複雑・ファジー小説

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.10 )
日時: 2014/06/24 17:05
名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)

第9話
「一撃目はそっちに譲るぞ?」
「あら?それはありがとう!」

カグヤはジンの言葉を聞くなりローラーブレードに魔力を込めた。
カグヤはそのままジンとの間合いを一気に詰め、その勢いを利用して拳をジンにめがけて放った。
しかしその拳は空を切る形になる。まるですり抜けたような感覚だった。

「えっ?」

カグヤは勢いを殺すようにすぐにブレーキを掛け、バランスを取るためにしゃがみ手を付いた。
ジンはその場に立ったままで、カグヤに視線を向けて今までと変わらない笑みを浮かべていた。

「一撃目は受けてくれるって言ってなかった?」
「そうは思ったけど、とても女のパンチじゃなかったからな」

ゆっくりと立ち上がるカグヤに対しジンは冗談交じりな口調で笑っており、カグヤは頭に血が上りそうな感覚を感じ一度小さな深呼吸をした。

(一度落ち着かないとね。今度こそ動きを見極めないと)

カグヤが頭の中で落ち着こうと意識を一瞬集中した瞬間。
その一瞬の隙にジンは距離を詰めており、同時にカグヤの目には閃光が走ろうとしていたのを確認した。

(やられる!?)

カグヤが目を閉じ、その痛みを覚悟したが一向にその痛みは感じることがなかった。
代わりに頭を軽く片手で叩かれてカグヤは瞳を開いた。

「えっ…」
「真剣勝負中に眼を閉じていいのか?」
「なっ…余計なお世話よ!」

カグヤはすぐにローラーブレードで威力が増強された蹴りをジンの足元に繰り出すも尚もその蹴りは空を切ってしまう。

(当たらない?なんで?)

姿は見えているがいくら拳や蹴りを放ってもジンの体をすり抜けて当たらない。まるで一人稽古をしているような感覚だった。

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「すご〜い。カグヤちゃんの攻撃が全然当たらないよ。」
「リーネちゃんよく見えるね?私には早くてよく分らないわ。」
「確かにジンの動きはサクヤには見極められないな」

ジンの動きは非常に特殊だった。カグヤの一撃目については急な高速移動でカグヤの後ろに回り込んで避けていた。
第3者として見ていれば一連の動きを確認できるがカグヤにとっては目の前の人間の体をすり抜けたような感覚だろう。

「いい加減にしろ!」
「俺だってそんな凶悪な攻撃当たりたくないぞ!」

お互いに言い合いをしながら、カグヤはひたすら攻撃を繰り返していくもまったく当たる様子がなかった。

「この!」

そのままカグヤは大振りでローラーブレードのローラー部で蹴り上げようとし、それに対してジンは鞘に納めたまま刀を振り上げて蹴りを受け止めた。

ここまで見てカグヤは自分の魔力で肉体強化をして戦闘を行うというスタイルだと分かった。
それに対して、ジンは緩急と急スピードを繰り返して相手を撹乱させて戦うタイプと見える。

「すごいね!カグヤちゃんのキックって岩だって砕けるのに…」
「あら?今そんなに本気出していたの?」

リーネの話にサクヤは驚いたようだった。
正直、俺もその蹴りを何事もないように片手で受け止めたジンに対して驚いた。
リーネに言われていなかったら、普通なら何事もないただの蹴りを受け止めたようにしか見えない。

「あいつ…強いな。あれでまだ刀術があるのか…」
「もしかして最初の刀での寸止め?」
「見えたのか?」

ジンは一度だけ刀を抜いていた。それがカグヤの一瞬だけ隙を見せた時のことだった。
鞘から刀を抜く際の勢いを利用して行われる居合抜きから寸止め、そこから刀を鞘に戻し、カグヤの頭を叩くまでの一連の動きは俺にしか見えていなかったと思った。それをリーネは見極めていたようだった。

「えっ?刀抜いていたの?私には見えなかったわ」
「一瞬だったからよくは分からなかったけどそんな気がしたんだ。」

実際サクヤの反応が普通だろう。
おそらく当のカグヤも抜刀の瞬間は見れていないし本能的に危険を感じたようだった。

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「そろそろ…時間じゃないかしら?」
「そうだな。大体…後30秒くらいだな」

常に魔力を込めての攻撃を繰り返し続けて疲労を見せるカグヤに対して、全く呼吸を乱さず楽しそうに答えるジンにカグヤは笑みを浮かべてしまった。

「飛び道具がない奴に使うのは卑怯かと思ったけど使うわね?」
「来いよ。負けるつもりはないけどな」

二人の状況を見ればどちらが勝ちかは誰が見ても明らかだった。
そんな中カグヤは一番最初に用意していたサブマシンガンを手に取り、ジンに向かって構えた。

「じゃあ私の最後の攻撃よ。受け取りなさいよ!」

同時にカグヤは引き金を引き、辺りに銃弾の音が休みなく鳴り響いた。が銃弾は当然のようにジンの体をすり抜けた。カグヤがそれを確認した時には視界が反転した。

「ちょっと遅かったか…」

カグヤが状況を把握した時にはジンに押し倒された形で首元には刀の鞘が突き付けられた状態だった。

「そうだな。数秒だけ時間切れだったな。」

キルは時計を見ながら話し、リーネとサクヤも笑ったまま拍手をして二人の戦いを称えた。

「すごかったよ!カグヤちゃんもジンもナイスファイトだね!」
「本当。見応えがあったわよ。」

ゆっくりと立ち上がるジンに対してカグヤはむくれて地面に座ったジンを睨んだ。

「あんた…手加減していたでしょ?どういうつもりよ?」
「そりゃあ組み手だからな。腕試しで本気にはなれないからな」

ジンの一言にカグヤはきょとんとしそんな様子を見たサクヤはカグヤの頭を撫でた。

「よく頑張ったね。カグヤちゃん」
「ちょっと!やめてよお姉ちゃん…」

恥ずかしさから真っ赤になりながらカグヤは立ち上がり、片手に持ったままのサブマシンガンを腰に戻した。

そんな3人の様子を見てリーネは密かに表情を曇らせた。

「どうした?お前にしてはずいぶん沈んでいるな」
「むう…。私にしてはというのは余計だよ。皆すごいなって思ったの…。自分の力でジンもカグヤちゃんもあんなに強くなって…私はこのままでいいのかなって思っちゃって…」
「どう考えるかはおまえ次第だろ?ただ焦ってもいいことはないぞ?」

キルの言葉にリーネはもう一度ジンとカグヤを見た。

「でも…やっぱりこのままじゃ駄目だよ…」

リーネは踵を返してからその場を離れた。迷いを胸に抱いたまま。