複雑・ファジー小説

Re: 朱は天を染めて ( No.55 )
日時: 2014/03/19 22:19
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: NnY0ylQj)

 第五十壱話 日は落ち、夜の闇が訪れる


 暗闇の洞窟の中、少女を抱いた血濡れの巫女装束の女性が歩く。

 彼女が進むたび洞窟の壁に備え付けられた古めかしい燭台に黒い炎が燈る。

 ゆっくりと、だが確実に、その歩みは暗く照らされた闇の奥へと誘われるかのように進んでいく。

 その後ろを白銀の子狐が距離を取りつつ、尾いてくる






 洞窟の最深部。大きく開けた広間。そこには祭壇が設けられており、三つの宝物が祭られていた。

 女性はゆっくりと祭壇に少女の身体を横たえると何も感情が籠らない表情で手を翳し大きく叫ぶ。

 「・・・創世の混沌よ!封じられし古き神よ!其の長きに渡る眠りから目覚め、うつしの世に新たなる秩序と安寧をもたらしたまえ!!」

 そして女性は祭壇に奉げられた冷たくなった少女に視線を向ける。その一瞬だけ、女性の瞳に感情が戻った気がしたが直ぐにもとの暗い瞳に戻る。

 「・・・供物は、我が妹、朱叉ノ王命すさのおうのみこと。その姉である、我、天照之皇命あまてらすのすめらぎのみこと

 女性は一旦、間を置いて顔を俯かせる。

 徐々に身体が震え出し、握りこんだ拳から血が滲む。

 そして顔を上げ声の限り、絶叫する。

 「 そして!!全ての人間を奉げる!!!喰らえ!!!人間共を!!!一匹残らず食い殺せ!!!!」

 美しい顔は憎悪と憎しみに染まり、かつての暖かい眼差しは消え失せていた。そこには愛する者を奪われた羅刹の、修羅の化身がいた。

 「人間などいらない!!奴等は全てを奪う!何もかも!!!滅びろ!滅びろ!!滅びてしまえ!!!」

 黒い炎が己の身を覆い燃えゆく天照。

 「三種の神器よ!冥府の扉を開く鍵よ!!その力を解き放て!!!」

 三種の神器、天叢雲剣アメノムラクモノツルギ八咫鏡ヤタノカガミ八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマが宙に浮かぶ。

 其々が禍々しい波動を放ち三角形を描く様に並ぶ。中心の空間が歪み始め、黒い穴が開き此の世のものでは無い怖ましい気配が場を漂う。

 穴はその大きさを徐々に広め、黒い波動が溢れ出し雷鳴の如く轟く。濃密な死の匂いを撒き散らしながら暗闇から巨大な頭の大蛇が出現し、紅い眼光を光らせる。更にもう一匹大蛇が現れ、その後に続く様に次々と黒い大蛇が穴から顔を出す。

 合計八つの頭の漆黒の龍蛇が全貌を現し、天照をその紅い、爬虫類の感情の無い瞳で見下ろす。

 両手を広げ天照は龍蛇に語りかける。

 「暗黒の蛇神、夜魔堕大蛇やまたのおろちよ。さあ、供物を受け取るがいい」

 龍蛇はその禍々しい八つの顎を大きく開き、鋭い牙で次々と天照に喰らい付く。


 祭壇の間は溢れ出る闇の奔流に飲まれ、それは洞窟を破壊し突き抜け、今だ黒炎を上げる山を包む込む。

 巨大な、暗黒の龍蛇が山を、森を、湖を、獣を、村を、人を、大地を、空を、そして太陽さえも覆い尽くす。


 天空には不気味な影が蠢き、地上に夜の闇より濃い暗黒の帳が降りる。

 巨大な漆黒の龍蛇の頭部の上で黒衣の巫女装束を纏った女が佇む。

 その女は天照に瓜二つだが髪は太陽の暖かさを失い、赤黒く血に染まった様な色をしていた。

 女は幽鬼の如き青白くも艶やかな肌で、鮮血の瞳と唇で全ての生きとし生ける者を見下ろし、宣言する。


 「我が名は『月夜見つくよみ』。真なる蛇の創世者にして夜の支配者なり。全ての生命いのちある者達よ。震えよ、闇夜におののき、嘆き、恐れと共にひざまづくがいい」