複雑・ファジー小説

Re: 英雄伝説-Last story- ( No.5 )
日時: 2014/03/13 11:48
名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)

「——っていうことが、昨日あったの」

 翌朝ギルドの『レミン支部』へやってきたリィナは、昨晩のうちに起きた妹の消失事件について話していた。
 そのことを話す彼女はどこか虚ろで悲壮に満ちており、いつもより視線が下を向いている。

 加えて、エステルという存在は支部内の仲間も重々知っている。
 リィナと支部にやってきては、よく一緒に遊んだりもした。休日も時々、リィナを交えて一緒にいた事だってあった。
 エステルの消失は、何もリィナだけの問題ではない。

「エステルちゃんが消えた、か」
「一大事だね……」

 いつも明るく振舞っているリィナの盟友『ジョルジュ・ハーシェル』や『フロン・シュッツ』でさえ、エステルの消失には大きく動揺して落胆している。他のメンバーも同じく、どうも気落ちしてならない。
 そんな中、このギルド支部を統括する責任者『アリサ・カーティス』が乱暴に席を立ち上がった。
 椅子が反動で後ろに倒れ、その音で周囲の者達の目線を引く。

「エステルちゃんが消えちゃったなら、早く見つけてあげないと! 何か手がかりは無いの!?」
「手がかりなんて……」

 唐突過ぎた出来事の所為で、そんなものがあるわけが無い。
 きつい視線を受けていたリィナは泣きそうになりながらそういいかけたが、代わりに別の、艶美な女性の声が響く。

「手がかりならあるわよ」

 窓際で紫煙を吹かしていた『シヴァ』が、皆とは対照的に薄ら笑みさえ浮かべてそう言った。
 因みにシヴァは冷気を纏う人型の精霊で、彼女に近付くと暑い夏でも一気に涼しくなれる。
 精霊とはいえ、限りなく人間に近い。人工的に造られた生命体ではないかとも言われているが、それはまた別の話である。

 そんなシヴァに喧嘩を売られているような気がしたアリサ。
 睨みを利かせて喧嘩腰で、どういうことなのかを訊いた。

「その青白く光る炎のような何か。それについてちょっと心当たりがあるわ」

 シヴァを初めとした精霊は人とは違い、かなり長寿なことで知られている。
 彼女の場合、既に700年の時を生きてきた。それでもまだ見た目が若いので、更に長生きをすることとなる。
 そんな壮年の彼女なので、正体不明の何かについても少なからず知っている。
 すっかり短くなった煙草を携帯灰皿にしまうと、彼女は窓際の壁から背中をはがした。

「みんな、英雄伝説について知ってるわね?」
「当たり前じゃない。何、馬鹿にしてるの?」
「そうじゃないけれど……」

 英雄伝説。
 それは、どこの国でも有名なとある実話のこと。
 少し解釈を変えて御伽噺になったり、真偽が未だ闇の中である逸話もあるが、いずれの話にも共通することは、度々甦る不死の敵を闇に葬る話が綴られていることである。
 立派に歴史の教科書に載っていることもあるので、知らない者はいないといっても過言ではない。

 そんなこともあってか、英雄伝説について知ってるかどうかを訊くのは所謂野暮であり、何時しか、英雄伝説の存在を知っているか訊かれたら馬鹿にされたんだな、と受け取る人も多くなってきた。
 当然、一介の精霊がそんな事情を知るわけが無いので、シヴァは何の抵抗も無くそう訊いてしまった。
 そして運が悪いことに、アリサはそのうちの一人だったようだ。

 一大事だというのに馬鹿にされた。
 そう勝手に解釈したアリサは段々と、握る拳の力と震えが大きくなっていく。
 困惑するシヴァ。そんな彼女に、リィナが助け舟を出した。

「アリサ、落ち着いて。シヴァはここに来たばかりだから、そんな事情知らないんだよ」
「……ま、それもそうね」

 ようやくアリサは落ち着きを取り戻し、倒れていた椅子を元に戻してそれに腰掛けた。

 そんな事情とはどのような事情なのか。
 当のシヴァには分かりかねたが、一大事であることに変わりは無いので追求は後回しにした。
 エステルを失ったことについては、彼女にも堪えるものがある。

「その英雄伝説に出てくる不死の敵。それには話の裏で、共通していることがあるわ」
「共通していること?」

 その不死の敵を闇に葬ることか。きっとそうなのだろう。
 そう勝手に胸のうちで結論付けたアリサはまた握った拳が震えだしたが、いつの間にか横にいた少年『エリオット』が、握って震えている彼女の拳をそっと押さえた。
 拳を押さえられたアリサは、不思議と力が抜けていくのが分かった。
 いつもそうだ。どうしようもなく腹が立っていても、エリオットが近くにいると自然と怒りが収まる。
 右手で彼を抱き寄せてポンポンと背中を叩き、満更でもなさそうな彼を見たアリサはシヴァの話の続きを望んだ。

 それはアリサだけでなく、リィナを初めとする一同が思いも寄らない共通点だった。