複雑・ファジー小説

Re: 世界樹の焔とアルカナの加護 Ⅱ 〜ジェネシスの再創世〜 ( No.4 )
日時: 2014/03/31 23:40
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)

「はぁ……はぁ……お願い、目を覚まして!」
「——」

 湖の水面に、天に浮かぶ美しき月が水鏡の夜。
 一人の女が、英雄と謳われし者を追ってこの場までやってきた。
 かつて愛し合った仲であるはずのその二人。彼女らの間に、既に絆は無い。
 復縁を望もうとも、それは叶わない。

「——ッ!」

 やがて月光に照らされ輝く刃が、一切の容赦なく女を襲う。
 諦めの感情が心を支配した女は、自分の身を抱きしめて目を瞑る。が、衝撃は来なかった。
 代わりに、金属同士が擦れ合う耳障りな音が響いた。

「おい!」

 英雄とほぼ同年代の青年が、鎌を手に英雄の剣を防いでいた。

「どうしたんだ! お前、まさかジェネシスの力に負けたとか言うんじゃないだろうな!」

 青年は眉根を顰め、三つ編みの赤い髪を揺らしながら英雄に語りかける。
 否、激昂しながら怒鳴っている。
 近くでは、刀を二本持った女と太刀を二本持った青年が、臨戦態勢のまま英雄を追ってきた女の無事を確認している。
 そんな中で鎌を持った青年は、英雄と対峙したまま彼の目を睨んでいる。

「許せ……これも、世界の均衡を保つためには必要なんだよ」

 英雄は、悲しそうな目を青年に向けた。
 彼に戦闘の意思はない。それでも、愛した女を殺すつもりではいる。
 鎌を持った青年はそう踏んだ。

「そういうのは、僕たちに勝手からにしてくれないかい?」

 太刀を二本持った青年が、そのうち黒い太刀を手にして前に出た。
 細い彼の腕からは、邪悪の全てを具現化できるような黒いオーラが滲み出ている。
 これは彼にとって、自らの危険を省みないで本気を出した合図でもある。
 それから、彼からは覇気が出ていて、一同はその存在感に圧倒されそうにさえなっている。
 が、英雄だけはそれに動じていない。流石は、英雄と呼ばれるだけの存在だ。

「あくまでも俺の意思……つまりは世界の意思に逆らうのか」

 英雄の目つきが変わった。
 先ほどまでの悲愴に満ちた目ではなく、英雄という名に違わない目つきへと。
 同時に、太刀を持った青年の覇気を相殺するほどのオーラを醸し出す。
 だが、先ほどの英雄のように、皆はそれに一切動じない。

「当たり前さ。人一人守れないで世界の意思だなんて、どうかしてるよ」
「……はっはっは、ならばいいだろう……」

 英雄は青年の鎌を振り払い、新たに剣を構えなおした。
 斬れぬ物は主のみ。そう謳われた聖剣『エクスカリバー』を。
 次いで、世界の意思——つまるところ世界の力を、何の抵抗も無く、何の準備も無くその身に宿した。
 正体不明の紋章が、英雄の胸に浮かび上がる。

 そして、英雄は一言言い放つ。

「——死ね」


  ◇ ◇ ◇


 二年前————


「パパもママも、遅いなぁ」

 サディスティー王国の高台に立つ一軒のログハウスで、少年『シャーロッド・ディヴァイアサン』は待っている。
 何を待っている。それは折り紙をしながらの、両親の帰りだ。だが、彼は待ちくたびれていた。

 八日前、彼の父である『シグナ』が家を出ていった。
 どうせ直ぐ戻ってくるだろう。彼の母『マルタ』がそう言うので、シャーロッドは大人しく待っていた。
 が、二日後に買い物から帰宅したマルタは血相を変えて、家で大人しくしていろと彼に諭して家を出て行った。

 そんな出来事があってから、今に至るのだ。
 結果、彼の両親はこの家を、長い間留守にしていることとなる。
 マルタやシグナの旧友である星野天使やティア、シュラーたちが彼の世話をしているので、シャーロッドはとりあえず、生活面では何も困ってはいない。
 だが、こんなにも長い間家を留守にしているのだ。子供という立場では流石に心配してしまう。

「——よし、行こう……」

 やがてシャーロッドは思い立ったように、軽く身支度を済ませて家を出た。


  ◇ ◇ ◇


「あ」
「ふぇ? どしたの?」
「あそこ」

 『ティア・マーグナル』が『アルバーン・アウグストゥス』と共に、サディスティー王国の城下町を歩いていた。
 そして日が傾いて夕焼けが美しくなり始めた頃、ティアは一人の人影に気付いて、アルバーンにもその人影を観察させた。
 やがて目を凝らして遠くの人影を認めたアルバーン。彼女は認めるなり、少し驚いた。

「あれって、ロッド君? 何でこんな時間に」
「行ってみよ」


  ◇ ◇ ◇


「うーん……手がかりもないし、どうしよう……イテッ!」
「こら」

 シャーロッドは城下町を彷徨っていた。
 両親を探す。そう彼は心に決めて家を出たのだが、手がかりがないので途方に暮れていた。
 それにそもそも、この街にいる保証なんてどこにもない。
 そうして、溜息をつきかけたときだった。ジャスミンの香りと共に、頭に軽い衝撃が走ったのは。

 シャーロッドが背後を振り返ると、そこには彼を目撃したティアとアルバーンが立っていた。
 彼の頭を叩いたのはティアだ。

「こんな時間に、なにやってるの?」
「えっ? パパとママ探してるの」

 さも当然だ。それでいてこの質問が心底心外だといわんばかりに、シャーロッドは真顔で答えた。
 再び、彼の頭にティアの拳骨が落ちる。

「イテッ!」

 珍しく、ティアの表情が少し険しくなった。

「家で大人しくしてて。ロッドに何かあったら、私が怒られるんだから」
「……でも、心配だし……」

 拳骨が落ちた箇所を軽くさするシャーロッド。
 その目は、どうあっても両親を探し出したいという思いでいっぱいだ。
 歴戦の戦士であるティアは目で他人の気持ちを察することに長けているので、痛いほど彼の気持ちが分かる。
 暫くティアはアルバーンと共に黙っていたが、遂にシャーロッドが咽び泣いてしまったので、如何にも仕方がない、と言った風に彼女は溜息をついた。

 ティアは目線を同じにして、シャーロッドの頬を両手で包み込む。

「じゃあいいよ、パパ達を探しても」
「ホント!?」

 聞くや否や、シャーロッドの瞳に輝きが灯る。
 ティアは優しい微笑を浮かべ、頷いた。次いでアルバーンも頷く。
 両親に懐いた子供は、当然両親が行方知れずとなれば心配する。
 だったら、身の回りの者が支えてあげなくてはならない。

 そう思ったがゆえに、ティアは両親の捜索を許可した。

「でも、私もついてく……いい?」
「うん!」

 こうしてひょんなことから、シャーロッドは自分の両親を探すべく旅に出ることとなった。
 だが、この時の彼は知らなかった。この成り行きと言ってもいい旅の決行が、重大な事件に関わっていくとは。

 全ての命運が、決まってしまうとは————