複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.24 )
- 日時: 2014/06/26 12:45
- 名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)
第9話
「キル…私も…負けられないね…」
キルが白騎士に対して身構える様子に私はお腹の痛みに耐えながら立ち上がった。
さっきはあれだけ集中していたはずなのに動きが見えなかった。そうなると私が出来ることは一つだけだった。
「あら?リーネちゃんも戦う気?発動にかかる錬金術を発動する前に貴方の命を奪えることはもう証明したと思うけど?」
「うん…でも命は奪わないよね?私が死んだら困るんだよね」
私の言葉に一瞬白騎士が表情を曇らせた。
その瞬間キルは咆哮と共に白騎士に飛び込んだ。
その咆哮は衝撃波となり、咄嗟に白騎士は手で目元を覆った。
同時にキルに対して反対の手で剣を振い斬りつけようとしたが、剣はキルの体が弾きすぐに後ろに距離を取った。
「いい考えね?おかげで面倒になったわ」
「今度は私の質問に答えてもらうよ!」
杖を地面に当てて術を発動させ、白騎士の後ろに十字架を練成し同時に両手を十字架に磔にした。
「あら?油断したわ〜。いい杖ね?まさか地面に触れているだけでもう貴女のテリトリーなんてね」
「褒めても何も出てこないよ」
完全に身動きを封じたはずなのに全く動揺している様子が見えない白騎士に私は不気味ささえ感じた。
「リーネ!」
「えっ?カグヤちゃん?」
不意に聞こえた声に振り向くとカグヤちゃんとシンちゃん、それにお師匠様はバードさんに肩を貸した状態だった。
「ちょっとあんたボロボロじゃない!大丈夫?」
「キルも…なんか光っていますよ?」
カグヤちゃんとシンちゃんは私達を見ながら近づいてきた。
バードさんは怪我をしていたようだけどお師匠様は回復術も使えるから大丈夫かな。
「それで私は無視されているのかしらね?」
白騎士の声に私は慌てて視線を戻した。
いつの間にか抜けだされているのかと考えてしまったけど、しっかりと拘束されたままの状態で安心できた。
「それで…貴女はここで何をしていたんですか?」
「ここでは探し物!なかなか見つからないんだよね〜」
シンちゃんの質問に対して白騎士は全く隠す様子もなくペラペラと話していった。
身動きを封じられっているはずなのに特に抵抗する様子もなく、剣も地面に落ちたままだから自力で逃げ出せそうにないように見えた。
「お前は何者だ?普通の一般人ではないだろ?」
「うーん…かっこいいお兄さんの質問には答えてあげたいけどそれは秘密ね」
お師匠様の質問に対して全く動じる様子もなくにこやかに答えていた。
お師匠様も距離を取っているせいかちゃんと喋れているけど、もしかしたらまた別の理由なのかもしれない。
「でも一応あんたは捕まえた訳だしこれから取り調べね」
「残念。さっきの質問に答えたのは私を捕まえられたリーネちゃんへのご褒美だよ。そろそろサービスはお終い…じゃあ後はよろしく」
カグヤちゃんの言葉に白騎士はニコニコとしたまま話していくと瞳を閉じた。
その瞬間、白騎士の体は光に包まれ光が収まると現れたのはさっきとは別の重装備な白い鎧と蒼い短髪。背中には赤いマントを装備した男の人だった。
「えっ…男の人になっちゃった…」
「体型も代わっていますね…」
瞳を開けた男の人は当たり前のように十字架をへし折って拘束から脱出した。
「まったく…あいつも油断のしすぎだ…まあそれでもお前の評価は改めないとな。聖獣フェンリルを従える錬金術師リーネか」
「私はキルを従えてなんかいないよ!キルは家族であって家来とかじゃないよ!」
声も雰囲気もさっきとは全く別の人に感じることからやっぱりさっきの白騎士とは違っていた。
陽気な感じだった雰囲気は完全に物静かなものになり、すべてを見通していそうな緑の瞳は私にさっきの白騎士とは違う恐怖を与えた。
「君は…まさかフュージ二アンか…」
「なんだ?そのフュー…なんとかって」
お師匠様の言葉にバードさんは横から問いかけ白騎士は笑みを浮かべ床に落ちた二本の剣を手に取った。
その剣を片手で持つと光に包まれながら形状を変え二本の剣が一つの大剣に変わった。
「まさか俺達の存在を知っている奴がいるとは思っていなかった」
「お師匠様?フュージ二アンって?」
「遠い昔に行われていた実験生命体だ。二人の男女の魂を一つの肉体に移すことで生み出せたという特別な人工生命。最もあまりに非人道的な行為のために生み出すことを禁じられていたはずだ」
お師匠様の言葉に皆は白騎士に視線を向け警戒した。本来ならある訳がない存在である相手に私は自然と警戒を強めた。
「ここまで知られたら探し物どころじゃないよな…」
「っ!皆!下がってください!」
シンちゃんの声に咄嗟にシンちゃんは私を連れてキルと共に後ろに跳躍し、続くようにカグヤちゃんとお師匠様達も跳躍してた。
白騎士は大剣を両手で地面に突き刺した瞬間、コロシアムの床全体が白騎士を中心に大きくひび割れした。
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「うそ!?」
たった一突きで地面を割った白騎士の力にカグヤは思わず声を出して着地し、フランとバード、続いてシンとリーネその隣にキルも着地した。
ひび割れした床からは地下を流れていたと思われる水が噴き出し始めた。
「おい…これ…」
「崩れますね…この遺跡…」
バードの言葉にシンは答えた。すぐ横にいたリーネはシンの体が小さく震えているのが分かった。
すぐに床を修復しようと床をに視線を向けたリーネだったがそのまま動きを止めた。
「さっきの床のようにしっかりとしていればいい。だが、こうバラバラになっていれば一つの欠片は練成できても床全体は練成しきれないだろ?」
「うう…お師匠様は?」
「ここに来る前にかなり無茶をした…それにこれだけ広いと無理だ」
今から出口を目指しても間に合うわけがないと判断した白騎士は剣を背中に納めると何か術を唱え始め光に包まれた。
「本当は連れて帰りたかったが仕方か…じゃあな…」
言葉を残してそのまま白騎士は光と共に姿を消した。辺りには地面から噴き出した水が徐々に溜まり始めた。
「こいつは…せめて観客席まで逃げようぜ?」
「そうね…ここにいたら死期を早くするだけだわ…」
バードの提案で各々は観客席に向かった。
リーネも震えているシンを支えながら歩いていく中で不意に何かが落ちる音を聞いた。
「指輪?…これ…確か…」
リーネが見つけたのはシンとバードが地下で見つけた指輪だった。
その指輪を拾った瞬間リーネの頭に様々な映像が頭の中に入り込んできた。
清らかな水の元で暮らしている街の人々
その水を生み出すために祈りをささげる女性
この水を守るために身をささげた一人の錬金術師の姿
その力を一つの指輪にささげて指輪の名前を囁く女性の姿
「アクアマリン…」
リーネは指輪を人差し指に着けた。
不思議とその指輪のサイズはぴったりで違和感なく付けられた。
「キル!シンちゃんを皆の所に連れて行って!」
リーネの命令に対してキルはすぐに背中に乗せられたシンを連れて観客席に戻った。
「ちょっと!あの子何しているの!」
「待てよ…なんか変だ…」
すぐに連れ戻そうとするカグヤをバードは引きとめた。
フランもリーネの様子に今までにない感覚を感じていた。
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「お願い…こんなことで力を貸してくれるなんて思わないけど…今は私と貴女で救える命があるの…」
私は杖を水が流れる床に当てた。
流れている水の勢いを止めるのは物理的にできない。
水を消すなら蒸発という手もあるけどこれだけの水を蒸発しきれるほどの熱量を生み出せないし、そもそも蒸発しきる前に私達が死んでしまう。
「ここの水は遺跡全部の水と繋がっている…だったら…」
私だけの力では無理だけど、この人の力があればできるかもしれない。
頭の中に水の変化をイメージした。
その瞬間指輪が青く光り跳躍と共に杖を地面に向かって投げた。
地面に突き刺さった杖が光るとそこを中心にして水は凍り始め辺りをあっという間に床を氷の世界に変えた。
「これでこれ以上崩壊はしないかな…」
「リーネ!大丈夫!?」
カグヤちゃんの声に視線を向けると皆が駆け寄ってくる様子が見えた。
同時に体の脱力感から私は膝を付いた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫…ちょっと…無茶したかな」
「恐らく遺跡内の水すべてを凍らせたんだ。これだけの量の練成をすれば疲れて当たり前だろう」
お師匠様の声に苦笑いをしながら私はフラフラしたまま立ち上がった。
キルが私の隣に来て体を支えてくれた。
いつの間にか光は消えていつも通りのキルは私の前にしゃがんだ。
「乗れってことだろ?そいつなりにお前を心配しているんだろ」
「うん…ありがとうキル」
バードさんに言われて私はキルに跨りそのまま遺跡から脱出した。
遺跡を脱出する時お師匠様が凍った水を真剣に見つめていた。何か気になることでもあったのかな…。