複雑・ファジー小説

Re: ある暗殺者と錬金術師の物語(6/23 本編追加) ( No.31 )
日時: 2014/06/28 14:06
名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)

第15話

「記憶の練成?」

リーネは唐突に告げられた言葉にきょとんとしてフランに視線を向けた。

「ああ…君のお父さんはそういった練成をした記録も残っている」

フランは地下室の資料の中から見つけた一冊の本をテーブルの上に広げていた。

すでに街から記憶を失われて3日経過しており、4人はリーネの家でひとまず生活しながら街の人間の記憶を戻すために動いていた。そんな中で見つかったのがこの本だった。
バードは真っ先に目に着いた聞きなれない素材に首を傾げた。

「この記憶の欠片っていうのは何だよ?こんなもの見たことも聞いたこともないぞ?」
「これについては僕がフィオナさんに聞いてきました。記憶がなくなっても…あの講義は長かったです…」

普段以上に静かなシンに一同が状況を察して、同情の眼差しを向けそんな中でキルだけがぐっすりと眠り始めた。

「それで…その…何か分かったか?」
「記憶の欠片は以前フランさんがお話した禁呪を使用した場合に手に入る鉱石です。その鉱石に記憶が詰まっていて、もしその術の解除を行う方法があるとしたら少なくても必要なものであることは間違えないそうです。」

フランからの問いかけにシンは恐らく聞いてきたと思われる話を簡潔に説明していき、リーネは残された素材に視線を向けた。

「他の素材は…フェンリルの爪、竜の牙…あっ…」
「なんか変な素材でもあったのか?」

リーネの言葉が途切れたことにバードは言い淀んだと思われる素材に視線を向けた。

「魔石?これって…リーネの杖にあるあの石か?」
「そうなる。しかしお前達も探したなら分かるだろ?魔石は恐らく何者かに掘り出されている」
「じゃあリーネの杖の魔石は本当に偶然見つかったもの?」

街の人間の記憶を取り戻すために素材自体が必要なことが分かったが、最後には自分の杖がなくなることが分かったリーネにはショックな話だった。
この杖がただの杖でなく親からの形見であり、仲間たちと協力して作り出した杖だったことがリーネを迷わせた。

「だから…お前は諦めるのか…?」

不意に聞こえた声に一同は驚いて部屋の入口に視線を向けた。
そこにいたのは行方不明だったサクヤをおぶったかつていなくなった青年の姿だった。

「お前は誰だ?」
「サクヤさんをさらった人ですか?」
「待て…ここでは暴れない方がいい…」

見慣れない青年に身構えるシンとバードをフランは制止させ、青年は部屋に設置されたソファーにサクヤを下ろした。

「キ…ル…?キルなの!?」
「今はKだ…」

リーネの声に一同は驚いたように視線を青年に向けた。
噂でしか聞いていなかったこともあり一同があまりに突然のことで動けずにいる中、テーブルの上に小さな鉱石と背負っていた荷物から人間の手と殆ど変らない牙を置いた。

「竜の牙と記憶の欠片だ…俺の知っている限りで素材も集めて来た」
「いいのか?この街の記憶を消したのは君の関係する組織なんだろ?」
「だとしたら何だ?」

フランの言葉に青年は表情を変えることなく答え、すぐにシンとバードは身構えた。

「どうしてこの街の人の記憶を消したんだ?」
「俺が一時的にこの街にいたからだろ。だから消されたんだろ。しかしよく俺のことが分かったな?」
「僕の元々暮らしていた街は消されているんだ…銀髪の悪魔と呼ばれている奴に…。そしてようやく分かったのが、そいつがいるのはある組織で君のようにアルファベットがコードネームになっていることだ」
「よく調べているな。その話は後でしてやるよ。今は記憶だろ?」

フランからン言葉にはリーネでさえも知らない話であった。
青年は視線をリーネに向けてから歩み寄り見下ろした。
その瞳は何かを見透かすようにさえ感じられた。

「お前はどうしたいんだ?この街がこのままでいいのか?」
「わ…私は…」
「俺が知る限りだと記憶の復活は一週間までだ。早く決めておけよ?期限までは俺もこの街にいるからな」

リーネの返事を待つことなく青年は用事が済んだ様子で部屋を出て行った。

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キルのおかげで素材が集める事が出来た私は街の広場で一人夜空を眺めていた。みんなは疲れて眠ってしまい私は今日あったことがずっと頭の中でぐるぐると回り続けて眠れず一人で噴水広場に一人来ていた。

あの後、お師匠様…フランは過去の自分にあった出来事を話してくれた。
元々フランは以前、遺跡として発見したフルスシュタット同様に錬金術師によって栄えていた街の出身だった。
街の名前はエールデブルグ。3人の錬金術師の一人アーク・ティエリアが統治した街で現代までに残っていた唯一の古代都市。
たくさんの錬金術師達がいて現在まで発展を続けていた街だったけど数年前に突然現れた銀髪の男によって一夜にして壊滅させられてしまった。その中の唯一の生き残りがフランだった。
そしてその銀髪の男はキルがいたという組織の人間。

「うう…いろいろ起こり過ぎて訳が分からなくなってきた!」

ぐるぐると頭の中で繰り返される出来事に私は声を出すことですっきりさせようとした。

「相変わらず変な奴だな…」
「キル?」

ベンチの隣に生えた木の上から聞こえたのはキルの声で、視線を上に向けると木の枝に座って木に寄りかかった姿が確認できた。

「どうしてこんなところにいるの?」
「残念ながら無一文でな。サクヤや素材の回収で手がいっぱいだったんだよ」
「…ねえキル…どうして…どうして帰って来たの?今まで暮らしていた場所を抜けだして…どうして?」
「さあな…」
「えっ?」

キルは私には視線を向けずそっけなく答えた。なんだかバカにされている気分でむくれてベンチに座った。
こんなに腹正しいのは、もしかしたら私だから話してくれないみたいで納得がいかなかったのが一番の理由かもしれない

「分からないんだよ…」
「えっ?」
「今までは組織でやっていたことが正しいと思った…これが当たり前の日常だと思っていた…。だがそれが違っていたことをお前らが教えてくれた」
「私達が?」
「お前達との日常は楽しかった…。一時的でも人らしい生活が出来た」

キルの表情は柔らかくかつて一緒に暮らしていた時のようだった。

「じゃあ…何で急にいなくなったの?」
「俺がここに残れば組織の奴らが必ずこの街を狙う。そうなればお前の仲間の街のようになるのは明らかだ」

キルの話を聞いてようやく分かったことがあった。キルはこの街を守るために自分から別れを告げたのだと。

「だが今回この街の対して大規模な記憶の消去が行われた」
「何で…今になって記憶の消去を行ったの?」
「それは分からないが恐らく俺がここにいたことが分かったからというのが有力だな」

ここまでのキルの話を聞く限りだとこの組織は凄く危険なことが分かった。
街を一人で破壊できるような人間が何人もいて都合が悪かったりすると記憶の消去が行われる。
こういった話がよく分からない私でも余程の規模がある組織であることが分かった。

「そ…そんな場所に逆らって…キルは大丈夫なの?」
「無理だろうな。遠くないうちに俺を殺すために刺客は送られるだろうな。だが後悔はしてないぞ?」
「どうして?」
「ここが好きだからな…。俺を変えてくれた場所、そしてそんな奴らがいる街だから…他に理由がいるか?」

キルの言葉は素直にうれしかった。キルがいなくなったのが私達や街のことを考えてのことであること、そして今度は自分の命を掛けて街を救うために動いてくれたこと。
そしてキルの話は私に一つの決意をさせてくれた。

「私…決めたよ?みんなの記憶を元に戻したい」
「そうか…」

キルがここまでしてくれたのに私が答えないわけにはいかない。
そして私が目指す錬金術師になるためにもこれくらいはやり遂げられないといけない。

「ねえキル…お願いがあるの…」
「何だ?」
「私ね…もうひとつ決めたことがあるの。これは私の完全なわがままだから嫌なら断っていいから」
「ずいぶん勿体ぶるな…一体何の話だ?」
「私がお願いしたいのは2つ。ちゃんと聞いてほしいの」

私はキルに視線を向けてから今心に決めたことをキルに伝えた。
さすがに驚いた様子だったけど了承してくれた。
多分、私がキルに話したのは僅かに迷いがあったからだと思う。
だけどキルは後押しをしてくれた。それが私にとって本当にうれしかった。