複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.37 )
- 日時: 2014/07/18 14:57
- 名前: 鮭 (ID: bcCpS5uI)
第0話
ボロボロになり焼き焦げた家が並ぶ村。人が生活している様子はまったくなく、村の外れにはいくつもの木とロープで十字架を作った簡易的なお墓が並んでいた。
ここに戻ったのは何度目だろう———
銀髪の少年は片手に愛刀を握り一つ一つのお墓に丁寧にお参りして考えた。
この墓参りは少年の一年に一度の欠かすことが出来ないイベントだった。
———おい…N…も…い……だ……?ここ……に…て……———
少年があの日のことで覚えているのはこの時の微かに聞こえたこの声だけだった。
「N…お前は…何か知っているのか…?」
ジンは刀を腰に掛け再び墓を見回してからその村から離れて行った。
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長いだけで陰気な廊下…————
うす暗く長い廊下を白騎士と名乗った少女はそんなことを考えながら歩いていた。
「大体…何でいきなり戻って来させるのよ」
一人愚痴っているようだが実際は彼女の中にいる青年が頭の中に直接話しかけている。
(いい加減戻れという通達だからな…仕方ない…)
「ぶー」
少女は頬を膨らませて目的の部屋に到着した。
中は暗く殺風景で彼女にとってはさらに退屈させるようなものだった。
そんな部屋の中にいたのは黒いローブに身を包み片手には杖を持った人物一人だった。
「いきなりの呼び出しなんて聞いてないわよ?いったい何の用よ」
「来たか…もうすぐもう一人が来るぜ?少し待っていろよ」
少女はこの人物があまり好きではなかった。実力は高いものの人格については好感が持てない人物だった。
ただ少女に取ってこの場所に戻ってくる楽しみが一つだけあった。
「遅れてごめん…まだ…調子戻ってないから…」
「R!久しぶり!」
少女は先と違って満面の笑みを浮かべてRに抱きついて頬擦りし始めた。当然のようにRは無表情のまま顔を押して自分から引き離させ、すぐに少女の体が光と共に青年に変わった。
「久しぶりL…相変わらずもう一人のLはうるさい…」
「ああ…まさかお前がいると思わなかったからな。それで…J。俺らを呼び出したのはなぜだ?」
「お前がいつまで経っても素体を連れて来ない間に面倒なことがあって呼んだんだ」
Jと呼ばれる男は青年に対して話していくと、薄暗くて存在が分からなかった壁をいっぱいにRとキルの戦闘画面が映し出された。
「K?それにR?模擬戦というわけではないか…」
「Kが裏切った…」
Rからの言葉にここまで表情を殆ど変えることがなかった青年の表情に僅かばかりの驚きの表情が見えた。
「そういうことだ…Kの実力は俺やLとほぼ互角。そんな奴を手放すことは組織としても痛手だが野放しにするわけにもいかない」
「このことをIや首領…Zは知っているのか?」
「Iとは連絡不能…今回の収集はZの命令…Kとその周りの関わった人間の殺害が任務…」
JとRの説明を聞いてからLはターゲットとなる候補の人物達を確認していき見知った人物に目が止まった。
「リーネ…シン…バード…フラン…カグヤ…」
「何だ?知っているのか?」
「リーネは素体の候補だ…他の奴はその取り巻き達だ」
青年は自分が知っている情報だけを伝えていき、Rは表情を変えずJは一人笑みを浮かべていた。
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「ずいぶん印象が変わったな?似合っているぞ」
「少なくてもバードさんが選んだものよりは似合っていますね…」
今の状況を説明するためには少し時間を遡る必要がある。
サクヤやカグヤに役所の手伝いをするならとイメージチェンジを命じられたことが発端だった。
衣服にまったく興味がなかった俺はどういった衣服を用意すればいいか分からずバードやフランに相談した。
そうして最初にフランが選んだのは白いタキシードとかいう服で当然却下した。
同様にバードが用意したのはいろいろな装飾や飾りがついて動きにくくやはり却下した。
それで呼ばれたのが今後役所に出入りするのにふさわしい格好にとフィオナとかいう秘書とシンまで現れて散々着せ替えられた。着せ替えは数時間に及び公務を理由にフランは帰ったが確実に逃げたな…。
結果的にできたのは前の黒のジャケットに丈が長くない青の革ジャン、首に水色のマフラー、濃い紫のズボンで落ち着いた。問題があるとしたらこのマフラー以外は結局俺が選んだことだった…
「うーん…でもいろいろ地味じゃないかなあ…」
「いや…もうこれでいい…キリがない…」
フィオナの言う言葉をすぐに却下してから露骨に残念がるフィオナを納めるシンを見て思う。
俺はここで働かない方がいいのではないかと…
買い物を済ませてから夕方ということもあり帰路に着くために繁華街を歩いていた。そんな中で頭に浮かんだのは旅に出たあいつのことだった。
「そういえばリーネが出てから一週間か…」
「ずいぶん時間が経ちましたね…」
俺の思考はバードが代弁してくれた。リーネが錬金術の修行の旅に出てから変わったこと。
真っ先に感じたのは静かになった。特にカグヤやサクヤはそれを感じているようで日々が物足りないように見えた。
次に聞いたことだが役所の物資調達が大変になったらしい。リーネがいる間は物資を練成等していたが、いざいなくなると以前のように危険区域に行かざるを得なくなり忙しくなったとバード達が言っていた。
「まあ次に帰ってきたら今まで以上に楽させてもらいましょ!」
「それが本音か…」
「そういえばフィオナさん…今日は所長の秘書業はないんですか?」
「大丈夫。今日は会議ということでリンク君が面倒を見てくれるから!」
フィオナの言葉に呆れた顔をするバードとシンの表情から無理矢理押しつけられたのだろうとリンクという人物に同情した。
「それで明日から早速俺は働くのか?」
「そう!本当に助かりました!忙しいですよ〜」
冗談のような口調ながらも多分こいつは本気で言っているんだろう…
フィオナと別れてから俺とバード、シンは最近の日課になった夕食会に向う。と言ってもその会場はティタニア姉妹の家だ。
「あら?皆いらっしゃい!あら?早速着替えたの?」
「まあ…せっかくだしな…」
出迎えたサクヤは真っ先に俺に視線を向けて着替えた俺の格好の感想を告げると居間から顔を出したカグヤの姿が目に入った。
「あら?結構イメチェンしたじゃない?」
「正直…俺一人で行けばよかったがな…」
正直な意見が頭に浮かび苦笑いをし、その言葉に不満そうなバードとシンを他所に家の中に入っていき居間に並んでいたのはクリームシチューだった。
「おっ!うまそうじゃねーか」
「クリームシチューは手間が掛るので嬉しいですね…」
「誰かさんの大好物らしいからね〜」
バードやシンに対してカグヤはちらりと俺に視線を向けて話し、サクヤは器にシチューを分け始めた。その中でも俺の分だけ一回り量が多かったのは見間違えではない。
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森の中で静かな湖でリーネはたき火をしていた。
たき火の横には串に刺さった魚が4匹焼かれていた。横には青い毛並みのウルフが食事である魚が焼けるのを待っているようだった。
「待っていてね?もうすぐ焼けるはずだからね」
リーネは焼けて来た様子の魚を見てから立ち上がり手頃な大きさの石を手に取り、同時に光りだした石は徐々に形を整えていき一枚の皿に姿を変えた。
「うん!今日はいい出来だよキル!」
この一週間金属の練成を繰り返してきたリーネだったがまともな形として出来上がったのは今回が初めてだった。
その前は形が歪んだ形やできてもすぐに崩れてしまうようなものだった。そういった意味では一番最初の魔石の練成がうまくいったのは偶然と言ってもよかった。
「よし!焼けたよ」
魚が焼けて先ほどの皿に魚を乗せていき、キルのために串から魚を外して上げ、頭から丸ごと食べるキルを見てから自分も一口口にしてその瞬間感じた魚の味とそれに混じった苦みに表情を歪めた。
「うう…やっぱりちゃんと捌かないとだめかな…」
ガツガツと魚を食べていくキルを見てリーネは笑みを浮かべてから夜空に視線を向けた。
みんな…私…ちゃんとやっているからね…————
リーネはきっとみんなが見ていると思う星空に視線を向けたまま頭の中で呟いた。今この場にいない大切な人たちに向けて伝えるつもりで…