複雑・ファジー小説

Re: 竜装機甲ドラグーン ( No.75 )
日時: 2014/04/14 15:23
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: hRfhS.m/)

 迷路のように入り組んだ施設を進むエリーゼル。

 迷う事は無い、知っているから。

 行く先々すべての扉が己を向かい入れ、次々と開閉される。

 





 研究棟最深部。
 
 巨大な水槽が鎮座する培養プランター。

 無残に破壊された何本ものシリンダーケース。
 
 大小様々な並列する機材の数々。



 かつて踏み入れた様に再び足跡を辿る。

 「・・・ここに来るのは何年ぶりかしら?いえ、『わたくし』では無く、何体目かのわたくしですが・・・」

 感慨深くあるがそれは自分が体験した訳で無いのだ。

 エリ−ゼルはひとつひとつ機材を眺めながら、奥へと進み、眼前の巨大な水槽を見上げる。

 緑の溶液の凝りが沈殿し、濁る水槽の中は視ることはできない。

 強化ガラスにそっと手を添えるエリーゼル。

 この羊水の海でどれほどの『彼女』たちが製造、複製されたのか。

 己に宿る記憶、想い。

 目を閉じれば浮かぶ。

 それらは本当に存在するのか。

 虚構という実態の無い妄想にしか過ぎないのでは。

 自分は何者なのか。

 ずっと自問自答していた。















 「お帰りなさい、最後のエリ−」














 白い。

 白い世界。

 どこまでも白い砂浜が延々と続く。

 どこまでも白い海原が延々と波を寄せる。




 エリーゼルの前に幼いエリーゼルが佇む。
 


 「・・・呼んでいたのはあなたなのですね、最初のエリー」

 エリーゼルが幼少時代の自分と同じ姿の少女と会話を返す。

 「ずっと見ていた。あなたを。『わたしたち』は」

 エリーゼルを囲むように佇むたくさんの幼い己の現し身。

 道半ばで命潰えた儚く散った少女たち。

 「・・・わたくしは、わたくしたちの存在とは何だったのでしょうか?いつから父と母は娘の残影に憑かれてしまったのか」

 多大な愛があった。愛された。

 それは間違いない。自分も愛した。

 それに不治の病が拍車をかけた。

 病を克服するため、クローンとして生かされる。

 だが、それは替えの効く模造品に成り果ててしまった。

 壊れればまた造ればいい。

 やがてそれは、虚飾と詭弁、打算や思惑を巻き込み織り交ぜた、途方もない大きな闇を育んでしまった。

 自らを滅ぼす程の闇を。








 「・・・No.13、わたくしがラストナンバー。竜種細胞適合被験体番号13番。おかげで病気は完治しましたわ、でもわたくしはふたりを、父様と母様を・・・!!この手で!!!」


 
 両手で顔を覆い、白い砂浜に崩れ落ち、座り込むエリ−ゼル。

 「わたくしは兵器で良かった!何も考えずに、何も思わずに!!与えられた命令をこなす機械で!!!」


 砂浜に零れる雫。

 
 「・・・人形のままで良かった・・・」

 
 エリ−ゼルを囲む少女たちは、泣き崩れる過酷な宿命を持つ別たれた自身の姿見に顔を見合わせる。

 その時、白い世界に響く酷く耳障りな軋み。

 そしてガラスが割れるような甲高い破砕音。

 「・・・来た。アイツが。起きて、エリー。あなたは戦わなければいけない。己の闇と」

 少女はエリーゼルの手を引く。

 「・・・何を言ってるんですの?・・・戦う?わたくしが・・・?」
 
 聞こえる。

 白い海の水平線から高速で迫る機影の駆動音。

 それは波しぶきを上げて、こちらに向かって来る。

 エリーゼルたちの眼前に飛翔し、現れたのはドラグーン。

 紅い、鮮血のごとく赤黒い竜機。

 よく知っている。

 それは愛機、ペンドラゴンにそっくりだった。

 血のような装色を覗けば。





 赤い双眸で見下ろす鮮血の竜機。

 「・・・これはペンドラゴン?でも、わたくしのではない。だけどこの感じはとても禍々しくて、悲しげな・・・」

 「そう。このドラグーンはあなた自身。あなたの心の闇が創り上げたもの。戦って自分を解き放って」

 少女は言う。戦えと。

 「戦わなければどうなるのですか・・・?」

 「その時は消えるだけ。あなたもわたしたちも。『無』になる、永遠の。わたしたちはあなたの意志にしたがうわ。例えそれがどんな選択でも・・・」

 鮮血の竜機が機体と同じ赤いライフルを向ける。

 まるで己を試すように。




 このまま消えてしまうのもいいかもしれない。

 だが、本当にそれでいいのか。

 自分にはまだやるべき事、まだやりたい事があるのではないか。

 ここですべてを終わりにしてしまったら、もうそれらをする事は出来ない。



 逢えない。

 みんなに。

 消えたくない。

 みんなと逢えなくなるのは嫌だ。

 もう一度逢いたい。









 白い砂浜に立ちあがるエリーゼル。

 その背後に紅のドラグーンが堂々と直立する。

 重なる様にひとつになるエリーゼルとペンドラゴン。

 エリーゼルは瞬時にコックピットに現れ操縦桿をにぎる。

 「・・・わたくしはこんなところで油を売っている暇は御座いませんの。早々に決着をつけさしてもらいますわ、わたくしの『闇』とやらさん?」



 紅の竜機は優雅にライフルを構えた。