複雑・ファジー小説

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.218 )
日時: 2017/12/11 09:50
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: M.fbnnZK)

第十章-リアの封じた過去編-                  (ルシアside)





 ——♪ ——♪ ——♪


 何の音?

 遠くの方から微かに聞こえてくるのはポンポコ叩く太鼓の音にピューピュー音色を奏でる笛の音が鳴り響いている。
風に乗って僅かに香るのは水飴の甘くて美味しそうな匂い。

 閉じていた瞼を開ければ、左右を濃い闇の竹藪に囲まれた一本道。飛び石で造られた道の左右対称に等間隔で置かれた灯篭と薄暗い闇に良く映える赤の鳥居が地平線の彼方まで続くいているように真っ直ぐ続いている。

 ここはどこ?

 後ろを振り返えってみても、あるのは目の前と同じ光景。
飛び石で出来た道に、等間隔で置かれた灯篭と鳥居。奥へいくほど灯篭の灯りは鈍く淡いものになっていて真っ暗闇の中にぼんやりと橙色の灯りが見える程度。

 前も後ろも常闇の世界みたいだ。

 どちらに進めばいいのかも分からないまま僕は立っていた場所から前方に進んでみることにした。
なんとなくだけど、後ろに進めばもうここに帰ってくることが出来なくなるような気がしたから。

 でもどうしてか僕の足は鉛のように重たく感じる。足元を見てもそんなもの付いていないのに。普通のいつもの僕の足だ。なのにどうして今日ばかりはこんなに重たく感じるんだろう。重い足を引きずるようにして一歩一歩ゆっくりと、前へ進んで行く。一歩進むたび、後ろを振り返って見れば、後ろに広がっていた常闇が徐々にこちらに迫ってきているような気がする。まるで僕を追いかけて襲い掛かろうとしているかのように。

 心臓が波打って痛い。背筋に冷たい汗が流れてゾワリとする。
脳にここは危険だ。早く逃げ出せと命令されているようだ。重たい足を頑張って引きずり前へと進む。後ろから迫ってくる闇もゆっくりと進んでくる。

 進んでも進んでも景色は変わらない。迫ってくる闇との距離も変わらない。

 どうしたらいい? どうすればいい? どう——?

 あれ? どうして僕はこんなところにいるんだっけ? 何をしていたんだっけ?

 頭の中が真っ白になった。何かを必死に行っていたという事は覚えているのに、それ以外は何も思い出せないんだ。
頭の中は真っ白なのに、目の前は真っ暗なんだ。何も見えない暗闇の世界なんだ。

 そもそも僕は誰だ? どうして僕は僕の事を「ぼく」と呼んでいるの? それが僕の名前? 僕はいったい——

「しっかりしてくださいまし!」

——バチンッ!! 誰かに頬を叩かれた。痛い。頬がじんわりと熱をもって焼けるように痛いです。
誰が……と、思って叩いてきた主を見てみると、その人は良く知っている人物で、でもその人は現実世界には存在しないはずの人で……。

「……パピコさん?」
「そうです。貴方様の恋人、パピコでございます! 正気に戻られました?」

 パピコさんに会ったおかげ? それとも強めに頬を叩かれたおかげ?
霧がかかったようにぼんやりとしていた視界がはっきりとして、真っ白になっていた頭の中も綺麗になり上手く思考が働かせることが出来る。
 自分が何者なのか思い出すことが出来る。ここに来る前の事が思い出すことが出来る。

 そう僕の名前はルシア。攫われた最愛の妹ヨナを取り戻すために旅をしていていたんだ。
仲間達と一緒に。幼馴染のシレーナ。突然空から現れたランファ。草競馬大会で馬の乗り方を教わって、コロシアムでは景品になんかされて色々あったシル。和の国で初めて出会って、カジノでは生き別れになっていたお母さんと再会することが出来たヒスイ。そして……。

「リアさん?」

 あれ……どうしてだろう。リアさんの名前、顔や見た目、性格、好きな物嫌いな物、全部、全部思い出せるのに、リアさんとの出会った時のことや、これまでの旅で思い感じたことが全部ぽっかりと抜け落ちて、頭の中にぽっかりと大きな穴が開いているような、そんな感じ。

 じゃ、じゃあ。どうしてここに居るのか。ここに来るまでの経緯を思い出してみよう。
旅に出た僕達は沢山の仲間に出会い、沢山の人とお別れをした。
途中、山の国にある遺跡で女神様に出会い、歪められる前の歴史を知ることが出来た。邪神が復活しようとしていることも。

 女神様からの依頼で邪神を復活を阻止するためにかつて邪神と戦った英雄王たちの力を受け継ぐ旅に変更することになって、海の国にあるアトランティスで、シレーナの故郷の人たちを滅茶苦茶にした狂犬ザンクと戦いになって、次に訪れた和の国にあるコローナ島の王家の墓で奇襲者と戦って……それから……それから?

「あれ……あの女の子と戦って以降の記憶がない?」

 あの女の子との戦闘後、ランファに腕を掴まれて泣きそうな顔で何かを言われた事は覚えている。でも具体的に何を言われたのかは思い出せない。

 何かを聞かれて、僕は何かを答えたような気がするのに。その内容がぽっかりと抜け落ちているんだ。気持ち悪い。思い出せそうなのに、思い出せない。痒い所に手が届きそうなのに、あと数センチ足りないから届かない。それとよく似てる気持ち悪さだと思う。

「思い出せないんです?」

 俯せて考えて込んでいるとパピコさんが心配そうな顔を覗き込ませた。

「あ、うん……ごめん」

 反射的に謝っていた。心配させてしまってごめんなさいと。

「そんな事お気にしないで下さいまし。私とご主人様の仲でしょう?」

 ニコニコと恍惚とした笑みを浮かべているパピコさんに少しだけ身の危険を感じた事は黙っていよう……。

「それにしても此処はなんでしょう? 妖気に包まれ、なんとゆうか妖艶的でいてなんだかいやらしい気分にさせるところでございますね」
「そ、そうなのかな?」

 そうゆうこと、女の人がはっきりと言っていいのかなあ……?
意気揚々と少し興奮気味に語るパピコさんに僕は苦笑い。こんな時どう反応すればいいのか分からないよ……。

「えっと。少し歩いて見る?」
「デートですね♪ 喜んで♪」

 えっと……ごめん。そうゆうつもりで誘ったわけじゃないんだ。
ただここがどこなのか調べる必要があるかなと思って誘ってみたんだ。ごめんなさい、パピコさん。と、僕は心の中で呟くのでした。口が裂けてもパピコさんに直接言うなんて勇気僕にはありません。



Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.219 )
日時: 2017/12/12 15:48
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: lEZDMB7y)

 進むべき道は、目の前に広がる点々と淡い灯篭の光が遠くの方に見える一本道か、後ろに広がる灯りの無い暗い闇の世界へ続いているような一本道のどちらか。
この二つの道なら迷う必要性もないよね。僕たちは目の前の真っ直ぐ続く道を選び歩き出した。

 一本道だと余計な小道がないから迷わなくていいよね。複数ある道は横道にそれたりして、良く分からない場所に出たり、日の当たらない裏路地で変な人に絡まれてたりして大変な目にあうって、前にシレーナに貸してもらった『サ・都会の歩き方伝授』ってタイトルの本に書いてあったもんね。都会は本当に恐ろしいところだよ。

 ——♪ ——♪ ——♪

 なんて考えながら歩いていると、遠くの方から微かに聞こえていた太鼓や笛の音が段々と近くから大音量で聞こえて、音の中に子供の笑い声が混じっているよ。……子供を叱る大人の声も。

「なんの音色が鳴っているのかとずっと不思議に思っていましたが……」

 隣を歩いていたパピコさんが納得って感じで首を縦に動かして頷いている。

「これは祭囃子ですね。どこかでお祭りでもやっているのでしょう」
「まつりばやし? おまつり?」

 聞いた事のない言葉に僕は困惑した。だってそんなもの僕たつが住んでいた村では行われなかったから。
不思議に首を傾げているとパピコさんは微笑み「行けばすぐに分かりますよ」と答えた。見ればすぐに分かるようなものなの? おまつりっていうものは……?

 不思議に思いながら手を引っ張るパピコさんに連れられて駆け足で道を進んで行くと

「わあ……これがお祭り?」
「そうです!」

 目の前には初めて見る幻想的な光景が広がっていました。

『うふふふ……』
『あははは……』

 真ん中の道を楽しそうに行き交っているのは、狐のお面をつけて顔を隠している若い夫婦と、狸のお面を付けて顔を隠している幼い子供たち。

 みんな扇子のような扇ぐために使う平べったい半円の紙に棒が付いた物を持っているみたい。それに着ている服装も見たことがない衣装だ。
確かあれは和の国の伝統衣装、和服って呼ばれている物だったかな。

「そうですがより正確に呼ぶのでしたら浴衣ですね」

 もしかして声に出してたのかな。クスリと笑ってパピコさんが教えてくれた。……ちょっと恥ずかしい。

『いらっしゃい、いらっしゃいー』

 みんなが行き交う道の左右一列に市場の屋台のような建物が地平の彼方まで並んでいる。美味しそうな食べ物を目の前作っている食べ物屋さんに、

『チクショー! また外れた!!』

 頭を抱えて叫んでいる男の人がいるのはクジ引き屋さんかな? 可愛いぬいぐるみからノートや鉛筆といった文房具まで色んな景品がおかれたミニゲーム屋さんまで、色んな屋台が並んでいるよ。

 なんだか隣の町にある大通りに似ているような気がする。

『美味しいね』

 食べている食べ物はほぼ全て見たこともないものばかり。

「じゅるり」

 意図せずともよだれが口からあふれ出て来るよ。でもよだれを垂らしているなんてかっこ悪いから慌ててズボンのポケットからハンカチを取り出してふき取るけどね。

 ダラダラと溢れ出すよだれをふきながら改めて思う。ここはどこなんだろうって。だって僕はここに来た覚えなんてない。いつ、どうやって、なんの為に、ここへ来たんだろう……?

「よお、大将楽しんでるか!」
「えっ?」

 突然誰かに肩を叩かれて、バッと振り返ってみると、そこには短髪の黒髪に整った顔立ちの赤色の瞳をした僕も良く知る美青年が威風堂々と立っていた。知らない場所で見知った顔に会えたのが嬉しくって、僕は彼の名前を呼んだ。

「リアさんっ!?」
「にひっ」

 まるで悪戯が成功したことを喜ぶ子供のように微笑んでいるリアさん。
どうしてここに? と、僕が聞く前にパピコさんが

「なんですこの色欲魔は?」

 まるで不審者を見るような目つきでリアさんを睨み付けて、僕を護るようにして前に出て片腕を僕の前に出している。それはどちらかと言うと僕の役目だと思う。その前にリアさんはそんな警戒しなければいけないような人じゃないよ。違う意味で警戒はしないといけないかもしれないけど……。

 呆れた表所でパピコさんを見ていたはずなのに、ちらりと彼女が睨み付けるリアさんを見てみと、なぜか彼もパピコさんと同じような視線で見つめ合っていた。
リアさんの方がパピコさんよりも背が高いから、ちょっと見下ろすような形で。

「それはこっちの台詞なんだけど? 俺はルシア"だけ"を招待したはずなのになんでBBAまでいるんだよっ」
「なっ!?」

 BBAの意味は良く分からなかったけど、その言葉はパピコさんにとって禁句の言葉だったらしくて……挑発するには効果抜群の言葉だったらしくて……。

「誰がBBAですか!! 私はまだそんな歳ではありませんっ!
 お肌だってまだ、こんなにぷるんっとしていまし!!」

 目を見開いて怒っているパピコさんを放置してていいのかな。
リアさんは僕の肩に腕を回して自分の身体に引き寄せると、耳元でひそひそと

「……いいか、ルシア。お肌がまだぴちぴちとか言いだす奴は相当歳がいってるって証なんだぜ?」

 小声で話して凄くどうでもいいことを初めて見るような真剣な表情で教えてくれた。

「へ、へぇ……そうなんだ……」

 苦笑い。……しか出来ないよ。

「そんなッご主人様までっ!? パピコ、ショック!!」

 背を向けてこれ見よがしにわざとらしく落ち込んで見せるパピコさん。足元に小石なんてないのに、悔しさを表現する為に小石を蹴るふりをしているよ……頑張屋さんなんだね。

「どうだ"俺の祭り"は、よ?」

 すぐ近くにあるリアさんの顔が満面の笑みだ。

「もしかしてまだ遊んでないのか? そんな勿体ねー。
 せっかく来たんだ。存分に遊んで行けよっ! 嫌な事なんて全部忘れちまうほどによっ」

 リアさんからの誘いは嬉しい。でも断らなくちゃいけない、僕にはやらなくちゃいけないことがあるから……僕はここで遊んでいる暇なんてないから。

 どうお断りすればいいのか分からない。だから助けを求めるようにパピコさんに視線を向けると

「いいではありませんか」
「パピコさんっ!?」

 ケロッとした表情で彼女は答えた。

「ご主人様も仰っていたではございませんか、お祭りは初体験だと。
 それならせっかくの機会なのです。ここはお言葉に甘えて楽しんでみては如何でしょう♪」

 まさかの返答だった。稀に可笑しな言動をするパピコさんだけど、基本は真面目で僕の意見にいつだって肯定的だった彼女がそんなことを言うなんて……思いもしなった。

——だって僕達には大切な

「あれ……?」

 僕は何をしていたんだっけ? 大切な……、続きの言葉が出て来ない。僕は……?

「ご主人様? どうなさったのです? ぼーとなされて……」
「疲れてるんだろ? ルシアは真面目だから」
「そうでございますね。貴方様とは違ってご主人様は繊細なお方ですから」
「へいへーい」

 また頭の中に白い靄のようなものがかかって上手く思考が働かなくなってきた。記憶がどんどん消されているような……大切な、大切だったものがどんどん消されているような……そんな気が……。

「思い出が消えていくような気がするよ……リアさん」

 縋りつくように僕は彼の胸板にしがみついた。

「怖いよ、リアさん。
 どんどん僕が僕であることを証明できる、記憶が誰かに消されているようなんだ。僕が僕で亡くなるようで怖いんだ」

吐き出すようにそう言うと、リアさんは優しい僕の頭を撫でて、

「大丈夫だ。そんな心配すんな、ルシア。
 お前がお前自身の事を忘れちまったとしても、俺の事を忘れてしまったとしたとしても、な?
 お前がお前であることは変わらないねえよ。俺はお前を忘れたりなんてしないから、安心しろ」

 ニカッと笑うリアさんを見ると、あれだけ怖かった記憶の消失がなんともなくなった。むしろ嫌なことが全部スッとなくなって、心が軽くなったような気さえする。

「お前は真面目過ぎるんだよ。少しくらい休んだって罰は当たらねーよ」

 そうなのかもしれないね。優しく頭を撫でるリアさんの手は温かくて大きくて、なんだか遠い昔父さんに頭を撫でられた時の事を思い出すようで。

「忘れちまうって事はその程度の想いだったってことなんだよ。
 ならさ、もう綺麗さっぱり忘れちまって、ここで"俺と楽しく暮らそうぜ"なあ——ルシア?」

 僕はリアさんの誘いを——

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.220 )
日時: 2017/12/19 11:05
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: lEZDMB7y)

[受け入れる]


「そう……だよね。忘れて思い出せないって事はその程度だってことなんだよねっ」

 僕はリアさんの誘いを受け入れることした。

「お祭りの楽しみ方とか教えてよ、リアさん」
「よっし、きた」

 満開の、向日葵のような笑みを浮かべてガッツポーズ。いつもは変な事ばかりしてるリアさんだけど……やっぱり頼りになる時は、すっごく頼りなるんだよね。

「ご主人様!? そんな、色欲魔なぞに頼らなくても、お祭りの楽しみ方くらい私がそれはもう手取り足取りお教えしてあげますのにっ」

 なんだか背後から桃色の熱視線を感じるような気がするんだけど……気のせいかな?
まだリアさんの胸板にしがみつくいていた僕は顔を上げて、アイコンタクトで聞いて見た。それに気が付いてくれたリアさんはウインクを一度すると、

「ヒステリックBBAことなんざ、ほっといて行くぞー!!」

 腕を掴み人混みの中へ引っ張って行った。がやがやと賑やかな人の声に混じって背後から

「きぃぃぃ!!」

 ってパピコさんの悔しそうな悲鳴が聞こえたのは……さすがに気のせいじゃないよね?




                  †



「まずはこれで遊ぼうぜっ」

 と、言ってリアさんが立ち止まったのは足元に踝くらいの深さの水槽が置かれた屋台だった。
屋台の上に張られたいるテントには【金魚すくい】って書かれてあった。
金魚と言う生き物は村の図書館にあった図鑑で見たことがあるから知ってるよ。赤と白のまだら模様が可愛い小さな生き物だよね。
足元にある水槽にも赤と白のまだら模様の生き物が泳いでいるみたい……ん?

『ぎょーン』
「これっ金魚!?」

 変な鳴き声をあげている、赤と白のまだら模様の細長い身体で口元に髭が生えている生き物が水槽の中を自由に泳ぎ回っている。これはどう見ても金魚じゃない……むしろこれは……

「鯉ですね」
「あっ。パピコさん」

 いつの間にか隣にいたパピコさんが口を開いた。そうだよ、この魚も図鑑で見たことがあるよ。そっかー鯉か……じなくて!

「なんで鯉が泳いでいんですかっ」
「金魚すくいならぬ、鯉すくい、な? おつだろ?」
「どこがですか……」

 冷たい視線でリアさんを睨み付けるパピコさん。確かに金魚すくいって書いてあるのに、鯉すくいはないよね。と、ゆうより鯉なんてどうやって取るの?

『はいよー』
「わっ」

 水槽を挟んで反対側でパイプ椅子に座っていたおじさんが急に何かを投げて来たよ。落とさないように、受け取ったそれは……

「デカッ」

 先が丸い針金のような棒に白い和紙を張り付けたもの。でも円の直径が五十センチくらいあって、とにかく重い! 両手で持っているのがやっとで、まともに立っていることも出来ない……あわわっ。右へ寄れ、左に揺れ。

「こんなに重かったら、鯉もなにもすくえないよ!」
 
 隣に居るリアさんに言うと、

「そりゃそうだろ。やるきねーもん」

 けろっとした表情で彼は言った。

「駄目じゃん!!!」

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.221 )
日時: 2017/12/26 12:04
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: hdgWBP0m)

 小さくて可愛い金魚をすくいにやって来たはずなのに、なぜか大きくてあんまり可愛くない鯉をすくわれそうにになっちゃった……。屋台のおじさんには悪いけど、鯉すくいは低調にお断りさせてもらいました。だって、鯉なんて貰っても旅をしている僕達には飼ってあげれないから。あ……それは金魚でも言えたことだったかも。どっちにしても持って帰れなかったみたい。

「……ちょっと残念だな」

 ぽつりと呟いた僕の脇を沢山の人たちが素通りして行く。左右に並ぶ屋台に挟まれた道のど真ん中で立ち尽くして、ぽつぽつと考え事をしている僕の事なんて誰も見たりなんてしない。みんな家族、夫婦で楽しそうに笑い話していて、他の事になんて興味がないって感じだ。真っ直ぐ真正面からやって来た人も、近づいて来たら自動的に横へ避けて僕の脇を通って行く。

「なんだろう……この変な感じ。まるでここの人たちに僕の姿が見えていないような。みんなが見ない壁を避けているように見えるのは、どうして?」

 言葉にして出してみた疑問に、答えてくれる人は誰もいない。
それはみんなに僕の姿が見えていないから? それとも——

パンパンッ

「ふぅ」
『すげえや! このあんちゃん、百発百中で景品に玉当ててるぞッ!』

シュッシュッ

「ふふんっ」
『凄い! この姉ちゃん、百発百中で景品に輪っかかけてるぜッ』

 それとも、屋台で遊んでいる二人にみんな釘付けだから?

 正面から見て左側に建てられている、猟師さんが使うような細長い銃にコルクの玉を入れて、それを並べられたぬいぐるみとかの景品に向けて発砲、景品を落とすことでゲット出来る【射的】と呼ばれるゲームの屋台で遊んでいるのはリアさん。
始めてからずっと全ての玉を当て、並べられている全ての景品を手に入れそうな勢い。屋台のおじさんは半べそかいて、見ててずっごく可哀想な気持ちになってくるよ。

 表面から見て右側に建てられている、斜めになった板に番号が書かれていて、その上に等間隔に棒が立てられている。棒に紐を編んで作った輪っかを投げてひっかけることで書かれた番号の景品が貰える【輪投げ】と呼ばれるゲームの屋台で遊んでいるのはパピコさん。
始めてからずっと全ての輪っかをかけているから、用意された景品を全部手に入れそうな勢い。屋台のおじさんはもう大号泣で何かをぼそぼそと呟いているよ。

 二つの屋台は道を挟んで向かい合うように建てられていた。二人の好プレーを観たい野次馬さんたちが道を塞いでいる。僕はとちらにも加担せず、道のど真ん中で立ち尽くし、二人を呆然と見つめる。

「……早く終わらないかなあ」





  
                  †



「この紐はご主人様と私を繋ぐ運命の赤い糸なのですね♪」

 いえ、パピコさんが掴んでいる紐は白色ですよ。

「寝言は寝て家よ? BBA。俺のはニシキヘビの如くぶっとくて丈夫な、ルシアとの友情の紐だけどな」

 いえ、リアさんが掴んでいる紐はごく普通サイズの紐ですよ。

「なんですって!? でしたら私のはアナコンダの如くです!!」

 …………。

 射的屋さん、輪投げ屋さんで景品を総なめした二人が次にターゲットに選んだのは【ヒモクジ】と呼ばれるゲームの屋台。
目の前にある大きな箱の中に色々な景品が入っていて、そこから沢山の紐が伸びている。紐を引いて引っ張り上げた景品が貰えるゲームらしいんだけど……二人はなぜか言い争いをしていて中々紐を引こうとはしない。

『まだひかねーのかよぉ』
『はやくひけよー』

 僕達の後ろには順番待ちをしている沢山の子供たちが並んでいた。僕はその子たち一人一人にごめんね、あともう少しだけ待ってね、と言って回る。

「うるさい! ガキは黙ってろ」
「これは大人の勝負なのです! 子供は口を出さないで下さいまし」

 駄々をこねる子供たちをキッと睨み、鬼の形相で言う二人。

「お……大人げない」




                  †




「ふぉおおお」

 沢山の屋台を回り、沢山のゲームで遊んでいる二人を見て持ちきれない程の景品を手に入れた僕達が最後にやって来た屋台は、

「まさかBBAと張り合う事に集中しすぎて金をすべて使い果たしてしまうとはっ」
「私としたことが、まさかご主人様と初めてのお祭りを満喫する前にこんなぱっとでのぽっとでの野郎なんかにお金を使い尽くしてしまうなんてっ」

 桜色に着色されたラムネ菓子の板に模様が描かれていて、その模様の通りにくり抜く【型抜き】と呼ばれるゲームの屋台だ。
模様には値段が振り分けられていて、綺麗にくり抜くことが出来ると書かれた金額が貰えるそうで、ほぼ全てのお金を使ってしまったリアさんとパピコさんは、握りしめた最後の硬貨で一攫千金を狙ってるみたいだ。

「待ってろ、ルシア! この型抜きで成功したら、お前に俺のチョコバナナ食べさせてあげるからな!」

 チョコバナナ? あのバナナにチョコをかけたお菓子のこと? 食べたことないからそれは楽しみだ。頑張ってと、リアさんを応援した。

「バナナですって!? なんてはしたない!
 そちらがその気なら、私はご主人様のフランクフルトをいただきます!」

 バナナの何がいけなんだろう……? あとごめん、パピコさん。僕、今一文無しだからフランクフルトをおごってあげらてないよ……。

「ふぉおおお」

 背後から二人の頑張りをみているけど、なんだろう。この二人から発せられているどす黒いオーラのようなものは……。なんだか身の危険を感じさせるような、本能的な意味で危険を感じさせるこの不気味なオーラは何なんだろう……?





 数分後。

「いやー」
「おほほ」

 二人は互いの顔を見つめ合い。

「駄目だったな」
「駄目でございましたね」

 大きな声で苦笑した。

「二人とも見事に最後の一手で粉砕してたよね、ラムネ」

 二人は笑うのを止めて僕の方を向き、少し悔しそうに言う。

「私、こうゆう繊細な作業は苦手でして……」
「俺は壊すの専門だからな……」

 確かに二人のとも色々な意味で破壊的な人ですもんね。と、言ってしまいのうなった口を慌てて塞いだ。落ち込んでいる二人にこんな止めの一言は言う事なんて僕には出来ない。

「で、ルシア。祭りはどうだった? 楽しめたか」

 近くにあった鳥居にもたれてかかり、腕を組みそう僕に訊ねた。

「ご主人様と二人っきりになれなかったのはいささか残念でしたが、それなりには楽しめましたわ」

 少し棘のある言い方でパピコさんが僕の代わりに答えた。リアさんと向かい合うように反対側の鳥居を背もたれにして立つと、パピコさんも横へやって来て同じようにもたれた。

「は? BBAには聞いていないんだけど?」
「はい? もしかして喧嘩売ってます?」
「俺は売らねーけど、売ってるなら買ってあげてもいいぜ?」

 挑発に挑発を売る二人。本当、この二人は仲が悪いのか良いのか……よくわからない所があるよ。一緒に遊だり、同じ目的をもって協力しあったりするのに、いざ顔を合わせると言い争いを始めて喧嘩しかしない。喧嘩するほど仲が良いっていうことわざがあるけど、それはこの二人にも言えることなのかな?

——お兄ちゃん。

「え……?」

 とても懐かしい声が聞こえたような気がした。誰かが僕の事を呼んでいるような、そんな気がしたのだけどそれは、

「ルシア」
「え……あ……リアさんか」

 リアさんが僕を呼んでいたからだったみたい。呼びかけているのに中々返事をしない、僕に苛立ちつのらせ、眉間に少ししわがよっている。
ごめんと謝るとリアさんはすぐにいつもの能天気な笑顔に戻って、楽観的な明るい声で訊ねた。

「"ここ"は楽しいだろ」

 僕は答える代わりに、首を縦に動かした。

「すっげぇ楽し過ぎて"外の世界"の厭な事なんて全部忘れられるだろ」

 僕は答える代わりに、首を縦に動かした。

「ここには外の世界にあるような、怒りも憎しみも哀しみも辛いも痛いも何もない、嬉しいや楽しい事しか感じない」

 リアさんの言葉は甘い、甘い蜂蜜のように僕の中に入り脳何浸透する。とろけるようにぐにゃりとなる視界。どろどろになったように何も考えられない思考。今僕の頭の中に在るのはリアさんの甘い囁きだけ。

「もう辛く苦しまなくていいんだぜ?
 もう悲しい思いをしなくていいんだぜ?
 もう一人で全部抱え込まなくていいんだぜ?」

 とろとろにとろけて何も感じなくなった身体はもう動かない。

 真っ暗になって何もうつさなくなった視界はもう機能を果たさない。

 甘い囁きを反響するばかりの脳髄はもう何も考えられない。

 何か使命があったような気がする。大切な誰かを求めていた気がする。でもそれが誰だったのか、僕にとってどんな存在の人だったのか、思い出せない。違う、思い出せないないという事は、思い出す必要性もないという事。今の僕には関係の無い事だ。

——このまま全てを忘れて、俺に身を委ねちまえよ。俺と二人、仲良くここで愉快に暮らして行こうぜ。なあ?


 そうだね……こんなに気持ちいいのならこのまま沈んもうかな。

 甘い 甘い 甘い 蜂蜜の海の中に僕はどっぷりと浸かる。

                    
                  僕?

   

           僕は

 

                      僕は

 




                             僕は——誰?













                                     -喪失END-
 

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.222 )
日時: 2018/01/05 09:13
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: f..WtEHf)

[受け入れない]

 悲しい記憶/哀しい記憶。苦しい記憶/苦い記憶。厭な記憶/辛い記憶。それは誰しもがもっている負の記憶。世界という汚れに侵され、身体を汚されてしまった責任の大人の記憶。もっているだけで深いな気持ちにさせ、心を蝕む邪悪なるもの。

 嬉しい記憶。楽しい記憶/愉しい記憶。良い記憶/善い記憶。それは誰もが忘れてしまった純粋無垢な子供の頃の記憶。もっているだけで何も知らず、楽しめたあの頃に帰る事の出来る魔法の記憶。この世界で最も美しい宝石。

 この世界に汚物はいらない。美しいものだけあればいい。辛く苦しいだけの現実になんて戻らなくていい、ずっと此処で"俺と二人っきり"楽しく暮らそうぜ。なあ——ルシア?

 僕の耳元で甘く囁くのは誰の声? よく知っている人だったような気がする。けど暗闇しかうつさない僕の目にその顔はうつらない。何もうつさない。

 僕のの耳元で甘く囁くのは悪魔の声? それとも別の誰か? 身体が縄で縛られているかのように、ぎっちりと締め付けられて痛い。まるでここから逃げ出せないように、誰かが縛り付けているみたいだ……誰がそんな事をするの? 甘く囁く悪魔の仕業? それとも別の誰か?

 悪魔は……誰かは……言っていた。この甘い囁きに流されてしまえと。川を流れる木の葉のように、流れに身を委ね、堕ちるところまで堕ちてしまえばいい、確かに闇しかない僕にはそれもいいのかもしれ——騙されたらだめだよ、お兄ちゃん!!

「…………ぁ」

 一瞬、誰かの声が底なしの闇へと堕ちようとした僕を引き留めた。もう声は聞こえない。僕を「お兄ちゃん」と呼び、叱った声はもう聞こえない。……待って。お兄ちゃん? お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん……頭の中で同じ単語が何度も繰り返し流れる。"あの子"が生まれてからずっと、僕はお兄ちゃんだった。"あの子"を産んでくれた母さんが最初に言った言葉、「今日からあなたはお兄ちゃんよ」 誰のお兄ちゃん? 呼び止めてくれた女の子のお兄ちゃん? ……どうして僕は声の主が八歳くらいの女の子だという事を知っているの? 

「ああ——ッ! 記憶が溢れてくるッ!」

 欠けたピースが見つかった。一つだけ無くしたパズルのピースが見つかった。空白だった記憶の箱に次々とピースがはまっていく、ぽっかりと空いた穴に記憶という濃厚な思い出が詰まって行く。

 自分の名前、大切な家族の名前。
僕はルシア。都心から離れた村で皆と妹のヨナと、貧しくても楽しく暮らしていた十八の男です。

 偶然出会った女の子名前。
僕と同じ白銀色の髪と赤いポンチョが印象的な女の子、ランファ。言ってる事とやってる事がいつも無茶苦茶で、訳わからなくて、ノリだけで生きているような子。……だけどどこか寂しそうに感じる瞬間があるのは気のせい?

 隣町に住んでいる幼馴染の女の子の名前。
看護師の卵をやっている女の子。、シレーナ。薬剤の知識が豊富だから普通に薬剤師としてやっていけそうなのに、彼女は一人でも多くの人を救いたいからって訪問看護の道を目指した。

 旅をしてる間に出会った仲間たちの名前。
馬の町で馬の乗り方を教えてくれた先生であり、過去に賞金首として生かされた女の子、シル。
和の国で出会い、闘技場(コロシアム)で一緒に戦ってくれて、裏カジノではすれ違いがあったけど、でもまた分かり合う事が出来た女の子、ヒスイ。

 僕が倒そうとしている人たちの名前
ヨナ攫った紅き鎧の騎士。シレーナの故郷で暴れアトランティスで行方不明になったザンク、シルさんを護るために開催した闘技場(コロシアム)で闘い行方不明となったユウ、ヒスイを産んだお母さんなのに彼女の目の前で暗殺されたナナさん、彼らのボスで邪神復活を企て世界を自分の物にしようとしているバーナード。

 やっと全部思い出せた。どうして僕がこんな妖艶と輝くいかがわしい空気で包まれた世界にいるのか。

「全部……思い出したよ……リアさん」

 腕を組み荘厳たる面持ちで佇んでいる、僕をこの世界へと攫い閉じ込めようとした犯人に、事実を突き付けるように言った。
何処か遠くを見つめていた彼は、黒い眼球だけをゆっくりと動かし、その瞳は眉間にしわをよせた僕の姿を映し、悪びれることも同様することもなく、ただ平然と一言。

「…………で?」

 軽く首を傾げた時の彼の顔は腹が立つ程にいつも通りだった。ランファとふざけ合っている時と同じお茶らけた表情。

「帰してよ! 元居た世界に! リアさんと違って僕には遊んでいる余裕なんてないんだ!! もしこうやっている間にヨナの身に何かあったら……」

 女神さまは邪神復活に必要な手順が全部揃う、その間まではヨナの身の安全は確保されているでしょうと言っていた。だけど最悪な想像ばかり浮かんでしまう。殺されはしないとしても、身体を傷つけられないとは限らない。相手は邪神復活を企て世界を自分のものにしようとしている奴、何をしてくるか解らない。ヨナが心配だ、僕はリアさんを睨み付けた。

「妹が攫われて騒いでいるだけのお前に、俺の何が解るって言うんだよ……」

 片手で顔を覆い、リアさんが自嘲するかのように項垂れ苦笑したのと同時だった——目の前に広がる世界が歪み罅割れ硝子が割れるように砕け散ったのは。

「正気になられたのですね、ご主人様!」
「パピコさんっ!?」

 すぐ隣でキーンとなる声が聞こえた。主はほんのり涙を潤ませて、鼻を赤くさせたパピコさん……相当心配させちゃったみたいだ。ごめんなさい、僕がもっとしっかりしていれば……言うとした言葉は

「あーあ。失敗しちまった。あ……あはは……」

 乾いた笑い声をあげるリアさんの声でかき消された。
お腹を抱えて笑っているけど、その目は笑っていない。鋭い眼光は僕を睨み付け離さない。

「何を間違えた? どうしてバレた? なあ、教えてくれよ。ルシア、俺は何を失敗してしまったんだ?」
「簡単な事だよ。どんなに記憶を消されたって、心の中にある思い出は誰にも消すことなんて出来ない。ただそれだけのことだよ」
「思い出ねえ……そんなくだらない事に俺は負けたのかよ。あはは……」

 全てを諦めてしまったように苦笑するリアさん。その顔は凄く苦しいそうで辛そうだ。手を差し伸べたくなる。もがき苦しそうにしている彼に助け舟を、救いの手を差し出し引っ張り上げたいと思うのは自分勝手な事?

「リアさん……」
「お前は本当何処まで行っても大馬鹿なお人好しだな」
「どうゆう……っ!?」

 発言の答えを訊くまでもなく、答えは返ってきた。

——グルシャアア!! 

「魔がい物!?」

 プリンセシナの中を徘徊する化け物。二本足で立つ人の形をしているけど人じゃない、魚の鱗のような鎧をまとい、ゆらゆらと左右に揺れながらじりじりと距離を縮めて来ている。

「現実世界にはいないはずのパピコさんと魔がい物がいるって事はここは……」
「ご名答! 此処は"俺の世界こと、俺の精神世界(プリンセシナ)"だ。今キミ達の目の前にいるのは俺であって俺じゃない存在、分身(エゴ)だ」

 リアさんは自信満々に微笑み両腕を横一杯に広げ、まるで舞台の上に立つ司会者のように大きな声でこう言った。

「紳士淑女皆様ようこそいらっしゃいました。今宵始まりますは、勇敢なるメシアの生き残りとおまけのBBAによる逃走劇でございます!」
「逃走劇?」
「俺の世界のテーマは「祭り」 祭りには楽しいミニゲームが必要不可欠だろ? だからキミ達はこれから鬼ごっこをしてもらう。あ、勿論拒否権なんてものは無しだからな?」

 悪戯っ子のように嗤う彼は本当に腹の立つほどにいつも通りだ。いつも通りの陽気なテンションで、こんな狂った事を平然と言っているんだ。

「ショータイムの始まりだ! 文字通り死ぬ気で逃げろよ? そうじゃなきゃ観客が喜ばない」

 観客? なんのことだよって言いたかったけど、言う隙さえも与えてくれない魔がい物たちが一斉に飛びかかり襲い掛かってきた。さっきまでノロノロゆっくりと行動していたのに、良しって合図が出た途端、俊敏に動くのはずるいと思うなっ!! 誰に言うわけでもなく、心の中で叫びリアさんをキッと睨み付けた後、

「行こう!」

 パピコさんの腕を掴み、僕たちは走り出した。目の間にあった一本の道を何の迷いもなく選び駆け走った。リアさんの手のひらで踊らされているのは良く分かる。癪に障らないとか、色々沸々とした思いがあるけど、今はそんなことどうだっていい。気にしている暇がない。後ろを振り返えれば、はわらわらと群がって来た魔がい物たちで道は黒く埋め尽くされていた。台所に生息するあの黒光りする虫をを彷彿させて余計に気持ち悪くなった。食べたものを吐き出しそうになる口を押さえ、がむしゃらに目の前に蜿蜒と続く道を走り続ける。

「待ってくださいまし!」

 そう声をかけて、パピコさんが立ち止まった。急な出来事だったから上手く止まれなくて転びそうになってしまった。すぐに体制を整えたから転ばなくて済んだけど……何があったんだろ?

「道が二つに分かれています」

 振り返ったパピコさんは目の前を指さしている。もう一度、目の前を見てみると、確かに真っ直ぐだった道は二つに分かれていた。

 左側の道には膝丈サイズの左手を挙げて毛繕いをしている狐の銅像が置かれている。

 右側の道には膝丈サイズの右手を挙げて毛繕いをしている狸の銅像が置かれていた。

「狐と狸の銅像……?」
「挙げている手が左右で違うというのは、招き猫を思い出させますね」

 まねきねこ? ああ、お店屋さんの前に置かれている三毛猫の置物だよね。右手を挙げている猫は金運を招いて、左手を挙げている猫は人を招くって言われているんだよね。

「でもどうしてその招き猫と関係がありそうな、なさそうな狐と狸の銅像がこんなところに置いてあるの?」

 誰かに聞いたわけじゃないけど、でも誰かに答えてほしかった質問。それを答えてくれたのは——グルシャアア。魔がい物だった。

「もうここまでっ!?」

 気づけば一メートルもない距離にまで迫って来ていた。背後から迫る化け物、目の前は二つに分かれた道と意味ありげな狐と狸の銅像。前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだよね、昔の人は凄いや!

「なんて感心してる場合じゃないよ」

 一人でボケてツッコミ。なんてどうでもいいことをしてる余裕なんて今の僕たちにはないんだった。本当に生か死か、どちらか一つ。狐の道か、狸の道か。どちらの道も暗闇になっていて先がどうなっているのか分からない。

 僕はどちらの道に進めば——?



Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.223 )
日時: 2018/01/05 10:20
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: f..WtEHf)

 グルシャアア!! 魔がい物たちの遠吠えが聞こえる。じりじりと距離を縮めてくる化け物たち。わらわらとどこからともなく溢れて来る黒の集団。逃げ道は、左右二つに分かれた道しかない。左手を挙げて毛繕いをしている狐の銅像の道か、右手を挙げて毛繕いをしている狸の銅像の道か、そのどちらか一つを選ばないといけない——僕が選んだのは。

「狸にしよう! 行くよ、パピコさん!」
「はいっ!」

 決めてしまったらもう迷わない。後は出口か行き止まりまで走り抜くだけだ。蜿蜒と続く薄暗い道をひたすら駆け走る。背後から聞こえて来る魔がい物たちの声は一向に遠ざからない。同じ距離感を保っているような気がする。

「……もしかして僕達ッ!?」

——手遅れの時っていうのはいつだって同じ展開、気づいた時にはもう既に終わっているんだ。

「ざ〜んねん。無事逃げ切ったら、外の世界へ帰してやるのもありかと思ってたが……元居た場所に帰って来ちまったら話にならねえよなあ?」

 パチパチと盛大に拍手を贈る主はもちろんリアさん。見覚えのある赤い鳥居にもたれかかり、まんまと罠にかかった僕達を嘲嗤っている。周囲一帯には沢山の魔がい物たちで覆い尽くされどの道も塞がれているた。逃げ場は……もうない。真正面からリアさんと向き合うしかここからの脱出法は残されてないかった。

「どうやらあの色欲魔の策にはまり一周して来てしまったようですね」
「そうみたいですね」

 背中合わせに立ち、腰に下げていた剣を鞘から抜いた。本当はこんな事をしたくない。でも生きて現実世界に帰るためにはこうするしかないんだ。魔がい物たちを斬ることでしか……リアさんを傷つけることでしかここから脱出する方法はないんだ、だから仕方ない事なんだ。自分にそう言い聞かせて、今からやろうとしている行為を正当化しようとする。

「もしかして俺と殺る気か? 臆病で虫も殺したことないって顔してた奴がね……ずいぶんと勇ましくなったもんだな?」
「……ヨナの為だったら、なんだってするつもりだよ」

 絞りだした声は震えていた。生きるために動物を殺したことはある。でも自分の為に人を傷つけたことはあるけど、殺したことはない。それだけは絶対に越えてはいけない一線だと思っているから、でも場合によっては超えなければならないかもしれない。目の前に"敵"は僕たちを現実世界に返す気も、生きてここに残すつもりもないようだから。

「口を開けばヨナ、ヨナ、ヨナ! そんなに妹が好きなのかよ、シスコンがっ」

 ハッと笑いリアさんは言った。シスコンの意味は解らないけど、僕を馬鹿にして言っている言葉なのかニュアンス的に理解できる。

「そんなにヨナが欲しいなら創ってやろうか?」
「何を言っているの? 人が人を創れるわけないじゃないか」

 錬金術という魔術で人体錬成というものがあるらしいけど、それは成功しなかった。それのせいでシレーナは左足を失い、アルトさんはお父さんを亡くしたんだ。人が人を創り出すなんて神様みたいな事をしたから。そんな僕の考えを読んだのかリアさんはにんまりと笑い、

「それが出来るんだよなあ。この世界でいえば俺は神様みたいなものだから」

 自信満々に語る。ここは自分の精神世界(プリンセシナ)だから好き勝手自由に出来るんだって、何をやってもやらなくても自由、だから僕が欲しいものだってすぐに用意できるし、嫌なものはなんだって排除できてしまう夢のような世界なんだって……でも。

「それがどうだって言うの」
「は?」
「なんでも出来る凄い世界だとしても、そこに本物のヨナはいない。本物のヨナは今この瞬間も寂しくて辛い思いをして、僕が助けに来るのを待ってる。なのに、僕だけが愉しい世界で幸せになんてなれないよ!!」

 言った。はっきりとした口調で、優しく甘い囁きで誘うリアさんを突き放した。一瞬悲しそうな顔をしていたけど、すぐに何もかもを諦め、重い溜息を吐き、顔を俯せ大きく左右振った。

「……そうかい、じゃあさよならだな」

 最期に見たリアさんの顔は嗤っていた。

——ウウッウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ! 獣の呻き声、周囲を囲う魔がい物たちの声じゃない。出しているのは目の前にいる、リアさんだった人。口から出て来た黒い霧に身体を包み込み、まるでザンクが血解(けっかい)を発動して、ドラゴンに変身した時のようにリアさんの身体が変形してゆく。

 細く色白の肌が綺麗だった身体は黒い岩質のごつごつとした太くものとなり、爪が伸び斬り咲かれそう。頭には矢印の尖がった三角みたいな触手が二本生えて、整った顔は小鬼(ゴブリン)みたいな彫りの深い不気味な顔立ちで、背中には蝙蝠(こうもり)のような大きな翼が二枚生え始めた。少しずつ時間をかけて変わって行くリアさんの身体。僕は今の彼の姿を絵本で見たことがある——今の彼の姿はまるで。

「魔界と呼ばれる世界に住む悪魔一族の端くれ、樋嘴(ひはし)みたいじゃないか……」

——オオオオォォォォォォォォォォォォォオオオンッ!!

 悪魔の咆哮。完全に人ではない何かへと変貌してしまった、リアさんは自分を見失い、自我を失い、真っ直ぐ僕の方へ向かって突進して来て、岩肌の太く大きな腕を日振りかざし鋭く尖った爪で小さな人の身体を切り裂いた。それは刹那の如く一瞬の出来事で、逃げることも、反撃することも出来なかった一瞬の出来事。





 薄れゆく意識の中


  おやすみルシア。いい夢を——



               誰かにそう言われたような気がした。










あれは誰の声だったんだろう……永い眠りにつく僕にはもう関係のないことだけどね。 永眠end

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.224 )
日時: 2018/01/09 11:47
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: WTiXFHUD)

【殺戮人形と呼ばれた少女の物語】の紹介文コーナー!!

この作品は本編【箱庭 第九章 狂犬の最期】からの続きとなっています。
ヒスイちゃんはブルー様から頂きいたオリキャラ様となっています。

※後付け設定な為、ちょっとヒスイちゃんの設定とは違う部分がございます。


+冒頭部分+


とある施設で童女は目覚めた。


産声をあげる前にその声で科学者たちを抹消した。


母に抱かれる前に温かい血で全身を包み込んだ。


母乳を飲む前に新鮮な生き血で喉を潤した。


自我を持つ前に武器を手に取った。


命の大切さを知る前に如何に簡単に命を奪う方法を知った。


成長した童女は何を憂い思う?


暗闇の底から救い出された童女は再びあの暗闇へと帰還する。



。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○

タイトル【殺戮人形と呼ばれた少女の物語】
達筆期間【2017/11/17〜】
長さ【ちょっとした長編】
年齢制限【D(17禁)】
テーマ 【人形】
ジャンル【】
完結図書【】






〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


【感情のない少女の物語】の紹介文コーナー!!

この作品は本編箱庭【第六章 闇と欲望の国 裏カジノ編】後の
話となっております。
上↑同様ヒスイちゃんの過去話回となっています。別世界の話です。これまで歩んで来た過去が全く別物になっています。

※こちらの方がヒスイちゃんの設定に合っているかと思われます。



+冒頭部分+



ねえ__感情ってなんだと思う?


喜怒哀楽怨__人には五つの感情があると言われているそうだよ。


でもね? それは"人"の話。人形である私には関係の無い話。


色々な主様、雇い主様、命令を忠実にこなす操り人形。


無機質で慈悲もなくただ機械的に殺す木偶人形。


人形に感情なんて邪魔な物__必要だと思う?


人形は訊ねる。自分に感情など邪魔でしかない不確定要素があるのか、当の昔に捨てたそれはいる物だったのかと。

主を失った自分がこの世界にいる価値はあるのかと__少年は答える。この世界にとって君は__。



。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○ 。○

タイトル【感情のない少女の物語】
達筆期間【〜】
長さ【】
年齢制限【】
テーマ 【】
ジャンル【】
完結図書【】

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜【偽りの仮面編】 ( No.225 )
日時: 2019/09/03 07:37
名前: 雪姫 (ID: 9nuUP99I)

第十一章 賽は殺りと投げられて-偽りの仮面編-






冷たい



寒い



始めに感じるは凍えるような冷たい冷気



暗い




瞼を開けているのか まだ閉じているからなのか




辺りは常闇のように暗く静かで何も見えない





息をしているのか 心臓は動いているのか





生きているだけで人が発するという音が全く聞こえない




ここは死後の世界というものなのか




落ちる




もぞもぞと身体を這うナニモノか




蠢くそいつはタコの足のような細くそして分厚い腕を狩ら見つけ”私”を下へ引きづり落とそうしている



やめろ……




私はまだ



私にはまだやらなければならないことが——


























***




「……ぉ」

 ん。

「……ぃ」


 んん。


「お……い……ル……」

 あともう少しだけ……。


「いい加減に起きろ! ルシア!」
「ふわっ!?」

 ぬくぬくと暖かく身体を護っていた何かを引きはがされ、護りを無くした身体に容赦なく襲いかかる冷気に目が覚め飛び起きた。
「何々? どうゆうこと??」と辺りを見回す。そうして見つけたのは「くっくっく……やっと起きたか」と嫌に自慢げな。厭らしい下卑た笑みを浮かべたリアの姿だった。

 今日の彼はいつもの黒髪の似合う妖艶の美を兼ね備えた美女(女装)の姿ではなく、わりとラフな、普段からキリッと決めている彼らしくはないは緩めでダルッとしたT シャツに短パンとサンダルと言うまるで近所にある雑貨屋にでも少し散歩に出かけるかのような格好。

 上に来ているTシャツ。デザインから見ておらくは男性物だろう。だが、ぶかぶかでサイズ感がまるで合っていないTシャツ。いつもぴっちりとした自分に合ったサイズの物を身に着けているリアにしては珍しい……いや違和感しか感じない。嫌な予感しか感じないのはルシアの動物的本能ゆえか。

「なーにっぷるぷる小刻みに震えてるんだよー」
「さ、寒いから、だよ!」

 剥ぎ取られた布団を取り戻し鎌倉のようにして包まり防御壁を張る。寒いからというもの勿論であるが、一番は目覚め一番に見たリアの不易な笑みが怖かったからだ。

 "まるで前にもどこかで見たことがあるような”

「別にとって食ったりなんてしねーよ。ほんとっルシアって……」とまで言って手で口を押さえ顔を牛をに向けると肩が小刻みに揺れ出す。どうやら声を殺して笑っているようで、笑っている間もチラチラとルシアの顔を見てはまた噴き出すように笑いそうになるのをぐっと堪えているよで……。

「なんでそこで止めるんだよ! 気になるじゃないか!」
 
 無駄だと知りつつ一応反論のていをみせてみたのだが返ってきたのは。

「アハハハッ」

 堪えに堪えきれなくなって噴き出した笑い声だった。もうと頬を赤らめ膨らませ布団の壁の中に顔を隠すルシア。悪るかってと布団の隙間から謝るリアだが楽し気な笑い声は止まらない。声から悪気がないのは伝わってくる。本当に面白いから笑っているだけなんだとわかるのだがそこまで笑うような事だろうか。まるでケタが外れたかのようにリアは笑い続け最後の方には笑い疲れヒィーヒィーと涙目になっているじゃないか。こんなに笑っているリアを見るのはもしかして初めてじゃないのかと。もしかするとこれってかなりレアなシーンなのではと。布団の防壁から顔を覗かせると。

「え……リア、泣いてるの」

 そこにあったのは瞳から溢れんばかりに流れる雫を笑いながら指で拭うリアの姿だった。

「ハハハッ ハア? あぁ……笑い過ぎてな」

 はぁーはぁーと呼吸を整えるため深呼吸をしながらリアは答える。確かに笑い過ぎると苦しくなって涙が出て来ることがある。リアのそれはそうゆう事なのだろうか。何故だろう。そうゆう風には感じられない。どちらかというと長年ついていた憑き物が剥がれ落ちたような、長年こびりついていたしこりが取り除かれて、晴れやかになった時に流す涙のように感じるのは何故だろうか——


「ふぅーはぁー」

 大きく息を吸い吐く。

「よっし。もう大丈夫だ」

 パンッと手のひらで顔を叩き、不自然なリアからいつものリアへ気持ちを切り替えたようだ。その証拠に「ところでよ——ルシア」彼の口から語られた言葉の先、瞳には先ほどのまでの朗らかな明るさはなく、まるで死者その者のような生気ののない物と化し、

「お前さ、昨日寝てから今日起きるまでの間の記憶 あるか——?」

普段の男性にしてた高い声からは百八十度違う、重く伸し掛かるような低く重圧的な声だった。















第十一章 賽は殺りと投げられて-偽りの仮面編- ( No.226 )
日時: 2019/09/03 07:39
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)

 「お前さ、昨日寝てから今日起きるまでの間の記憶 あるか——?」
突如投げかけられた問い。何故リアがそんな事を突然聞いてきたのか意味が判らない。
真っ直ぐに向けられる真剣な眼差し。いつものような冗談半分で言っているのはないことは一目瞭然だ。声のトーンもいつもとは違う。

 それはまるで幼い頃、ヨナとシレーナと南の町にたまたま偶然来ていた人形技師による人形劇に出て来た怖い怖い悪魔のような低く唸るような声。それその物のように聞こえる。

 昨日寝て今日、今起きたまでのたった数時間の出来事。そんなの寝ているか、お手洗いに起きたか、くらいにしかやる事などない、はず。
何故リアはそんな"どうでもいいこと"を自分に聞く。それになんの意味があるというのか。

「どうしてそんな事を聞くの?」
「先に質問したのは俺の方だ、ルシア」

 答えろよ、と目で促す。
瞬きを一切せずじっと真っ直ぐにルシアの瞳を射抜く。

 ごくりと飲みにい唾を無理やり飲み込む。喉が痛い。

 どくんどくんと鳴る心臓が痛い。

 ぎゅうと胸が締め付けられる様に痛い。

 先ほどまで震えるほどに寒かったはずなのに今は滝のように流れる汗が止まらない。身体が冷える。手先足先の感覚が奪われていく。寒い。

「どうなんだ——ルシア」
「ぁ……あ……ぁ」

 何か言わなくては。リアはきっと何かを誤解している。だからこんなにも怒っているのだろう。だからこんなにも友人の事を怖いと思ってしまうのだろう。言わなくては自分は何も知らない、君は何か勘違いをしている、自分は昨日何も——と頭の中で整理すると記憶の中にぽっかりと空いた穴がある事に気が付いた。


 昨日まで自分が何をしていたか、それは覚えている。
かつて女神共に邪神と闘った英雄の達の遺産、強大な力が封印されている遺跡のうち三つ目、和の国コローナ島にある王家の墓でドルファフィーリングの暗殺者(アサシン)エフォールを倒す……いや殺した自分達は一度和の国から仮面の国へ飛行船で移動して、それからさらに北にある氷山に囲まれた国、北の国に向けて旅を進めたんだ——












 

                            ***





 ぶぉー。
鼻に何かが詰まったような低い獣の鳴き声。

 ぶっふ、ぶっふ、ぶっふ。
のしんっ、のしんっ、と地面に降り積もる雪を踏むたびに吹き出される力強い鼻息。


 しとしとと粉雪が振る森林の中をからからと雪にタイヤの跡を付けながら進む一代の荷車とそれを引く馬とも牛とも見える剛毛な毛で全身を蔽われた一匹の化け物、いや一匹の獣だ。
先程からずっと静かな森林に響き渡っていた獣の鳴き声はどうやら彼のものだったようだ。

 ぶぉー。ふぉー。
リズムでもとっているのか獣は楽しそうに、そして嬉しそうに、リズミカルな足取りでダンスでもしているかのように雪を踏みしめ、歌でも歌っているかのように野太い鳴き声を森林に一帯に響き渡らせる。
凡人には判らないが聞く者が聞けば、彼と同じ生き物たちが聞けば、これは美声と呼べるものなのかもしれない。

 獣のダンスに合わせて大きく揺れる荷車の中では。

「うおぉぉぉ落ちるぅぅぅ!!」
「馬っ! 歌ってないでちゃんと前みて歩け!」
「あわわ……」

 客人たちが揺れる荷車から振り落とされないようにと必死になって縁にしがみついていた。
落ちる落ちると繰り返しつつも、その声は嬉々爛々で荷車の中央でぴょんぴょんと跳ねて喜びのまいを披露しているランファ。
 荷車を安全に引くはずが自分の世界に浸り楽しんでいる獣に文句を言っているリア。その細くてもたくましい両腕で振り落とされないように抱きかかえられているのは、この混沌(カオス)した空間で何故か熟睡中シレーナと盲目だからなのかこの状況を何故か楽しんでいるヒスイ。
 その横であわわとオロオロしているのがシルだ。おそらくここにいる者たちの中で一番、一般人に近い感性を持つ彼女はとにかく荷車の縁につかまりオロオロしている。たまに横目の視線ではしゃぐランファを捉えつつ、心の中で「ランファちゃん、危ないから座ってー! 後生だから!」と念を送ったりなど慌ただしくオロオロしていた。
 
「御者さんっ! 牛さんを止めて下さい!! このままじゃ僕たち落ちゃいますから」

 本来は安心、安全に、客を目的に届けるはずの御者に、皆を代表して文句を言ったルシアだったのだが。

「うおおおお!!」

 残念な事にその小さな訴えは、愛する家族との二重奏を愉しむ、全身白銀色の鋭く尖った剛毛で覆われたこれもまた何かの化け物の一種ではないのかと思える御者の山をかち割れそうな雄叫びでかき消されてしまった……。


「誰だ! こんなヘボ御者に乗ろうって言ったのは!!」
「仕方ないでしょ! お金がないんだから!!」

 旅とは常に金との闘い。
何に費やし、何を節約するか、それが要になってくるもの。
だが残念な事に今この荷車に乗っている者たちに"まともな金銭感覚"というものを持ち合わせているものなどいない。

 ルシアは言わずもがな。寂れた村の出身のため、金銭で何かを買うというよりも自分の欲しい物と相手の欲しい物を交換する、物々交換の方が専ら支流だったからだ。

 ランファはそもそもこの世界の流通硬貨を持っていない。そして物価の価値、相場というものを全く知らない。彼女はこの世界についてあまりにも無知なのである。

 シレーナも前者二人と似たような理由であり、そして無欲だ。金銭に興味がなさ過ぎて宵越しの金は持たない、スタイル落ち着いたそうだ。祖父との二人暮らしではそれでも良かったのかもしれないが、旅人してはアウトだ。

 シルは元々賞金稼ぎ屋だったから。大会などで一発どかんと当てまくっていたため、金に困ったことがないのだ。少なくなったらまた大会で優勝すればいいだけなのだから。

 リアも似たようなもの。元々が富裕層のお坊ちゃまであり、海の国ではそれなりの地位でいたためそもそも何かをするのに金銭が発生しなかったのだ。するとすれば"気持ち"を相手に渡すくらいか。

 ヒスイは物心が付く前から暗殺者(アサシン)として育てられたため、表社会のルールなど知識としてしか知らない。教え処で教科書を読んだ程度の知識しかない。それ以上の知識が必要になる場面がなかったから。

 よって狂った金銭感覚しか持ち合わせていない者たちだけで旅をすればニ三日で金欠に陥る。
一応シルが金庫番を担っているが毎日の食費、泊る宿代を捻出するだけでもやっとのようで、今回もなけなしの金を捻り出し格安の馬車……もとい毛むくじゃらの化け物が御者をやっている、ふきっさらしの荷車に乗る他なかった。嫌々仕方なく。

第十一章 賽は殺りと投げられて-偽りの仮面編-  ( No.227 )
日時: 2019/09/03 07:41
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)



 ぶおーん。ぶおーん。
と、大きく身体を、荷車を揺らしながら、獣は歌う、踊る、どこまでも。

 うぉぉおおおお。
獣の歌と二重奏を愉しむ御者の耳を攻撃する歪な雄叫びは森林中に響き渡る。どこまでも。

 落ちるー。落ちてしまうー。
言葉とは裏腹に楽しそうんにはしゃぐランファのキャッキャッとした声は同席している仲間の耳には届かない。どこまでも。

 ぶおーん。うおおお。落ちるー。
混沌と化した荷車を納められる勇者などここには居ない。この場を鎮められる聖者などこの場には居ない。

 嫌だなんだと言う前に持ち合わせがなく渋々こにこの業者を選んでしまったルシアたちにはもうすでに辛抱するとういう選択肢しか初めから設けられていないのだ。その事実に気が付いたのは何時の事だっただろうか……出来ればこの業者の荷車を選ぶ前に気付いておきたかった。

 誰かが大きな溜息を吐いた。それは自分も同じ気持ちだと皆頷く。
騒音でしかない獣達の舞台劇はどこまでも続く。嗚呼どこまでも。













                ***






……かのように思われたが。



「や……やっと着いたぁあああ」

 今回の目的地である北国の中心都市"ルーンベール"

またの名を霊峰の頂きに建国する幻想都市"ルーンベール"の入口。
下界と上界を分ける巨大な門に到着した為、爆音とも呼べる舞台劇は終わりを告げたのだった。
得に拍手喝采を送りたい気分ではないのだが、地獄から解放された喜びと色々とあったが最後はちゃんと無事に送り届けてくれてありがとうの感謝の気持ちを込めて、劇の主役である業者と獣に暖かい拍手を贈る。

「おおぅ」
「ぶほーん」

 少し照れくさそうに業者は頭を掻き、獣はとてもいい気持ちのようでえっへんと言った感じに自慢げな顔をしている。
見た目にかなりインパクトのある両者だが本当はかなりいいヒトなのではないのかと思わせる和やかな光景だ。

「ね! ね! ね? あたしは!? あたしは? あたしは!?」

 若干一名空気の読めない可哀想な娘が居るが……。
ランファ目を爛々と輝かせ、鼻の先がくっつくのではないかというくらいにルシアに顔を近づける。鼻息が荒い。くすぐったい。

「えー……えーえっとねー」
「残念!」
「ハァア!? ナニが!? 完璧を極めてしまった系美少女のランファちゃんのナニが残念なんですかねぇリーアーさーんぅ?」
「そうゆうところ」
「八ッ! 傷ついた! 今、あたしのガラスハートは大きく傷つけられました!」

 胸に手を置きいつものオーバーなリアクションでランファゆらゆらと舞う。それはまるで劇に出る役者のように。まだ余韻から抜け切れていないようだ。
「嗚呼。なんてカワイソウなあたし!」おそらく内容は悲劇のヒロイン、ランファと欲にまみれた色欲魔リアの恋のトライアングル的な物なのだろう。チラチラと視線がヒスイの方へ向けられている。頭の中ではどんな物が繰り広げられているのやら……いい迷惑を被っているであろうヒスイに視線を向けてみると。

「……ふふ」

 まるで母親が我が子をあやす時のようなy優しい微笑みで奇行を繰り返すランファを見守っていた。
海の国で起きたあの事件以来ヒスイの雰囲気が変わったように思える。分厚く被っていた皮が人皮むけたような……重い荷物を一つ下し荷が軽くなって晴々としたような……鉄のように何十も重なった仮面(ペルソナ)を全て脱ぎ捨てたような……。
 

 そんな幾重にも重なる罪の十字架から解放された彼女の顔は似つかわしくない血まみれの殺し屋などではなく、年相応の可愛らしい少女のものへと変貌していた。
奪った命は帰って来ない。根本的な解決などからは程遠いのだろう。だが今ここで彼女に「幸せか」と問うた時に満面の笑みで「幸せだよ」と答えてくれたならそれでいい。今はまだそれだけで十分だ。





第十一章 嘘ツキな臆病者-氷国の民編- ( No.228 )
日時: 2019/09/07 06:19
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)

「ふげぇええええええ」

 情けないランファの泣き声が雪降り積もる白銀の森に響き渡る。
ああ。またリアに言い負かされたのか可哀想に……あとでお菓子でも買ってご機嫌とりでもしてあげるかな。などと思いながらつまらない口喧嘩をしているリアとランファの方へと視線を向ける。

「えぇ。そうなんでございますニャー」

 そこには見慣れなぬ格好をした女性がまるで喧嘩を仲裁してるかのように二人の間を割って入る位置に立っていた。

 しとしと降る粉雪が頭に降り積もっているからなのか、それとも地毛なのか、雪のように白く綺麗な長い髪の女性。肌の色も透き通るように白く太陽の光の加減では本当に透き通ったように見える。
 着ている服装は全裸に近い毛むくじゃら(毛皮と言う名の全裸なのかもしれない)の業者とは違い、かの国で見た和服と呼ばれてる何枚も布を這おわなければいけないあの独特な服装をさらに独特的に改造したようなもので、寒くはないのか両肩を出し胸元ははだけた状態で足元もかの国の女性たちが着ていたものとは違い、裾丈は膝丈くらいと短く腰から左脚にかけて真っ直ぐ縦に斬り裂かれている。
中になにか撒いている、もしくは履いているため下着類は見えないが上半身と併せて危ない危険性を感じさせる衣装となっているのだが、それだけでは止まらず。

「お客様の事はこの耳がぴこーんっとキャッチしましたニャー」

 頭の上に装着された狐の耳を模した装備品(アクセサリ)。俗にいうキツネミミというものだ。キツネミミが頭にあるのなら当然お尻には狐の尻尾を模した装備品も服の上から装備されている。
何度も言うがこれらは装備品だ。人型の(見た目から恐らくヒュムノスだと思える)彼女は当然耳は人と同じ位置に二つ存在しているし、尻尾なども存在しない。
そして狐を模した装備品を付けているにも関わらず「ニャー」何故か語尾は猫語だ。

 一見ただの変人、奇人のように見られるが"ただの"ではなく。

「お泊りならぜひっうちの"ゆきだるまコンコン亭"へ」

 ルーンベールの入口で旅人あいてに商売をやっている商人であり同時に安らかな安眠を提供する宿屋の主人だったようだ。
見た目のインパクトの方が強烈過ぎて初めに紹介された内容は全て吹き飛んでしまったようだ。

「だーりんならきっといいカモじゃねぇーや……素敵なお客様を連れて来てくれるって信じてたニャン」
「うおおおおおおお! うっほ。うっほ」
「やーん。照れるニャン」

 理解できない状態に脳が思考を停止(フリーズ)してしまったようだ。



 "ゆきだるまコンコン亭"


 何も知らずに北の国、ルーンベールにやって来た旅人にあこぎな商売を行っている別名"ぼったくり宿"
だがルーンベールを訪れる旅人の約八割はここに止まらざるおえないらしい。それは何故か? 理由は簡単、昨今の北の国は国王が変わり新たに即位した女王陛下の元で統治が行われているからだ。
何を思ったか女王陛下は法律の全てを改変しルーンベールに入れるのは女王陛下の許しを得た一部の行商人か、元から住まう北の国の住人雪女(スノウ)と雪男(イエティ)しか入国できないようにしたのだ。
元から鎖国的だった北の国の鎖国化はさらに進んで行き今で商売をすることが許された一部の行商人からしか国内部の情報が得られなくなっている。

 当然だが旅人皆が商人な訳がない。皆が女王陛下に入国を許されるわけではない。
雪女と雪男は元から北の国出身。身体的な特徴、そして生まれ持つ能力から北の国もしくは寒い地方でしか生きられない身体のため外からくる旅人で彼らの仲間が来ることはあまりない。

 よって旅人たちはルーンベールの玄関前にどんっと構ええる宿がかなりのぼったくりだと知りつつも、ゆきだるまコンコン亭にこぞって訪れる。
何故なら宿はここにしか宿がないから。泊ることを拒否すれば極寒の寒空の中、野宿をする羽目になりほぼ確実に凍死することになるからだ。
夫の化け物こと雪男の業者が客をここまで運び、そして妻の狐風の雪女がルーンベールには入国できない事実を告げもう日が沈みます今日はうちの宿へどうぞと誘い金をぼったくる。これがぼったくり宿がだいはんじょうしているからくりだ。
ランファの情けない泣き声はリアに言い負かされたからではなく、どうやらルーンベールに入れない事を聞いたからのようだ。

 実はヒュムノスではなく雪女だった店主と実は化け物じゃなかった雪男の業者たちの案内の元、慣れない雪道に足を取られながらもこけないようにに気を付けざくざくと積もった新雪の道を進む。
すると上の方から尖ったナイフのような……でもどこかとても懐かしい声が。

「……ようこそ。ぼったくり宿ゆきだるまコンコン亭へ」
「……エリス!?」

 顔を上げるとそこに居たのは不機嫌そうに屋根の上から雪下ろしをしているエリスの姿があった。
彼女に会うのは和の国以来か。ルシア以外の仲間たちは皆初対面のためきょとんと首を傾げている。あぁいやランファだけは「またあたしの知らないところで新しい女の子とイチャコラしちゃってー。あたしがオッケー牧場した人しかダメって何度も言ってるのにー」と一人ぶつくさ言っていたがそんな事はどうでもいいとあっさりと無視をし、ルシアは反射的にすぐに「どうしてキミがここに——」とエリスに訊ねようとしたのだったが。

「見てわからない? 私今仕事中なのだけど?」
「あ……はい……すみません」

 言い終わる前に尖ったナイフで一刀両断されてしまった。

 ま、ま、とりあえずまずは宿に入りますニャーと雪女の言葉に従いエリスとはいったん別れ一行は建物の中へと入って行く。皆が入って行く姿を屋根の上からじっと見ながらぽつり。

「コロシアムで死者が出たって聞いたから慌てて追いかけて来たけど……なによ、全然元気じゃない。 ……心配して損した!」

 大きくすくいあげた雪を下へ投げ捨てる。

「元気なら元気だって連絡の一つもよこしてくれたっていいじゃない!」

 また大きく雪をすくい下へ放り投げる。

 "誰か"に対して文句を言うたびにエリスは沢山の雪を下へ下ろす。
気のせいか。"彼"と再会する前と後で雪下ろし作業の進むペースが違う気がするのは気のせいか。
エリスの頬がほんのり紅潮しているように見えるのは気のせいか。夕日のせいか。



第十一章 嘘ツキな臆病者-氷国の民編- ( No.229 )
日時: 2019/09/13 08:19
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)


「建物の中に入る前に一度雪を落としてニャー」

 宿主である雪女の指示に従いルシアたちは宿の中へと入る。

「……暖かい」

 宿の中は極寒地獄と言える外とは違い、極楽天国と言えるくらい暖かい。
入口。玄関先から見える大きな部屋の中央に巨大な暖炉が見えた。
大量の薪を飲み込んだ炎は轟々と燃えたぎり一歩間違えば床に挽いてある毛皮の絨毯に引火するのではないかと冷や冷やものだ。

 暖炉の火の大きさに注意を向けつつ厚手の上着を脱ぐ。
北の国は極度に寒いと聞いたため、寒さ対策にと途中一度海の国にあるリアの実家により拝借してきたものだ。

 ルシアにとっては狩った獣の皮を剥いで羽織っているだけに思えたが、使われている獣が希少種で今現在は絶滅危惧種に認定され入手困難になっている限定品(ウルトラレア)なのだとリアが鼻息荒く語っていた。……が、正直なところ一般庶民にそんな高価な物の価値など分かりもしない。

「……ルシア!」

 毛皮に気を取られていると声をかけられた。振り向くとそこにはいつになく興奮気味のシレーナが立っていた。
この興奮の仕方はあまりよろしくのない興奮の仕方だ。ありたいていに言うのであれば面倒くさそうな出来事も序章とでもいうか。

 どうしたの。と声掛けと共に身体もシレーナの方へと向ける。そしてぎょっと驚いた。

「あの……シレーナさん? 今キミが持ってるそれって……」
「山羊の血を吸う物《チュパカブラ》……」

 シレーナが持っていたのは海に漂う藻のような濃い緑色の皮膚に昔絵本で見た全身銀色の謎の生命体グレイによく似た楯に細長い卵のような黒目をした未確認生物。

「……のあたま」

 ……を。嬉しそうに手に持ちぱふぱふと頭のふくらみを横から押したり引いたりし楽しんでいる。

「…………」

 どうしよう……反応に困る。それが正直な感想だった。

 シレーナは本好きだ。本の虫とも言えるくらいに本を読むのが好きだ。
そのこと自体は可愛らしいもので特に文句があるわでもなく、財力と時間とが許せばいくらでも好きなだけ本の世界へ浸らせてあげたいと思っている。

 だがシレーナの変な趣味というか。悪趣味というか。
彼女は本から得られる新たな知識への快感に目覚め色々な事象や歴史、生物などを目の付くところから片っ端から調べて行くにつれ、気づけば国中にその目撃例はあるが未だ詳しい生体情報が明らかになっていない未確認生物たちの虜となっていた。

 今彼女が持っている……チュパカブラだったか? も然り、今のお気に入りの未確認生物だそうだ。
普段あまり見せない恍惚としたうっとりとした笑みでチュパカブラとは何かを熱く語っている。
……正直わからない。語られている内容はとてもど素人で太刀打ちできる代物ではなく、彼女と同じ熟年の玄人にしか付いては来れないだろう。
その事実を何度か伝えようと。自分では力不足だと言おうとしたものの。

「……それでね」
「う……うん。すごいね……」

 言えない。言えるわけがなかった。
普段からは考えられない目を爛々と輝かせ饒舌に話す彼女を前に何も言えるわけがなかった。
今日も良く分からない話に相槌を打たねばならないのか……と軽く溜息を吐いていると。

「やっばいよ!!」

 何がどうやばいのか。ランファが暖炉の見えた大きな部屋から乱入してきた。

「どうしたのランファ?」
「どうしたのランファ? じゃっないよルシアー!!」

 こちらもこちらで負けじと悪い方向で興奮している。

「あったの! あったの!!」
「あったって何が? あと腕を引っ張らないでっ痛い」
「とにかく来て!」

 反論虚しくランファに無理やり引きずられるようにして暖炉のある部屋へと連れていかれた。

「……ぅ」

 暖炉が目の前にあるせいだろう物凄く熱い。汗がどばどばと滝のように流れてくる。
それに何よりも部屋の中が異常だった。

「頭……頭頭……頭頭頭?」

 ここの宿主は頭収集家(頭部コレクター)なのか部屋の壁には様々な動物の頭が飾られていた。

 定番のトナカイ、シカに始まりシロクマ、ペンギン、アザラシ、オオカミ、キツネなど北の寒い地方にいそうな動物たちの首から上の頭ばかりがずらっと横一列に部屋の壁全体に合わせそれを囲うようにして飾られていた。

 正直にいっていいだろうか。吐きそうだ。

 狩猟の村出身のため狩人がこのようにして狩った獲物を部屋の壁に飾り勲章としているのは知っている。実際にそうしている家もいくつかあった。
だから見たこと自体はある。でもここまで異常ではなかった。故郷にいる村人たちはここまで異常ではなかった。

「あーたーまーじゃなくてこーれ!!」

 入ってすぐ目を引く頭に気を取られていたルシアの腕を大きく振り上げランファは暖炉の上に飾られているひとつの額縁を指さす。
金色輝くとても豪華な額縁だ。いったいどんなお宝(レア物)が飾られているのだろうと覗き込み落胆した。

「ビックフッドさんのあしあとだよ!!」
「…………」

——勿体ないくらいに豪奢な額縁に入れられていた"それ"は大きな御者の足跡だった。





第十一章 嘘ツキな臆病者-氷国の民編- ( No.230 )
日時: 2019/09/13 10:00
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)




「はぁぁぁぁ」
「はぁぁぁぁ」


 大きく吐き出したルシアの溜息が誰かの声と重なった。何かあったのか? 様子が気になり見に行こうとするがランファに腕を持たれ引き留められた。

「ねぇーねぇーってばー」
「はいはい。またあとでね」

 ビックフッドさんとはなるたるかをまだまだ熱く語りたいランファを少々雑にあしらい、声のしいた玄関口の方へと向かう。
背後からぶーぶーと文句を言うランファの声が聞こえていたが、ルシアが玄関口に着くころには二人仲良く未確認生物談義で盛り上がっていた。
ようは熱く語ることができ、聞いてくれる人物がいてさえくれれば、相手は別にルシアでもなくていいということだ。
二人とも誰かに自分の趣味の話を聞いてほしかっただけなのだ。



「——どうしたの?」

 顔を覗かせ訊ねる。

「はぁぁぁぁぁぁあああ」

 返ってきたのは先ほどよりも深いシルの溜息。

「いやー。持ちってのも大変だなー
「くすくす……そうだね」

 と、それを茶化すリアとヒスイの笑い声だった。
何か白い紙を持つシルの手がぷるぷると震えているように見えるのは気のせいか。

「き、君たちね……」

 いや。気のせいではない。顔を伏せたシルの言葉の節々には怒りの感情が現れており、紙を持つ手にさらに力が込められ、しゃりと音をたてた白い長方形型の紙はその形を変えくしゃくしゃの紙くずとなり果てようとしていた。
慌ててルシアは三人の間に割って入る。

「ま、まあまあ。落ち着いてシル。何をそんなに怒っているの?」
「あ……ルシア君」

 顔を上げルシアの存在に気付くとシルは紙を握りしめる手を緩めた。
ほっと一息つく。見る前に紙が無残な姿にならなくてよかったと。

 見ても? と一度シルに断りを入れ彼女の手から紙を抜き取る。
くしゃくしゃになっているため少々読みずらい部分もあるがどうやらこれは宿に宿泊する際のルールなどが書かれた案内用紙のようだ。
朝昼晩に出される食事の時間やメニュー変更の仕方、宿を出てすぐ傍にある露天風呂に入れる時間帯及び入るにあたってのルール、夜間宿内の行動についてなど色々細かく注意事項が記されていた。

 特にシルが怒る原因になるようなものなど見当たらない……と、思った刹那、紙の一番下の部分に小さく米粒のような字で書かれた宿の宿泊料金が書かれた欄を見つけたのは……。

「一泊一人金貨一枚!?」

 高い! 文句というより驚きが怒りを通り超す値段の高さ。
街などにある一般的にある平凡な宿だと大体一泊一人銀貨十枚くらいといったところで、少し寂れた安い宿なら銀貨五枚、さらに寂れた村などにある宿だったら銀貨一枚か銅貨三十枚ほどだろう。
王族や大貴族さま御用達の超高級宿ならば金貨何百枚とくだらないが、こんな山奥のしかも一般人を相手に商売をしている宿で金貨一枚は高い、ぼったりくりだと訴えたくなるレベルに高い。

「ぼったくり宿恐るべし」

 拳を握るシルの手に力が込めれる。旅の金庫番は今手持ちの硬貨とここでの宿泊費とこの先必要になる出費三角形(トライアングル)に囲まれ頭を抱えたく思っているようだ。
手伝ってあげたいのだがあいにく金銭に強い者は彼女しかいない。狂った金銭感覚しか持ち合わしていない者からすればこの状況の打破なんて。

「金貨なんて実家帰れば腐る程あるんだけどな……そもそも海の国じゃ顔パスだったから金なんて使ったことないんだよなー。
 なあ? 金のやりくりってそんなに難しいもんなのか」
「うっさい、黙って、つかえない、ボンボン!」
「お、おう……」

 実家に帰れば俺さま最強などと抜かしたり。

「そんなに困ってるのなら……色仕掛けでもかけて宿泊料まけてもらう?」
「色仕掛けってなに!? とうゆうより誰に掛けるんですか! まさかあの毛むくじゃらに!?
 冗談ですよね! 冗談だと言ってー本気だったら本気で殴るから!!」

 大体の事は暗殺すれば解決したため暗殺しない方向で片づける=色仕掛けしか浮かばなかったりで全く役に立たない。シルの怒りも限界だ。

「二人とも邪魔しかしないんだったらちょっと離れてて!」

 これ以上怒られたくない二人はそそくさとランファとシレーナが未確認生物談義で盛り上がっている暖炉のある部屋へと退散していった。
玄関口に残されたのはうーと呻き声をあげ頭を抱えるシルとそれを呆然と眺めるルシアの二人。

 ……どうしよう。
皆の為に頭を抱え真剣に悩む彼女になんて声をかけようかと、悶々と考えていると。

「貴方の仲間って馬鹿ばっかりで面白いわね」

 背後から声をかけられた。振り返ると。

「エリス!」
「ふん」

 つんとそっぽを向いたエリスが立っていた。霜焼けしたのか顔が少々赤い。
エリスはルシアの横を素通りし纏っていた厚手のコートをコート掛けにかけ何事もなかったかのように暖炉のある部屋へと向かおうとする。

「あっ待って」

 その姿を自然の流れでルシアは追いかける。
立ち止まったエリスにぶつかりごめんと謝ろうとするルシアの言葉を遮り、エリスは頭だけ振り向かせ顎でくいっと指しまだ呻き声をあげ頭を抱えているシルを見つめた。

「あれほっといていいの」
「あ」

 エリスに指摘されたから、ではないがやはり頭を抱えたままの彼女を放って置くことは出来ずルシアはシルの元へ駆け寄った。
自分から遠ざかっていくルシアの背中を見てエリスはまた。

「ふん」

 と、鼻息を鳴らした。