複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.72 )
- 日時: 2015/01/10 17:46
- 名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)
第33話
居合の構えのままIと向き合ったジンは少しずつ横に移動し始めた。緩急を付けた移動術はジンのもう一つの得意技。以前カグヤとの模擬戦の際にも使っていたものの今回はその動きがしっかりと見られているようで飛びこむことが出来ずにいた。
「無駄…どんなに早く…どんなに緩急を付けても…見逃さない…」
「なら…これならどうだ?」
不意に上半身を下に傾けたジンは刀を抜こうとした時刀を引き抜こうとした右手に鋭い痛みが走り、それと主に左足にも衝撃を感じその場で膝を着いた。痛みの走った箇所を見ると腕と足に矢が刺さっており
「これは…」
「地面を切って目晦まし?無駄…そもそも…そんなことさせない…」
「参ったな…まともには攻撃できない上に離れると一方的にやられるのかよ…」
矢を引き抜きながら立ち上がるジンは声色こそ冷静を装っていたが内心では焦っていた。自分のやることはすべて先読みされ的確に対処されてしまう。
「何のリスクもなく勝つのは無理か…一つだけいいか?」
「…何?」
「俺が行かなかったとしたら…お前はみんなに何もしないのか?」
「上から命令があればそれに従う…」
「そうか…なら…このまま黙っているわけにはいかないよな」
瞳を一度閉じて話していくジンの動きに異常がないと判断していたIだったが次に瞳を開いたジンの瞳の色は深紅に染まっていた。
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「使うんだ…」
「ああ…まともに戦ったら勝てないからな…」
最初にこの力を使えた時の感覚は体が覚えていたようだった。頭の中で発動させたいと考えた時に発動できていた。そして俺と共に急激な視界の鮮明化とそれによる体の浮遊感、自分が本当に立っているのか分からない平衡感覚の損失。こればかりは慣れるしかなかった。
「その状態で戦えるの?」
小さいはずのマナの声は頭に響くように大きく聞こえ何度もエコーが掛って聞こえる。精神が崩壊するって言っていたがなんとなく分かった。正直立っているのがやっとだしこの状態だって長く保つのは無理そうだ。
「やるしか…ないだろ…お前に…これ以上…誰かを傷付けさせたくない…」
今はマナを止めたいという想いだけが俺の精神を保つ支えとなっていた。まあこんなことみんなに話したらからかわれるだろうな…。
「笑う余裕…あるんだ…」
マナからの声でようやくこんな状態でも笑っている自分に気付いた。不謹慎かもしれないが今俺はこの状態を嬉しく思っているのかもしれない。大切なものを守る力がどんな形であり自分の中にあるのだから。
「そうだな…今ならお前を止められる気がするからな…」
「力を使えても無理…」
「そうだな…身体能力はすべて俺より上見たいだからな…」
「分かっているなら早い…」
その言葉と共にマナの足がゆっくりと地面を蹴る様子が見えた。それと共にスローに見えているはずなのにも関わらず通常と変わらない速さで飛び込んでくる姿が見えた。お互い術者同士だからなのか周りがスローでもマナだけが通常と変わらない速さに見え、それが影響してか体は反射的にいつもと同じ感覚で反応し、マナが持っている弓を居合で弾き飛ばした。
「第一関門…突破…」
互いにすれ違い際に聞こえたマナの真意を問おうとすると振り向くとマナは手を延ばせば届きそうな距離にいて、俺の言葉を遮るように炎の矢を何本も具現化していく様子が確認でき、その炎はいつの間にかジンを囲むように配置されていた。
「俺からの質問はさせてもらえないわけか…」
その言葉と共に炎の矢が俺の元に向かって来た。最もそれはゆっくりとしたものでその後ろで再び動き出したマナの方がむしろ注意が必要だった。
「こんなもの…効かねえよ」
矢を一つ一つ刀で切り裂き迎撃させていき、その間にもマナからは視線を外さないでいてすべてを迎撃した時にはマナは元の位置に戻っていた。
「第二関門も突破…。ずいぶん慣れたね…」
「慣れた?」
その言葉でようやく俺は自分の状態に気付いた。発動時に感じていた体の不調はなくなっており多少の頭痛はあるものの思うように体が動く。平衡感覚も変な違和感が残っていたが立っていられないほどではない。
「その力…慣れるのは実践が一番…」
「マナ…お前…」
「やるなら…完全な状態がいい…余計な希望…言い訳…何も残させない…」
「そうだな…ここまで来て負けられないよな」
能力が多少使えるようになっても互角とは言い難かった。まず身体能力。これは完全に負けている…どんな力があったら片手で刀を抜けないようにできるのか。そしてもう一つは詠唱がない炎の術。これのせいでどうしても真っ向から飛びこむのにリスクが必要になる。
「作戦…決まった?」
「悪いがそんなものはないな…だから…もう何も考えない…」
いくら考えても思い付かない…それならと俺が出した答えはいつも通りだった。
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「また居合い…」
「悪いな…やっぱりいろいろ考えるのは苦手でな」
「そう…いいよ…受ける…」
居合の構えのまま動かないジンに対してマナは弓を構えた。しかしそれに対してジンは全く動くことがなくただIを見据えていた。
その様子を確認した後にIは矢を一気に3本射た。次にIの眼に入ったのは3本の矢がある範囲に入った瞬間に砕け散った様子。そしてその範囲とはジンの刀の攻撃範囲であった。術を使っている状態なのにも関わらずジンの居合が見えていなかったということがIに驚きを与えた。
「力の覚醒のせいで早くなっている…それに…」
Iが次に視線を向けたのは刀の方だった刀の鞘からは刀自体が光っているせいかその光が漏れており現状のジンのすべてが出し切れている状態に見えた。
「その状態でも…刀が使えている…」
「我慢比べだ…隙を見せたらこっちから行くからな…」
Iは力のすべてを出し切った訳でもなかったがそれを話したところでジンが引いてくれるとは考えられなかった。
————単純…一番厄介…
現状完全に目の前に来た相手を斬ることに集中したジンに遠距離攻撃はいくらしても無駄なのがIにはすぐに判断できた。この状況を打破する方法は防ぎきれない大技、あるいはこちらから飛びこんでの真っ向勝負の2択だった。
恐らく二人にとっては数分の沈黙だった。しかし現実ではただの数秒の沈黙だった。Iが出した答えは後者だった。
————大技の隙は防御できない…でもそのまま飛び込むのは避ければ勝てる…
その思惑に任せ飛び込んだIがジンの攻撃範囲に入った時に目にしたのは刀の光による閃光。その光による一瞬の目晦ましが二人の明暗を分ける結果となった。
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マナが飛び込んできた瞬間、体は自然と動き気がつけばマナは俺の後ろに仰向けに倒れていた。すぐに俺は刀を確認してしっかりと峰打ちであったことを確認して安心した。それに合わせ脱力した俺はその場に仰向けで倒れた。
体に感じる疲労、頭の痛さ、そして長時間の力の解放のせいか全身が動かせなくなっていた。
「ジン…」
「何だよ?」
倒れている俺のすぐ上ではマナが倒れており小さい声もしっかりと聞き取れた。声色から重傷というわけではないようだった。
「あなたは…何でこうなるまで戦ったの?」
「何で?仲間が困っているから助けたんだ…それ以上の理由がいるか?」
「…そう…ジンは寝ていて…」
その言葉と共に見えたのは上半身を起こしているマナの姿だった。もう限界だった俺に対して未だに余裕があるように見えるマナはゆっくりと立ち上がり俺を見下ろした。
「まだ動けるのかよ…俺の負け…だな…」
俺の言葉に対して特に返事をしないマナに覚悟を決めた俺は瞳を閉じた。しかし次に起きたことは予想していなかったマナの行動だった。片足に手が当てられたと思うとそのまま地面を引きずる形で移動させられ、眼を開けるとマナが俺の脚を片手で掴み森の中へと連れて行く様子が見えた。
「お…おい…どこに…」
「入口にいると見つかる…だからこっち…」
そう言われて一本の大木の前に到着するとそこに背中を預ける形で座らされた。以前にも似たようなことがあった気がしたがその時もこんな運ばれ方だったのか…?
「どこか痛いところは…?」
「頭が痛いな…あちこちぶつかったからな…」
「そう…」
その言葉と共に隣に座ったマナは特に悪びれる様子もなく無表情のままだった。本当はたくさん話したいことがあったのに言葉が出てこなかった。ここで寝たらまたこいつと別れることになるかもしれないと考えながらも疲労は激しく意識を失う直前にただ一言マナの声が聞こえた気がした。
————さようなら…お兄ちゃん…