複雑・ファジー小説
- ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.80 )
- 日時: 2015/02/18 00:43
- 名前: 鮭 (ID: Y9aigq0B)
白騎士編
俺がゆっくりと歩き二人に追いつくころには終わっているだろうと考えていたがその予想は裏切られた。二人の剣技は形だけ見ると互角に見えた。しかし余裕のないレミに対してセレナの表情は柔らかく笑みが浮かんでいた。
「驚いたな…ずいぶん必死だな」
俺の言葉が聞こえていないのかレミは必至な表情で、それでもいつもと変わらない調子で剣を振るい続けていた。振り下ろされたレミの剣を横から軽く剣で衝撃を当て、高速の突きは上から叩いて攻撃の軌道を次々とずらし続けるセレナ。
「まるで剣舞だな…」
とても腕試しの場には見えない二人の腕試しは昼から始めたのにも関わらず気がつけばもう少しで日が沈みかけるまで続いた。その終了は突然だった。どちらからということもなく二人はその場に倒れた。仰向けになったまま倒れた二人は対照的な表情だった。勝利を得られなかったレミはいつも俺やフィオナに負けた時のように悔しそうな表情を浮かべ、セレナにおいては遊び疲れた子供のように満足げな笑みを浮かべていた。
「くやしー!もー!」
「あはは…楽しかったねぇ」
疲れを見せながら体を起こすレミに対して笑顔を絶やすことなく体を起こしたセレナを見て違和感に気付いた。
「セレナだったか…お前感情がコントロールできないのか?」
「あらら…バレた?普段はいいんだけど戦いになるとどうしても楽しくなってしまうの」
「なんかそれ聞いたことあるかも…笑剣だったかな?」
笑剣。文字にするとふざけているようにしか見えないが戦いにおける表情が見えない特殊な剣技でもある。単純に言うと笑いながら戦えばいい。しかし戦いにおいて常に笑っているというのは実際困難で格下が相手ならともかく互角、あるいは格が上の相手には表情が引き締まるのが普通だ。だからと言って表情のことを考えると肝心な戦闘能力の低下に繋がる。
「こんな剣技が使えるのは余程戦いが好きな戦闘狂か…あるいは…」
視線をセレナに向けるとすでに呼吸を整え、剣を鞘に納めていた。その様子にレミは不満が残るようで頬を膨らませて剣を鞘に納めた。
「なんだ?勝てなくて不満だったか?」
「不満だよ!あの子…全然こっちに攻撃して来なかったし…」
レミの声が聞こえているのか聞こえていなかったのか分からないまま戦いのときとは変わらない笑顔を向けた。
「今夜は遅いし泊めてあげる。今日は留守番で一人だったから退屈だったんだよね」
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「はい!口に合えばいいけど…」
セレナに案内されたのは山の中腹の辺りにある洞窟だった。入ってすぐの位置にあったのは所謂居間というものでキッチンも一緒に配置されていた。奥にさらに続く道も別れるように二つ存在し、二人が聞いた話によると奥は寝室になっているという話だった。そして今テーブルに並べられたスープ、絵に描いたような骨付き肉、そして近くの森で取ったという山菜料理だった。
「凄い…初めて見る料理もあるしおいしそう!」
「一応栄養管理も私がしているからね。まあ部下の体調管理もお頭の務めだからね!」
「だが二人ってさっきの奴らは言ってなかったか?」
「そういう細かいことはなし!」
相変わらず笑顔を絶やさずに話すセレナに何かを思う様子を見せるリオンに対しレミはスープを一口飲んでから表情を緩ませた。
「おいしい!こんな味初めてだよ!」
「決め手は私達独自の調味料の味噌だよ!」
気分よく料理の話をするセレナとその話を一生懸命聞くレミの様子を見てリオンが考えたのはセレナの境遇についてだった。ここまでに至るまでの経緯は彼女の不安定な感情状態がものが立っているように思えた。
「あれ?リオン?食べないの?」
「もしかして口に合わなかった?」
「いや…少し考え事をしていた。俺もレミと同じ感想だ。というよりもその年でここまでしっかりしていると思うぞ。」
「そりゃあ18にもなればこれくらいはね」
「うそ!年上!?だって…てっきり…」
「見えないでしょ?いろいろあってね!」
セレナの笑顔の内には何かあると分かりながらも二人はそれ以上何かを聞くこともなく食事を続けた。
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「ねえ…リオン…起きてる?」
「…なんだ…?」
2段ベッドの上で私は下で寝ているリオンに話しかけた。天井を見上げればすぐに届きそうな天井。でも布団は暖かくて久しぶりにまともな寝床で寝られていると思う。そんな中で本来なら気持ちよく寝るつもりだだったのにいつまで経っても眠れなかった。
「セレナって…何でああなったのかな?」
「さあな…だが俺達が考えるべきことじゃないよな…」
リオンの言葉に思わず体を起こしリオンに視線を向けた。辺りは暗くなっていたが目が慣れてしまっていたこともあり横になっているリオンの姿が目に入った。
「でも気にならないの?」
「俺達にやれるのはこれ以上セレナのような人間が生まれないようにすることだ…」
「でも…」
「セレナは少なくとも今が不幸だと思っていないようだぞ?」
「えっ?」
リオンの言葉に私は言葉に詰まった。頭に浮かんだのはセレナの笑顔。剣を何時間も交えている間セレナが浮かべていたのは本当に自然な笑顔だった。勝てなかったのは悔しかったけど…でも…
「楽しかったんだろ?セレナとの腕試し…」
「…楽しかった…あんなに燃えたのは久しぶりだったかも…」
卒業前は二人とも忙しかったせいでまともな腕試しを出来ずにいた私が全力で戦ったのは数カ月ぶりだったし
そもそも二人との戦いだと戦い方の違いから相性とかそういうのを言い訳にして負けても悔しさがなくなっていた気がした。この二人が相手だから仕方ないそんなことばかり考えていた。
「でも…今日は違った…言い訳できないくらいだよ…」
「セレナも同じだと思うぞ?不思議な奴だよ…何でも心から楽しんでいる」
「そうだね…セレナがかわいそうだと思うのは失礼だし…そもそもおかしかったんだね」
「分かったら寝るんだな…そんな格好だと風邪ひくぞ?」
リオンが逸らしたままなことに気付き、視線を自分に向けた時大変なことに気付いた。洗濯するからと衣服をセレナに預けて自分が下着姿だったということを…。
「ば…っ!…ばか!」
顔が真っ赤になる感覚と共に声も出せず布団に潜り込んだ。
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「騎士か…じゃあ二人と仲良くしておけば私達にとっては好都合かな」
「お前達が目立つようなことをしなければだ…」
山道をセレナに案内されながら二人は山道を進み続けて他愛もない会話をしていた。3人は山を登るということが殆どなく山を横切るように道を進んで行った。抜け道ということだけあり魔物などに遭遇することもなく進んで行き案内された道を抜けると二人が普段通っていた山道の終わりまで来ていた。
「ここに抜けるのか…これならもう出口だな…」
「本当だね。いろいろありがとうセレナ」
「お互い様だよ!騎士になったらまたおいでよ!」
二人は私の案内に満足してくれたようで二人が近くの名もない村に住んでいること、魔法学校の卒業生だということ。いろいろ話をした。山道の終わりに近づいてくると私は足を止めた。
「じゃあ私の案内はここまでだね」
「ねえセレナ?またよかったら一緒に来ない?歓迎するよ?」
レミからの言葉は素直に嬉しかった。この二人とはこれからも友人としていたいと思う。でも…
「ううん…私にはここで待っている人がいるから…だから残るよ」
「そうか…なら…また再会できる時を楽しみにしている…」
「私も!セレナに今度は完膚なきまで倒してあげるんだから!」
二人と交わした会話はこれが最後だった。覚えているのは笑顔で大きく手を振るレミと軽く手を振り自分の村へと向かって見えなくなっていった。
ここまでいい出会いは本当に久しぶりで私は上機嫌だったのを今でも覚えている。でもその後二人に会うことはなかった。ただ数年後…私はこの二人の話を聞くことになるけどそれはまた別のお話。