複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.33 )
- 日時: 2014/07/08 10:59
- 名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)
第17話
「旅!?あんたが?一人で!?」
「一人じゃないよ。このキルと一緒だよ」
リーネはウルフの頭を撫でて答えた。すでにリーネは決めていたことのようだった。
「本気なのか?」
「うん…ずっと考えていたけど…昨日…決めたの」
フランも予想していなかったことだったことから表情には驚きの表情が見えた。
バードも同じような表情を浮かべている中、シンにおいては特に表情を変えることなくリーネに歩み寄った。
「何で急に旅に出ることにしたんですか?」
「錬金術の修行だよ。世界には私の知らないことがたくさんあることが分かったから…私はそれを知りたいの」
リーネの言葉に対してシンは表情を緩めて納得したのかそれ以上何かを言うことはなかった。
「私は反対よ!あんたが旅なんて無理に決まっているでしょ!」
リーネの言葉にただ一人反対したのはカグヤだった。
幼いころからリーネを見て来たカグヤに取って一人での旅立ちというのがどうしても納得できなかった。
「そんなことないよ!私はもう錬金術師だよ!」
「何が錬金術師よ!大体あんたは今杖だってないじゃない!」
咄嗟に出てしまった言葉だった。言ってはいけなかった言葉であることも分かっていた。
それでも今のカグヤにはそのことを考える余裕がなかった。
カグヤの言葉に耐えられなくなったリーネは涙を瞳いっぱいに溜めこんでその場を走って行き、カグヤもまた反対方向に走り去ってしまった。
「おいリーネ!カグヤ!…どうするんだよ…」
「一応追った方がいいでしょう…。僕はカグヤを追います」
「なら俺も…」
「いえ…僕だけでいいです…」
バードの申し出をすぐに断ったシンはそのまま一人でカグヤを追い掛けてその場を離れた。
「リーネは僕が追う」
フランもまた一言だけを残してそのままリーネの走って行った方向に視線を向けて走って行った。
「余った俺達はどうするんだ?」
「俺が昨日リーネに聞いた話をする…」
「キル?貴方は何か聞いていたの?」
「俺は昨日話を聞いていたからな」
青年の言葉にサクヤとバードは視線を向けた。
リーネの旅立ちの宣言に対して青年が驚いていなかったのは予め話を聞いていたからだった。
「ひとまずここで話すより中に入りましょう?」
「そうだな。こいつも腹減ったみたいだしな」
サクヤの言葉にキルとバードはサクヤの家に向かい青年もサクヤと共に家に戻って行った。
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いつの間にか私は街の外にまで来ていた。
昔よく皆と遊びに来た草原で大きな木の木陰に腰を下ろして大木に寄り掛った。
リーネの奴があんなことを言い出すなんて想像できなかった。
少し前までは仕事だってまともにできなかったし一人では何もできなかったあのリーネが…
「無理に決まっているじゃない…」
「そんなことありませんよ」
不意に私の耳に届いたのはシンの声だった。
シンは相変わらず無表情で正直何を考えているか分からない。
「シン?何の用よ…」
「迎えに来ました」
「必要ないわよ。一人でいたいのよ」
正直今は家に帰りたくなかった。帰るとリーネの旅立ちを認めてしまうような気がしたから…。
「貴女は逃げるんですね?リーネは逃げませんでしたよ?」
「っ!?私は別に…」
「リーネはもう一人前ですよ…。もう僕やバードさんがいなくても平気です」
シンの言葉に私は素直に驚いた。
こいつがリーネを認めているということはもちろん、明らかに危険な旅に賛成しているということが意外だった。
「意外ね…あんたがリーネを認めていると思わなかったわ」
「そういう貴女は認めていないんですね…いや…認めたくないんですか?」
「どういう意味よ…」
シンの言う意味が理解できなかった。
認めたくない?ただ私はあいつが一人で旅に出るということが無理だと言いたいだけで…
「貴女はリーネを理解していないんですね…意外でした…」
「なっ!」
殆ど無意識にシンの胸座を掴んだ。
リーネとは何年も一緒だった…それだけにこいつに言われた言葉が許せなかった
理解していない?私が?
多分今私は凄い顔でこいつを睨んでいるんだろう…それなのにこいつはまったく表情は変わることはなくそれどころか視線は私にジッと向けたままだった。
「私がリーネを理解してないってどういうことよ!」
「言葉のままです…。貴女が見ているのは過去のリーネです…。今のリーネは僕達と殆ど変りません」
「…先に帰っていて…後から戻るわ…」
シンを離してから私はその場に座り込んだ。
シンも分かった言いたいことを言ったからか一度私を見てから立ち去って行った。
「過去のか…成長していないのは私ってことか…遠まわしに言ってくれるわね…」
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「リーネ…こんなところにいたのか?」
「おし…フラン…」
咄嗟に呼ばれて私は振り向いた。
無我夢中で走ってきたのは前に私が魔物と出くわし…そして初めてキルと出会った場所だった。
「ここは確か前に言っていた場所か?」
「うん…私が初めて錬金術を使った場所だよ。」
ここでキルと出会って、そして初めて錬金術を使った私にとってはすべてが始まった場所。
ここで錬金術を使ってからフランがお師匠様になって…役所の錬金術師になって…皆といろいろな場所を冒険して…そして…街の皆を今…助けて…。あれから私はどれくらい変われたのかな…。
「フランは…私が一人で旅立つの…心配?」
私の言葉にフランは言葉を言い淀んだ様子だった。
違うか…そんな気がしただけ…本当は涙で歪んでフランの顔がよく見えていなかった。
「そうだな…正直、今の君だけでは無理だろうな…」
「そう…なんだ…」
フランからの言葉は正直ショックだった。
やっと認めてもらえた。そう思っていたのに…
「僕のテストを乗り越えた君ならと思った…」
「えっ?」
「あの時の君なら旅に出てもいかなる困難も乗り越えられると思っていた」
「でもあれはお母さんの杖があったから…」
分かっていた。私はあの杖に頼っていた。カグヤちゃんの言うとおり杖がなかったら何もできない。
旅なんてやっぱり無理だよね。
「それは違うな…」
フランの声に私は思わず顔を上げた。
「君は僕との戦いのときにも杖を一度失っただろ?」
「あっ…」
「杖に頼り切って勝ったなら僕は卒業させたりしない…。あの杖は君を一人前にするための手助けをしただけだ」
フランの言葉で私はあの杖が手にできた理由が分かった気がした。
あれは未熟だった私を助けるためのお守り…。そしてその役目が終わったから私の手からなくなったんだ…。
「リーネ…右手を出してくれ…」
「手を?こう?」
フランの突然の申し出に私はおもむろに手を差し出すとそのまま片手で私の手を掴んだ。
反対の手にはいつもフランが付けていた緑色の宝石が施されていた指輪で私の人差し指にあるアクアマリンの指輪の隣に嵌めた。
「これは…?」
「僕の街に祭られていたものだ。君のアクアマリン同様に大地の錬金術師と言われた者が残したものだ」
「でも…これは…」
「僕はこの指輪を与えるべき人間を探していた。そしてそれが君だと思っている」
フランの言葉が私には素直に嬉しかった。そして涙が自分で止めることが出来なかった。
「フラン…」
「杖はないかもしれない…なら今度は自分で作り出してみろ」
気が付いた時、私はフランの胸に顔を埋めていた。フランは黙ってそっと抱きしめてくれてそのまま私は泣きじゃくった。
今感じている悲しみと喜びが入り混じる涙を全部流し切るために…。