複雑・ファジー小説
- Re: 朱は天を染めて ( No.56 )
- 日時: 2014/03/20 13:22
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: 2rVK2fl9)
第五十弐話 無垢なるもの
渡辺綱の一族は代々源家に仕えてきた武士の家系だ。その長子として生まれた綱も例外なく、源家に仕えるために教育を受けた。
ある日、成人の義も手早く済ませた十二の歳の頃、綱は正式に源家に奉公するため宗家の屋敷に訪れた。だが、訪れた屋敷では、源の者達が蟻の巣を突いたような大騒ぎになっていたのだ。
どうやら源の次期当主の嫡子が行方を眩ましたらしい。聞けば度々屋敷を抜け出しては家臣を困らせていたというが、今回はそれとは別に雲行きが怪しい様だった。
源家に一通の文が届いた。それは盗賊からの脅迫状だった。源の嫡子の身柄と引き換えに大量の金銭を要求するものだった。これには流石に源の当主も焦り、憲兵や従者を総出で捜索しようとしたのだが、下手に下手人を刺激して嫡子の身が危うくなる事だけは避けなければならなかったので手を拱いていた。
そこで巷で最近噂になっている凄腕の陰陽師、安倍晴明に頼み、嫡子の居場所と敵の正体を探ってもらった。結果は政治絡みの陰謀であり源を快く思わない一派が企てたものだった。
直ぐに兵を連れて奇襲を掛けた盗賊のアジトで一同が見た者は凄惨な光景だった。
綱も憲兵と同行していたのでその有り様を目の当たりにした。
年の頃は十にも満たない長い黒髪の可憐な少女が数十人の盗賊を一人残らず惨殺していたのだ。
綱は見たのだ、実に楽しそうに盗賊の頭を踏み砕く自分より年下の少女を。返り血にその頬を染め笑顔で、玩具で遊ぶ幼児の様に。
そして此方を見て、ニッコリと笑った。
綱はその視線が自分に向けられたものだと知り、全身の細胞が粟立ち硬直した。それは恐怖であり畏怖でもあり、しかし唯、単純に綺麗だと心の底から想ってしまっていたから。
後日、謀反の疑いで一派は処断され、この事は表沙汰にされる事は無かった。日を改めて、綱は再度屋敷を訪れ、そこで自分が仕えるべき主と対面する。
「君はこの前、逢った事がある子だね。君の名前は?」
現れたのはあの少女だった。綱は雷に打たれたような衝撃を感じた。そして直感したのだ、この少女が生涯、自分が仕える事になるであろうかけがいの無い者になるという確信を。
綱は自分より四つ程の年下の少女に膝をつき、家臣の礼を取る。
「私は渡辺家の者で、名を『綱』と申します。源の宗家嫡子、御前に仕える為に参りました」
長い黒髪の幼い少女は目の前でかしづく年上の少女に、にこやかに微笑む。
「僕は『頼光』。源頼光だよ。宜しくね、綱♪」