複雑・ファジー小説

Re: 英雄伝説-Last story- ( No.12 )
日時: 2014/03/21 10:23
名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)

 霊の出現はリィナにとっても想定外だったが、今考えてみれば別におかしいことではない。
 力でたとえ、相手の持ち手が百だろうと五十だろうと、こちらの持ち手が十であれば結果に負けの二文字は見えている。
 それと同じで、少なくとも霊は未知の存在ということで、こちらの力の持ち手よりはるかに多いはず。
 その程度の予想が出来て、何故このような簡単な計算ミスに気付けなかったのか。
 リィナは自分の不甲斐なさを呪うしかなかった。
 ジョルジュに至っては、そのような予想など最初からしていなかったのだが。いや、出来ないという方が正しい。
 彼はそれを自覚している。それでも、馬鹿なりに出来る事はあると自信を持っている。
 いくら頭が悪かろうが、戦闘はお手の物だ。

「リィナ、立てよ。やるぞ」
「やるって……攻撃が通じるかどうかも分からないのに……」
「やってみなきゃ分かんねぇだろうが!」

 ジョルジュは早速、数メートル先で浮遊している霊に向けて銃弾を一発撃つ。だが、結果はある意味予想通りだった。
 銃弾が命中したように思えた時、霊を包む炎のようなものが少し歪んだが、それでもダメージが通っているとは思えない。
 彼は益体もない自分の力を呪い、地団駄を踏んで霊を睨んだ。ここで仲間を守れずして、何がギルドだ。そう叫ぶ。
 馬鹿なりに出来ること。その自信を彼が失った丁度その時、リィナが立ち上がった。太刀の刀身が光の魔法で輝いている。

「あのさ、非物質に物質で攻撃しても意味ないでしょ?」
「あぁ……そうか」

 少しだけ、ジョルジュは自嘲した。馬鹿も行き過ぎはよくないな、と。
 それを他所にリィナは太刀を構えなおし、もう近くまで来ていた霊と相対した。

「さあ見てなさい。魔法使いの実力、見せてあげる」
(だから賢者だろうがっての!)

 殺る気満々のリィナほど怖いものはない。先刻の事もあって、ジョルジュはそれをよく知っている。
 心の中でそう突っ込みながら、大人しく後ろで見守ることにした。下手に干渉すれば逆に足手まといになりかねない。

「やあ!」

 構えた太刀で、霊が射程距離に入った瞬間に神速の右袈裟斬りを放つ。
 命中と同時に、刀身に宿った光の魔法が霊の闇魔法によるエネルギーフィールドを相殺した。
 そして相殺して数ナノ秒もしないうちに、太刀の刃が無防備な霊の核を斬り裂く。
 斬ったな。リィナとジョルジュがそう思って数秒後、霊は先ほどと同じ声で断末魔をあげ、周囲の霧と同時に霧散した。

 霧が晴れ、リィナは溜息をついて太刀を背中の鞘に収めた。ジョルジュも銃にセーフティをかけ、ホルダーにしまう。
 その後しばらく沈黙が走り、再び静寂を破ったのは、まさか本当に霊を倒せるとは思っていなかったリィナだった。

「亡霊とかに攻撃は通じないって聞いてたけど、実際は通じるのね」
「お前の太刀に宿った光が、命中と同時に霊の何かを壊した気がする」
「うん」

 再び沈黙が走り出す。吹き抜ける風と草花が揺れる音だけがその場に響いた。

 この時のリィナは、複雑な疑問ばかりが胸に渦巻いていた。
 先ほど倒した"と思われる"霊は一体だけしか存在していなくて、もうこれでエステルを探せたら終わりなのか。
 それとも、先のはただの分身であって本体は別にあるのか。
 或いは、先の霊をエステルと一緒に倒してしまったか。
 はたまた、今思いつかない別の何かが真実として闇の中に存在しているのか。

 そればかり考えるリィナは、どうしても黙りこくってしまう。
 一方でジョルジュは、堪えきれなくなって沈黙を破り、再び歩き出した。
 ぼうっとしていたリィナが慌てて彼についていく。

「この先に、マーロンとかいう町があるはずだ。まずはそこへ行こう」
「うん」

 そうして再び、相変わらず目印程度しかない道を行く。
 その間リィナはずっと、無防備と言ってもいいほど先の考え事に耽っている。
 きっと思うところが色々あるのだろう。そう察したジョルジュは暫く黙っていたが、再び堪えきれなくなり沈黙を破った。
 発された言葉には、ジョルジュなりの複雑な心境が露になっていた。

「なぁ、俺ってそんなに頼りないか?」
「えっ」

 それはリィナにとって意外な質問だった。
 歩くのをやめたジョルジュが、背後をついてきていた彼女を振り返る。
 その表情には様々な感情が篭っている。

「お前の考え事が何なのか、頭の悪い俺にはよく分からないけどよ。それでも、仲間に何の心境も打ち明けないのかよ?」

 リィナはそれを聞いた瞬間、少しだけ目を見開いた後にクスクスと笑い出した。

「な、何だよ」
「馬鹿。本っ当に馬鹿だねアンタ」

 そしてその表情のまま、彼女は包帯でグルグル巻きにされたジョルジュの頬に触れた。
 同時に青く美しい光が溢れ、驚く彼を包む。リィナが使ったのは一種の治癒魔法で、ジョルジュの怪我を治癒し始めた。
 やがて頃合になり、リィナはその手を離し、手早く彼の包帯を外しながら言う。

「確かにアンタは、正直頼りにならないほど頭が悪いよね。その底抜けの明るさが、どれだけ私の心の支えになってくれてるか……それにすらも気付かないほどに……」
「俺の、底抜けの明るさが?」
「そうよ」

 ジョルジュが疑問を言い終えた時、リィナは完全にジョルジュの包帯を外せた。
 彼女はそれを小さく畳み、軽く足元の土を足で掘ってそれを埋め、再び土を被せる。
 そして一連の作業を終わらせると、アゴの調子を確かめているジョルジュに向き直った。

「その、いつも素直じゃなくて悪かったわよ。アンタの事は立派な仲間だって思ってるし、普通にモンスターと戦うときは頼りになってる。ましてや、こうして私が気落ちしてるときなんかね」

 ここに至り、ジョルジュはようやく分かった。
 馬鹿なりに出来る事。それは戦闘ではなく、仲間を励ますことだと。
 空気くらい読めれるなら、それも立派なことだ。

「……サンキュ」
「いいのっ」

 やがて、微笑むリィナを見て心を入れ替えられた気がしたジョルジュは、はにかんで再び歩き出した。

「よーし、行こうぜ!」
「うん」

 これまでとはまるで違う空気で、二人はマーロンに向かった。
 包帯の埋められた道の脇に咲く花が、宛ら二人の旅路を祝福するかのように風にゆらゆら揺れていた。