複雑・ファジー小説

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.71 )
日時: 2015/01/07 20:10
名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)

第32話

Nが奥義を出す直前で起こったジンの変化は目の色がグリーンから赤くなったことだけだった。その小さな変化はNに対して特に危機感を与えることはなかった。

「奥義…青龍」

Nが横薙ぎに刀を振るうと共に巨大な水を纏う巨大な龍がジンへと向かっていった。その瞬間までNはこの後に起こる光景を予測していなかった。
一瞬頭を押さえるような動作を見せた後に刀を鞘に納め居合の構えを見せたジンは眼前にまで迫って来た龍の前で居合抜きをした瞬間その竜は消し飛んだ。その様子を見てNはほぼ反射的に防御の構えを取り、地面から障壁のように半透明の壁が出現し防御の体勢に入った。しかしその壁も何事もなかったように砕け散り、同時にNの体は吹き飛び街の城壁に叩きつけられた。

「そ…そんな…なんで…」

先ほどまで格下と見ていた相手の反撃は彼にとって衝撃だった。奥義の中で一番威力があった奥義を相殺されたのが一つ。そして防御の際に使ったのは絶対防御の奥義玄武。それをもってしても防御しきれなかったことが信じられなかった。しかし信じられなかったのはジン本人もだった。

————なんだ?俺の体…どうしたんだ?

視界は異常と言えるほどに冴え渡り、そのせいか体は自分の体でないようで立っているという平衡感覚も狂いその場に膝を着いていた。己の呼吸音、心拍音はもちろん自身の中を流れる血の音まで聞こえてきそうな感覚は一歩間違えると人格が崩壊する程だった。

「戦いの中で何をしている!」

フラフラとして足元さえも覚束ない様子のジンに対して立ちあがったNは再び奥義をと刀を両手で振り上げた。同時にNは胸元に軽い衝撃を感じた。

「情けない…実力で負け…挙句まともに動けない相手に不意打ち…」
「あ…あ…I…」

Nが胸に受けたのはIが放った矢だった。そのままNが地面に崩れ落ちるとそのまま生気を失うように骨へと変わり砕け散った。その様子を確認したIは視線を動くことが出来ずにいるジンに向けられた。

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グニャグニャと視界が揺れて現状何が起こっているのか整理が付けられずにいた。俺の目の前で起こったのは矢を受けたNが倒れて骨に変わったこと。そしてここにいるわけがないマナがNに向かって話しかけている様子が見え、そのままNの姿は消え去ると俺の元に歩み寄ってきたマナの姿が見えた。

「覚醒できたんだ…でも…急過ぎて体が着いてきてない…」

マナの言葉は小さくて本来は聞きづらいはずなのにも関わらず響くほどにはっきりと聞こえた。

「か…覚…醒…?何の…話だ…?」
「目を閉じて無心になるの…何かを考えていると…今のままだと精神崩壊する…」

静かな口調の声が大きく頭に響き、倒れそうになる感覚を耐えて言うとおり瞳を閉じ徐々に感覚が普段のものに戻っていく感覚を感じゆっくりと瞳を開くと視界は元に戻っていた。

「俺は…何で…」
「感覚的…あるいは無意識で発動したから…何かきっかけがあったのかも…」

地面に座ったままマナの言葉を聞き以前聞いたキルの話を思い出した。もしかしたらこれが俺の中にあった力なのだろうか…

「視界が異常なまでに発達…それによって物象がゆっくりに見えて先読み…そしてスローの世界で自分は普通に動ける身体能力の急上昇…」
「何だよそれ…時を操れるってか?」
「そう…だから私はこう呼ぶの…時空の眼…」

マナの言うことは正直分からなかった。ただ今時分に起こっていたことを説明してくれているのだと分かった。Nの奥義の構えをしている時に死を覚悟した。そしてその瞬間から何故か世界の動き遅くなって…それでも普通通りの感覚で動けた。と言っても一時的でその後はまともに体が動かせなかった。

「時空の眼か…大層なものだな…」
「そう…だから組織はそれを潜在的に持つ村を滅ぼした…」

マナの続いた言葉は俺の村が滅びた理由に繋がっているように感じた。元々聞いた話では俺の持っている刀が目的だと聞いていた。しかしマナの話だとそうではないようだった。そしてここでようやく疑問が浮かんだ。

「って…待てよ!何でお前がここに…」
「別に…あのアンデットを葬りたかっただけ…」
「アンデット?Nが?」
「元々…あれはJの生み出したアンデット…。過去の人間を蘇らせ記憶を改竄…Jの能力の一つ…」

マナの話しぶりからJというのは恐らくNの仲間というよりはさらに上の存在と理解できた。そこまで頭が回るとすぐに街に戻ろうと立ち上がった。

「どこに行くの?」
「街に戻るんだよ」
「駄目…行ったら…あなたは死ぬ…」

唐突な反論しようとした俺はようやくマナの言葉に違和感に気付いた。
組織は?J?そしてマナがここにいる…。

「気がついたんだ…」
「マナ…お前…」
「私はI。組織の人間…。一応JやK、Lとは同格…。アンデットじゃない…」

その言葉に反射的にマナから離れて距離を取った。その反応に特に気にする様子もなく俺に視線を向けた。

「そんなのはどうでもいい…お前…何で…どうして…」
「私は…あなたと一緒…。早く覚醒したけど…」
「一緒?何を言っているんだよ?」
「私は幼いころ…この力に目覚めた…そしてJに拾われた…。それからは組織の人間として生きて来た…」

マナの説明は簡潔なものだったが十分すぎるくらいのものだった。Jという奴が俺達の運命を変えた奴。そう考えると黙ってはいられなかった。

「どいてくれよ…俺は…Jに会わないといけないんだ」
「駄目…私が勝てない相手にあなたが行くのは許さない…」
「勝てない?」
「私は…ただ組織にいた訳じゃない…みんなの敵の元凶…Jを討つのが私の目的…」

しっかりと俺を見据えるマナには無表情でしかなかった顔に強い意志があった。

「どうしても通してくれないのか?」
「あなたを死なせたくないから…行かせない」
「変わっていないな…昔みたいに頑固なままだ…」
「お互い様…」

弓を握ったままその頭上に炎の矢が何本も姿を現し始めた。最後の言葉の意味を確認したかったがそれはこの連戦の後。終わったら話をしようと思う。敵同士ではなく今度は兄妹として。

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一撃目は真っ向からの居合い。それがジンの思惑だった。もちろん峰打ちという形で刀を引き抜こうとした時、その動きが止まった。刀を鞘から引き抜こうとして止まったのはIの右手が刀の柄頭に当てられたためだった。Iの様子はを見る限りではただ手を乗せているようにしか見えない。しかしジンは刀を引き抜くことが出来なかった。まるで刀に鍵が掛ってしまっているように動かせなかった。

「なっ…くっ…」
「無理…これが今の私とあなたの差…」

同じ瞳の色をしていたはずのIの瞳は深紅に変化しており、それだけでジンには別人に思えてしまった。まともに刀が抜けないならとそのまま反対の手で持つ鞘を引いて刀を抜こうとしたと動かそうとすると今度は柄頭に当てられたIの手が押され鞘の先端が地面に刺さった。

「私の前では…その片手は抜けない…」
「ぐっ…これが…さっき言った眼の力かよ?」
「そう…あなたが何かをしようとする時のごく僅かな動き、呼吸や目線の変化…そこからすべてが見える…」
「そうかよ!」

右手を使っているIの隙を突くためにジンは右足での蹴りを繰り出すとジンに映ったのはジンの蹴りよりも早く動いた左手だった。そのままジンの右足はまるで吸い込まれるようにその左手に向けて蹴りを放った状態になった。

「無駄…。私の隙は付けない…」
「なら…距離を取ればいいんだろ?」

すぐにジンはIから離れるために後ろにバックステップしたジンが見たのはIの周辺に浮いていた炎の矢がいくつも飛んでくる様子で咄嗟に刀を抜いてそれを居合で相殺した。それに合わせていたようにジンに向けてボール状の炎の固まりがいくつも飛んでいき着弾したジンは地面に倒れた。

「距離を取るなら…私は助かる…そっちの方が得意だから…」
「近くからは攻撃できない…離れると一方的にやられるか…戦いの相性は最悪だな…」

遠距離攻撃を持っていないジンにとってはこれ以上に相性が悪く戦いにくい相手はいなかった。刀を再び納めて立ち上がったジンはIを見据え居合の構えに入った。

「その構え…私には効かない…」
「分かっている…でも俺にはこれしかないからな」

無表情のIに対してジンは笑みを浮かべていた。これまで語らえなかった相手との会話を楽しんでいるようにさえ見えるジンの姿はIには理解できず僅かな困惑が生まれていた。