複雑・ファジー小説

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.220 )
日時: 2017/12/19 11:05
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: lEZDMB7y)

[受け入れる]


「そう……だよね。忘れて思い出せないって事はその程度だってことなんだよねっ」

 僕はリアさんの誘いを受け入れることした。

「お祭りの楽しみ方とか教えてよ、リアさん」
「よっし、きた」

 満開の、向日葵のような笑みを浮かべてガッツポーズ。いつもは変な事ばかりしてるリアさんだけど……やっぱり頼りになる時は、すっごく頼りなるんだよね。

「ご主人様!? そんな、色欲魔なぞに頼らなくても、お祭りの楽しみ方くらい私がそれはもう手取り足取りお教えしてあげますのにっ」

 なんだか背後から桃色の熱視線を感じるような気がするんだけど……気のせいかな?
まだリアさんの胸板にしがみつくいていた僕は顔を上げて、アイコンタクトで聞いて見た。それに気が付いてくれたリアさんはウインクを一度すると、

「ヒステリックBBAことなんざ、ほっといて行くぞー!!」

 腕を掴み人混みの中へ引っ張って行った。がやがやと賑やかな人の声に混じって背後から

「きぃぃぃ!!」

 ってパピコさんの悔しそうな悲鳴が聞こえたのは……さすがに気のせいじゃないよね?




                  †



「まずはこれで遊ぼうぜっ」

 と、言ってリアさんが立ち止まったのは足元に踝くらいの深さの水槽が置かれた屋台だった。
屋台の上に張られたいるテントには【金魚すくい】って書かれてあった。
金魚と言う生き物は村の図書館にあった図鑑で見たことがあるから知ってるよ。赤と白のまだら模様が可愛い小さな生き物だよね。
足元にある水槽にも赤と白のまだら模様の生き物が泳いでいるみたい……ん?

『ぎょーン』
「これっ金魚!?」

 変な鳴き声をあげている、赤と白のまだら模様の細長い身体で口元に髭が生えている生き物が水槽の中を自由に泳ぎ回っている。これはどう見ても金魚じゃない……むしろこれは……

「鯉ですね」
「あっ。パピコさん」

 いつの間にか隣にいたパピコさんが口を開いた。そうだよ、この魚も図鑑で見たことがあるよ。そっかー鯉か……じなくて!

「なんで鯉が泳いでいんですかっ」
「金魚すくいならぬ、鯉すくい、な? おつだろ?」
「どこがですか……」

 冷たい視線でリアさんを睨み付けるパピコさん。確かに金魚すくいって書いてあるのに、鯉すくいはないよね。と、ゆうより鯉なんてどうやって取るの?

『はいよー』
「わっ」

 水槽を挟んで反対側でパイプ椅子に座っていたおじさんが急に何かを投げて来たよ。落とさないように、受け取ったそれは……

「デカッ」

 先が丸い針金のような棒に白い和紙を張り付けたもの。でも円の直径が五十センチくらいあって、とにかく重い! 両手で持っているのがやっとで、まともに立っていることも出来ない……あわわっ。右へ寄れ、左に揺れ。

「こんなに重かったら、鯉もなにもすくえないよ!」
 
 隣に居るリアさんに言うと、

「そりゃそうだろ。やるきねーもん」

 けろっとした表情で彼は言った。

「駄目じゃん!!!」

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜 ( No.221 )
日時: 2017/12/26 12:04
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: hdgWBP0m)

 小さくて可愛い金魚をすくいにやって来たはずなのに、なぜか大きくてあんまり可愛くない鯉をすくわれそうにになっちゃった……。屋台のおじさんには悪いけど、鯉すくいは低調にお断りさせてもらいました。だって、鯉なんて貰っても旅をしている僕達には飼ってあげれないから。あ……それは金魚でも言えたことだったかも。どっちにしても持って帰れなかったみたい。

「……ちょっと残念だな」

 ぽつりと呟いた僕の脇を沢山の人たちが素通りして行く。左右に並ぶ屋台に挟まれた道のど真ん中で立ち尽くして、ぽつぽつと考え事をしている僕の事なんて誰も見たりなんてしない。みんな家族、夫婦で楽しそうに笑い話していて、他の事になんて興味がないって感じだ。真っ直ぐ真正面からやって来た人も、近づいて来たら自動的に横へ避けて僕の脇を通って行く。

「なんだろう……この変な感じ。まるでここの人たちに僕の姿が見えていないような。みんなが見ない壁を避けているように見えるのは、どうして?」

 言葉にして出してみた疑問に、答えてくれる人は誰もいない。
それはみんなに僕の姿が見えていないから? それとも——

パンパンッ

「ふぅ」
『すげえや! このあんちゃん、百発百中で景品に玉当ててるぞッ!』

シュッシュッ

「ふふんっ」
『凄い! この姉ちゃん、百発百中で景品に輪っかかけてるぜッ』

 それとも、屋台で遊んでいる二人にみんな釘付けだから?

 正面から見て左側に建てられている、猟師さんが使うような細長い銃にコルクの玉を入れて、それを並べられたぬいぐるみとかの景品に向けて発砲、景品を落とすことでゲット出来る【射的】と呼ばれるゲームの屋台で遊んでいるのはリアさん。
始めてからずっと全ての玉を当て、並べられている全ての景品を手に入れそうな勢い。屋台のおじさんは半べそかいて、見ててずっごく可哀想な気持ちになってくるよ。

 表面から見て右側に建てられている、斜めになった板に番号が書かれていて、その上に等間隔に棒が立てられている。棒に紐を編んで作った輪っかを投げてひっかけることで書かれた番号の景品が貰える【輪投げ】と呼ばれるゲームの屋台で遊んでいるのはパピコさん。
始めてからずっと全ての輪っかをかけているから、用意された景品を全部手に入れそうな勢い。屋台のおじさんはもう大号泣で何かをぼそぼそと呟いているよ。

 二つの屋台は道を挟んで向かい合うように建てられていた。二人の好プレーを観たい野次馬さんたちが道を塞いでいる。僕はとちらにも加担せず、道のど真ん中で立ち尽くし、二人を呆然と見つめる。

「……早く終わらないかなあ」





  
                  †



「この紐はご主人様と私を繋ぐ運命の赤い糸なのですね♪」

 いえ、パピコさんが掴んでいる紐は白色ですよ。

「寝言は寝て家よ? BBA。俺のはニシキヘビの如くぶっとくて丈夫な、ルシアとの友情の紐だけどな」

 いえ、リアさんが掴んでいる紐はごく普通サイズの紐ですよ。

「なんですって!? でしたら私のはアナコンダの如くです!!」

 …………。

 射的屋さん、輪投げ屋さんで景品を総なめした二人が次にターゲットに選んだのは【ヒモクジ】と呼ばれるゲームの屋台。
目の前にある大きな箱の中に色々な景品が入っていて、そこから沢山の紐が伸びている。紐を引いて引っ張り上げた景品が貰えるゲームらしいんだけど……二人はなぜか言い争いをしていて中々紐を引こうとはしない。

『まだひかねーのかよぉ』
『はやくひけよー』

 僕達の後ろには順番待ちをしている沢山の子供たちが並んでいた。僕はその子たち一人一人にごめんね、あともう少しだけ待ってね、と言って回る。

「うるさい! ガキは黙ってろ」
「これは大人の勝負なのです! 子供は口を出さないで下さいまし」

 駄々をこねる子供たちをキッと睨み、鬼の形相で言う二人。

「お……大人げない」




                  †




「ふぉおおお」

 沢山の屋台を回り、沢山のゲームで遊んでいる二人を見て持ちきれない程の景品を手に入れた僕達が最後にやって来た屋台は、

「まさかBBAと張り合う事に集中しすぎて金をすべて使い果たしてしまうとはっ」
「私としたことが、まさかご主人様と初めてのお祭りを満喫する前にこんなぱっとでのぽっとでの野郎なんかにお金を使い尽くしてしまうなんてっ」

 桜色に着色されたラムネ菓子の板に模様が描かれていて、その模様の通りにくり抜く【型抜き】と呼ばれるゲームの屋台だ。
模様には値段が振り分けられていて、綺麗にくり抜くことが出来ると書かれた金額が貰えるそうで、ほぼ全てのお金を使ってしまったリアさんとパピコさんは、握りしめた最後の硬貨で一攫千金を狙ってるみたいだ。

「待ってろ、ルシア! この型抜きで成功したら、お前に俺のチョコバナナ食べさせてあげるからな!」

 チョコバナナ? あのバナナにチョコをかけたお菓子のこと? 食べたことないからそれは楽しみだ。頑張ってと、リアさんを応援した。

「バナナですって!? なんてはしたない!
 そちらがその気なら、私はご主人様のフランクフルトをいただきます!」

 バナナの何がいけなんだろう……? あとごめん、パピコさん。僕、今一文無しだからフランクフルトをおごってあげらてないよ……。

「ふぉおおお」

 背後から二人の頑張りをみているけど、なんだろう。この二人から発せられているどす黒いオーラのようなものは……。なんだか身の危険を感じさせるような、本能的な意味で危険を感じさせるこの不気味なオーラは何なんだろう……?





 数分後。

「いやー」
「おほほ」

 二人は互いの顔を見つめ合い。

「駄目だったな」
「駄目でございましたね」

 大きな声で苦笑した。

「二人とも見事に最後の一手で粉砕してたよね、ラムネ」

 二人は笑うのを止めて僕の方を向き、少し悔しそうに言う。

「私、こうゆう繊細な作業は苦手でして……」
「俺は壊すの専門だからな……」

 確かに二人のとも色々な意味で破壊的な人ですもんね。と、言ってしまいのうなった口を慌てて塞いだ。落ち込んでいる二人にこんな止めの一言は言う事なんて僕には出来ない。

「で、ルシア。祭りはどうだった? 楽しめたか」

 近くにあった鳥居にもたれてかかり、腕を組みそう僕に訊ねた。

「ご主人様と二人っきりになれなかったのはいささか残念でしたが、それなりには楽しめましたわ」

 少し棘のある言い方でパピコさんが僕の代わりに答えた。リアさんと向かい合うように反対側の鳥居を背もたれにして立つと、パピコさんも横へやって来て同じようにもたれた。

「は? BBAには聞いていないんだけど?」
「はい? もしかして喧嘩売ってます?」
「俺は売らねーけど、売ってるなら買ってあげてもいいぜ?」

 挑発に挑発を売る二人。本当、この二人は仲が悪いのか良いのか……よくわからない所があるよ。一緒に遊だり、同じ目的をもって協力しあったりするのに、いざ顔を合わせると言い争いを始めて喧嘩しかしない。喧嘩するほど仲が良いっていうことわざがあるけど、それはこの二人にも言えることなのかな?

——お兄ちゃん。

「え……?」

 とても懐かしい声が聞こえたような気がした。誰かが僕の事を呼んでいるような、そんな気がしたのだけどそれは、

「ルシア」
「え……あ……リアさんか」

 リアさんが僕を呼んでいたからだったみたい。呼びかけているのに中々返事をしない、僕に苛立ちつのらせ、眉間に少ししわがよっている。
ごめんと謝るとリアさんはすぐにいつもの能天気な笑顔に戻って、楽観的な明るい声で訊ねた。

「"ここ"は楽しいだろ」

 僕は答える代わりに、首を縦に動かした。

「すっげぇ楽し過ぎて"外の世界"の厭な事なんて全部忘れられるだろ」

 僕は答える代わりに、首を縦に動かした。

「ここには外の世界にあるような、怒りも憎しみも哀しみも辛いも痛いも何もない、嬉しいや楽しい事しか感じない」

 リアさんの言葉は甘い、甘い蜂蜜のように僕の中に入り脳何浸透する。とろけるようにぐにゃりとなる視界。どろどろになったように何も考えられない思考。今僕の頭の中に在るのはリアさんの甘い囁きだけ。

「もう辛く苦しまなくていいんだぜ?
 もう悲しい思いをしなくていいんだぜ?
 もう一人で全部抱え込まなくていいんだぜ?」

 とろとろにとろけて何も感じなくなった身体はもう動かない。

 真っ暗になって何もうつさなくなった視界はもう機能を果たさない。

 甘い囁きを反響するばかりの脳髄はもう何も考えられない。

 何か使命があったような気がする。大切な誰かを求めていた気がする。でもそれが誰だったのか、僕にとってどんな存在の人だったのか、思い出せない。違う、思い出せないないという事は、思い出す必要性もないという事。今の僕には関係の無い事だ。

——このまま全てを忘れて、俺に身を委ねちまえよ。俺と二人、仲良くここで愉快に暮らして行こうぜ。なあ?


 そうだね……こんなに気持ちいいのならこのまま沈んもうかな。

 甘い 甘い 甘い 蜂蜜の海の中に僕はどっぷりと浸かる。

                    
                  僕?

   

           僕は

 

                      僕は

 




                             僕は——誰?













                                     -喪失END-