複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.75 )
- 日時: 2015/01/23 12:25
- 名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)
第36話
ほぼ捨て身で向かって来る龍の攻撃はバードにとってはただ横に避けてしまえばいいだけだった。ただ今回はその進行方向にシンが倒れていることから避けるわけにはいかなかった。ランスを振り上げたまま向かって来たことを確認しバードもそれに合わせて飛び込み突きだされたランスを大剣で横から攻撃して攻撃の軌道をずらさせた。
「これで!終わりだ!」
攻撃を避けたバードはそのまま首元に大剣を振り下ろした。体を切り裂かれた龍は雄たけびを上げここでバードは龍の防御力が極端に落ちていることが確認できた。
「首輪がなくなったからか!?なら!行ける!」
これまであらゆる攻撃に対して効果がなかったのが一転しバードは再び一歩踏み込み横薙ぎに大剣を振ることで与えたダメージにより龍は地面に倒れようやく動かなくなったことを確認するとバードも片膝をついた。
「これで…止めたぞ…これで…」
バードが立ち上がりシンの元に向かおうとした時、軽い衝撃を感じた。
一瞬何が起こったのは分からなかった。そのまま視線を下に向けて眼を見開いた。
「なっ…?ま…だ…?」
バードが見たのは自らの胸を貫いた氷の刃だった。龍が最後に放ったたった一本の小さな刃により流れ落ちる鮮血に自らの今後を覚悟したバードはフラフラと龍に向かい歩み寄った。
「くっ…今度こそ…終わりだ!」
動かない龍に対してバードは最後の一撃をと大剣を構えそのまま振り下ろした。
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眼が覚めた時、もう左手と右足の感覚は残ってなかった。おまけに体がうまく動かせない。覚えているのは最後の一発の銃を発砲したこと。そういえば戦いはどうなったんだろう…。
「うっ…くっ…うう…」
声がうまく出せなかった。体と心が切り離されてしまっているようにさえ思えてしまう今の状態はとても気分がいいものではなかった。
ゆっくりと…本当にゆっくりと体を起こした僕の瞳に映った光景。キラキラと光が拡散して消えていく龍。その前で大剣を振り下ろしたまま動かないバードさん。その体には氷の刃が体を突き刺さっており、龍が完全に光と共に消えるとその氷も砕け散りそのまま仰向けになって倒れた。
「バー…ド…さ…ん…?」
地面を這うようにして近づくとバードさんの腹部から流れる流血、顔色が先に見たフィオナさんと同じに状態だと分かった。でも認めたくなかった…あのバードさんが…まさか…
「なんだよ…いつもの…ポーカーフェイスは…どうしたんだよ…」
「いえ…あの…」
表情はいつものバードさんのままで告げられた言葉で僕は返答に詰まってしまった。今僕はどんな顔をしてバードさんを見ているんだろう…。悲しくて泣いている?無力な自分に怒っている?正直分からなかった。
そんな時、龍から拡散していった光が再び集まり小さな形を形成し始めた。
「これは…」
光が消え得てくると姿を現したのは小さな赤い竜だった。先ほどまでとは違い小さく幼い龍は今までのように怖さというものがまったくない無垢ささえも感じた。
「この龍は…」
「リターン…」
その言葉で僕は背後に視線を向けた。そこにいたのは銀髪の狩人風の少女だった。見知らぬ存在ということからすぐに敵と判断しながらも現状抵抗するだけの力が残っていなかった。弓を片手に持って歩み寄ってきた彼女は僕達に視線を向けた。
「私は…マナ…あなた達…ジンの仲間…?」
「え…ええ…あなたは…誰ですか…?」
「別に…あなた達に危害は加えない…」
マナと名乗った少女は正体を明かすことがなかったものの敵意はないことを教えてくれた。とりあえず危険がないことを確認してから先に彼女が言った用語が気に入った。
「マナ…だったか…リターンって何だよ…?」
「召喚獣の契約が解除…それにより起こる力の初期化…そして…それを助けたあなた達と契約したいみたい…」
「なら…シン…お前がしろよ…俺には…できない…からな…」
徐々にバードさんの意識が薄れて言っているように見えた。でもバードさんなら大丈夫。またいつものように何事もなかったように笑いかけてくれる。
「なあ…契…約…って…どう…するんだ…」
「前提はできている…後は名前を呼ぶだけ…」
「そう…か…なら…シン…俺が…名付けて…いいか…?」
普段こう言った場合僕や他の人間に任せることが多かったバードさんが自らこういった場で提案してくることは珍しかった。
「構いませんよ…」
「なら…ロンで頼むかな…」
「分かりました…待っていてください…」
バードさんを寝かせた僕は覚束ない足取りになりながらも龍に近づきその小さな龍を抱き上げた。その瞬間、体の中に何かが入り込んでくる感覚を感じた。それと共に持っていた3つの銃が光り始めた。ライフルは青く、マグナムは黒く、バードさんの銃は白くそれぞれ発光していた。
「こ…れは…」
「継承…前の召喚師と相性がいい場合発動するもの…その人の力を受け継げる…」
「以前の?」
マナさんからの言葉で浮かんだのはフィオナさんと白騎士の二人の存在だった。あの三人の特性が3つの銃に受け継がれた?
「…ロン…これから…よろしくお願いします…」
名前を呼んだ瞬間、ロンは僅かに瞳を開いたように見えた。それと共に姿は消えた…いや僕の中に入ったと言うべきなのか…その存在を体の奥から感じられた。
「シン…」
「バードさん?」
呼びかけられバードさんの姿を確認した時、その顔色はさらにひどくなっていた。
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シンはバードに体を引きずるようにして歩み寄った。何かを言っているように見えるものの声はかすれて聞き取りにくくシンはバードの顔に顔を近づけた。
「できた…ようだな…」
「ええ…これで…旅も楽になります…」
「そう…だな…俺の…銃だけどよ…もらってくれないか?」
「バードさんでは銃は使えないでしょうからね…」
普段と変わらない表情と言葉に戻ったシンを見てバードは表情を緩ませた。そして視線を一度マナへと向けた。
「悪い…後始末と…こいつの治療…頼んで…いいか?」
小さく聞き取りにくい言葉。それに対してマナは無言で頷きバードは声が届いたのだと判断した。
「シン…悪い…そばにいられなくて…」
「バード…さん?」
「俺やフィオナ達の代わりに…その銃と龍を…連れて…行って…くれ…」
「何言っているんですか?遺言みたいで…わ…笑えません…」
バードの瞳に映ったのは涙を溜め必死に無表情を装うとするシンの姿だった。そんな様子に笑みを浮かべたバードは手を震わせながらシンの頬に手を当てた。
「一緒に…生きて…行けなくて…悪い…」
「だ…から…何を…」
「シン…こう…いう…とき…カッコイイこと…言えれば…いいが…」
「もうしゃべらないでください!」
「幸せに…な…れ…よ…」
頬に触れていたバードの腕から力が抜け地面へと落ちた。何故かバードの表情は和らいでいて今にも眼を覚ましそうにさえ見えた。
「そんな…あっさり…約束を…破ら…ないで…。まだ…僕は…伝えて…ないことが…」
バードを抱きしめたシンは周りを気にすることもなく涙と共に声を上げた。これまで誰ひとりにも見せることがない程に涙を流し、その様子をマナは何も言うこともなくただ見つめていた。