複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.26 )
- 日時: 2014/06/26 13:19
- 名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)
第10話
私が役所でお仕事を始めてから一カ月が経った。
お仕事はシンちゃんとバードさんの3人が主で、時々お師匠様やカグヤちゃんにお手伝いしてもらう形だった。
仕事の内容は以前の遺跡の調査以降は危険もなくスムーズに進んでいた。
バードさんはとても退屈そうだったけど、シンちゃんは手もしっかり治療できて、少し前にカグヤちゃんから銃を返してもらっていた。
ちなみにそれまで使っていたライフルも気に入ったみたいで組み換え式でもらっていた。
あの発見した遺跡については調べてフルスシュタットという、かつては水の街と呼ばれている場所だと分かった。
ただ私が水を氷漬けにしたせいで今は氷の遺跡と命名されてしまった。
ちなみに問題になるからと持ち出した指輪や遺跡が凍った経緯は秘密になっていて、他の皆には氷の遺跡になってしまった謎を新たに与えてしまう形になった。
「ふう…これで今回の報告書も終わりですね」
最近はシンちゃんが完全に報告書係になってしまった。
リンクさんが言うに私やバードさんの報告書を読み解く方がかえって時間が掛るからと免除されたのだった。楽にはなったけど複雑…。
「じゃあさっさと報告に行くか」
「そうですね。これで僕達も休暇ですね」
背伸びをしながらシンちゃんは報告書を提出に行った。
「そういえばリーネは休暇中もまた修行か?」
「うん!なんか今回は大掛かりな修行みたい」
「つーかそろそろ師匠を超えるところに来てないのか?」
「えっ?私が?」
バードさんの質問に私は驚いた。
今までお師匠様を超えるとかそういった考えがなかった。
私に錬金術を教えてくれる頼りになる人としか考えていなかっただけに自分が上になるということは想像さえできなかった。
「まあ今回の仕事で一応長期休暇だろ?次に会ったときは楽しみにしているからな?」
「別にそんな劇的に変わったりしないよ…」
バードさんの言葉に苦笑いしガチャリとドアが開く音を聞くとシンちゃんとフィオナさんが入ってきた。
「はい!今日までお仕事頑張ったわね!明日からは5日の休暇だからしっかり休んでおいてね!」
「はーい!」
「りょーかい」
「分かりました」
それぞれ返事をしてから休み前のお給与をもらい私達は役所を出た。
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「さて…今夜は久しぶりに飲むかな!お前らも来るか?」
「未成年を酒場に誘わないでください…」
「そうだよ!」
バードの提案に2人は全く乗り気な様子ではなく、完全否定されているバードにキルはニヤッと笑っていた。
「たまにはいいだろ!ほら?仕事仲間の付き合いだ!」
「仕方ないですね…バードさんのおごりですから行きましょうか…」
「あっ!それなら行く!」
「何!?ちょっと待て!なんでそうなる!?」
「言いだしておいて女性にお金を払わせるんですか?」
シンの言葉にバードは大げさなため息をして財布と今日もらった給料を確認し無言でOKのサインを出した。
酒場に着くとあまり見ない来客にリーネは驚いた。
「あれ?サクヤお姉ちゃんにカグヤちゃん?それにお師匠様まで…なんで?」
小さな酒場には少ないテーブル席にサクヤとカグヤ、フィオナが座っており、カウンター席にはフランとリンクが座っていた。
「遅いわよリーネ!」
「えっと…何で皆がいるの?」
「仕事納めの時は皆集まるんだよ!ほら!リーネちゃんもおいでよ」
サクヤは最近になって飲めるようになったお酒を飲みながらリーネに手招きしシンと一緒にテーブル席に座り、バードはカウンターに座りお酒を注文し始めた。
「それにしてもサクヤさんがお酒を飲むなんて意外ですね」
「私も一応大人だからね」
「だからって飲みすぎよ…少しは加減してよ」
顔を赤くした状態のサクヤにカグヤはお酒を取り上げ代わりに運ばれていた料理を差し出した。
「あはは…カグヤちゃんも大変だね…」
「そうですね…」
二人の様子に苦笑いし、ふとシンに視線を向ければ赤くなった顔のシンに驚き、その隣にいるフィオナがシンのグラスにお酒を注いでいる様子とそれを躊躇なく飲んでいるシンに気付いた。
「ちょっと!フィオナさん!何でシンちゃんのグラスにお酒入れているんですか!」
「いいの!少しは大人の味も覚えないといけませんから〜」
もはやハチャメチャという言葉を使うに相応しい状況にリーネは大きくため息を付き、気を紛らわそうと料理に手を付け始めた。
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「おなかいっぱい…」
皆がお酒を飲み終えるまでご飯を食べ続けた私は、お店の前の噴水のある広場にあるベンチに座って休んでいた。
皆お酒が回りきって寝てしまったからとお店のご主人は泊めてくれるということになり、今はみんなそれぞれ寝てしまっていた。
「何をしている?」
星空だけが灯りとなっている夜の暗闇から現れたのはお師匠様だった。
そういえばお師匠様はあまり飲んでいなかったかな。
「お腹いっぱいになったから休んでいるんだよ。シンちゃんもカグヤちゃんも飲まされて寝ちゃったしキルもお腹いっぱいみたいで動かないし」
「だからあんなに早く皆寝たのか」
お師匠様は呆れたように一度お店に視線を向けてから私に視線を向けた。
私はお師匠様が座れるように横にずれてスペースを空け、お師匠様もベンチに腰を下ろした。
「リーネもあそこで仕事をし始めて一カ月か…少しは慣れたか?」
「うん!私の力が皆に役に立って嬉しいんだ!私…錬金術師になれてよかったよ」
「そうか…リーネは錬金術師になれた訳だが今後はどうする気だ?何か目標はないのか?」
「えっ?それは…お父さんみたいな…」
「違う。君自身が考える錬金術師の姿の話だ」
お師匠様からの問いかけに私は言い淀んでしまった。
正直お父さんのような錬金術師になれればとしか考えていなかった。
俗に言う賢者の石やエリクシールの生成に興味はなかったし、過去の3人の錬金術師のように街を統治といったことにも興味はなかったし何か違う気がしていた。
「聞き方が悪かったか?なら君はどんな錬金術師になりたい?」
「どんな?…えっと…」
「…なら明日までに考えてこい。君が目指す錬金術師がどんなものか…」
お師匠様は小さく一言を残してから立ち上がった。
同時に小さな金属の塊を取り出し、金属は光りに包まれ形を変えていくと一つの槍になった。
お師匠様は武具を普段は金属の塊にしていて、必要になると錬金術で武器に戻している。
「明日、君に僕からしてあげられる最後の修行をする。所謂卒業試験だ」
「えっ?卒業試験?」
「君の錬金術の力はもう僕以上だ。だから遅くなったが卒業試験だ」
お師匠様の目はどこか悲しそうだった。
教え子を送り出す先生みたいな気分?
それとも過酷な内容なのかな?
「お師匠様?卒業試験は何をするの?」
「僕と君の一騎打ちだ」
「一騎討ち?えっと…練成の?」
「武術のだ。待ったなしの真剣勝負だ」
お師匠様の言葉の意味が私には分からなかった。
真剣勝負な上に待ったなし?
それは命を掛けた戦い?
なんで?
「君が錬金術師としての覚悟を見たい」
「でも…」
「錬金術師は様々な分野で重宝される存在だ。いい意味でも悪い意味でも。欲望のままに練成を続けた場合、世界を滅ぼすのは簡単だ。だから君を育てた僕には責任がある。君に資格がない場合、僕は君を殺してこの街を出る」
「お師匠様…」
お師匠様の言葉に私はこれまでを振り返っていた。
初めてお師匠様に会った時に言われた私の可能性
初めてお師匠様と呼んだときに見せた赤い顔
初めて練成が成功した時に喜んでくれた笑顔
そしてここまで陰ながら支えてくれた姿
今回のこの試験も本当は言い出すのが辛かったはずなのに、それを断ったらもうこの人をお師匠様なんて呼べない。
「大丈夫だよ…だって私は死なないよ。ちゃんと卒業する。お師匠様はこの街から出してあげないから!」
「場所は以前、君達が入った立ち入り禁止区域だ。時間は正午でいいか」
「大丈夫だよ」
お師匠様の言葉を私はしっかりと聞き、今日はお師匠様と別れた。
家に戻った私はすぐに地下のお父さんの本が置いてある場所に戻った。
私がここに来たのは明日の卒業試験のためではなかった。
「どんな錬金術師に…」
多分この答えが出ないと私は真に卒業できたとは言えない気がする。
だからお父さんの本を見ていた。
他の錬金術師がどんな思いでこの道を進んで来たのか見るために。もちろんそんな答えが書いていることはなかった。
「答えは皆の胸の中か…」
私はそのまま床に横になった。
頭の中で答えが見つからない問いかけを繰り返しながら私は瞳を閉じた。