複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.54 )
- 日時: 2014/10/04 16:51
- 名前: 鮭 (ID: BOBXw5Wb)
第16話
リーネは目の前にいる敵であるエルクを見据えた。手に握られたエルクのチェーンが何をしてくるか分からないことから動きの一つ一つを見逃さないようにするために。
「行くぞ」
エルクがチェーンを振り下ろすとチェーンの長さが変わり伸び、向かって来たそれを黙って横に避けたリーネはそのまま手を伸ばしチェーンを掴んだ時、違和感に気付いた。
「ただの鎖じゃない?」
「そのとおりだ」
リーネの言葉と共にチェーンは意思を持つようにり根の体に巻きつきリーネの両手の動きを封じた。
「このチェーンには俺の魔力が通っていて自由自在に動いて身動きを封じる」
「そうだね…触ったら分かったよ…」
「ずいぶん落ち着いているな…だが…このチェーンは対象の魔力を吸収する。」
「それは…私でも悪趣味だと思うよ…」
リーネの言葉と共にチェーンは黒い黒く光り始めた。そんな中でリーネは動じることもなくただエルクを見据えていた。そんなリーネを見るエルクの表情は少しずつ青褪めて行った。
「なっ…何で…」
「もう終わり?」
リーネの静かな言葉と共にリーネに巻きついていたチェーンは砕け散り、衣服に付いた金属の粉塵を幌ってからエルクにゆっくりと歩み寄った。
「お前何者だ!魔力がまったく吸いとれない人間はいないはずだ!」
「無理だよ…私には吸い取るものがないから…」
「魔道士とか関係ない!生き物は魔力で構成されている!魔力がないなんて化け物だろ!」
「じゃあ化け物でもいいよ…」
その一言と共にエルクに飛び込んだリーネは手を伸ばしエルクの腹部に触れた瞬間、急激な衝撃が発生しそのままエルクは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「みんなに掛けた術を解いて…」
「そうは行くか…こうなったら他の召喚で…」
「そこまでだ…」
エルクの一言と共にその頭上に魔法陣が出るとそこからいくつもの鎖がエルクの手足に巻きついて身動きを封じた。
「何だこれは!?召喚か?」
「お前の使うそれとは別だがな…」
リーネが入口になる方向に視線を向けるとそこに立っていたのはリーネが知っている人物だった。
「白騎士…L…?」
「まさかお前がここにいるとはな…おかげであいつが出たがっている状態だ…」
普段見るLとは違って今回は男の姿だったLは話していきながら身動きを封じたエルクに歩み寄った。
「リーネさん…あの人は?」
「私の敵だよ…隙なんかないと思うけど…その時は逃げるよ?」
ピーターに簡単に説明をしていくとリーネはエルクの前に立ち止まり背中に納めた大剣をゆっくりと引き抜くLの姿を確認した。
「まさか…ピーターくん!見ないで!」
Lの次の行動を理解したリーネはすぐにピーターの前に移動して視界を遮り、同じく察したエルクの表情は恐怖に引き攣りその場から逃げだそうと暴れ始めた。
「無駄なことはやめておけ…せめて苦しまずに送ってやる」
その一言と共に振り上げた大剣がエルクに向けて振り下ろされた。
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Lから視線を切る訳にいかなかった私には大剣によって肩から斜めに切断されていったエルクの姿がしっかりと目に焼き付けられた。
「ここまでだな…ファントム…喰っていいぞ…」
Lの一言共にエルクだったものに影が覆われていき影が覆い尽くした瞬間エルクの姿が跡形もなく消え去った。エルクがいなくなったことでキルに掛っていた魔法陣は消え去り起き上がった。
「さて…ここまででいいな…」
「どうして…何もそこまでしなくてよかったでしょ?」
「甘いな…敵は確実に仕留めるお前も本来ならこうなっていたが…いいだろう…」
Lの様子をうかがっていた私は標的を狙う視線が後ろにいるピーターくんに向けられていることが分かった。
「あなたの目的は何?もう標的は倒したんじゃないの?」
「いや…まだ終わっていない…」
「どういうこと…?」
Lの言葉とここまでの行動、そこから導かれた答えはあまり考えたくなかった。
「分からないか?俺の今回の標的はこの国その物だ…」
「国そのもの?な…なんで?」
「この国は禁呪という踏み入れてはいけない領域にまで入ってしまった。そしてそれを知りながら何もしなかった国民達…。それを消すために俺はここに来た」
Lの言葉に私はゆっくりとピーターくんと共に距離を取った。不安そうな様子を見せるピーターくんにキルは寄り添っていき警戒した。
「リーネさん…」
「大丈夫…絶対に守るから…」
「この世には絶対はない…」
一言と共にLの前に現れた新しい魔法陣は黒く禍々しいという言葉はこういう時に使うものなんだと考えてしなうほどに嫌な雰囲気を出していた。
「お前はこの世にあるもの…万物を司るものを使った攻撃が効かない…」
「…それがどうしたの…?」
「だからこの世にない攻撃を使おう」
その言葉に次の攻撃が予測できなかった私は身構えた。次の瞬間に見えたのは黒い稲妻だった。咄嗟に今まで同様に攻撃を逸らそうとしたけどそれは逸れることなく直撃した。
「う…あ…あ…」
「魔界の雷だ。特性はこの世のものとは全く違う…これでしばらくは動けないだろ…」
先に受けたものとは全く違う衝撃に声も出ず全身から力が抜けていく感覚に襲われた。指先一つ動かせず木が付いた時には地面に倒れている自分に気付いた。体は動かないけど何とか頭だけでも上げようとすると視界に入ったのはLに飛び込んでいくキルと私に駆け寄ってくるピーターくんの姿だった。
ピーターくんは何かを私に向かって話しているようだった。でもその声は聞こえず徐々に意識は薄れて行った。
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リーネは頬に感じた温かい感触に目を覚ました。全身に走る痛みに表情を歪めて立ち上がると辺りを見回した。そこにはすでにLの姿はなかった。真っ先に目に着いたのは息絶えた水晶竜、そして障壁がなくなり壁に寄りかかった主人に抱かれた子供の水晶竜だった。
「ピーター…くん…?」
呼吸を乱したまま動こうとしないピーターにリーネは歩み寄って状況に気付いた。胸は赤く染まり大量の流血がすでに手遅れであることをリーネに教えた。
「リ…ネ…さん…?ご…めん…」
「ピーターくん!…ごめんね…守るって言ったのに…」
「ううん…守って…くれたよ…最後に…リンと話せたから…」
ピーターは震える手を小さな水晶竜に伸ばすと頭を撫でて話していった。
「リーネさん…リンで…練成をしてほしいんだ…」
「リンで?」
「水晶竜は死んでから数分は特別な金属になるらしいんだ…だから…」
「…分かった。待っていてね?最高の練成を見せてあげるからね?」
リーネは先に預けていた水晶竜の角、辺りにたくさんあるミスリル、そして水晶竜の亡骸をピーターの前に並べた。
「じゃあ行くよ?錬金術師リーネの一世一代の練成だからね!」
本当は体がぼろぼろで立っているのも辛い状態だった。そんな中でもリーネはピーターに笑顔を向けてから錬金術を発動させた。光に包まれてできたものは銀色に輝き先端は翼を象った装飾と蒼く輝く宝玉が施された杖だった。
「綺麗な杖…」
「リンのおかげだよ…君達のおかげでこの杖はできたんだよ?」
「うん…リーネさん…ありがとう…」
ピーターの表情は安らかなものだった。ピーターのためにも笑おうとしたリーネの頬を涙が伝って行った時、ピーターの瞳は閉じられた。
————何一つ守ることが出来なかった…
自分の無力感から拳を振るわせたリーネはピーターの前で崩れ落ち、涙と共に言葉にならない声が辺りに響いた。