複雑・ファジー小説

Re: コンプレックスヒーロー ( No.21 )
日時: 2015/11/05 20:22
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2zWb1M7c)

 終章

 幼い頃からとりわけ文字は好きな方だった。ボールを蹴ったり投げたりして遊ぶのもまあ、嫌じゃないけど、それよりページを捲っていたい、そんな子どもだった気がする。
 ある小学校の昼休み。裏庭の大きな木の下は、広い木陰と澄んだ空気に、校庭の喧騒が一切届かない、いわゆる穴場だった。
 いつも通り、ひらがなばっかりの、絵本よりかはちょっと分厚い本をぺらぺらしていた時に。
 女の子の背中がどんと押されるの鈍い音が聞こえた。

 「っ!」
 「おい、どーなんだよ! なんとかいえよ!」
 「うちらにはぶられたくなかったら、ゆうこときいてよね!」

 ぞろぞろ数人で、一体こんなところまで何の用だろうと思ったわけだけど、その理由は明白だった。
 長くて綺麗な髪の女の子一人に対して、ちょっと仕草の偉ぶった、もう一人の女の子を取り巻くように数人。

 「あの、あたし……」
 「いっつもテストとか100点とってしれーっとしちゃってさ! あそびにさそったってしらんぷりするし、ほんとなんなの!?」
 「さいてーだよね! どうせばかにしてんでしょ!」
 「いやならがっこうくんなよ! かえれ!」

 その女の子は、クラスで一番綺麗な顔をしているわりに、クラスで僕とタメを張るくらい一人ぼっちの女の子だった。
 僕と違ってテストの点数もよかったし、体育も一番注目されてて。髪の毛が長いのも女の子らしくて、男の子には人気の高い子のはず、だけれど。
 なにせ引っ込み思案で、口下手だから、友達がいないんだよな。色々持ってるくせに、不器用な奴。

 「あ、あたし……その、友だち、とか……つくれなくて……」
 「はあ? ばかにしてんの?」
 「いやな思いさせてごめん……それでも、もっもしよかっ——」
 「できるわけねーじゃん! おまえみたいなの、はなしたっておもしろくねーもん!」
 「っ!」

 話したって面白くない。一緒にいたってつまんない。
 だから自分を遠ざける。自分も相手と仲良くする勇気がないから。永遠の悪循環で、ループで、苦しくて——泣きそうな時に。
 僕は太陽の光が嫌いだったのに。
 それ以上に、その光景を、見るのが嫌いだった。

 会話に割って入った僕に、同じように罵声を浴びせるクラスメイトたち。一人ぼっちで付き合い悪くて、僕なんか成績も中の下だったし。余計に酷い言われようだった覚えがある。
 ついには長い髪の女の子の手首を掴んで、走り出していた。
 珍しいものを見る大きな両目で、彼女は僕の首元を見ていたんだってさ。その後本人の口から聞いた。


 あの時あたしはヒーローに会ったんだよ。


 嫌いなものを嫌いだって言える。
 真っ直ぐで正直で、とびきり不器用なヒーロー。

 嫌いなものから目を逸らしても。
 ねじまがった心を、正そうとし始めたヒーロー。



 コンプレックスヒーロー。
 それが永崎光介という男。



 年を食えばいくらか外見も性格も考え方も変わってしまう。
 幼い子どもたちは知らないことが多い。無知で真っ直ぐな心は、時に残酷かもしれないけど、きっと世界で一番正しくて、そういう意味では綺麗なのかもしれない。
 大人になるともっと色々考えるようになる。汚くて醜いことを、言ったり思ったり行動したりしてしまっても、いつか子どもの頃の、痛いくらいの真っ直ぐさが恋しくなるのだろう。

 僕は今正にそれがほしい。いくらひねくれたっていいけれど、たまには真っ直ぐ伸ばさないと、息苦しくて仕方のない時もやってくる。自分で自分の身をひねって、苦しくないわけがないだろうし。
 コンプレックスである皮膚炎と、そのひねくれさをどうにかしたいと思い始めたわけだけど。前者は季節によっても辛さが異なるし、後者はせめて自分には素直にならねばという巨大な壁がドンと待ち構えている。

 来世ではすっかり現世のことを忘れてしまっているのが辛い。
 とりあえず今から頑張って、自分を少しでも変えてみたいとは思うけれども。
 どうにもできないことにぶち当たって、諦めてぽっくり死んでしまったらごめん、来世の僕。


 その時は、まあ。何になるかわかんないけど。
 「前世このやろう」ぐらいに思ってさ。


 また一からやり直そう。
 何度だってやり直せるんだって、神様でも仏様でもない。


 盲目のマジシャンがそう、言ってたんだ。



 END.