複雑・ファジー小説
- Re: 英雄伝説-Last story- ( No.11 )
- 日時: 2014/03/20 15:17
- 名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)
やがて参考になりそうな本が見つからないまま、三人は一切の収穫もなしに図書館を出てしまった。
その後シヴァが「他の国に赴いてみるわね」と言い残し、そのまま転移魔法を使ってその場を去っていった。
残されたリィナとジョルジュ。第三者がいないと、場の空気は相変わらず気まずい。
二人は現在、この国『レミン』を出て街道を歩いていた。
この街道は左右に山々を望むことの出来る、見渡す限りの大草原となっている。
一応遠くを見れば小さな村、山を越えれば大きな城下町が見えるが、それでもこの道は初見では迷う人が多い。
なので目印に、所々に看板が立てられている。
そんな街道にもモンスターは跋扈しているが、魔法街灯という不思議な力を放つ街灯によって、モンスターは街道の道には——正確に言えば魔法街灯付近には——近付いて来れない。
だが、それでも道を外れればモンスターはいる。一部大きな草むらの陰に、小型でも侮ってはいけないモンスターたちが。
故に、一定の間隔で置かれたその魔法街灯は一般人の助けとなっている。
そんな魔法街灯が、ひとつだけ明かりを灯していない箇所があった。
「あ、あの街灯光ってないぜ」
「直さないとね」
魔法街灯は名前の如く、電力ではなく魔力を使って光っている。
電線のように魔力を供給出来るような設備は今のところ開発されていないため、魔力を街灯の中に溜め込む必要がある。
必然的に蓄電池のような造りとなるため、充填された魔力もいずれは尽きてしまう。
こうして魔力が尽きた魔力街灯を見かけた場合、魔法を使える者が直すのが常識だった。
今この場では、リィナが魔法を使うことが出来る。
彼女は渋々ながら右手で街灯に触れ、仄かな温かみを放つ白い光と共に魔力を注ぎ始めた。
魔力は魔力であり、元素などの力や効力はそれ自体にはない。魔力で出来上がった元素は魔力の錬金の末に出来たものであり、魔力そのものは何の力も持たない。それは俗に、無属性と呼ばれている。
リィナは、その無属性と呼ばれる魔力そのものを注ぎ込んでいる。
「はぁ、街灯の魔力充填も楽じゃないわね」
「泣き事言ってないでやれよ」
「むっ……」
魔法は、誰しもが必ず使えるとは限らない。
先天的な才能、或いは血筋で魔法が使える者もいれば、その逆で使えない者もいる。
修練により一から魔法を使えるようになることも出来るが、それもやはり才能の問題で適わなかったりする。
今この場では、ジョルジュが魔法を使えない。
故に現在、彼は魔力充填作業中の彼女を傍観したままのんびりしている。
じゃあアンタがやれよ。と思ったリィナだが、すぐにそのことを思い出した彼女は言葉に詰まってしまった。
代わりにその艶めかしい唇が開き、口からは呆れたように溜息が一つ零れた。
「アンタはいいわね。魔法使いの苦労も知らないで傍観できて」
「魔法使いっつーか……お前賢者だったろ?」
「うっ……」
魔法を使える者には、体内に溜め込むことの出来る魔力や魔法一発ごとの強さなど、その度合に応じて称号がつけられる。
まだ魔法に関して拙い者は『見習い』
普通に魔法を使うことが出来るようになった者は『魔法使い』
十分に魔法に関して知識を蓄えた者は『賢者』
最早悟りの境地に達したと言っていい者は『ビショップ』
——といった具合につけられる。
その称号は通っている学校、或いはギルドや国から与えられ、そうすることで与えられた称号を名乗ることが出来る。
リィナの場合、本人は魔法使いと言っているが、彼女はもう既に賢者の称号をギルドのアリサから受け取っていた。
再び言葉が詰まる。今度は代わりに、怒声が発せられた。
「何よ、別にいいじゃない。賢者を名乗ってると色々面倒なの!」
「ふーん」
称号が上位のものになるほど、それに比例して知名度も上がっていく。
ビショップを名乗れる人も大陸に数人程度しかいないので、賢者もそれなりに有名なものだった。
知名度が上がって色々と後先が面倒になるのが嫌なリィナは、あえて下位の称号を名乗っている。
魔法使いの称号になった途端、どこにでもいるような人になるので知名度が大幅に下がるからだ。
だが、魔法が使えないジョルジュには分かってない。その気の抜けた返事が、非常に分かりやすい形でそう語っている。
怒りを煽られたリィナはもう一発どこか殴ってやろうかとも思ったが、このまま怪我ばかり増やさせて後でお荷物になるほうがよっぽど面倒なのでやめた。
代わりに目を細めて悪意の篭った笑みを浮かべ、嗤うような目線をジョルジュに向けた。
「あ〜っ、それとも何? 魔法を使えないアンタの分際じゃ私の苦労が分からないって言いたいの?」
「っ……」
魔法を使える者は限られる。
故に魔法を使えない者は、使える者を妬む、或いは羨むことが多い。
リィナはそれを知っているので、今度は嫌味を含ませてジョルジュをからかった。
台詞だけ聞いていればリィナが苦労しているようだが、彼女は今、この上なく嫌らしい笑みを浮かべている。
やり込められてしまった。そう思ったジョルジュは反論が出来なくなってしまった。
やがて魔力の充填が終わり、リィナの白い光が途切れた。
終わるなり懐からハンドタオルを取り出し、汚れた右手を拭う。
潔癖症というわけではないが、彼女は汚れたものが得意でないがため常に綺麗好きでいる。
「さ、行きましょ」
「あぁ」
もうリィナの嫌味がどうでもよくなってきたジョルジュは、大人しく先行するリィナに続いた。
その時だった。
「あら?」
「?」
突然、何の前触れもなく霧が出始めた。
この辺りが霧に包まれることは、本来であれば気候上ありえない。
何者かによる幻影。この場合、その考えが一番理に適っている。
そう考えたリィナは太刀を抜刀し、周囲を警戒し始めた。
ジョルジュもそれに倣い、自分の得物である拳銃を二丁構える。
丁度その時、リィナの脳裏に一つの映像が流れた。
「っ!?」
リィナはその映像を鮮明に思い出すなり、冷や汗を浮かべた。
武者震いだと思い込んでいた震えも、いつしか恐怖によるものだと認める。
まさかと思ってもう一度脳内の映像を思い出し、周囲の霧とそれを重ねる。
この霧、どこかで見たことはないか。そうだ、あるではないか。それもつい最近に。
エステルを掠めたであろうあの青白い霊。あれが現れたとき、外はどういう状況だった。
否、このような嫌な気しかしない濃霧が発生していた。
複数いるのかは推測の域を出ないが、もしかしたら今、あの霊がこの場にやってくるのではないか。
そこまで考えたリィナはいよいよ震えが最高潮に達し、その場に膝から崩れてしまった。
「なっ、おい! どうした!」
「嘘……でしょ……こんなことがあるなんて……!」
リィナはいつしか、太刀の柄を右手に握り締めたまま一点を見つめていた。
不審に思ったジョルジュは、彼女のその目線を追う。
追ってすぐに視界に映ったそれを見て、彼も全身に震えが走り出すのが分かった。
青白い光を放つ、火の玉のように燃えている非物質の浮遊物体がそこにいたのだ。
ジョルジュは話に聞いていたそれと特徴が見事一致し、硬直。リィナは完全に見覚えがあるとして、震えも止まってしまった。
そして、男の声が響いた。
『——クククッ、みぃ〜つけたぁ〜……つぅ〜かまぁ〜えたぁ〜……』