複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.32 )
- 日時: 2014/07/02 16:35
- 名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)
第16話
朝日が街を照らしている中、リーネは記憶の練成を行うために家の庭に素材を並べ始めていき、シンは素材となるフェンリルの爪としてキルの爪の一部を斬り取り竜の牙、フェンリルの杖、記憶の欠片を並べた。
「これで素材は全部のようだな」
「だが俺にはこれが何で街の記憶になるのか分からないんだが…」
フランは集まった素材を確認していき、バードはここから皆の記憶が元に戻ることに疑問を感じていた。
「確かに記憶の概念はしっかりと定義はされていませんね…」
「正確にはこの記憶の欠片を加工する。そうすることでこの記憶の欠片にある記憶が元に戻るんだ」
「つまりその加工に必要なものが爪と牙に魔石ってわけか」
フランの説明を聞いていきバードとシンは肝心な術者であるリーネに視線を向けた。
リーネは普段と変わらない様子で資料に書いてある手順の確認を行っていた。
3人にとってはそれが逆に不思議でならなかった。昨日までの時点では杖を失うことや街の運命を任せられたことで不安そうにしていたがそんな様子が今日になって消えていた。
「これで大丈夫かな…」
「もういいのか?この術は僕ではできない…それほど大きい術だぞ?」
「大丈夫!それにお父さんやお母さんも付いているから」
リーネはフランに笑顔を向け杖と本を見せた。
リーネに取っては一人で行う術じゃなかった。
父と母と一緒に行う大きな錬金術。
そもそも彼女にとってはここまでの術はすべて父や母と共に行っていたものだった。
父から与えられた術の基礎
母から与えられた杖
「いいのか?魔石がなくなると杖は恐らく術に耐えきれなくて砕けるぞ?」
「いいの…これは私が…お父さんやお母さんの手から離れるための…そのための錬金術だから…」
フランからの言葉にリーネは全く迷っている様子もなく杖を構えた。
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「じゃあ…始めるよ?」
私の声に皆は無言で頷いた。もしかしたらキルもどこかで見ているのかな…
杖をゆっくりと地面に置いてある素材に触れさせてから私はお父さんの資料にあった内容を思い出していた。
記憶の欠片の加工にはその中にある記憶の理解が必要だと書いてあった。
だからお父さんは他の街の記憶を戻す時は何カ月もかけて街のことを調べ上げ続けた上で記憶の練成を行うと書いてあった。
私自身街のすべてを理解していると思いあがったことは考えていない…。だけど…ずっと過ごしてきた街だから、少なくても今この世にいるどの錬金術師よりも知っているから…。
「だから!皆の記憶を元に戻して!」
杖を地面に突き刺すと同時に、杖にはまった魔石は大きく光を放ち光に包まれた素材は一つになりそのまま辺りは光りに包まれた。
光が徐々に収まっていくと徐々に視界がはっきりしてきた。辺りは普段と変わらない様子で何がどう変わったのか分からなかった。
「こ…これは…成功しましたか?」
「このままだと分からねえ…」
バードさんとシンちゃんの声が聞こえ、私は急に訪れた脱力感にその場に座り込んでしまった。
不意に辺りから音が消えた。
辺りはゆっくりと時間が経過していた気がした。
杖は私が初めて見つけたように黒くなっている。
そのまま杖は少しずつひびが入り始めた。まるで別れを惜しんでしまっているかのように…
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リーネの杖はリーネが座りこんだとほぼ同時に砕けてパラパラと砂に変わってしまった。
リーネは俯いたまま砕け散った杖を見つめていた。
「リーネ…大丈夫ですか?」
「うん…」
「シン…バード…街の様子を確認してきてもらっていいか?」
フランの言葉にシンとバードは無言で頷き、キルも二人を追うようにその場を離れて行った。
「頑張ったな…」
フランの一言にリーネは全く反応を見せなかった。
母の形見を犠牲にして街の記憶を取り戻したリーネの気持ちはフランには想像できなかった。
「…が…だから…かな」
「ん?」
「私が…未熟だから…どちらかしか守れなかったのかな…」
「分からない…」
俯いたままのリーネにフランは一言だけ言葉を残した。
今のリーネを慰めるための言葉が思いつかなかったからだった。
「僕も君の師にはなったが未熟だ…。だがそもそも錬金術は対価と引き換えにそれに見合ったものを手に入れる術だ…。何もしないで対価を得ることはできないものだ」
「対価…じゃあ…これが対価…?」
「ああ…そして君だから街の記憶を取り戻せたんだろ?」
フランの言葉にリーネは涙を流したまま顔を上げた。
「あら?リーネ!あんた!御飯に来ないで何していたの!?お姉ちゃんもいないし」
「カグヤちゃん…?」
隣の家から聞こえた声に二人は視線を向けると玄関から呼びかけているカグヤだった。
「何しているの?朝からずいぶん賑やかみたいね」
「か…カグヤちゃん!」
カグヤの姿を確認するとリーネはすぐに立ち上がって掛けより、人目も気にせずにカグヤに抱きついて泣き始めた。
「ちょっ…ちょっとリーネ!?な…何なのいったい!?」
突然のリーネの行動にカグヤは慌てた様子で手をバタつかせその様子にフランは笑みを浮かべて見守っていた。
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「どうやら街は元に戻ったみたいだな…」
リーネの家の屋根の上で周りに見えないようにして腰を下ろしリーネの行う錬金術の様子を見ていた。
青年には魔法の素養もなければリーネのような何かしらの術の才能がある訳でもなかった。
それだけに彼にとってリーネの発動させた術には驚いた。
最初に見た術はウルフを助けるために使ったもの。あの時点でリーネの才能には驚いていたもののここまでの成長を見せるとは考えていなかった。
「キル?」
青年の足元で聞こえた声に視線を下に向けると二階の窓が開いており、そこには目を覚ましたサクヤの姿があった。
「サクヤか…目を覚ましたのか?」
「キル?ここにいたのね?」
青年に気付いたサクヤは窓から屋根の上に上がっていき青年の隣に座った。
「なんか用か…?」
隣に座るサクヤに青年は視線を合わせることなく小さく声を発した。
青年にとっては正直気まずい状況だった。
勝手に街を離れたこともあったものの自分の組織がサクヤをさらい、さらに街の人間の記憶を奪ったということが気まずさを一層高めた。
「キルはまたいなくなるの?」
「この街にいれば危険なのは明らかだからな…」
「でも…私は…ううん…皆は貴方にここにいてもらいたいと思っているわよ?」
「俺がどうするかどうかはあいつ次第だ…」
サクヤの言葉に対する答えは下にいるリーネを見てのものだった。
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街の様子を確認してきたバードとシン、キルはカグヤの家に戻ってくると事の経緯を簡潔にカグヤに説明した。
「なんか信じられない話ね…というかキルの奴はどこよ!」
「ここだ…」
「勝手に一人で何しているのよ!」
青年はサクヤと共にリーネの家から出てきて、同時にカグヤは永年に向かって飛び込み拳を振るった。
しかしその拳は青年の顔に当たる前にキルの腕により受け止められた。
「ずいぶん強くなったみたいだな」
「あんたを殴るために鍛えたのよ…」
「もう…カグヤちゃんはキルに会えてうれしいんだよね?」
「ちょっ!やめてお姉ちゃん!」
自分の渾身の一撃を何事もなかったように止めた青年にカグヤはおもしろくなさそうにして言葉を投げた。
その様子を見て笑うサクヤに対しカグヤは慌てて制止させた
「ねえ…皆…聞いてほしいことがあるの…」
突然のリーネの言葉に対しこのようなことがあったばかりとあり全員がリーネに視線を向けた。
「私…この街を出て…旅に出ようと思うの…」
リーネから告げられたあまりに唐突で突然のリーネの申し出に全員が驚いた。
ただその中で青年だけは驚く様子も見せず、密かに笑みを浮かべていた。