複雑・ファジー小説

Re: 朱は天を染めて ( No.66 )
日時: 2014/03/27 03:15
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: OI3XxW7f)

 最終話 進むものたち  


 炎の渦は天に昇り、立ち込めていた暗雲をことごとく散らした。

 霧も怪物も消し飛ばされ、沈みかかった夕陽から洩れる黄昏の赤さだけが大江山の頂上を照らす。

 荒れ果てた大地に朱羅は火之迦具土命剣を肩に担ぎ、夕暮れの光に目を細める。

 「・・・これで終わった訳じゃないぜ」

 そう呟き、山を後にした。













 
 





 大江山を中心に起きた天変地異の数々は収束した。
  
 都では半死半生で帰還した頼光たちが朱天童子を倒したからだと密かに噂になった。

 それを裏付ける様に大江山から朱天童子の姿が消えた。

 相変わらず妖魔は現れるが、退魔師たちの活躍で事なきを得た。



 都外れの屋敷。

 安倍晴明が陽光麗らかな日差しの中、縁側で寝転がっている。

 それを松虫が膝枕で付き添う。

 すると、屋敷に聞きなれた男の声が届いた。

 「おーいっ、晴明!」

 源博雅が晴明のもとにやって来た。

 「どうした?博雅。頼光殿の意識が戻ったのなら、さっき式神で知ったぞ」

 晴明が寝たまま言う。

 「なんだ、相変わらず情報が早いな。それじゃあもうひとつも判ってるのか?」

 博雅は特に残念がることも無く話す。

 「ああ、記憶喪失なのだろう?」

 「うん、何もかも忘れてしまったみたいだ。さっき見舞いで逢ったのだが普通の女の子になってたぞ。可愛かったな〜」

 博雅は遠い目をしている。

 それを無視し晴明は考える。

 今回起きた様々な事象。

 都に巣食っていた妖魔の気配も消えた。

 大江山の大妖も姿を消した。

 一見平和になった様に見えるが・・・。

 「・・・これから始まるのか・・・」

 晴明の呟きは麗らかな日差しの中の子鳥のさえずりと共に消えた。














 街道を行く旅芸人の一団。男が二人、女が六人。

 男は精悍、男前。女は全員とびきりの美女揃い。誰もが振り返ってしまうだろう組み合わせだ。

 「くくくっ、両手に花どころか、酒池肉林だぜ!堪らんなあ〜♪」

 美女たちの後ろで大荷物を担いで、その尻を眺める残念なイケ面の男。その横で同じように荷物を背負う精悍な大男が呆れた風に言う。

 「竜星、お前も懲りないな。昨日も風呂を覗いて殺されかけたろ?」

 「馬鹿野郎、男は欲望に生きてなんぼだ。虎熊も興味あるだろう?」

 竜星が鼻息を荒くして聞くが虎熊はにべも無く言う。

 「いや、全然」

 「・・・お前、前から思ってたが、まさかアッチの・・・!」

 竜星は尻を押さえて虎熊から離れる。虎熊は何をいってるんだ?という顔をする。

 後ろで男どもが好き勝手話すのを無視し美女たちは会話をする。

 「あたしたちがこれから行くところは何処なのだ?」

 桃色の衣装のツインテール少女、瑠華が聞く。

 「日枝山ひのえやま比叡山ひえいざんとも言います。やっこさんの本拠地どすわ」

 白銀の衣装の銀髪の女性、千璃が言う。

 「うむ、『蛇』の根城じゃな」

 青い衣装の少女、幽魔が話す。

 「かつてわたくしたちが拠点としていた場所でしたね」

 黒い衣装の女性、燕黒が頷く。

 「あそこ、オイラは嫌いだ」

 黄色い衣装の少女、黄猿が溜息を吐く。

 「まあ、行ってみりゃわかるぜ」

 紅い衣装の女性、朱羅が背伸びをしながら言った。

 

 人間に扮した妖魔の一団は街道をゆく人の中に紛れ歩み去る。


 これより真の敵との戦いの幕が上がるのだ。




 第一部 蛇神胎動編 完