複雑・ファジー小説

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.34 )
日時: 2014/07/11 23:11
名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)

第18話

6畳程の広さの部屋の中にベッド、テーブルに食器棚、流し、浴室と生活に必要なものがそろった部屋の中にバードはいた。青年から前日にリーネが旅に出ると聞いたことをサクヤと一緒に聞いた後、一人自室にしている部屋のベッドに横になっていた。

リーネの旅立ちをバード自身は反対しなかった。
リーネ自身が決めてやり遂げようとしていることだというなら、自分は後押しするのが役目だと思っている

「とはいえ…心配するなという方が無理だな…」

全く心配ないと言えば嘘になる。しかしそれでもバードはリーネを応援してあげるつもりだ。
そんな彼にとっては解決する必要がある問題があった。
それはカグヤ同様にリーネを過剰に心配している人物がもう一人いるということ。

頭の中でゴチャゴチャと今後のことを思考している中、それを中断させるようにドアのノックオンが部屋の中に響いた。

(過保護な奴の二人目が来たな…)

横になったまま大凡に予測していた相手の姿を確認するためにバードは扉を開けた。
扉の前にいたのはシンだった。彼女の部屋はちょうどその隣でこの部屋を訪れるのは珍しいことではなかった。

「シン?戻ってきたか…カグヤはどうだった?」
「問題はないと思います。多分明日までには戻ってくるでしょう」
「そうか…」

バードの悩みの種は表では賛成しているが、本音では恐らくカグヤに負けずリーネの旅立ちを反対しているとみてよかった。

「カグヤにはあのように言いましたが…」
「心配か?」
「分かりません…リーネは強くなりました…でもいなくなると…辛いです…」

シンの心からの言葉を聞いた気がしたバードの表情は緩み、部屋の中に戻ると棚からやかんを手に取りお湯を沸かし始めた。

「仕方ない。お兄さんが話くらい聞いてやるよ」
「…お兄さんって柄ですか…」
「おいおい…お前らからしたらお兄さんじゃないかもしれないがそんな年寄りなつもりはないぞ?」
「そうですね…ではお兄さんに愚痴るとしましょう…」

シンの愚痴はいつも数時間掛ることをバードは知っていた。そのことから必然的にバードは徹夜を覚悟することになった。

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「キル?今夜は泊って行って?部屋とかないでしょ?」

リーネが旅に出たいと言い出した経緯について話し終わり帰って行ったバードを見送り、眠りこんだクロと何故か俺と同じ名前を付けられたウルフを見てからサクヤは唐突に言った。

「いや…それだとカグヤに怒られるから今日はその辺で寝させてもらう」
「でも…」
「心配するなよ…今回は約束をさせられたからな…」
「約束?」

先にリーネの旅立ちについては話をしたが一部、リーネとの約束については話していなかった。

「ああ…「私がいない間、皆が寂しくないようにここにいろ!」だってよ」
「リーネちゃんらしいわね。じゃあキルはこれからもここにもいるのね?」
「まあな。それにまたこの街が狙われるとまずいからな…」

リーネとの約束は2つあったが今は一つだけ話せば十分だと思った。
実際、サクヤの表情は再会してから一番の笑顔が浮かんでいた。

————2つ目の約束!サクヤお姉ちゃんを幸せにしてね?————

この約束はまだ伝えなくていいよな…。

一人でリーネの言葉を思い出しながら見送るサクヤに簡単に手を振ってからサクヤの家を後にした。

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「これで準備完了だね?」

準備と言っても何日か分の食料と着替えを鞄に詰めただけで他の必要なものは旅先で練成とかしていく。
こうすることで荷物を極力減らすことが出来た。
キルの分の食料は首に荷物として掛けてあげ家にしっかりと鍵を掛けてから一度自分の家を見上げた。
ここまであったいろいろなことを思い出しながら…

「この家ともしばらくお別れだね…」

キルの頭を一度撫でてからしっかり家に向かってしっかりと頭を下げた。
ここまでの18年の感謝を込めて…

街の出口まで歩いて行くとシンちゃん、サクヤお姉ちゃん、フランが待っていた。

「もう出発するの?」
「うん。決めた時に実行しないと決心が揺らいじゃうから」

別れを惜しんでいる様子のサクヤお姉ちゃんに笑顔で答えた。
私の顔を見て笑いかけたサクヤお姉ちゃんはそのまま私を抱きしめた。

「私達…待っているね?リーネちゃんが帰ってくるの…」
「うん…絶対帰ってくるからね?」

体を離したサクヤお姉ちゃんはキルに今度は別れを告げ始めていた。
それに入れ替わるようにシンちゃんは私に右手を差し出した。

「約束してください…必ず戻って来て…こうして…握手をしてください…」
「うん…私は大丈夫だよ?今より凄くなって帰ってくるからね?」
「それとバードさんからの伝言です。今より大人になって帰ってこいだそうです」
「バードさんらしいね」
「本当ですね?」

しっかりと手を握り握手をしてから笑いあった。
そういえばシンちゃんとここまで笑いあったのは初めてだったかもしれない。

「お師匠様!」
「なんだいきなり?もうその呼び方やめたんだろ?」
「だから今が本当に最後だよ!1年間ありがとうございました!」

私はこれまでのすべての感謝を込めて頭を下げた。その頭に手が乗せられた感覚を感じた。

「そう思うならしっかりと修行して帰って来るんだな」
「はい!」

皆に挨拶を済ませてから荷物を持つと一度辺りを見回した。

やっぱり…会えないかな-————

頭の中ではカグヤちゃんと喧嘩したままの状態だということだけがどうしても残ってしまっていた。

「じゃあ…皆!行ってきます!」

頭の中で一部だけ残ってしまった後悔に小さくため息をしてから振り払うように笑顔で手を振ってからキルと共に街の外に向かって走った。
僅かでもある躊躇を振り払うように…

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皆との別れを済ませたリーネは走ってきた道を振り返った。
街は小さくなり目を凝らさないと見えないほどになっていた。それでも今いる道は任務などでよく訪れていた道だった。

「こんなに走ったのに…まだここなんだ…世界は広いね?」

呼吸を乱したリーネに対して息をまったく乱していないキルに小さく笑いかけた。
ほぼ同時に聞き慣れたローラーの音が聞こえ振り向いた先にいたのは今一番会いたかった存在だった。

「カグヤちゃん?」
「私に挨拶なしで行くつもり?」
「だって…カグヤちゃん…見送りに来なかったから…」
「うっ…うるさいわね!じゃなくて…その…昨日は…ごめんなさい」

カグヤの謝罪の意味が一瞬理解できずリーネはきょとんとし、それを察してかため息を漏らしたカグヤはリーネの手を掴んで視線を合わせた。

「頑張りなさい…あんたならきっと最高の錬金術になれるわ」
「カグヤちゃん…」
「分かったら行きなさい!そして今より凄くなって帰ってきなさい!」

カグヤの言葉に満面の笑顔を向けたリーネにはもう迷いはなかった。
手を離すとリーネはすぐに走ってから一度振り向いた。

「じゃあいってきまーす!」

リーネは大きく手を何度も振ってからキルに跨りそのまま走り去って行った。

「行かせてよかったのか?」

道端の木の陰から顔を出した青年はカグヤに声を掛けた。

「あんた…いつからいたの?いいのよ…私がいくら反対しても行くでしょ?だったらせめて後押ししてあげたのよ」
「相変わらず素直じゃない奴だな」

青年は微笑を浮かべてからリーネに視線を向けるともう彼にしか恐らく確認できない位置にまで移動していた。そのリーネが視線を向けたことに気付いた。その口は何かを言うように動いていた

「あいつ…」
「どうしたのよ?」
「約束を忘れるなだそうだ。どうやら思った以上に安心していいようだな」

カグヤは青年の言葉の意味が分からず首を傾げた。
青年は錬金術師として世界に旅立ったリーネを見えなくなるまで見送った。