複雑・ファジー小説

Re: コンプレックスヒーロー【10/24 第08話更新】 ( No.16 )
日時: 2015/10/25 12:15
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: TRpDG/gC)

 
 ※第04話の一部変更された部分が今話に含まれています。
  お手数ですが今話を読まれる前に一度第04話をお読み下さい。
 

 第09話

 ぽつぽつと歩きながら考えていたことがある。
 僕は以前に、『完璧な人はいないけれど、完璧に限りなく近い人はいる』とふと思った。
 哲という不良男の母親をやってる女性の言った言葉にあてはめてみる。
 つまりは前世でいい行いをしたから、そうやって来世で返ってきただけなのかもしれない。

 前世で僕は、人の容姿を笑う奴だったのかな。
 傷もできものもない綺麗な肌を見せびらかして、人を見下していたのかな。
 僕が大嫌いな人間だったんだろうか。
 もし今、自分を卑下して、傷つけるだけの自分を変えることができるなら。
 来世では自分を愛すことのできる、優しい人間になれるのだろうか。

 「だんだん日も落ちてきましたね。“鍵探し”は、順調ですか?」

 全くいいタイミングだ。宙に浮かんでるか目に見えない監視カメラで捉えられているとしか思えないくらい実にいいタイミングで彼女は現れた。

 「いいところに来たね。ちょうど君に聞きたいことがあったよ」
 「本当ですか? 貴方の口からそう言って頂ける日が来ようとは!」
 「? まあいいや。君が来たってことは、イベントは通過したんでしょ?」
 「そうです。貴方もだんだん慣れてきましたね」
 「まあね。質問してもいい?」
 「ええ、どうぞ。何でも聞いてください」

 街の外れに構えていた哲の家から少し歩いたところ。イベントクリアの通達にやってきた彼女はいつになくわくわくしているようだ。早く早くといった表情で僕の言葉を待ってる。

 「……? どうしました?」
 「いや、その……こんなことを質問してもいいのかと、ちょっと思いとどまって」
 「言ったはずですよ。質問は何でもいいのです。それとも私では、貴方の力にはなれないと?」
 「まるで僕が言おうとしてることを知ってるかのような口ぶりだね」
 「こうも言ったはずです。私は貴方のことを知ってます。どこへも逃げませんから、聞かせて下さい。貴方が私に、聞きたいことを」

 飄々として、僕のことを見透かしているような挙動が苦手だ。自分勝手にずけずけ人の中に入ってくるところも。
 でも僕が死んだこの世界で。今の僕がどんな状態下に置かれているかを知ってる。今日出会ったばかりの、目の見えない少女に、ぽろりと吐き出した。

 「僕は、やり直せるのかな」

 今一番聞きたいのは、鍵を探すことでも、元の世界へ帰ることでもない。
 哲の母親の顔が脳裏に浮かび上がってくる。慈愛に満ちた彼女は本当に息子を愛してる。
 僕の母親は肌の赤い僕を疎んだり、嫌ったり、虐げたりはしないけれど。
 それより僕は。


 『大丈夫よ』と言われるより。

 『愛してる』と言われたい。


 「……本当に、そんなことを質問していいのですか?」
 「だから言ったのに。いいよ、答えられないなら変えるし。何か恥ずかしいし」
 「やり直したいと思いますか?」
 「……っ」
 「自分を好きになりたいですか? 母親に笑ってほしいですか? 貴方の体がどうこうではありません。“変わろうとする貴方”を、きっと周りは認めてくれます」
 「つまり……だから、できるの?」
 「ええ。やり直せますよ。貴方がそう思い続けるなら、何度でも。これから先どんなに辛いことがあっても、それを乗り越える力があるから、生まれてきた」

 哲の母親と同じことを言った。白い肌に差すピンク色の口元が微笑む。
 だって貴方は。少女はまだ何か言いたげに続ける。



 「だって貴方はヒーローだから。今も昔も、これからもきっと貴方らしく、生きていける」



 自分にまるで自信のないヒーロー。
 コンプレックスばかりを気にして生きる、ヒーロー。
 それが永崎光介という男だった。


 僕はなんて滑稽な男だったんだろう。変なところで正義感の働く、中途半端で根性なしの男。自然に思い出された詩鶴の泣き顔が、私にとってヒーローなんですって言った時、もやっとしたのは、他の誰でもない僕自身が、“ヒーロー”って言葉を忘れかけていたからなんだ。

 なんで彼女はそう言ったんだっけ。いつから僕を英雄視していたんだっけ。
 なんで変わろうと思ったんだっけ。いつから僕は諦め始めていたんだっけ。

 ぼうっとしてたら少女はいなくなっていた。もう少し先へ行けば、街に戻れるところまで来ていた。
 被ることを忘れていたフードが風にふわふわ揺らされる。眼鏡も落としてしまったから今はないけど、そこまで視力は落ちていないし、なんとか歩ける。
 それにしても視界が変わった気がする。俯いて、本と地面とばかりにらめっこしていた時より、ちょっとだけ。
 顔をあげれば街往く人がたくさん見える。携帯を耳に当てて歩いたり、バッグ片手に走る会社員も、二人仲良く並んで、よく脚の見える服を着た若い女の子たちも。
 傷のついたレンズ越しでは汚く見えた世界は。
 今はこんなにも明るくて眩しい。上着を脱いでしまいたいくらいの夏だったんだ。



 だんだん蝉の声が近づいてきた。不協和音はしっかり耳に届くものだな。うるさい中をひたすら歩いて僕は、あるところに辿り着いた。
 『KEEP OUT』の黒字に黄色いテープが張り巡らされた、少数の警備員がその中を散漫として歩いている。
 大きな車の痕。その他へこんだガードレールや轢き潰された草木を見ると、どうやら事故現場らしい。
 嫌な予感がして、何やらメモをとっていた男性に声をかけてみる。

 「あの」
 「? なんだい、君。ここは今現場検証中でね、向こうへ渡りたいなら左の歩道を」
 「事故現場ですか?」
 「あ、ああ……中学3年生の男の子が、大型のトラックに跳ねられて亡くなったんだ。ちょうど君くらいの年だね。全く最近は飲酒運転が多くて困ってるよ」
 「へえ……あの」

 久々に頭を使ってみるか。見たところこの男性、優しそうだし。

 「僕実は、その男の子の……永崎光介君の友達なんです。あまりにショックで」
 「そうだったのかい? それはお気の毒に……じゃあ庇った女の子のことも?」
 「うん。花園詩鶴でしょ?」
 「そうだよ。彼女も可哀想にね。目が見えなくなるところだったんだろう?」

 ————は?

 「え、待って。どういうこと?」
 「あれ、知らなかったかい? 飛んできたガラスに目をやられて、失明したらしいんだけど……どうやらその少年の角膜を使って、手術をして、視力は取り戻したって」

 嘘だろ。そんな話は聞いていない。
 そこまで考えて、はっとした。


 『謝らなきゃいけないことがあって、それと……もしもう一度会えるなら、ちゃんと言いたいの——『ありがとう』って、それと……『ごめんなさい』って』


 ああ、なるほど。あの時詩鶴が、かたかた身を震わせて零した言葉には、そういう意味があったのか。
 男性の話によると、女の子が事故で失明した直後、気が動転しまま手術を受け、視力は取り戻したものの、その角膜が僕のものであると知ったのは手術後のことだったらしい。
 僕は死んだのに、自分だけしっかり手術をして助かってしまったことに、後悔と自責の念を負わされているというわけか。
 可哀想、と思うのは少し違う気がするけど。彼女にこれから先、僕に申し訳ない気持ちで生きていかれるのはちょっと気が引けるな。気にしなくてもいいのに、詩鶴はそういうところ器用じゃない。

 何気なく首筋を掻いて、顔を上げて見えたのは大きくて綺麗な校舎だった。
 事故の起きたこの場所から真っ直ぐ見えるのか。あの学校に通う生徒はさぞ困る——だろう……に。

 「……?」

 なんだろう。妙な胸騒ぎがする。
 僕らの通っている学校はあそこじゃないけど、視界に釘つけられたままその場から動けずにいた。

 高実績。校内の景観にも力を入れた名門私立女学校の。
 校舎が描かれたパンフレットを、背中に隠しながら。へらっと笑った詩鶴の顔を思い出した。