複雑・ファジー小説

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.29 )
日時: 2014/06/26 16:51
名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)

第13話

「参りましたね…」
「参ったな…」
「おい…君らはこの状況が分からないのか…」

フランの前にいるのはテーブルに並んだ食事をガツガツと食べ続けるバードとシンでその横のベッドにはリーネが眠りキルもベッドのそばで眠っていた。

「とりあえず…この状況を整理しよう…」
「そうですね。整理と言っても殆どまとめられませんが…」
「街の全員が俺達のことを忘れているなんてな」

街に来て真っ先に寄ったカグヤの店では完全に一同のことは忘れられており、役所に状況を確認しに行くと3人は役員として登録さえもされていなかった。
役所から提供された家で過ごしていたシンとバードは行き場を失い仕方なくリーネの家に集まる形になっていた。

「しかしここまで見た限りだと外に出ていた人間のことだけがなくなっている感じがする」
「ということは、たまたま俺らは外にいたからみんなに忘れられたのか?」
「ある意味幸いでしたね。このまま残ったら僕らが気づかないうちに記憶が奪われていました」

シンの言葉は二人に恐ろしい事実を想像させた。

「なあフラン…俺…いやなこと考えたんだが…」
「僕もだ…」
「何か大変なことでもあるの?」

不意に聞こえたリーネの声に一同はベッドに視線を向けた。
リーネはまだ怪我が癒えてないせいか表情を曇らせて体を起こした。

「リーネ?起きて大丈夫ですか?」
「大丈夫…それより…何か分かったの…おし…じゃなくてフラン…」

まだ呼び方を変えたことに慣れていないせいか一度言い間違え掛けながら言い直し、その様子に半分呆れた様子でフランは立ち上がり壁に寄り掛かった。

「僕が考えたのはこの記憶消去が初めてのことなのかどうかだ…」
「つまり僕達が知らない間に何度も記憶の改変が行われている可能性があると?」
「まだ分からない…。だから少し調べる必要があるな…過去や他の町に同じようなことが起こっていないかな」

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うす暗い石造りの通路をKは一人で歩いていた。
表情は険しく、やや早足気味に歩いており目的にしていた場所には何人かが招集されており、中にいたのは見知った少女のR、黒いローブに身を包む人物、黒の長髪に侍の身につける着物や袴に近い衣装を身に付けた青年がいた。

「K…珍しい…こういう集まりはいつも来ないのに…」
「ああ…今回の作戦のことを聞きたくてな…」

Kの表情は険しいままで、普段見ないKの表情がRは嫌いだった。
前にドラゴンと戦っていた時も本来なら簡単に仕留められたのに散々手間取った挙句に生かしたままだったことが彼女にとっては気に入らないことだった。

「メズラシイナ…R。キゲン…ワルイゾ…」
「そんなことない…」

黒いローブに身を包んだ人物はやや聞き取りにくい小さな声を発した。
声色からは性別は分からないが、身長についてはKと殆ど変らない大柄な人物。
Rはそっけなく答え、その様子を見てKは椅子に座り、傍らで見ていた青年はいつものことなのか軽くため息をした。

「RもGも静かに。せっかくKが来たんだからね。」

青年の言葉にRとGと呼ばれる黒のローブの人物は沈黙した。
実力自体は3人とも拮抗していることから本来はそのさらに上の人物が指揮を取るものだが現状ではその人物はいなかった。

「それでK?何か用事かい?」
「別に…お前でなくJに用事があったんだ…」
「NじゃなくてJに用事…?何かあった?」

青年からの問いかけにKはそっけない様子で答え意外だったのかNと呼ばれる青年の代わりにRは疑問をぶつけた。
JはR、G、Nの3人の首領的な存在であり組織の中でも重要なポジションの人物だった。
Kとしては彼を人間的にも好んでおらず滅多なことで話さないことは3人とも知っていたことからRの疑問は当然だった。

「記憶消去と街の人間を一人捕まえたと聞いた。」
「ああ…街の外で見つけたらしい…」

Kの言葉にNは意図が分からず聞いていた報告をそのままK に伝えた。
しかし、RはKの質問の意図が分かった。
今回の記憶消去についてKは全く知らされておらず、さらにそのターゲットになった街は以前Kが僅かの期間の間に暮らしていた街だからだった。

「K…あの町に未練?」
「…捉えた奴は?どこだ…」
「今は地下の牢獄だ。どうするかは明日の会議で決める。」

Nからの言葉を聞きKは立ち上がり黙ったまま部屋を出て行った。

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「やっぱり…この場所の書物は変わっていないよ」
「そうみたいだ。この家については他と違って干渉を受けていないようだな」

私達は、今置かれている状況を調べるために二手に分かれていた。
私とフランはお父さんの地下室で過去に似た様な事を調べ、バードさんとシンちゃんには街に他に変わったことがないかを調べてもらっていた。
シンちゃんについてはついでにカグヤちゃんの家で銃の調整もお願いしてくると言っていた。

「お父さんの日記も…中身が変わっていない…」
「やはりこの家だけは特別なようだな」

フランは本棚にある資料を確認していきながら答えて、周りを確認し始めた。
その中から壁に埋め込まれた鉱石に目を付けたみたいで片手で触れさせていた。
鉱石は鈍く青い光を放っておりこの部屋がある程度明るいのはこの鉱石のおかげだった。

「フラン?えっと…何かあったの?」
「ああ…君の父親は凄いな…この石は魔法の類の結界だ。この石のおかげでこの家は魔法に関する影響を受けないようになっている…」

フランの説明を聞いて私はすぐに辺りを見回して設置されている鉱石に視線を送った。
この石一つ一つが今まで私を守ってくれていたんだという安心感が自然と込みあがってきた。
同時に今の状況の原因に関して一つの答えが出た。

「じゃあ…この急激な変化は魔法のせい?」
「ああ…それもかなり高度なものだ…確か…古代の魔法に人の記憶を結晶化するものがあったはずだ」
「そ…そんな魔法があるの?」
「ああ…だがすでに失われた術な上にその危険性から禁呪とされていたはずだ…。下手をすると自分が都合のいいように世界を変えられるからな」

フランの説明を聞き言葉にできない恐怖を感じた。
もしフランの言うとおりだとしたら下手をすると今の私の記憶も偽りの記憶なのかもしれない。

「おーい?何か分かったか?」
「リーネ?大丈夫ですか?」

不安に押しつぶされそうになった私の意識を逸らしたのは、街の調査に行っていたバードさんの声だった。続くように下りて来たシンちゃんは私の様子に気づいたのか首を傾げて話しかけた。

「うん…大丈夫だよ?えっと…そっちは分かったことあった?」
「ええ…実は行方が分からない人が一人いました。しかもその人に関する記憶もみんなから消されていました。」

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目を覚ました私はゆっくりと体を起こした。
辺りは冷たい印象を持たせる徹底の壁に囲まれていて窓も設置されていなかった。
今まで倒れていた場所はベッドのようでゆっくりと立ち上がった私はいくつか設置されていた扉を確認していった。中にあったのは浴室、お手洗い、衣装部屋とどこかの宿屋を思わせるものだった。

「ここは…」

徐々に頭が覚醒していき状況を整理し始めた。

朝に家に戻ってからカグヤちゃんを連れて帰って、それから街の外に植えていた花の様子を見に行って…それから街の方が光っているのに気付いたら急に意識が遠くなって…

頭の中でここまでのことを考えていると不意に扉をノックする音が聞こえた。
その扉は先ほど開けられなかった扉で私はすぐに後ずさりして扉から離れた。
次に扉が空いた時に私は一瞬言葉を失った。
それは見慣れていた黒髪と赤い瞳を持つ青年でずっと空いたあった人。

「キ…ル…?」
「覚えていたか…お前は魔法を受けなかったんだな…」

キルの言葉が私には分からなかった。
辺りを見回してから扉を閉めた。
私は一歩も動けずただキルの様子を見ているしかできなかった。

「これでここでの会話は誰にも聞こえない…」
「キル…あの…」
「ここでは俺はKだ…」

たくさん話したいことがあった…でも何を話したらいいか分からなかった。

「久しぶりだなと再会を喜べない状況だ…」
「えっ?」
「今から話すことは今の状況と今後のお前の行動だ…。一つでも間違えたら俺もお前も最後だ…」

キルの言葉に私は小さく頷いた。今置かれているこの状況で信じることが出来るのは彼だけだから。