短い間だが共に旅をした仲間達、正直楽しかった。

 見捨てる事が出来なかった。

 いてもたってもいられず、戻ってきてしまった。

 「・・・本当、何ででしょうね?」

  苦笑いをする卜部。







 卜部が綱を治療していると傍らの幽魔の肉体がシュウシュウと溶け始め、突き刺さった刀を残して消えてしまった。

 「綱様、妖魔が・・・」

 「ああ、手強い相手だった、何とか倒したが・・・」

 跡形も無く消滅してしまった妖魔が倒れていた場所に残る大地に刺さった鬼斬丸を見る二人。

 「・・・勝手に殺すではないわ。人間共」

 突然、背後で聞き知った声がして慌てて振り向く卜部と綱。

 そこには先程まで死闘を繰り広げた妖魔が仏頂面で立っていた。

 「・・・馬鹿な。確かに手応えは合った筈なのに・・・」

 綱は鬼斬丸を取るべくと何とか起き上がろうとするが真面まともに動く事ができない。歯痒そうに、苦痛で顔が歪む。

 「そ、そんな、まだ生きてるなんて・・・!!」

 卜部が綱を庇い、前に出て印を組む。

 それを見て幽魔は手で制し、面倒そうな顔をする。

 「・・・やめた方が賢明じゃろう。お主の腕では弱った今の儂でも敵わんじゃろうて」

  そして腕を組み不機嫌そうに言う。

 「まったく、人間にここまでやられるとはのう。力の大半を失ってしまったわ。これでは彼奴等に加勢してやる事が出来んではないか」

 綱はそれを聞いて自嘲的な笑みを浮かべる。

 「確かに、貴様から感じる気が著しく落ちているのが判るが、まだまだ余力を残してることも判る。私の全力を受けて無事なのだから、大した奴だ・・・。私は殺して構わないが、この女性は助けてやって欲しい・・・」

 「つ、綱様!?」

 綱が幽魔に言うと驚く卜部。

 「儂はお主らをどうこうするつもりはない。それよりも聞きたい事あるのじゃ」

 「・・・何だ?私が答えられる事なら構わないが・・・」
  
 近づく幽魔に身構える卜部。それをぎこちない動作で制す綱。

 幽魔は綱に真剣な表情で問う。

 「お主等と共にいたあの黒髪の少女、一体何者じゃ?随分変わった『心』の持ち主じゃのう。それに今感じるこの気配・・・。本当に『人』なのか?」

 幽魔の問いに苦い表情をする綱。


 源頼光という少女。

 自身の仕えるべき主。共に歩もうと誓った存在。

 

 「・・・あれは私が十二の時だ。渡辺家の仕来りに従い、源家に正式に仕えるために屋敷を訪れた日の事だった」

 綱は彼女に初めて出会った日を思い出し、語る。