複雑・ファジー小説

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜【王家の墓編】 ( No.208 )
日時: 2017/11/26 07:11
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 6/JY12oM)

第十章 殺戮人形ト色欲妖怪-王家の墓編-


アンコールワット中央広場にて血解しドラゴン化狂犬ザンクとの戦闘を終えたルシア達は地上へと浮上する潜水艦の中で雑談を楽しんでいた。

「んんー、終わったー!!」

狭い潜水艦の中で腕を伸ばし背伸びしているのはランファ。だが狭いため腕を完全には伸ばしきれておらず途中で折り曲げている。
逆にしんどそうな体勢だ。

「これで……ふたつめ」

指を折り曲げ、シレーナが呟いた。

「じゃあ次はどこ? ねっ? ねっ?」

身を乗り出して聞いてくるランファにちょっと引きつつ

「次は……和の国かな?」

そう呟きヒスイの方をちらりと見た。和の国は彼女の生まれ故郷のはず。
きっと自分達の中で一番詳しいはずだ。

「……」

だがヒスイは何も喋らなかった。窓の向こうに見える日が差し込まない暗い深海の海を見つめたまま。

「ヒスイ?」

心配になり顔を覗かせると

「ぁ」

虚ろだったヒスイとやっと視線が合った。

「ごめん……なんの話かな?」

ぼうっとしてて話を全然聞いていなかったと謝罪する。

「もうっヒスイさんたらっ、あのねっ?」

ランファが頬を膨らませ怒りつつも次の行き先が和の国に決まった事をヒスイに教えてあげた。
ヒスイはそんなんだ、と頷きじゃあ次は私の出番なんだね、と嬉しそうな笑みを零した。

「和の国にある遺跡って何処のことかな?」

少し考えるような仕草をした後。

「んー……多分、王家の墓かな?」
「おうけのはか?」

初めて聞く言葉にきょとんとした表情で首を傾げている仲間達を見てヒスイは本当に嬉しそうな笑みを零していた。












                          †







「せーの!」
「海だーーー!!!」

ランファの掛け声からの全員で一緒に叫んだ。

「って叫ぶ意味あるの?」

隣に座るランファに聞くと

「青春だからです!」

さもそれが当然です、と言わんばかりに堂々と答えた。

「青春だからなのです!」

しかも二回も。

「青春……」
「いや、もう分かったから」

仲間達からの反応が薄いと何回でも言う。しつこいくらいに言うかまってちゃん。

「でも青春ってなに?」

そう聞くと何故か仲間達の表情が可笑しいものとなった。

「ええっ知らないの!?」
「……うん」

素直に頷くと

「……青い春」

シレーナが教えてくれたがやはり意味が分からない。

「ルシア君ってなんにも知らないんだね」

ちょっぴり傷ついたが、ルシアは泣かない。だって男の子だもん。

「ガーハハハッ」

ルシア達の会話を聞いて大笑いしているのはこの漁船の船長さんだ。

海の国でブルースノウ王への謁見を済ませた後、宿で一泊したルシア達はすぐに和の国へと向かいたまたま港で会った漁師さんの船に乗せてもらっているのだ。
和の国にある遺跡、王家の墓には船でしか行けないそうだから。

「おっと」
「うわあ」

ざぶん、ざぶんっ、大きな波が来るたびに大きく揺れ今にも沈没しそうなオンボロな船だが乗せてもらってる手前そこは言えない。
船に乗船してからまだ数十分と経っていないが早くも乗る船を間違えたかなと思う一同であった。



           

                       †




そしてその考えは奇しくも当たってしまった。

「うっぷ」
「……うう」
「おえぇ」
「荒れずぎだろ」

元々荒かった波は港を離れれば離れる程どんどん荒くなっていき、海に慣れていないルシア達はもれなく全員重度の船酔いとなってしまった。

「ナーハハハッ。まさか途中で大波になるとは兄ちゃん達ついてねーなー」

さすがは海の男。漁師さんだ。この程度の荒波は慣れっこなのだろう、ビクともしていない。

「わ……笑いごとじゃ……おえ」

反論したかったが口を開けば文句ではなく別の液体が溢れ出しそうだ。

「だ……大丈夫……みんな……?」

一応声をかけるが返って来る返事はない。みんな同じ状態なのだから。

「なんでせんちょさんは大丈夫なの?」

自分達はこんなにも船酔いで苦しんでいるのにと恨めしそうな目で船長を睨み付けランファ聞いてみた。

「ナーハハハッ! こんなもんいつもの事だろうよっ。慣れちまったわ」

と、笑い飛ばす船長を最後に恨めしそうに見つめ

「ずっりぃーよ」

と呟やきランファの意識はそこで試合終了となった。

それでも船は進み

「よーしっ着いたぞコローナ島! 大丈夫かお前らっ」

無事ではないが何とか一応目的地に到着し後ろを振り返った船長だったが

「おえぇぇぇぇえええ」

そこにあるのは生ける屍の残骸だけだった。

「駄目だこりゃ。仕方ねぇ、俺の家で休ませてやるからそれまで頑張れ」

とかなんとか言っているような気がするがもう限界だ。意識がどんどん遠のいてゆきやがてプツリと電気のスイッチを切るが如く目の前が真っ暗となった。

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜【王家の墓編】 ( No.209 )
日時: 2017/11/27 10:50
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: sxkeSnaJ)

夜が更けそして明けた次の日。

「ちょっと、いつまで寝てるのよ!」
「うわっ!?」

スヤスヤと気持ちよく寝ていたルシアの布団を何者かが引はがした。……布団?

「あれ……僕どうしてここに……」

起きたばかりで頭がぼーとする。上手く思考が働かない。
ここは何処だ、と辺りを見回す。
部屋だ。箪笥(たんす)など生活の必要最低限のものしかないシンプルで少し寂しい感じがする知らない部屋だ。
外から波の音が聞こえてくる。海が近くにあるのか?

「ちょっと」

女の子の声が聞こえてきた方向へ視線を動かすとそこには、ヨナと同い年くらいの子だろうか。
栗色の髪とくりっとしたアーモンドのような大きな瞳にウサ耳が付いたカチューシャが可愛い女の子がむぅーと頬を膨らませて何やら怒っているようだ。

「えっと……君は?」

此処は何処なのか。なんで自分が此処に居るのか。など色々聞きたいことがあるがまずは、目の前にいる女の子が誰なのか聞いて見ることにした……のだが、

「貴方何も知らないのね」

何故か怒られてしまった。
女の子はふんっとそっぽを向くと

「人の名前を聞くときはまず自分から名乗るものなのよ」
「ご、ごめんっ」

確かにそうだ。
まさか自分より十も離れていそうな女の子にそんな当たり前のことを教わるとは……少し恥ずかしい。

「僕はルシアだよ」
「いなかくさい変な名前ね」

何故かまた怒られ嫌味を言われた。
ルシアは名乗った。次は女の子が名乗る番だ。

「イオリはこのコローナ島イチのアイドル! イオリちゃんよ!」

くるんっと一回転しまるでアイドルの自己紹介のようにキレッキレのポーズを決め、満面のスマイルでイオリは言った。

「イオリちゃんよろしくね」

握手をしようと手を差し出すと

「馴れ馴れしくしないでよ、いなかもの!」

差し出した手は跳ね除けられた。
どうしてそんなにも田舎者が嫌いなのだろう……確かにルシアは辺境にあるド田舎の村出身だが。

「イオリのことは、イオリ様と敬って敬語で話しなさい下僕!」
「げ、げぼく!?」
「なに? 文句あるっての?」
「……ないです」

なんだろう……ヨナと同じくらいの背丈でヨナと同じくらいの年齢の女の子なのに性格は水と油くらいに違う。

新しい下僕はできちゃった、とイオリはまるで新しい玩具を買ってもらった子供のように喜びはしゃいでいる。
下僕認定されたルシアは複雑な心境なのだけど。

「そうよ、下僕」

あ。と、思い出したようにイオリは言った。

「おとっちゃ……パパがあさご……モーニングの準備が出来たから来いって言ってたわよ」

一々普段の言い方を変えている部分に彼女なりの苦労が滲み出ている。
田舎者を極端に嫌っているが実は彼女自身、都会に憧れる田舎者なのだろう。島のアイドルだと言っていたから。

「行くわよ」

ぷんぷんと怒っているような効果音が聞こえそうな怒り方ををしているイオリは寝具の上で呆然としているルシアを残してさっさと部屋から出て行ってしまった。

待ってと、慌てて寝具から飛び出し部屋を後にする。
服装は昨日のままだったため着替える必要はなさそうだ。







                        †



以外にも部屋を出るとすぐ隣で先に出て行ったはずのイオリがルシアが出て来るのを待っていた。
言い方はトゲトゲしく強めだが本当は素直になれないだけの優しい女の子なのかもしれない。

イオリはルシアと目が合うとふんっと背を向け歩き出す。ついて来いということだろうか。
ついて行ってみると

「おー起きたか!」
「船長さんっ!」

広い部屋に出てそこでは和の国から目的の王家の墓にまで連れて行ってくれようとしていた船の船長が他の仲間達と楽しい朝食を囲んでいるところだった。

長方形の机には白いテーブルクロスがかけられており、その上には料理? と聞きたくなるようなぐちゃぐちゃの良く言えば海の男料理といったところか、魚料理と思われし物が並んでいる。

中央に置かれているのはカツオの頭か?
まだ生き生きとしたカツオの黒目がしっかりとルシアを見つめ若干恐怖を感じる。

「ここ座れよ」

隣の空いている席をぽんぽんと叩くリアに甘えそこへ座った。

「船長さん。昨日はありがとうございました」
「ナーハハッ。いいってことよっ。困った時はお互いさまだ」

大きな口で笑い飛ばす船長。

「鼻が曲がるかと思ったほどよ」

昨日の光景を思い出したのかイオリはブルブルと小刻みに身体を震わせている。

「まあ食え食え! 話はそれからだ!」
「はいっ!」

目の前に置かれたなんの料理か分からない、おそらくは魚のスープだと思われるぐちゃぐちゃの料理をスプーンですくいぱくりと一口。

「おいしい!」

見た目は何か分からない原型をとどめていないものだったが、味は意外にもちゃんとしっかりとしたもので普通に美味しかった。

「ガツガツッ。ナーハハッ、そうだろ、そうだろ!」
「ちょっとおとっちゃん! 食べながら喋らないでよ! 食べかすこぼしてるから!
 それにもっとエレガンスにお上品に食べてよ。お下品ではしたないわ」

隣に座っていたイオリは船長が零した食べかすを布巾で拭いて掃除する。
口では色々言っているが本当はマメで気の利く子だ。正反対のようで似たもの親子というわけか。

「にひひっ」
「なによ」

クスクス笑っているランファをイオリが睨み付けた。

「いいなーってね、仲良し親子」
「これのどこがよ! 貴方の目は節穴なのかしら」
「えー、目玉の親父はちゃんと付いてるよー」

目玉の親父? と少し疑問に思うがそれはそれとして。

「そいえばランファのご両親は?」

彼女の名前以外何も知らないなと何気なく思い、何気なく聞いた質問。

「…………死んだよ」

なのに帰って来た答えは思いがけないものだった。

「父さんはあたしが生まれる前に、母さんはあたしを庇って……」

楽しかった雰囲気が一気にぶち壊され重たい沈黙が流れる。

「ご、ごめん。変なこと聞いちゃって」
「ううん、別にいいよー」

と明るくいつも通りに振る舞うランファだったが

「……その未来を変える為に来たんだから」

ぼそり呟いた心の声は真剣で深刻そうな面持ちだった。

「そういやあ、お前さんたち何しにコローナ島へ?」

重くなった空気を換えようと船長が別の話を切り出した。

「私達王家の墓ってところに行くつもりで」

シルがそう言うと

「貴方たち正気なの!?」
「やめとけ」

何故か二人に止められた。どうしてかと尋ねると

「……出るんだ」
「出るって何がです?」

船長は暗い顔をして怪談話をするかのような雰囲気で語り出した。

「王家の墓ってのはその名の通り、歴代の和の国の王族が眠る墓地だ。
 墓地には色々お供え物したりするだろ? 王族のお供え物といったらそりゃあすげえもんに決まっている。
 それを狙って今まで様々な賊が忍び込んで盗もうとしたんだけどな……」

そこで一度話を区切りお茶を一杯ぐびり。

「ぷはー。でな、忍び込んだ賊共はお供え物を持ち帰って来るどころか生還してくる者すらいねーんだよ。
 ある日たまたま拾った音貝(トーンダイアル)を再生してみるとな……聞こえてきたんだよ」
「何がです?」
「賊共の断末魔と殺殺殺……って言っている幼い子供の声がよお」

ここで船長の怪談話は終わり。

「きっとあれは墓を荒らす賊共から墓を護る亡霊か何かだぜ」

と船長は推測しているようだが

「悪い事は言わねぇ、止めといた方が良い」

忠告し心配して引き返すように勧める船長。

「殺殺殺……言う子供ねえ」

顎に手を添えて感が込むリア。
殺殺殺と話す子供、何処かで会ったことがあるような気がするのだ。
だがしかし何処で会ったのだったのだろうか。思い出せない。

亡霊が怖いくらいで引き返すことは出来ない。
ルシア達がかつての英雄たちの残した力を受け継がないと、バーナードが邪神を復活させ世界はまた混沌と化した暗黒の世界となってしまうからだ。

世界の危機を前にお化けが怖いなどと可愛い事を言っている場合じゃない。
食事を終えると、船長とイオリに御礼を言ってルシア達はコローナ島の奥地、人里から遠く離れた場所、風吹く谷にある王家の墓目指して歩き出した。


「……殺殺殺」

もう既に付けられていることも知らずに。






零れ話。 ( No.210 )
日時: 2017/11/27 11:31
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: sxkeSnaJ)

※追加。入れるのを忘れていたネタ。



「ここ座れよ」

隣の空いている席をぽんぽんと叩くリアに甘えそこへ座ろうとしたのだが

「リアさん?」
「ん? どーした鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

ルシアの驚愕し固まっていることにきょとんと首を傾げるリア。
これはルシアが可笑しいのではない、リアが可笑しいのだ。彼の恰好が可笑しいのだ。

ここに来る前、和の国から船に乗った時までは男装、男性用の衣服を着用していたはずなのに、朝起きてみると女装、女性用の衣服へと変わっていた。いつの間に。

ゆるやかにウェーブのかかった栗色の長い髪を首元で一つに束ね左肩から前へ流し、カラーコンタクトをしているのだろう、瞳の色はレモン色で唇にはオレンジ色のリップを塗っている。
頭には南国風のスカーフをカチューシャのように巻き、ターコイズがあしらわれたネックレスのようなリゾートワンピースを着て、足元にも小さなターコイズが使われた紐がクロスしアミアミとなっているサンダルを履いている。

「リアさん……なんで女の人の恰好をしているんですか?」

と、聞くと

「可愛いでしょ?」

と、返された。

「おかあちゃ……ママの服を勝手に着てるのよこの変態!
 この服はイオリが将来着る予定だったのにー」

ぷくーと頬を膨らませブチ切れ中のイオリにルシアも苦笑いするしかない。

「それっていつの話だよ。
 そんな来るかもわからない話を待つより俺が来た方がマシだろっ」
「なんですって!?」

もおーとポカポカ、リアを殴るイオリ。
リアはこの手のお子様の怒りを買うのが上手いようだ。上手くていいことなんてあるのかは分からないが。

「でも兄ちゃん、本当よく似合ってるなあ、死んだかあちゃんの服がよ」

ナーハハッと大きな口で笑いながら船長は言う。
そうかリアが居ているのは亡くなった奥さんが残した物なのか……ますますそんな大事な物を何故リアが着ているのかと不思議に思う。

……ったが理由は簡単な事だった。

「兄ちゃんの服が一番ゲロまみれだったもんなあ」
「いやー吐いた吐いた」

アッハッハッハ、と下品に笑う男達。

別に大層な理由なんてない。ゲロまみれで汚れ洗っても洗ってもとれることの無いゲロの臭いで着る事の出来なくなったリアの前の服は捨てられ、代わりに船長の服は体格が違い過ぎて無理だ。

体巨漢の船長の服だと細身のリアじゃぶかぶかで赤子が大人の服を着ているよう。

イオリの服は問題外、ならば……。

「イオリの服になるはずだったのに」

まだはぶてているイオリ。
亡き母の服しか着る者がなかったので仕方ない。寝巻があるのだからそれでいいじゃないかとか、そもそもオシャレにうるさいリアは普段から沢山の洋服を鞄に入れているのだからそれを着ればいいのではないかとか、色々思う所はあるのだが

「へへーんっだ」
「もー!!」

あんなに嬉しそうにしているのだ、それを言うのは野暮と言う物だろう。

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜【王家の墓編】 ( No.211 )
日時: 2017/11/29 08:39
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: oyEpE/ZS)

「……殺殺殺」

和の国から東に船で渡ったところにあるコローナ島。人口百にも満たない小さな島だ。
この島の奥、人里離れた東北に行った場所にある台風(ハリケーン)並みの嵐が吹き荒れる風吹く谷と呼ばれる、島の住人も誰も近づかない場所に和の国歴代王達が眠る王家の墓があった。

「……殺殺殺」

鋭くとぎった山岳地帯に置かれている無数の墓石。

「……殺殺殺」

どれも似たように見える墓石。
王家の墓へやって来たところまでは良かったが、女神のいうかつての英雄が残したという力は何処に隠されているのだろう。
……まさか間違えた、ということはなかろうか? 少しだけ不安な気持ちになる。

「うわ。すごい風だな。目を開けるのだけでやっとだせ」

片目を瞑りリアが言う。
確かに台風並みの風をなんの防具なしで受け止めるのはきついものがあった。

「向かい風になる前に早く行こう!」

と、シルが先頭立って歩き出した。

「……殺殺殺」
「………え?」

ヒスイがなにか違和感に気づいた。何かの気配を感じ取り。

「どうしたのヒスイ?」

急に立ち止まり後ろを振り返るヒスイに事が気になり声をかけるルシアだったが

「向かい風になる前にはやくー」

その声は先に進んでいたシルの呼び声でかき消さてしまった。

「……殺」

一抹の不安を感じつつもヒスイは仲間達の背を追いかけ歩き出した。

「殺……殺……殺」

それはルシア達の後を付ける何者かも同じ。

「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」






                         †




風を背に受けながら奥へ奥へと進んでいると

「あ、あれ!」

ついに見つけた。
それは一軒の家屋くらいはありそうな大きな墓石だった。表面には今はもう失われた古代の文字で何かがびっしりと壁一面に書かれている。
ここには古代文字専門の考古学者などいないため何が書かれているのか、ルシア達には分からなかった。だがおそらくこれのことだろう、女神が言っていたかつての英雄が残した力を隠し場所というのは。

アンコールワットではシレーナがヒュムノスの治癒を受け継ぎ。

アトランティスではヒスイがおそらくドラゴンネレイドの召喚魔法を受け継いだと思われる。

ではここ、王家の墓では誰がどの王から受け継くのか

「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!」

皆で話し合おうとしたその時だった。

「ひぃいぃ!」

黒い塊がランファに向かって一直線に飛びかかって来たのは。

「く……手間かけさせんな」
「リア!」

振り下ろされた鎌。だがそれを受け止めたのはランファではなく、咄嗟の判断で彼女を押し出し庇ったリアの方。致命傷は避けられたが腕に深く切り傷ができそこから大量の赤い血が溢れ流れ出ている。

「リアさん大丈夫ですか!?」

駆け寄る仲間達にリアは

「大丈夫だって、こんな怪我なんて唾つけてりゃ治るって」

頭に巻いていたスカーフを解きそれを腕に縛りつけ止血しながら言った。
傷口に唾なんて付けたらばい菌が入って余計に悪化すると看護師のシレーナに怒られもしていたが。

「そんなことよりも……こいつは?」

スカーフを縛り終えるとリアは自分を襲って来た人物を睨む。

「殺殺殺。殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」

目の前にいるのは鎌を握りしめ殺殺と言っている、紺色のパーカーを着て顔はフードを深くかぶるとことで隠し、短パンのズボンからは太ももがちらりと見え黒いニーハイブーツを履いた水色の長い髪の少女が一人。

「はーい、みなさん、これから死んでもらいます。
 よろしくー、とエフォールは申しております」

そして少女の肩にふわふわの高級感漂うお上品そうな顔立ちをした白い猫が一匹。

「あ、自己紹介が遅れました。私はエフォールのパートナー・ケットシーのケティと申します。
 ちなみにエフォールの通訳も兼ねております」

そう少女の肩に乗った白猫はあくまでも礼儀正しく優雅に振る舞い言った。
どうしてこの少女は自分達を襲うのだろう。色々思考を巡らせてみるが思い当たるふしと言えば、殺殺と言うエフォールという少女……どこかで見たことがあるような気がする。でもどこで見たのか全く思い出せないのだ。

少女との睨み合い。動いたら試合開始の合図。相手の目的が分からない今動くのは危険だ。
相手の出方を見極めなくては、と

「久しぶりだね。エフォール」

そう考えている時だったヒスイがエフォールに優しく微笑み話しかけたのは。
だが少女から帰ってきた言葉は

「殺!」
「通訳します。殺す、殺すと申しております」
「そのままじゃん!!」

ランファからのツッコミも炸裂したが、どうやら彼女に会話をする気はないらしい。

「ちょっと待てよ。キミは一体何者なわけ? なんで俺達がキミ達に殺されなくちゃいけないんだよ?」

リアがそう訊ねると

「必殺! 激殺! 滅殺!」
「答える必要なんてない、戦うことこそが私の人生、エフォールはそう申しております。それと……」

果林はそこで一度言葉を区切りエフォールの顔を見て頷き

「四の五の抜かすな、カマトトねーちゃん。エフォールはあんたみたいな、身体中から、リア充オーラ出してる女がDieッキライ!
 ぶっ殺すから、まずはお前が死ね、と申しております」

続きを申されました。

男のリアをカマトトねーちゃん……なんとも言えない違和感を感じてしまうが、今の彼の完璧なリア充オーラ出しまくりの女装姿を見たならしょうがない反応だと言えよう。
と、言ってもいくらか言い過ぎなようも気がする。

そんなことをきっぱりはっきりと言ってしまった暁には

「上等だコラ! こっちこそ必ず殺すと書いて必殺して差し上げますから、覚悟しなさい!!」

リアもブチ切れである。しかもなぜか語尾がお嬢様言葉で。

「とゆうことで、あたし達は怒りMaxだもんね!」

ぷくぷく足をジタバタさせて怒り背中に背負った大剣を抜くランファに続けと、その他の仲間たちも武器を取り目の前にいる敵、エフォールに剣の切っ先を向けて構えた。

アイツらには悪いがここで復讐の前菜を楽しませてもらうぜ。

誰かが呟いた独り言。誰にも聞こえなかった独り言。

復讐は力の源。憎悪の気持ち程、気持ちい物はない。
だがもしそれが無くなってしまったら?
憎むべき相手がいなくなってしまったら?
 次は誰を憎み殺せばいいんだ——?




Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜【王家の墓編】 ( No.212 )
日時: 2017/11/29 08:38
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: oyEpE/ZS)

「殺!」

エフォールは後ろに大きく飛び上がる。
彼女の持っていた鎌が折りたたまれ一度三十㎝くらいにまでなると、また開き始め別の形へと変わった。
鋭利な鎌からくの字に曲がった弓へと変形した新たな武器を構え、無から出現させた稲光を曲線状に曲がった弓の端を繋ぐ弦へと持っていきそれを

「殺殺殺殺!」
「雷矢(サンダー・アロー)と申しております」

ルシア達目がけて空中から解き放った。

「あ、危ない!!」

雷矢は火花のように飛び散り、雨のように降り注ぐ。

「ビ、ビリビリすーるー」

避け損ねたランファはまともに雷矢を受けてしまった為、身体が痺れ動けなくなってしまった。

「……回復」
「滅殺!」
「回復なんてさせるわけねーだろ! とエフォールは申しております」

ケティのその言葉通りもう一度高く飛び上がったエフォールは武器を弓から鎌へと変化させ

「……ッ!」
「危ない! くっ」
「ルシア!!」

落下する勢いそのまま鎌を振り下ろす、がルシアがシレーナの前に立ち代わりに攻撃を受けた。
防御の体制をとっていた為、斬られたのは腕の皮だけで済んだが受けたダメージの程は思っていた程よりも大きかった。

このエフォールと言う名の少女。華奢な見た目に反し中々の手練れ。それ相応の修羅場を潜り抜けていると見られる。
まだ十と数年といったところの少女なのにこんな歴戦の戦士のような戦いが出来るのか、その背景にはどんな人生を歩んで来たのか、想像しただけでゾッとする。

エフォールはぴょんぴょんと兎のように飛び上がりルシア達を翻弄する。
あっちこっちに飛び交うエフォールを目で追っていると途中から何処へ行ったのかわからなくなり、それを探している間に背後から鎌で斬りつけようとしてくるのだ。

目で追わず気配で判断し攻撃を仕掛け斬撃を放つのだが

「そこ!」
「殺殺殺殺殺殺殺!」

それは兎のような跳躍力前では役に立たず、いとも簡単に飛び上がって避けられてしまうのだ。

ぴょんぴょんと兎のように飛び上がり、ルシア達を翻弄するエフォール。
深々とかぶられたフードによって隠された顔は今どんな表情をしているのだろうか。
玩具のように遊ばれているルシア達を見て嗤っているのだろうか。
それとも彼女の言葉通り、目の前にいる敵を殺す、それしか考えていないのだろうか。

オモシロイ。アア——ホントウニオモシロイ。

誰かが呟いた独り言。誰にも聞こえなかった独り言。
何が面白い? 誰が言った言葉? 何がそんなに面白い?

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.213 )
日時: 2017/11/30 08:33
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: C0FcWjM6)

「だーーーもう!! さっきからピョンピョン跳ねてーー!!」

ルシア達を嘲笑うかのように、ウサギのように飛び跳ねるエフォールに向かってランファは叫ぶ。だがその声は台風並みの強風によってかき消されエフォールまで届かない。
たとえ届いたとしても、

「殺殺。殺殺殺殺殺殺殺殺!」
「殺します。特異点はより残虐的な方法で殺す、と申しております」

こちらの意見など聞く耳を持たない彼女に意味はないだろうが。

風吹く谷。和の国の歴代王達が眠る王家の墓。沢山の亡霊たちが眠る場所であり強風吹き荒れる場所。
岩がゴロゴロと転がり、鋭利な刃物のように鋭くとぎった土壁、目も開けるのもやっとな強風では思うように身動き一つとることだってできない。

「やああ!」

追い風にのり攻撃を仕掛けてみるが

「殺殺」

自慢の跳躍力でかわされ、次に吹く向かい風にのって遠くへ跳び上がり

「殺殺殺殺殺!」
「雷矢(サンダー・アロー)と申しております」

稲妻の矢を放つ。それに当たれば身体が痺れ動けなくなり、その隙をついて鎌で斬りつけようとする。
エフォールの方が地理を理解し有効活用している。此処は完全に彼女の独擅場と成り果ててしまっている。

「そっちがピョンピョン、ウサギのように跳ねるのなら、あたしはヒラヒラとチョウのように舞ってやる!」

エフォールの動きを真似ようとするランファ。

「とう! ってわわっああー」

だったが……。

「うそうそうそうそっ!? こっちに来ないでー」

飛び上がった身体はそのまま強風に煽られ

「キャアー……げふ」

そのままシルが立っていた場所に飛ばされ激突した。
何やってんの……ランファ、と心の中でツッコミを入れるルシア達。

 いや待て——可笑しい。ランファが可笑しいのはいつもの事だが、いつもランファが変な事をするとすぐさま光の速度並みの早さで飛んでくるリアのツッコミがないのだ。
別に彼らは大芸能人のコンビというわけでもないのだが、ランファがボケてリアがツッコミ入れてそして二人でじゃれ合っている姿は一種のお約束ネタのようなものであり、それがないと逆に気持ちが悪いのだ。たとえ敵との交戦中であっても。

「リアさん……?」

心配になったルシアは前に立っていたリアの正面へと回り込む。そういえばエフォールと戦いが始まってからすぐくらいからか、リアが武器を構えたまま動かなくなっていたのは。
最初は不思議にも思わなかった。相手は無中浮遊に飛び交い攻撃が中々当てられない相手。賢明なリアならもしかしたら、何かいい作戦でも考えているんじゃないかと俄かに期待しそう思っていたから。

だがしかし、実際のところはルシアの思っていた事とは違ったようだ。
回り込んで見たリアは

——ククククッ。

嗤っていた。
まるで悪魔のような不敵な笑みを浮かべて嗤っていた。

「リアさん!!」

肩を掴み大きく身体を揺らす。

「…………ん、ルシア?」

良かった正気に戻ったようだ。

「俺は……何を……えっと……今は……」

どうやら記憶が曖昧で何をしていたのか覚えていないようだ。今どうゆう状況なのか分かっていないみたいだ。
リアは頭を抱え左右に揺らし、何処かへ落としてしまった記憶の断片を探す。

リアの身に何があったというのだろう。
もしかすると墓場なのに、こんな争い事をして、尚且つエフォールは墓石を踏み台にして飛び上がっている、それが此処に眠る王達の怒りを買い強風を暴風に変えルシア達を困らせ、怨霊的なナニかがリアに何かしたのだろうか。

ん? いや待て。暴風に墓場、そしてぴょんぴょんとウサギのように跳ねて攻撃が当たらず、かといって捕まえることも出来ない敵——そうかそれなら!

「みんなちょっと集まって!」

ルシアは皆、と言っても

「コンニャロウメー! 降りてこーい!!」
「殺殺殺。殺殺殺殺殺殺」

エフォールと睨み合いをしているランファ以外の四人を呼び集め円状になってひそひそと自分の考えを伝える。

「確かに持ってるは持ってるけど……ルシア君ってたまにとんちんかんなこと思いつくよね」
「ええっ、そうかな……?」

シルにはちょっとばかり呆れてしまったが、ルシアの考えは仲間に受理された。

——よし反撃の開始だ。

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.214 )
日時: 2017/12/02 16:35
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: hr/PPTT1)

「エフォールこっちだよ!」

 ランファと睨み合いをしていたエフォールの注意を自分に向ける。
思った通りにエフォールは飛び上がりルシアに向けて稲妻の矢を放つ。放たれた矢は風に煽られ、何処に飛んで行くか誰にも分からない。そう分からなくていいのだ。

「わっと」

 当たりそうになった矢をスレスレで避ける。
苛立ちを募らせるエフォールは一本、二本と矢を放つ。それをルシアはよろめきながら、当たるスレスレの所をなんとか、といった感じでかわしてゆく。

「もしかして矢が無くなるのを待っているのですか?」

 ずっとエフォールの通訳に徹していたケティが口を開いた。ルシアの動きがあまりにも不自然だったから。
それを聞いたエフォールはキッとルシアを睨み付け

「殺殺殺殺。殺殺殺殺殺」
「矢は無限。血が無くなるか、お前たちが全滅するまで矢を造り続けられる、とエフォールは申しております」

 その宣言通り、一本ずつ放っていた矢を十本に増やしそれを天に向かって放ち雨のように広範囲へ降り注ぐ。
ターゲットはルシアだけではない。この場に居る全ての生命の命を奪う事だから。

「ビリビリすーるー」
「ホントッ、キミはこの攻撃避けるのヘタだよねー」

 また避けきれず当たってしまいびりびり小刻みに震えているランファのをしり目にリアは言い、構えた剣を振り上げ

「ほらよっ!」

 エフォールに向かって斬撃を飛ばす。

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.215 )
日時: 2017/12/04 09:36
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: GbYMs.3e)

「殺!」

 ……が、ごく当たり前のようにエフォールは飛び上がりかわす。普通に放つ攻撃が駄目だというのなら、次に吹いた追い風に乗ると何処飛ぶのか予測しその場所で待ち構え

「逃がさない」
「殺殺殺殺。殺殺!」

 流れるような刀捌きでエフォールを斬りつける。
目が見えないヒスイだからこその攻撃か。目で見るのではなく五感が他の人よりも優れている彼女にしか出来ない攻撃方法である、が。

「あぶねーなあ。あともう少し反応が遅れてたらエフォールの玉のような肌がズタズタに切裂かれたじゃねーか! と、エフォールは申し訳ております。
 それに酷いではありませんかヒスイさん。元友人にこんな仕打ちをするなんて、エフォールが可哀想です」

 表彰台のような段差の岩の上に仁王立ちしエフォールの言葉を通訳するケティ。
後者の言葉はエフォールの言葉と言うよりケティの言葉だろうか? そういえば戦いが始まってすぐのこと、ヒスイがエフォールに「久しぶり」と話しかけていたような気がする。

 元々ヒスイはドルファ四天王ナナの元で暗殺者として働かされていた。
ルシア達は気づいていなかったが彼女も同じくドルファに雇われた殺し屋。しかも四天王の一人でもある。ヒスイと何処かで出会っていたとしても可笑しくはない。

 変だとすればケティの言った「元友人」
エフォールとヒスイはかつて友と呼び合える存在だったのだろうか。ならばどうして今は片方の死を望み刃を振るい交えるのだろう。
なぜエフォールはルシア達を襲うのだろうか。それがドルファフィーリング社長バーナードからの命令だからなのか。

 ヒスイはケティからの問いに

「昔の私はもう死んだよ。あの子はもうここにはいない、だから——」

 持った刀を横に一閃。放った斬撃がエフォールの立っていた岩を横真っ二つに斬り崩す。
立っていた足場が崩れよろめき転びそうになったエフォールだがすぐに体制を整え

「殺!?」
「エフォール!?」

 吹いた向かい風に乗ろうと空中へ高く飛び上がったエフォール。だが何故か飛び上がり宙に浮いたまま身動きが取れないのだ。

——飛んで火にいる夏の虫とはこのことなり。

 ニヤリと思わず笑みが零れてしまったのは誰だったか。

「え? え? どーゆうこと??」

 今何が起きているのか分かっていないのはエフォール達だけではない。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてクスクスと失笑している仲間達の顔を交互に見る。皆がどうして笑いを堪えているのかが分からない。

 もしかしてエフォールは手品師(イリュージョニスト)だった? 確かにそれならあの凄すぎる跳躍力にも納得がいく。肩に猫(ケットシー)を乗せていることにも説明がつく。それは手品師だからの一言で全てに説明がつき納得することが出来るぞ、とランファは一人大きく頷き、人で大きな勘違いをしているのであった。

 そう大きな勘違いをしているのだ、エフォールが手品師ではないと言う証拠は確かに何処にもないのだが、少なくともこの不思議現象はエフォールが手品(イリュージョン)で創り出した物ではなく

「エフォールに何をしたのですか貴方達っ」
「へ?」

 エフォールと一緒に空中に"括り付けられている"ケティの睨み付ける先、こみ上げてくる笑いを必死に堪えクスクスと笑っているルシア達が考えた作戦の一つだから。

「ドウユウコトデスカ?」

 異国の民のように片言で聞くランファに

「なんでカタコトなんだよ、お前は」

 笑いながら冷たく言い放つリア。そしてなにおーと怒り向かって来るランファ。そうだ、どんなシリアスな場面でもほっこりとさせてくれる彼らのやり取りは重要なスパイス。
これがなくては落ち着いて作戦の一つも立てることも出来やしない。

「殺殺殺。殺殺殺殺」
「な……にを楽しそうに話やがってる、早くエフォールをここから降ろしやがれ、と申しております。
 それは私からもですね。こんな宙吊り状態で放置なんて楽しくありません。手短に降ろしては頂けませんでしょうか?」

 ケティは至って丁寧に頼んでいるが隣にあるエフォールの眼光はギラリと鋭利な刃物のように輝き、降ろした瞬間お前たちを鎌で斬り、弓矢で串刺しにするぞ、と物語っている。これでは降ろしてあげたくても降ろせない。

「まー待て待て。そう慌てなさんなって。
 手品はタネを明かすところがイッチバン面白いんだろ?」
「種明かし……ですか?」
「殺殺?」

 初めてエフォールとケティの口を開くタイミングが逆になった。いや今はどうでもいい事なのだが少し気になった。どうでもいいことなのでもう忘れることにしよう。

「よーく自分の身体を見てみてよ!」
「え? なにもないよー」
「だーかーらー、お前じゃなくてあっち! あっち!」
「あっ、エフォールの方か!」

 エフォールの身体をよーーく目を凝らして見てみる。……特に何か特別な物は見えないように思える。
 地面から数十メートル離れたところで、両腕を真横に伸ばし十字架のように空中で停止しているだけのようにしか見え……

「ああッ!!」

 何かが太陽の光に反射して一瞬だけ光を放った。それは細い数ミリ程度しかない糸のよう、最初はエフォールが左手に持っている弓矢の弦が光ったのかと思ったが、改めてもう一度よーく見てみるとそれは弓矢の弦ではなく、四方八方から伸びた透明に近い白い数ミリセンチの糸、触ってみるとすぐにわかった。

「このネバネバ……クモの糸?」

 極細の蜘蛛の糸が何本も重なり束ねられている物。

「蜘蛛の糸って粘々だしちょっと触るだけすぐに切れちゃうから使い道なさそうに思えちゃうんだけど実は何本も重ねて束にするとね、そこらの丈夫な縄よりも頑丈な糸になるんだよ。
 馬車の荷車だって持ち上げてしまうくらいにね」
「マジで!?」
「殺殺殺!?」

 敵とかそうゆうの面倒な物は一切忘れてランファとエフォールはシルの解説を食い入るように聞いている。

「本当だよ。前に新聞に書いてあったからね。
 ちょっとやそっとじゃ切れないから、私はよくお裁縫用として使っているんだ。
 だって……野山を駆け回る元気っ子のランファはいつも擦り傷だらけで服もボロボロになって帰って来るし、ルシア君は戦闘で無茶ばかりするからいつも服はボロボロだし」

 だしと言ったところでルシアをじろりと横目で見つめる。

「うちには新しい洋服を買うお金も、余裕もないから私が密に採取していた蜘蛛の糸で縫って直していたんだからね?」
「いつもありがとう……シル」
「アリガトー」
「はい、どういたしまして」

 当然のようにボロボロにして宿に帰り、一晩明けると当然のように破れていた箇所が直してあったので妖精さんの仕業? とかなんとか、自分を誤魔化していたがそんなことはなかったか。
今度シルに何かお礼をしないとな、と思うルシアなのであった。

 シルの話をずっと黙って聞いていたケティが口を開いた。

「なるほど。蜘蛛の糸を使った蜘蛛の巣作戦なのですねー。それで?
 このままエフォールと私を宙吊りにしたままお帰りになるおつもりです?」

 言葉使いは心底丁寧だが言葉の端々に怒りを感じる。

「じゃあ一つだけ」とルシアはエフォールにお手製蜘蛛の巣から降ろす条件として

「もうこんな事しないって約束して」

 十と少しといった少女がこんな鉄砲玉のようなことをしているのは良くない。良いわけがない。
だからもうこんなことからは足を洗い、普通の女の子として暮らして欲しいと、自分の命を狙って襲い掛かって来た相手に何ともぬるい条件だと呆れるかもしれないが、それが彼の良い所なのだ。

 こくりと静かに頷くのを確認すると、彼女の身体に絡みついている蜘蛛の糸を切り外し自由にしてあげた、その瞬間——

「……殺殺殺殺殺殺殺殺。
 殺されても殺す。それが私の望み」
「 ——え?」

 持っていた武器を弓から鎌へと変形させ、大きく振りかぶった。

「ルシア、危ねえ!」
「リア! 駄目、エフォールは——」

ヒスイの止める声も虚しく、リアはエフォールが鎌を振り下ろすよりも先に、

「殺!」

 彼女の身体を斬った。

「私はエフォール……地獄で会ったら、この次はお前を殺す」

 最期の言葉を通訳するとケティは移動魔法を唱えその場から瞬間移動し跡形もなく消え去った。残ったのはエフォールの真っ赤な鮮血。

「エフォール……」

 死にゆく友の姿を見る事の出来ない彼女は膝から崩れ落ち、言葉では言い表せない複雑な思いを抱え独り静かに涙を隠す。

「…………ククッ」

 やっと手にする事が出来た復讐の前菜を舌なめずり。

アア——やっぱりドラゴンネレイドの血は渇いた喉を潤す。



Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.216 )
日時: 2017/12/05 11:06
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 0K0i.3Zc)

「あの子は何だったんだろう……」

 誰が呟いたわけでもない独り言。
突如襲い掛かって来た少女はうさぎのように岩場を跳ね回り、風に乗って自由奔放に飛び回り、ルシア達を翻弄し、そして最期は跡形もなく——目の前から消え去った。

 呆然と立ち尽くすルシア達。まだ状況が上手く呑み込めない。

「……終わったんだよね?」

 また誰かが呟いた。ああ……背後から聞こえるこの声はシルの声だ。
振り返るとまだ不安そうな顔で仲間達の顔色を窺(うかが)っている。
突如として現れて襲ってきた相手、まだ何処かに身を潜め隠れているという可能性もなくは……

「大丈夫。もう誰の気配もしないよ」

 不安要素を取り除いたのはヒスイの言葉だった。
他人(ひと)の放つ気配に敏感な彼女が言うなら間違いはないのだろう。

 終わった。暗殺者エフォールとの闘いはあっけないと笑ってしまう程にあっけなく終わりを迎えた。
ルシア達の中に残る疑問。あれは何だったのだろう……。だがその疑問に答えをくれる者は誰もいない。

「…………」

 答えを知らない者。

「…………」

 答えを知っているけど言いたくない者

「…………」

 答えも全てを知っているがあえて言わず、デザートは最後に食べるものだと、次のお楽しみにと取って置く者。

 理由は人それぞれ。

「さあ——帰ろうぜ」

 いつも先頭に立ち一番に歩き出すのは、最年長のリアの役目。
今日も一番前に立って、浮き沈んだ仲間達を引っ張り上げて空高くへと持ち上げ羽ばたかせる。無限の大空へと。

「うん!」

 大きく頷き、仲間達も大きな一歩を踏み出す。
先を歩くリアの背中を追いかける形で前へと進んでゆく。振り返らない。前だけ、目の前にある仲間の背中だけを見て進んで行くのだ——もう振り向かない。

「待って……ルシア」

 そう決めていたはずなのに。腕を引っ張られてルシアは立ち止まり振り返えった。

「……ランファ?」

 腕を掴んだ犯人はランファだった。今にも泣き出しそうな、苦しそうに唇を噛みしめている。
顔を俯せたまま静かに口を開く。

「ねえ——おかしいと思わない?」
「何が?」

 質問に質問で返したのはまずかっただろうか。少しの沈黙後。

「……行かないで」

 腕を握る指に力が籠められる。痛いくらいに。

「どうしてそんな事言うの? 僕はずっとランファやみんなの傍にいるつもりだけど……」

 違うの、と言いたげにランファは大きく首を振る。

「このまませんちょさんのお家に戻ったら、もう二度と帰って来られなくなるような気がするの。
 だってヒスイさんがリアに"待って"、言ってたのにリアはバッサリ斬っちゃうし……それにたぶんエフォールは……」

 そこまで言いかけてランファは口を閉じた。
力強く腕を握りしめる指に軽く手を添えて優しく声をかけようとして、初めて気が付いた。小刻みに震えていることに。
大きな肉食獣に睨まれた小さな草食獣のようにブルブルと小刻みに震えているランファ。
 
 いつもお茶らけてふざけているランファらしくもない。
本気でルシアの身を案じ心配して言った言葉なのだろう。我慢しきれなくなったのか、灰色の瞳からは大粒の涙が溢れ流れ出ている。

「ランファ……僕は——」



























              第十章 殺戮人形ト色欲妖怪-王家の墓編-終