複雑・ファジー小説
- Re: 『竜装機甲ドラグーン』 テラバーストディザイア ( No.8 )
- 日時: 2014/05/18 16:07
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: f/UYm5/w)
Act.3 戸惑い、虚ろなる器
————暗黒。
暗闇の湖面に半身を浸す蒼黒の少女。
水面がざわめき立ち、全身に纏わりつき、絡め取ろうと蠢く。
足掻けば足掻くほどに、奥底へと沈んでいく。
自身の身体を無数の腕が掴む。
血に濡れた、か細い痩身の手が。
これは断罪。
これは贖罪。
儚く散らした竜に命奉げた少女たちの怨嗟の嘆き。
沈み込む。
深く深く。
伸ばした手の先には、漆黒の髪の少女。
仮面で覆われた顔に手を掛け、その素顔を・・・。
「————ッッッ!!!!」
目を見開き、跳ね起きた少女。
長い蒼黒の髪がサラリと緩やかに流れる。
眼前に映る風景は白色の部屋。
静かな駆動音を立てるメディカルマシーンとアルコール消毒液の匂いが漂う。
研究室・・・ではない。病室だ。
辺りを注意深く見廻し、観察する。
ごく普通の医療施設的な機器で不審なところは無く、ふと自分が着ている衣服が、従来のパジャマのような治療衣に変わっていた。
どうやら、あの後自分は気を失い、何者かによってどこかの施設に運び込まれたようだ。
自由に腕を動かし、確かめる。
拘束はされていないが、油断はできない。
まずはこの施設の構造経路を把握して対策を講じなければ・・・目を閉じ『力』でイメージさせようとするが、強烈な痛みが頭に襲い来て阻害される。
「あぅううううっ!!?」
割れそうなほどの激痛に頭を押さえ髪を振り乱す。
その時、病室のドアが開き髪をサイドアップさせた少女ジナが入ってきた。
「えっ・・・!? ちょ、ちょっと大丈夫!?」
すぐ駆け寄り、悶える身体を支える。
「うわっ、大変!? みんな、来てよっ!!!」
凄まじい痛みが、稲妻の閃光が奔り抜けるようなフラッシュが際限無く繰り返される。
「あぁあああああああああっ!!!!!!!」
脳裏に去来する埋め尽くす映像。
それは様々な風景、景色、人、動物、時代、歴史、空、星、銀河、宇宙、竜、そして虚無。
それは記憶なのか、それとも軌跡か。
幾星霜もの光景が脳に刻まれる。
そして、そのまま意識を失った。
少女は原因不明の昏睡状態に陥り、一週間近く経過しても目を覚まさなかった。
だが、幾日か過ぎたある時。
「局長! 第三メディカル・ルームから連絡が入りました! 例の少女が目を覚ましたそうです!!」
オペレーターの女性がウロボロス極東支部局長カガミ・シノウラに局長室のディスクのモニターから伝達する。
「わかった。すぐにそちらへ行く」
伝達を受けた妙齢の女性カガミはモニターを操作し切り替え、数週間前にこの支部で保護された少女の身体情報を見やった。
「・・・ゲノムデータは一切不明。何度調べても血液検査は、解析不能・・・見た目は普通の少女なのに・・・一体何者なのか・・・」
そして小さく呟く。
「彼女は・・・本当に『ヒト』なのか・・・?」
ウロボロス第三メディカル・ルーム。
ベッドには蒼黒のロングヘアーの少女が気怠そうに首を振る。
「・・・あなたたちは誰・・・ここは何処なの・・・?」
こちらを心配そうに見つめる三人の少女。
「アタシはジナ・ジャスティン。ウロボロス極東支部のドラグーンパイロットだよ。数週間前に気を失っていた君を保護したんだ、だけどその後また倒れちゃって、覚えてない?」
髪をワンサイドに括った快活そうな少女が笑顔で答える。
「私はケイ・キサラギ。同じく、この支部でパイロットを務めてるわ。早速で悪いけど、あなたはどこから・・・」
セミロングの背の高い少女が訝しげに自己紹介しながら聞こうとする。
「ケイさん、相手は昏睡から覚めたばかりの患者さんです。もう少し待ちましょう。あっ、ワタシはユニス・ミルといいます。ふたりと同じパイロットをしています」
小柄な、しかし落ち着いた感じの少女が話す。
「大分落ち着いて来たかな。ねえ、君の名前は?」
ジナが間を見計らい、ベッドに横になる少女に名を聞く。
「・・・名前?・・・わたしの・・・名前は・・・」
名を聞かれ、思い出す。
うろ覚えな記憶。
研究所のような建物。
半壊したカプセルのような容器。
何かが書かれていたであろうプレートらしきもの。
しかし、他に思いつく事は無い。
判らないのだ。
思い出せない、自分のことが。
様々な知識が有ることは解る、それを理解することも出来る。
だが、だが己の事については解らないのだ。
空白だった。
自分が置かれた状況を認識し、慄いた。
微かな情報を手繰り寄せる・・・しかし、思い出せない・・・。
自分は今まで何をしていたのか。
それはポッカリと口を開けた奈落の底に落ちるような感覚だった。
突然、人形のごとく硬直した少女。
虚空を凝視し、瞬きすらしていない。
「えっ、ちょっと、君!?」
尋常ではない雰囲気を感じ取った周囲。
「・・・わからない・・・」
ボソリと呟いた。
「・・・わからない・・・わたしは・・・誰・・・?」
少女は絞り出すように言葉を紡いだ。
少女は記憶を失っていた。