複雑・ファジー小説

Re: シークレットガーデン 〜小さな箱庭〜【偽りの仮面編】 ( No.225 )
日時: 2019/09/03 07:37
名前: 雪姫 (ID: 9nuUP99I)

第十一章 賽は殺りと投げられて-偽りの仮面編-






冷たい



寒い



始めに感じるは凍えるような冷たい冷気



暗い




瞼を開けているのか まだ閉じているからなのか




辺りは常闇のように暗く静かで何も見えない





息をしているのか 心臓は動いているのか





生きているだけで人が発するという音が全く聞こえない




ここは死後の世界というものなのか




落ちる




もぞもぞと身体を這うナニモノか




蠢くそいつはタコの足のような細くそして分厚い腕を狩ら見つけ”私”を下へ引きづり落とそうしている



やめろ……




私はまだ



私にはまだやらなければならないことが——


























***




「……ぉ」

 ん。

「……ぃ」


 んん。


「お……い……ル……」

 あともう少しだけ……。


「いい加減に起きろ! ルシア!」
「ふわっ!?」

 ぬくぬくと暖かく身体を護っていた何かを引きはがされ、護りを無くした身体に容赦なく襲いかかる冷気に目が覚め飛び起きた。
「何々? どうゆうこと??」と辺りを見回す。そうして見つけたのは「くっくっく……やっと起きたか」と嫌に自慢げな。厭らしい下卑た笑みを浮かべたリアの姿だった。

 今日の彼はいつもの黒髪の似合う妖艶の美を兼ね備えた美女(女装)の姿ではなく、わりとラフな、普段からキリッと決めている彼らしくはないは緩めでダルッとしたT シャツに短パンとサンダルと言うまるで近所にある雑貨屋にでも少し散歩に出かけるかのような格好。

 上に来ているTシャツ。デザインから見ておらくは男性物だろう。だが、ぶかぶかでサイズ感がまるで合っていないTシャツ。いつもぴっちりとした自分に合ったサイズの物を身に着けているリアにしては珍しい……いや違和感しか感じない。嫌な予感しか感じないのはルシアの動物的本能ゆえか。

「なーにっぷるぷる小刻みに震えてるんだよー」
「さ、寒いから、だよ!」

 剥ぎ取られた布団を取り戻し鎌倉のようにして包まり防御壁を張る。寒いからというもの勿論であるが、一番は目覚め一番に見たリアの不易な笑みが怖かったからだ。

 "まるで前にもどこかで見たことがあるような”

「別にとって食ったりなんてしねーよ。ほんとっルシアって……」とまで言って手で口を押さえ顔を牛をに向けると肩が小刻みに揺れ出す。どうやら声を殺して笑っているようで、笑っている間もチラチラとルシアの顔を見てはまた噴き出すように笑いそうになるのをぐっと堪えているよで……。

「なんでそこで止めるんだよ! 気になるじゃないか!」
 
 無駄だと知りつつ一応反論のていをみせてみたのだが返ってきたのは。

「アハハハッ」

 堪えに堪えきれなくなって噴き出した笑い声だった。もうと頬を赤らめ膨らませ布団の壁の中に顔を隠すルシア。悪るかってと布団の隙間から謝るリアだが楽し気な笑い声は止まらない。声から悪気がないのは伝わってくる。本当に面白いから笑っているだけなんだとわかるのだがそこまで笑うような事だろうか。まるでケタが外れたかのようにリアは笑い続け最後の方には笑い疲れヒィーヒィーと涙目になっているじゃないか。こんなに笑っているリアを見るのはもしかして初めてじゃないのかと。もしかするとこれってかなりレアなシーンなのではと。布団の防壁から顔を覗かせると。

「え……リア、泣いてるの」

 そこにあったのは瞳から溢れんばかりに流れる雫を笑いながら指で拭うリアの姿だった。

「ハハハッ ハア? あぁ……笑い過ぎてな」

 はぁーはぁーと呼吸を整えるため深呼吸をしながらリアは答える。確かに笑い過ぎると苦しくなって涙が出て来ることがある。リアのそれはそうゆう事なのだろうか。何故だろう。そうゆう風には感じられない。どちらかというと長年ついていた憑き物が剥がれ落ちたような、長年こびりついていたしこりが取り除かれて、晴れやかになった時に流す涙のように感じるのは何故だろうか——


「ふぅーはぁー」

 大きく息を吸い吐く。

「よっし。もう大丈夫だ」

 パンッと手のひらで顔を叩き、不自然なリアからいつものリアへ気持ちを切り替えたようだ。その証拠に「ところでよ——ルシア」彼の口から語られた言葉の先、瞳には先ほどのまでの朗らかな明るさはなく、まるで死者その者のような生気ののない物と化し、

「お前さ、昨日寝てから今日起きるまでの間の記憶 あるか——?」

普段の男性にしてた高い声からは百八十度違う、重く伸し掛かるような低く重圧的な声だった。















第十一章 賽は殺りと投げられて-偽りの仮面編- ( No.226 )
日時: 2019/09/03 07:39
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)

 「お前さ、昨日寝てから今日起きるまでの間の記憶 あるか——?」
突如投げかけられた問い。何故リアがそんな事を突然聞いてきたのか意味が判らない。
真っ直ぐに向けられる真剣な眼差し。いつものような冗談半分で言っているのはないことは一目瞭然だ。声のトーンもいつもとは違う。

 それはまるで幼い頃、ヨナとシレーナと南の町にたまたま偶然来ていた人形技師による人形劇に出て来た怖い怖い悪魔のような低く唸るような声。それその物のように聞こえる。

 昨日寝て今日、今起きたまでのたった数時間の出来事。そんなの寝ているか、お手洗いに起きたか、くらいにしかやる事などない、はず。
何故リアはそんな"どうでもいいこと"を自分に聞く。それになんの意味があるというのか。

「どうしてそんな事を聞くの?」
「先に質問したのは俺の方だ、ルシア」

 答えろよ、と目で促す。
瞬きを一切せずじっと真っ直ぐにルシアの瞳を射抜く。

 ごくりと飲みにい唾を無理やり飲み込む。喉が痛い。

 どくんどくんと鳴る心臓が痛い。

 ぎゅうと胸が締め付けられる様に痛い。

 先ほどまで震えるほどに寒かったはずなのに今は滝のように流れる汗が止まらない。身体が冷える。手先足先の感覚が奪われていく。寒い。

「どうなんだ——ルシア」
「ぁ……あ……ぁ」

 何か言わなくては。リアはきっと何かを誤解している。だからこんなにも怒っているのだろう。だからこんなにも友人の事を怖いと思ってしまうのだろう。言わなくては自分は何も知らない、君は何か勘違いをしている、自分は昨日何も——と頭の中で整理すると記憶の中にぽっかりと空いた穴がある事に気が付いた。


 昨日まで自分が何をしていたか、それは覚えている。
かつて女神共に邪神と闘った英雄の達の遺産、強大な力が封印されている遺跡のうち三つ目、和の国コローナ島にある王家の墓でドルファフィーリングの暗殺者(アサシン)エフォールを倒す……いや殺した自分達は一度和の国から仮面の国へ飛行船で移動して、それからさらに北にある氷山に囲まれた国、北の国に向けて旅を進めたんだ——












 

                            ***





 ぶぉー。
鼻に何かが詰まったような低い獣の鳴き声。

 ぶっふ、ぶっふ、ぶっふ。
のしんっ、のしんっ、と地面に降り積もる雪を踏むたびに吹き出される力強い鼻息。


 しとしとと粉雪が振る森林の中をからからと雪にタイヤの跡を付けながら進む一代の荷車とそれを引く馬とも牛とも見える剛毛な毛で全身を蔽われた一匹の化け物、いや一匹の獣だ。
先程からずっと静かな森林に響き渡っていた獣の鳴き声はどうやら彼のものだったようだ。

 ぶぉー。ふぉー。
リズムでもとっているのか獣は楽しそうに、そして嬉しそうに、リズミカルな足取りでダンスでもしているかのように雪を踏みしめ、歌でも歌っているかのように野太い鳴き声を森林に一帯に響き渡らせる。
凡人には判らないが聞く者が聞けば、彼と同じ生き物たちが聞けば、これは美声と呼べるものなのかもしれない。

 獣のダンスに合わせて大きく揺れる荷車の中では。

「うおぉぉぉ落ちるぅぅぅ!!」
「馬っ! 歌ってないでちゃんと前みて歩け!」
「あわわ……」

 客人たちが揺れる荷車から振り落とされないようにと必死になって縁にしがみついていた。
落ちる落ちると繰り返しつつも、その声は嬉々爛々で荷車の中央でぴょんぴょんと跳ねて喜びのまいを披露しているランファ。
 荷車を安全に引くはずが自分の世界に浸り楽しんでいる獣に文句を言っているリア。その細くてもたくましい両腕で振り落とされないように抱きかかえられているのは、この混沌(カオス)した空間で何故か熟睡中シレーナと盲目だからなのかこの状況を何故か楽しんでいるヒスイ。
 その横であわわとオロオロしているのがシルだ。おそらくここにいる者たちの中で一番、一般人に近い感性を持つ彼女はとにかく荷車の縁につかまりオロオロしている。たまに横目の視線ではしゃぐランファを捉えつつ、心の中で「ランファちゃん、危ないから座ってー! 後生だから!」と念を送ったりなど慌ただしくオロオロしていた。
 
「御者さんっ! 牛さんを止めて下さい!! このままじゃ僕たち落ちゃいますから」

 本来は安心、安全に、客を目的に届けるはずの御者に、皆を代表して文句を言ったルシアだったのだが。

「うおおおお!!」

 残念な事にその小さな訴えは、愛する家族との二重奏を愉しむ、全身白銀色の鋭く尖った剛毛で覆われたこれもまた何かの化け物の一種ではないのかと思える御者の山をかち割れそうな雄叫びでかき消されてしまった……。


「誰だ! こんなヘボ御者に乗ろうって言ったのは!!」
「仕方ないでしょ! お金がないんだから!!」

 旅とは常に金との闘い。
何に費やし、何を節約するか、それが要になってくるもの。
だが残念な事に今この荷車に乗っている者たちに"まともな金銭感覚"というものを持ち合わせているものなどいない。

 ルシアは言わずもがな。寂れた村の出身のため、金銭で何かを買うというよりも自分の欲しい物と相手の欲しい物を交換する、物々交換の方が専ら支流だったからだ。

 ランファはそもそもこの世界の流通硬貨を持っていない。そして物価の価値、相場というものを全く知らない。彼女はこの世界についてあまりにも無知なのである。

 シレーナも前者二人と似たような理由であり、そして無欲だ。金銭に興味がなさ過ぎて宵越しの金は持たない、スタイル落ち着いたそうだ。祖父との二人暮らしではそれでも良かったのかもしれないが、旅人してはアウトだ。

 シルは元々賞金稼ぎ屋だったから。大会などで一発どかんと当てまくっていたため、金に困ったことがないのだ。少なくなったらまた大会で優勝すればいいだけなのだから。

 リアも似たようなもの。元々が富裕層のお坊ちゃまであり、海の国ではそれなりの地位でいたためそもそも何かをするのに金銭が発生しなかったのだ。するとすれば"気持ち"を相手に渡すくらいか。

 ヒスイは物心が付く前から暗殺者(アサシン)として育てられたため、表社会のルールなど知識としてしか知らない。教え処で教科書を読んだ程度の知識しかない。それ以上の知識が必要になる場面がなかったから。

 よって狂った金銭感覚しか持ち合わせていない者たちだけで旅をすればニ三日で金欠に陥る。
一応シルが金庫番を担っているが毎日の食費、泊る宿代を捻出するだけでもやっとのようで、今回もなけなしの金を捻り出し格安の馬車……もとい毛むくじゃらの化け物が御者をやっている、ふきっさらしの荷車に乗る他なかった。嫌々仕方なく。

第十一章 賽は殺りと投げられて-偽りの仮面編-  ( No.227 )
日時: 2019/09/03 07:41
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)



 ぶおーん。ぶおーん。
と、大きく身体を、荷車を揺らしながら、獣は歌う、踊る、どこまでも。

 うぉぉおおおお。
獣の歌と二重奏を愉しむ御者の耳を攻撃する歪な雄叫びは森林中に響き渡る。どこまでも。

 落ちるー。落ちてしまうー。
言葉とは裏腹に楽しそうんにはしゃぐランファのキャッキャッとした声は同席している仲間の耳には届かない。どこまでも。

 ぶおーん。うおおお。落ちるー。
混沌と化した荷車を納められる勇者などここには居ない。この場を鎮められる聖者などこの場には居ない。

 嫌だなんだと言う前に持ち合わせがなく渋々こにこの業者を選んでしまったルシアたちにはもうすでに辛抱するとういう選択肢しか初めから設けられていないのだ。その事実に気が付いたのは何時の事だっただろうか……出来ればこの業者の荷車を選ぶ前に気付いておきたかった。

 誰かが大きな溜息を吐いた。それは自分も同じ気持ちだと皆頷く。
騒音でしかない獣達の舞台劇はどこまでも続く。嗚呼どこまでも。













                ***






……かのように思われたが。



「や……やっと着いたぁあああ」

 今回の目的地である北国の中心都市"ルーンベール"

またの名を霊峰の頂きに建国する幻想都市"ルーンベール"の入口。
下界と上界を分ける巨大な門に到着した為、爆音とも呼べる舞台劇は終わりを告げたのだった。
得に拍手喝采を送りたい気分ではないのだが、地獄から解放された喜びと色々とあったが最後はちゃんと無事に送り届けてくれてありがとうの感謝の気持ちを込めて、劇の主役である業者と獣に暖かい拍手を贈る。

「おおぅ」
「ぶほーん」

 少し照れくさそうに業者は頭を掻き、獣はとてもいい気持ちのようでえっへんと言った感じに自慢げな顔をしている。
見た目にかなりインパクトのある両者だが本当はかなりいいヒトなのではないのかと思わせる和やかな光景だ。

「ね! ね! ね? あたしは!? あたしは? あたしは!?」

 若干一名空気の読めない可哀想な娘が居るが……。
ランファ目を爛々と輝かせ、鼻の先がくっつくのではないかというくらいにルシアに顔を近づける。鼻息が荒い。くすぐったい。

「えー……えーえっとねー」
「残念!」
「ハァア!? ナニが!? 完璧を極めてしまった系美少女のランファちゃんのナニが残念なんですかねぇリーアーさーんぅ?」
「そうゆうところ」
「八ッ! 傷ついた! 今、あたしのガラスハートは大きく傷つけられました!」

 胸に手を置きいつものオーバーなリアクションでランファゆらゆらと舞う。それはまるで劇に出る役者のように。まだ余韻から抜け切れていないようだ。
「嗚呼。なんてカワイソウなあたし!」おそらく内容は悲劇のヒロイン、ランファと欲にまみれた色欲魔リアの恋のトライアングル的な物なのだろう。チラチラと視線がヒスイの方へ向けられている。頭の中ではどんな物が繰り広げられているのやら……いい迷惑を被っているであろうヒスイに視線を向けてみると。

「……ふふ」

 まるで母親が我が子をあやす時のようなy優しい微笑みで奇行を繰り返すランファを見守っていた。
海の国で起きたあの事件以来ヒスイの雰囲気が変わったように思える。分厚く被っていた皮が人皮むけたような……重い荷物を一つ下し荷が軽くなって晴々としたような……鉄のように何十も重なった仮面(ペルソナ)を全て脱ぎ捨てたような……。
 

 そんな幾重にも重なる罪の十字架から解放された彼女の顔は似つかわしくない血まみれの殺し屋などではなく、年相応の可愛らしい少女のものへと変貌していた。
奪った命は帰って来ない。根本的な解決などからは程遠いのだろう。だが今ここで彼女に「幸せか」と問うた時に満面の笑みで「幸せだよ」と答えてくれたならそれでいい。今はまだそれだけで十分だ。





第十一章 嘘ツキな臆病者-氷国の民編- ( No.228 )
日時: 2019/09/07 06:19
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)

「ふげぇええええええ」

 情けないランファの泣き声が雪降り積もる白銀の森に響き渡る。
ああ。またリアに言い負かされたのか可哀想に……あとでお菓子でも買ってご機嫌とりでもしてあげるかな。などと思いながらつまらない口喧嘩をしているリアとランファの方へと視線を向ける。

「えぇ。そうなんでございますニャー」

 そこには見慣れなぬ格好をした女性がまるで喧嘩を仲裁してるかのように二人の間を割って入る位置に立っていた。

 しとしと降る粉雪が頭に降り積もっているからなのか、それとも地毛なのか、雪のように白く綺麗な長い髪の女性。肌の色も透き通るように白く太陽の光の加減では本当に透き通ったように見える。
 着ている服装は全裸に近い毛むくじゃら(毛皮と言う名の全裸なのかもしれない)の業者とは違い、かの国で見た和服と呼ばれてる何枚も布を這おわなければいけないあの独特な服装をさらに独特的に改造したようなもので、寒くはないのか両肩を出し胸元ははだけた状態で足元もかの国の女性たちが着ていたものとは違い、裾丈は膝丈くらいと短く腰から左脚にかけて真っ直ぐ縦に斬り裂かれている。
中になにか撒いている、もしくは履いているため下着類は見えないが上半身と併せて危ない危険性を感じさせる衣装となっているのだが、それだけでは止まらず。

「お客様の事はこの耳がぴこーんっとキャッチしましたニャー」

 頭の上に装着された狐の耳を模した装備品(アクセサリ)。俗にいうキツネミミというものだ。キツネミミが頭にあるのなら当然お尻には狐の尻尾を模した装備品も服の上から装備されている。
何度も言うがこれらは装備品だ。人型の(見た目から恐らくヒュムノスだと思える)彼女は当然耳は人と同じ位置に二つ存在しているし、尻尾なども存在しない。
そして狐を模した装備品を付けているにも関わらず「ニャー」何故か語尾は猫語だ。

 一見ただの変人、奇人のように見られるが"ただの"ではなく。

「お泊りならぜひっうちの"ゆきだるまコンコン亭"へ」

 ルーンベールの入口で旅人あいてに商売をやっている商人であり同時に安らかな安眠を提供する宿屋の主人だったようだ。
見た目のインパクトの方が強烈過ぎて初めに紹介された内容は全て吹き飛んでしまったようだ。

「だーりんならきっといいカモじゃねぇーや……素敵なお客様を連れて来てくれるって信じてたニャン」
「うおおおおおおお! うっほ。うっほ」
「やーん。照れるニャン」

 理解できない状態に脳が思考を停止(フリーズ)してしまったようだ。



 "ゆきだるまコンコン亭"


 何も知らずに北の国、ルーンベールにやって来た旅人にあこぎな商売を行っている別名"ぼったくり宿"
だがルーンベールを訪れる旅人の約八割はここに止まらざるおえないらしい。それは何故か? 理由は簡単、昨今の北の国は国王が変わり新たに即位した女王陛下の元で統治が行われているからだ。
何を思ったか女王陛下は法律の全てを改変しルーンベールに入れるのは女王陛下の許しを得た一部の行商人か、元から住まう北の国の住人雪女(スノウ)と雪男(イエティ)しか入国できないようにしたのだ。
元から鎖国的だった北の国の鎖国化はさらに進んで行き今で商売をすることが許された一部の行商人からしか国内部の情報が得られなくなっている。

 当然だが旅人皆が商人な訳がない。皆が女王陛下に入国を許されるわけではない。
雪女と雪男は元から北の国出身。身体的な特徴、そして生まれ持つ能力から北の国もしくは寒い地方でしか生きられない身体のため外からくる旅人で彼らの仲間が来ることはあまりない。

 よって旅人たちはルーンベールの玄関前にどんっと構ええる宿がかなりのぼったくりだと知りつつも、ゆきだるまコンコン亭にこぞって訪れる。
何故なら宿はここにしか宿がないから。泊ることを拒否すれば極寒の寒空の中、野宿をする羽目になりほぼ確実に凍死することになるからだ。
夫の化け物こと雪男の業者が客をここまで運び、そして妻の狐風の雪女がルーンベールには入国できない事実を告げもう日が沈みます今日はうちの宿へどうぞと誘い金をぼったくる。これがぼったくり宿がだいはんじょうしているからくりだ。
ランファの情けない泣き声はリアに言い負かされたからではなく、どうやらルーンベールに入れない事を聞いたからのようだ。

 実はヒュムノスではなく雪女だった店主と実は化け物じゃなかった雪男の業者たちの案内の元、慣れない雪道に足を取られながらもこけないようにに気を付けざくざくと積もった新雪の道を進む。
すると上の方から尖ったナイフのような……でもどこかとても懐かしい声が。

「……ようこそ。ぼったくり宿ゆきだるまコンコン亭へ」
「……エリス!?」

 顔を上げるとそこに居たのは不機嫌そうに屋根の上から雪下ろしをしているエリスの姿があった。
彼女に会うのは和の国以来か。ルシア以外の仲間たちは皆初対面のためきょとんと首を傾げている。あぁいやランファだけは「またあたしの知らないところで新しい女の子とイチャコラしちゃってー。あたしがオッケー牧場した人しかダメって何度も言ってるのにー」と一人ぶつくさ言っていたがそんな事はどうでもいいとあっさりと無視をし、ルシアは反射的にすぐに「どうしてキミがここに——」とエリスに訊ねようとしたのだったが。

「見てわからない? 私今仕事中なのだけど?」
「あ……はい……すみません」

 言い終わる前に尖ったナイフで一刀両断されてしまった。

 ま、ま、とりあえずまずは宿に入りますニャーと雪女の言葉に従いエリスとはいったん別れ一行は建物の中へと入って行く。皆が入って行く姿を屋根の上からじっと見ながらぽつり。

「コロシアムで死者が出たって聞いたから慌てて追いかけて来たけど……なによ、全然元気じゃない。 ……心配して損した!」

 大きくすくいあげた雪を下へ投げ捨てる。

「元気なら元気だって連絡の一つもよこしてくれたっていいじゃない!」

 また大きく雪をすくい下へ放り投げる。

 "誰か"に対して文句を言うたびにエリスは沢山の雪を下へ下ろす。
気のせいか。"彼"と再会する前と後で雪下ろし作業の進むペースが違う気がするのは気のせいか。
エリスの頬がほんのり紅潮しているように見えるのは気のせいか。夕日のせいか。



第十一章 嘘ツキな臆病者-氷国の民編- ( No.229 )
日時: 2019/09/13 08:19
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)


「建物の中に入る前に一度雪を落としてニャー」

 宿主である雪女の指示に従いルシアたちは宿の中へと入る。

「……暖かい」

 宿の中は極寒地獄と言える外とは違い、極楽天国と言えるくらい暖かい。
入口。玄関先から見える大きな部屋の中央に巨大な暖炉が見えた。
大量の薪を飲み込んだ炎は轟々と燃えたぎり一歩間違えば床に挽いてある毛皮の絨毯に引火するのではないかと冷や冷やものだ。

 暖炉の火の大きさに注意を向けつつ厚手の上着を脱ぐ。
北の国は極度に寒いと聞いたため、寒さ対策にと途中一度海の国にあるリアの実家により拝借してきたものだ。

 ルシアにとっては狩った獣の皮を剥いで羽織っているだけに思えたが、使われている獣が希少種で今現在は絶滅危惧種に認定され入手困難になっている限定品(ウルトラレア)なのだとリアが鼻息荒く語っていた。……が、正直なところ一般庶民にそんな高価な物の価値など分かりもしない。

「……ルシア!」

 毛皮に気を取られていると声をかけられた。振り向くとそこにはいつになく興奮気味のシレーナが立っていた。
この興奮の仕方はあまりよろしくのない興奮の仕方だ。ありたいていに言うのであれば面倒くさそうな出来事も序章とでもいうか。

 どうしたの。と声掛けと共に身体もシレーナの方へと向ける。そしてぎょっと驚いた。

「あの……シレーナさん? 今キミが持ってるそれって……」
「山羊の血を吸う物《チュパカブラ》……」

 シレーナが持っていたのは海に漂う藻のような濃い緑色の皮膚に昔絵本で見た全身銀色の謎の生命体グレイによく似た楯に細長い卵のような黒目をした未確認生物。

「……のあたま」

 ……を。嬉しそうに手に持ちぱふぱふと頭のふくらみを横から押したり引いたりし楽しんでいる。

「…………」

 どうしよう……反応に困る。それが正直な感想だった。

 シレーナは本好きだ。本の虫とも言えるくらいに本を読むのが好きだ。
そのこと自体は可愛らしいもので特に文句があるわでもなく、財力と時間とが許せばいくらでも好きなだけ本の世界へ浸らせてあげたいと思っている。

 だがシレーナの変な趣味というか。悪趣味というか。
彼女は本から得られる新たな知識への快感に目覚め色々な事象や歴史、生物などを目の付くところから片っ端から調べて行くにつれ、気づけば国中にその目撃例はあるが未だ詳しい生体情報が明らかになっていない未確認生物たちの虜となっていた。

 今彼女が持っている……チュパカブラだったか? も然り、今のお気に入りの未確認生物だそうだ。
普段あまり見せない恍惚としたうっとりとした笑みでチュパカブラとは何かを熱く語っている。
……正直わからない。語られている内容はとてもど素人で太刀打ちできる代物ではなく、彼女と同じ熟年の玄人にしか付いては来れないだろう。
その事実を何度か伝えようと。自分では力不足だと言おうとしたものの。

「……それでね」
「う……うん。すごいね……」

 言えない。言えるわけがなかった。
普段からは考えられない目を爛々と輝かせ饒舌に話す彼女を前に何も言えるわけがなかった。
今日も良く分からない話に相槌を打たねばならないのか……と軽く溜息を吐いていると。

「やっばいよ!!」

 何がどうやばいのか。ランファが暖炉の見えた大きな部屋から乱入してきた。

「どうしたのランファ?」
「どうしたのランファ? じゃっないよルシアー!!」

 こちらもこちらで負けじと悪い方向で興奮している。

「あったの! あったの!!」
「あったって何が? あと腕を引っ張らないでっ痛い」
「とにかく来て!」

 反論虚しくランファに無理やり引きずられるようにして暖炉のある部屋へと連れていかれた。

「……ぅ」

 暖炉が目の前にあるせいだろう物凄く熱い。汗がどばどばと滝のように流れてくる。
それに何よりも部屋の中が異常だった。

「頭……頭頭……頭頭頭?」

 ここの宿主は頭収集家(頭部コレクター)なのか部屋の壁には様々な動物の頭が飾られていた。

 定番のトナカイ、シカに始まりシロクマ、ペンギン、アザラシ、オオカミ、キツネなど北の寒い地方にいそうな動物たちの首から上の頭ばかりがずらっと横一列に部屋の壁全体に合わせそれを囲うようにして飾られていた。

 正直にいっていいだろうか。吐きそうだ。

 狩猟の村出身のため狩人がこのようにして狩った獲物を部屋の壁に飾り勲章としているのは知っている。実際にそうしている家もいくつかあった。
だから見たこと自体はある。でもここまで異常ではなかった。故郷にいる村人たちはここまで異常ではなかった。

「あーたーまーじゃなくてこーれ!!」

 入ってすぐ目を引く頭に気を取られていたルシアの腕を大きく振り上げランファは暖炉の上に飾られているひとつの額縁を指さす。
金色輝くとても豪華な額縁だ。いったいどんなお宝(レア物)が飾られているのだろうと覗き込み落胆した。

「ビックフッドさんのあしあとだよ!!」
「…………」

——勿体ないくらいに豪奢な額縁に入れられていた"それ"は大きな御者の足跡だった。