複雑・ファジー小説

Re: 朱は天を染めて ( No.65 )
日時: 2014/03/24 21:31
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: mA4EHToO)

 第六十壱話 炎を御する者


 朱羅、竜星、虎熊、燕黒が上空の黒い球体を見上げる。

 暗黒の球体は、まるで蛾の繭の様に黒い波動の糸に覆われ禍々しい瘴気を放っている。邪気という邪気を喰らい、不浄の塊は膨れ上がり邪悪に形を歪ませて、その殻を突き破る。

 蝙蝠に似た四枚の巨大な翼をせり出し、六本の昆虫の様な節くれだった気味の悪い腕を伸ばし、さそりの鋭利な、毒々しい形をした尻尾を三本、しならせる。

 黒い被膜を食い千切り、二頭の醜悪な長い首がぞろりと顔を出す。それは鬼の様で、竜の様で、蛇の様な不気味で怖ましいものだった。ギョロリと二つの頭にある巨大な六つの目玉が回転しながら朱羅たちを捉える。

 双頭の巨大な顎が開き、ヌラっと長い触手の舌が細かく生えそろった牙を舐め上げる。



 
 「うげええええっ!!!なんだ、あれはっ!!!さっきの美女はどこだ!!?返せっ、馬鹿野郎!!!!」
 
 竜星が嘆く。

 「・・・なんて、醜い姿でしょう。吐きそうです・・・!」
 
 燕黒が嫌そうに翼で顔を覆う。

 「・・・何を組み合わせたらああなるんだ?」

 虎熊が興味深そうに見ている。



 巨大で醜悪な怪物、両面宿儺だったものは四枚の巨大な翼を広げ上昇すると、双頭の口を大きく開き黒い霧の様なものを吐き出した。

 「ん!?なんだ、これは・・・ !!?? 駄目だ!!!この霧に触れるな!!!!」

 虎熊が口を覆い叫ぶ。

 皆も口を防ぎ退避する。

 黒い霧が触れた森や植物、大地や岩が黒い泡を吹き出しながら腐り、溶けだした。


 大江山の上空で黒い霧を吐き出しながら飛び回る巨大な怪物。それはあらゆるものを腐食させていく死の吐息。

 しかし当の朱羅たちには目もくれず、手当たりに次第暴れるその様子は、すでに理性が消失してしまっている事を意味した。

 「竜星、お前たちは皆を山から連れて安全な場所まで逃げろ」

 竜星は悠然と立つ朱羅の背中を見て、何かを理解し頷く。

 「・・・ああ、わかった。死ぬなよ、朱羅」

 そして竜星たちは幽魔たちを連れてその場を去った。





 
 黒い霧が辺りを包み、すべてを腐らせていく。


 「さあて、色々好き勝手してくれたな、化け物」
 
 朱羅は大きく両手を広げ意識を集中させる。

 「現れろ!天地開闢てんちかいびゃく神火かみび!!悪しき闇を焼き払いやがれ!!!」

 両手を重ねる様に合わせると中心に光が集まり出し、炎となって大きく燃え上がりながら徐々にその形を創る。

 それは巨大な曲刀になり赤々と炎を纏わせる。

 かつての天叢雲剣とは違い、その炎の輝きは太陽のごとく雄々しく猛りを見せる。

 「神刀『火之迦具土命剣ひのかぐつちのけん』だぜ」

 現れた大剣を掴み、振りかざす朱羅。

 そして迫り来る黒い霧を切り裂く様に大きく薙ぎ払った。

 大剣から炎が吹き出し黒い霧をことごとく焼き尽くし浄化する。

 それに気付いた怪物は上空を旋回し、朱羅に向かって大きく口を開いて大量の黒い霧を吐き出しながら急降下する。

 「来やがれ、化け物。てめえの薄汚ねえ腹の中身もろとも、綺麗に焼き尽くしてやるぜ」

 朱羅は燃え上がる赤熱の大剣を両手に持ち、構える。

 「これで決めるぜ」

 大剣を握る拳に力を込める朱羅。
 
 紅蓮の焔を揺らめかせながら天を断ち切る様に大きく振りかざす。

 「天覇最終・神羅怒火斬滅剣てんはさいしゅう・しらぬいざんめつけん!!!!!」

 斬り下ろされた大剣は炎の嵐を巻き起こし、黒い霧を呑み込むと更に巨大な灼熱の渦となり、上空の怪物を覆い尽くした。




 山を降りた竜星たちは目撃した。

 頂上から巻き起こった巨大な炎の竜巻が黒い霧を、怪物を、すべてを呑み込みながら天に昇るのを。