複雑・ファジー小説

Re: 英雄伝説-Last story- ( No.13 )
日時: 2014/03/23 13:07
名前: キコリ ◆ARGHzENN9w (ID: gOBbXtG8)

 リィナとジョルジュがマーロンへ向かっている一方で、シヴァは黎明の塔と呼ばれる塔へやってきた。
 転移魔法によってやってきたこの塔は、何もない砂漠の真ん中で一つ、寂しげにポツンと建っている。
 尚、この塔は現在の技術では不可能とされる建築方法で建設されている。
 その高さは目分量でも地上1000メートルは優に突破しており、いくら見上げても見上げきれない。

(黎明の塔……ここなら……)

 黎明の塔には建設理由にいくつかの逸話があり、その中に、天界へ侵攻するために悪魔が建設したという逸話がある。
 シヴァが精霊の都で掴んだ話に、その逸話に関連する天界の天使と地上の悪魔による全面戦争の際、とある不死の天使がその全面戦争で大役を果たしたという内容があった。
 さらにその不死の天使はやがて心を悪に染め、堕天使となった際に一人の英雄に葬られたという話もある。

 もしかしたら、その不死の天使が今回エステルを掠めた霊に関係があるのではないか。
 そう思うところもあって、シヴァはこの塔へやってきたのだ。

 早速古びた石の床を踏みしめ、彼女は塔の中へと足を踏み入れる。
 が、それは突然に背後から感じた殺意のある視線によって妨げられる。

 その視線を察知したシヴァは、素早く背後を振り返る。
 同時に視線の発生源が何かを認めるよりも先に、彼女は飛び退き様に手を振りかざして簡素な氷の壁を作り出した。
 刹那、その氷の壁には小気味良い音を立てて罅が入った。

「躾のなっていない犬が足掻く……」
「いきなり不躾だなんて、ちょっと失礼じゃなくて?」

 氷の壁越しにシヴァは、殺意ある視線の発生源を認めた。
 そこには黒い甲冑姿の男が立っており、膨大な闇の魔力を発する槍を手にシヴァが作り出した氷の壁を突いている。
 だが、咄嗟とはいえシヴァは精霊。扱える魔力の量が普通の人間のそれとは違う。
 故に氷の壁は砕けないまま、罅だけ入っていた。
 だが——

「ふんっ!!」

 その男が力を篭めた瞬間、氷は完全に砕けた。

「えっ……」
「笑わせるな。この程度の力で貴様は精霊を名乗っているのか」

 この男、何かヤバイ。シヴァはそう思うなり、本能的な恐怖を刻まれた気がした。
 明らかに普通の人間ではない。普通の人間であれば、どのような化学兵器を以っても精霊には勝てない。
 だがシヴァと相対するこの男は、そんな理論を覆すような現象を今やってのけた。

 一体何者だろうか。そこで、彼女は一つの答えにたどり着いた。

「貴方、もしかして魔族?」
「それ以外に何があるというのだ。魔族でなければ神や龍でもない限り、貴様らには勝てまい」
「……っ」

 魔族。それは、人の姿を取る種族では最強と謳われる種族。
 通常種の人間や精霊、その他獣人などの種族は、この魔族という極めて個体数が少ない種族に対し、遺伝子に本能的な恐怖感を感じてしまう生体情報を刻まれている。
 何故そうなっているのか。それは古の時代に栄えた文明『アルツ文明』が関係しているというが、真偽は未だ謎のまま。
 いずれにせよシヴァは現在、目の前の魔族と名乗る男に対して恐怖を抱いている。
 どうやって状況を切り抜けようかなどと必死で考えた辺り、正直焦り始めていた。

「……それで、何故不躾というのか教えてもらっても?」

 奇襲に備え、シヴァは不可視魔法を使用しながら全身に魔力を集めていた。
 長いときを生きた歴戦の精霊であれば、魔族に勝てないこともない。確率は非常に低いものとなるが。

 そうしてシヴァが「本気を出さないと」と思って男を睨んでいると、その男が動きを見せた。
 持っている槍が魔法により剣へと変わり、戦闘を開始せんといわんばかりにその剣を構える。

「俺の名はゼルフ・ニーグラス。まずはまあ覚えておくがよい」
「ご丁寧にどうも」

 名乗られたら名乗り返す。
 それは常識だったが、今回に至ってはそうではなかった。
 明らかな敵意を見せるその男『ゼルフ・ニーグラス』に名乗り返す資格はない。そうシヴァが思ったからだ。

「貴様が何故不躾なのか……だったか。決まっている。この遺跡に足を踏み入れたからだ」

 ゼルフのその言葉を聞いて、シヴァは強烈な疑問が胸に渦巻き始めた。
 ここ『黎明の塔』は所謂観光名所であって、先ほどもこの塔を管理している町の役所に見物の許可をもらってきた。
 観光名所ということは、それこそ周知の事実である。ゼルフの発言は些か変だ。

「観光という理由じゃ駄目かしら」
「笑止。貴様のそれは名目であり、本当の目的はそれではないのだろう」

 薄ら軽蔑するような笑みを浮かべたシヴァ。
 それでも、見透かされたという恐怖ゆえに心臓の鼓動が速くなっている。
 そんな彼女を前に、ゼルフは闇の魔法で剣を持っていない左手を黒く染めた。
 元々甲冑が黒いので分かりにくいが、魔力が渦巻いているのでよく見れば分かる。

「そこで、貴様に教育を施そうと思ってな」
「教育ですって?」

 シヴァはその一言で笑みが消え、代わりに抑えきれない怒りの感情がわいてきた。

「今、明らかな殺意があったようだけど……魔族の間ではあれを教育と呼ぶのかしら?」
「命を以って教育を施す。特に貴様は、この遺跡の重要さを知らないらしいからな」

 そこまで言い終えた途端、ゼルフが神速の剣捌きでシヴァに斬りかかった。
 咄嗟にシヴァは予め溜めておいた魔力を放出し、氷点下にまで冷え切った水元素へと変換し、再び氷の壁を作り出した。
 すると丁度合間に入り込んだゼルフが、氷の壁に閉ざされた。ここまではシヴァの算段通りである。

 彼女は固まって動けないゼルフを一瞥し、肩にかかった蒼穹の長髪を鬱陶しそうに払いのけた。
 視線は塔の外へと向き、そのまま塔を出て行く。この場は避けたほうがいいと思ったからだ。
 やがて出入り口につく寸前、振り返らずに歩みを止めて独り言を言う。氷の中のゼルフには、言葉など届かない。

「魔族とはいえ、流石に私には勝てないみたいね。特に、貴方みたいに馬鹿な人は」

 その後勝ち誇ったような笑みを浮かべ、シヴァは塔を後にした。