複雑・ファジー小説

Re: 英雄伝説-Last story- ( No.4 )
日時: 2014/03/19 20:40
名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)

 怯えるエステルを背後に控え、リィナは彼女の部屋の前までやってきた。
 ノクターン一家が住まうこの家は三階建てで、リィナの部屋は二階に、エステルの部屋は三階にある。

「お姉ちゃん」

 そしていよいよ扉の取っ手に手を掛けたとき、そんなリィナを止めるようにエステルが言う。
 どうしたの?という目で無言を貫いたまま、リィナはウサギのぬいぐるみを抱くエステルを見る。

「死んじゃヤだよ? お願いだから死なないでね!」
「う、うん……」

 死ぬなと忠告するとは。この先には一体何がいるのだろうか。
 強烈な疑問が胸に渦巻いたリィナだが、それを確かめるためにも此処へ来たのだ。
 腹を括った彼女はエステルの頭をポンポンと撫でるように叩くと、モンスターの侵入も想定して勢いよく扉を開ける。

「——?」

 目に飛び込んできた光景は、まさに摩訶不思議だった。
 エステルの部屋の中央にはモンスターではなく、代わりに火の玉のような、青く光る非物質の何かがあった。
 それは特に動きを見せるわけでもなく、ただその場で空中にふわふわと浮いている。
 それと心なしか、それとも現実か、この部屋の気温が下がっている。それも著しく、寒いとさえ思うほどに。
 窓が開け放たれているが、先ほどまで窓が開け放たれた部屋にいたリィナなので、窓が開いているせいではないとわかる。

「こ、怖いよぉ……」

 遂にエステルは咽び泣きだした。
 リィナは仕方ないので、視線をその青白い何かに向けたまま彼女に話しかける。

「エステルはパパとママのところへ行きなさい。ここはお姉ちゃんに任せて」
「でも……」
「お姉ちゃんの言うことくらいたまには聞きなさい! いいから早く!」
「う、うん」

 厳しく諭したのには訳がある。
 リィナは『ギルド』と呼ばれる、モンスター討伐専門部隊に所属している歴戦の戦士。
 表情にこそ出ていないが、その歴戦の戦士が、この青白い何かに対して恐怖を感じているのだ。
 一般の、それも幼い子供がいたところで、ただ足手まといになるだけである。

 言われるがままにエステルは、持っていたぬいぐるみを強く抱いて階下へと慌しく降りていった。
 残ったリィナはその青白い何かと相対したまま、警戒心を露にしてそれを睨んだ。
 下手に動くよりはいい。下手に動いたところで事態が好転することは少ないと、彼女は知っている。


  ◇ ◇ ◇


「リィナ、大丈夫か!?」

 やがて、リィナの父であるハリーがやってきた。
 彼の右手には釘が無数に刺さったバットを、左手には何故か大き目の鍋蓋を持っている。
 宛ら何処かにいそうな、喧嘩に臨む昭和男児である。
 もう少しまともな獲物はなかったのか。それも含めてそんな父を見たリィナは色々と突っ込みたくなったが、今は突っ込んでいる暇はないとすぐに思い直した。

「ママは?」
「ママは下でエステルといるよ。それより、コイツは何だ?」

 ハリーが視線をリィナから変え、部屋の中央に浮く青白い何かに向ける。

「分からない。エステルが怯えて私に助けを求めてきたから来てみたら……」
「この青白い何かがあったというわけか」

 首肯するリィナ。
 そのときだった。

「!?」

 突如、今まで動きを見せなかったその青白い物体が動きを見せた。
 まるで鼓動を打つように動き出し、それはゆらゆらと周囲を飛びまわり始める。
 やがて、標的はリィナへと。


  ◇ ◇ ◇


「あ……」
「どうしたの?」

 姉の悲鳴が聞こえた。
 階下で母『マリー』の腕の中で泣いていたエステルは、そう察するや否やマリーの腕をすり抜けた。

「ちょっとエステル!?」

 一心不乱に部屋を飛び出すエステル。
 リィナの悲鳴はマリーにも聞こえたので、そんなエステル行き先はすぐに察しがつく。
 予め本人から三階が危ないと聞いていたマリーは、慌ててエステルの後を追った。


  ◇ ◇ ◇

「お姉ちゃん!」

 自分の部屋にたどり着いたエステルは、件の青白い何かにとり憑かれたリィナを目撃した。
 彼女の胸の辺りが、その青白い何かの所為で燃えているように見える。だが実際には燃えていないようだ。
 片膝をついて呻くそんな彼女の一方で、ハリーは足が竦んで尻餅をついたまま、リィナと部屋に来たエステルを見ている。
 次いで、エステルを追ってきたマリーもやってきた。

「な、何よエステル……は、はやく戻りなさい!」
「ダメぇ!」

 姉への愛情が行き過ぎたのか、エステルは苦しむリィナを抱きしめた。

『——クククッ、みぃ〜つけたぁ〜……つぅ〜かまぁ〜えたぁ〜……』

 すると同時に、どこからともなくそんな男の声が響いた。
 そして一同がその声を認識した途端、青白い何かはリィナからエステルへと乗り移る。

「きゃああ!」
「ちょ、え、エステル!?」

 襲い来る急激な脱力感。
 それから開放されたリィナは即座にエステルを心配しだしたが、今度はエステルが脱力感に見舞われた。
 証左に、乗り移った青白い何かは、リィナの時と同じくしてエステルの胸が燃えているように見えている。

「う、うあ……ああああ!!」
「エステル!?」

 そして彼女は、青白い光と共にその場から消えた。
 手に握っていたはずの、白いウサギのぬいぐるみだけを残して。

「エステル……?」

 残されたリィナは、自分に降りかかっている事情が飲み込めないまま、ただ消えた彼女の名を呼ぶしか出来なかった。